第3話・特別な日
俺がこの異世界オレルスに召喚されてから、気がつくと二週間が経っていた。
ここ、はじまりの町・ユニティアはいたって平穏なところだ。
人口は五〇〇〇人ほどと小規模で、事件やイベントは滅多に起こらない。
唯一の大きなイベントといえば、新たな召喚者の来訪くらいだが、それだって町を挙げて盛りあがるほどじゃない。
ところが、今日は朝からなにかが違った。
仕事も学校も放りだして、老若男女誰もが町の中心にある広場へと駆けていく。
「なんだぁ、いったい?」
話を聞こうにも誰もつかまらない。
こうなると自分で行ってたしかめたほうが早い。
というわけで俺は、部屋をでて広場をめざした。
広場には巨大な水晶製のスクリーンが設置され、人々はその前に集結している。
スクリーンにはまだなにも映っていないが、みんな固唾をのんでなにかが映るのを待っているようだ。
期待と不安と興奮が入り混じった独特の雰囲気なんかもふくめて……なんだか、ワールドカップのスタジアム観戦みたいだった。
「よかった、レイジ。いま人を迎えに行かせようと思っていたところです!」
セーラが俺を見つけて駆けよってくる。
彼女も興奮気味で、いつもより一.五倍は早口だ。
「よくわからんけど、これからなにが始まるんだ?」
「もちろん決まっています!」
スクリーンを示してセーラは言った。
「勇者様たちと魔王の決戦です!」
◇◇◇
召喚者用の席を用意してある、とのことで、セーラは俺を櫓のような建物へと連れて行った。
櫓はスクリーンの正面に建ち、高さも合わせられている。
たしかにこれは特等席だった。
椅子は三つ用意されている。
一つには俺、一つにはセーラが腰かける。
「そっちの空いてる席は?」
「タカシのために用意したのですが……」
「あいつ、もしかして来ないのか?」
「迎えに人を送ったのですが、『僕には関係ないことだ』と返されたそうで……」
「ははっ、あいつらしいな」
それはさておき、
「で、もうすぐ魔王と戦ってる様子があのスクリーンに映るのか?」
「そうです! ついに魔王の討伐が果たされる日がやってきたんですよ!」
どこまでもテンションが高いセーラ。
俺はちょっとついていけなかった。
「いくつか質問いいか?」
「はい、なんなりと!」
「じゃあ聞くけど」
俺は言った。
「魔王を倒せるようなやつらがもういるなら、俺が召喚される必要ってなくね?」
「あっ……」
とたんにセーラの表情が固まった。
やべ、タカシのときにつづいてまた地雷踏んじまったか?
いやでも、俺が思うにこれは当然の疑問だぞ。
「レイジが疑問に思うのも無理はありません。ですが、召喚とは神の御意志によってなされる御業。わたしたちオレルス人の手で止めることはできないのです」
「なるほど」
「それに、新たな召喚者が今後、冒険者にならなくて良いとは限りません。なぜなら魔王の討伐とは大変な困難をともなうものでありまして……」
セーラが言いよどむ。
なんとなく察しがついて、かわりに俺は口を開いた。
「つまり、勇者たちが魔王を倒せるとは限らない?」
「レ、レイジ! いけません、そんな縁起でもないことを口にしてはっ……!」
あわてふためくセーラ。
なるほどな、日本でいう言霊信仰みたいなもんか。
たぶん、魔王のところまでたどりついたパーティーは、過去にも存在したんだろう。
それなのに魔王はいまだに健在。
ということは、過去のパーティーはあえなく返り討ちにあったわけだ。
んっ……?
そのとき俺の頭には、ひとつの疑問がうかんだ。
「そういや、セーラたちはなんで魔王を討伐したがってるんだ?」
「はいぃ……?」
セーラは片眉をつりあげて、
「おかしなことを訊きますね。魔王はオレルスに生きとし生けるものすべての敵。かの者を討ち滅ぼすことは、わたしたちの悲願なのです」
「具体的に、魔王はどんな害をおよぼしているんだ?」
「各地に生息する魔獣を操り、わたしたちの生存をおびやかしています。魔王の害意、敵意は疑うまでもなく明らかです」
「ふぅん。ま、そんなとこだろうとは思ったけどよ」
俺は少し考えこむ。
たとえばこれがゲームだったら、それ以上深く考える必要はない。
理由づけとしては充分だ。
だけどこの世界では魔王が実在していて、おそらく人間と同等の高度な知能を持っている。
だとしたら――
「いままでに、魔王が魔獣の大群を率いて全面戦争をしかけてきたことは?」
「えっ? それは……ない、ですけど」
「つまり、魔王はなにも人類を滅ぼそうとしてるわけじゃないってことだよな」
「あの、レイジ? いったいなにを……?」
「ただ疑問に思っただけなんだよ。人類を滅ぼす気はなくて、魔獣をけしかけるだけ。そんなことをグダグダつづけて、魔王はなにがしたいんだろうな、と」
「知りません。ですが、魔王が人類の敵であることに疑いの余地はありませんよ」
セーラがめずらしく不機嫌になる。
魔王の討伐に異を唱えることはタブー。
ま、当然だとは思うが。
これ以上セーラの機嫌を損ねるのも嫌なので、俺は口を閉ざすことにした。
とはいえ、頭の中で考えることはやめられない。
人類を本気で滅ぼす気もなければ、和平を結ぶ気もない。
先ほどの話によれば、魔王は魔獣を操れるという。
だったら、魔獣が人間を攻撃しないよう操ることもできるはず。
そうすれば人間側だって、わざわざ命の危険を冒して魔王を討伐しようなんて思わないはずだ。
できるのに、それをやらない。
魔王は嫌がらせか挑発みたいなことをくり返して、いたずらに自らの危機を招いている。
この世界の魔王はとてつもない馬鹿なのだろうか。
あるいは――
「わざと人間に倒されたがってる、とか?」
ぽつりとつぶやく。
「レイジ、なにか言いましたか?」
「なんでもない。意味のない独り言だよ、忘れてくれ」
「はあ……」
セーラは小首をかしげるだけで、深く追求してはこなかった。
……いや、わざと倒されたがってるとか、さすがにそれはないだろ。
身もふたもない話だけど、死にたきゃひとりで勝手に死ねばいい。
わざわざ冒険者が自分を倒しに来るのを待つだなんて、まどろっこしいにもほどがある。
……でも、待てよ?
なんらかの事情があって、自決ができないとしたら……?
「見てくださいレイジ! 映像が送られてきましたよ!」
セーラが椅子から立ちあがって言った。
水晶スクリーンに映像が映しだされる。
その瞬間、広場全体から地鳴りのような歓声が湧きあがった。
スクリーンに現れたのは、男女四人の人物。
こいつらが魔王に挑む勇者パーティーってわけか。
四人はおどろおどろしい漆黒の扉の前に立ち、決意に満ちた顔をしていた。