第6話・破滅のあと
こういうとき、どんなことを言えばいいんだろうか?
どう対処し、どう行動するのが正解なんだろうか?
答え――解るわけがない。
だから俺は、自分がすべきだと思う行動をとることにした。
まずやるべきことは、現状の認識だ。
「これは俺の推測だけど……たぶん、こうなったのはユニティアだけじゃない。呪いは世界中にひろまっちまったはずだ」
俺は自分の考えを言葉にした。
もちろんそれはセーラに聞かせるため。
いまのところ唯一の生き残りである彼女と、現状認識を共有するためだ。
「……」
セーラは答えない。
聞いているそぶりすら見せなかったが、俺はかまわずつづけた。
「生き残れたのは俺たちみたく、スキル『呪い耐性』を持ってる人間だけだ。生存者の数がどれくらいかは……すぐにはわかりそうもないな」
人間の数が激減したことは間違いない。
スキル『呪い耐性』はかなりレアという話だった。
現にこの場においても、スキルを所持していたのは俺とセーラの二人だけ。
割合にして五〇〇〇人に一人となる。
「仮に二五〇〇人に一人がスキル持ちだとして……っと、俺はオレルスの全人口が何人か知らないんだった。とりあえず適当に一億人と仮定してみると、ええっと……」
数学は苦手なため、パッと暗算できない俺だった。
とりあえず十倍をくり返していくことにする。
二万五千人につき十人、二十五万人につき百人、二百五十万人につき千人、二千五百万人につき一万人だから……
「一億人なら、生き残りは四万人ってことになるのか」
これを多いとみるか少ないとみるか。
ちなみに俺は、けっこう希望の持てる数字だと感じた。
「なあセーラ、じっさいにオレルスの全人口ってどのくらいだったんだ?」
「…………」
セーラは無言をつらぬいている。
「おーい、セーラ? 知ってるなら教えてほしいんだけど」
「……あなたはよく、平気でいられますね」
セーラらしからぬ、汚泥の底からひびくような声だった。
「……あんなにたくさんの人が、いっせいに消えてしまったんですよ? こんなの、ひどい……! ひどすぎますっ……! それなのにあなたはッ!」
セーラがバッと顔をふりあげる。
俺をにらみつける二つの瞳は、涙があふれて決壊寸前だった。
「なにも感じないんですかッ!? どうしてそんな、他人事みたいな顔をしていられるんですかッ!?」
「いやぁ、まあ、さすがに他人事とは思ってねえけど」
気まずさに頬をかきながら言った。
「俺はこの世界に来てまだ二週間だからな。家族もいなけりゃ友達もいねえ。顔見知りだって最低限だ。セーラよりショックが少ないのは、たぶんそれが理由だと思うぜ」
「――!」
頬をはたかれたようにセーラが目をみひらく。
俺の言葉に別種のショックをうけたようだ。
「……そ、そうでした。レイジは召喚者、望んでこの世界に来たわけじゃない……」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「すみませんでしたっ!」
セーラは体ごとむき直ると、膝をついたまま深く頭をさげた。
自然と土下座の形になってしまう。
「レイジが悪いわけじゃないのに、八つ当たりのようなことを言ってしまって……なんとお詫びを申しあげたらいいか……。わたしは、わたっ……うぅッ……!」
ついに泣きだしてしまう。
「ちょっ、おいおい……!?」
土下座しながら泣いている女なんて、痛ましすぎて見ていられない。
セーラのような特上の美少女ならなおさらだ。
「な、泣くなって。俺が無神経なのは事実だし、セーラの反応のほうがむしろ自然だと思うぜ」
「うぐっ……! ひぐっ……! うぅぅッ……!」
効果なし。俺はほとほと困り果てた。
ぐぬぬ……こうなったら、奥の手を使うしかないか。
俺は大きなため息を吐きだすと、セーラの前で片膝を床につける。
指先で彼女の顎をくいっと持ちあげ、瞳をのぞきこみながら言った。
「君は俺の太陽だ。だからどうか泣きやんでほしい。でないと俺の心はいつまでも土砂降りのままだ」
……うぁあああっ、マジで言っちまった。死ねる。
断っておくけど、いまのセリフには元ネタがある。
「女を落とす一〇〇の口説き文句」バイ俺のばあちゃん、からの引用だ。
聞いてのとおり、正気の人間が口にできるセリフじゃない。
だからこそ、真顔で言えばとてつもない破壊力を生みだす。
泣いている少女が唖然呆然として、泣くことを忘れてしまうくらいには――
「なっ、なななっ……!?」
もくろみどおり、セーラの涙はぴたりと止まった。
笑いまでとれたらベストだったが、まあこの状況では高望みしすぎだろう。
俺はセーラの顎から指を離すと、安堵の笑みをうかべて言った。
「よかった。とりあえず泣きやんでくれたみたいだな」
「あ、あたりまえですっ! あんなことを真顔で言われたら、びっくりして涙も止まってしまいますっ!」
顔を赤くして目線をそらすセーラ。
これはあれだな、いまになって身も世もなく泣いていたことが恥ずかしくなったんだろう、きっと。
「立てるか?」
「だ、大丈夫ですおかまいなくっ!」
手を差しだすが断られてしまった。
セーラが俺と目をあわせようとしないのは……やっぱりさっきの口説き文句が原因だろうなぁ。
くそ、恥ずかしすぎて死ねるぜ。
「……あの、レイジ」
ひとりで立ちあがり、人々が消えてしまった広場を見おろしながら、セーラは言った。
「これは本当に、呪い、なんでしょうか?」
「だと思うぜ。魔王の発言があるし、呪いなら俺たち二人が生き残ったことにも説明がつく」
「スキル『呪い耐性』が存在していたのは、このときのためだったのでしょうか? ――ッッ!?」
ふいにセーラは勢いよくふり返った。
もう顔は赤くない。
かわりに驚愕の目で俺を見つめていた。
「そ、そういえば! レイジ、あなたは先ほどわたしになにをしたのですかっ? レイジの指先が触れた瞬間、頭の中が焼かれるような痛みがたちどころに消えたのですけど――?」
「ああ、あれか。なんか急に呪いを解く魔法が使えるようになったみたいなんだ」
「なっ、なんですってェッ!?」
これまたセーラらしからぬ素っ頓狂な声だった。
「待ってください! 突然、魔法を使えるようになるだなんて、スキルの系統上ありえないことです! それもこんな、あらかじめ仕組まれていたようなタイミングで……!」
「落ちつけって。俺にもよくわからんけど、とにかくその魔法でセーラにかかっていた呪い――あの赤黒い炎が消せたんだ。状況証拠的にそう考えるべきだろ?」
「たしかに……。そ、そうです、そうでしたっ!」
セーラはハッとして、みずから俺に接近してきた。
「レイジ、あなたのスキルをもういちど鑑定させてもらえませんか!?」
召喚の巫女であるセーラは、希少なスキル『鑑定』を持っている。
これを使えば、あれこれと考えるより話は早いのだった。
さっそくセーラがスキルを発動する。
鑑定の結果が俺にも確認できるよう、魔力のウィンドウを出力してくれた。
肝心の結果はというと――予想どおりでもあり、予想外でもあった。
たしかにスキルは増えていた。
しかし一つではなく二つ、新たなスキルが出現していたのだ。
以下は、鑑定によって明らかとなった情報である。
二つのスキルは『呪い耐性』から枝分かれする形で現れていた。
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アサギリ・レイジ
所持スキル
・呪い耐性【EX】
・光魔法『ライト・アミュレット』【1】
・光魔法『ラディカル・ブースト』【1】
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