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第2話・異世界の情景

 俺は木剣を構えて教官と対峙していた。

 はじまりの町・ユニティアの一画にある訓練場の中だ。

 俺たちの周りには興味をもった野次馬が集まってきていた。


「なんだなんだ、なにが始まるんだ?」

「新顔の召喚者が、教官に腕前を見てもらうんだってよ」

「へえ、戦闘系のスキルを試すってか」

「いや、それがよ、スキルなしで挑むらしいぜ」

「はあ? なんだそりゃ、無茶だろ」


 無茶でもべつにかまわない。

 俺の目的は勝つことではなく、実力を測ることだった。


 何気に俺には剣の心得がある。

 といっても剣道ではない。去年亡くなったばあちゃんに仕込まれた古流剣術だ。

 なんでも、新選組の剣として名高い天然理心流の一派らしいが、くわしい来歴は端折ってよかろう。

 重要なのは、この異世界で通用するかどうかだった。


「さあ、どこからでも撃ちこんできたまえ!」


 教官が声を張りあげる。

 長身で筋肉質の、三〇代なかばの男。

 短く刈りあげた髪と、左頬に刻まれた三筋の切り傷がトレードマークだ。

 召喚者に戦いの基礎を教える役目に就いていることから、誰もが彼を教官と呼ぶ。

 

 教官も木剣を手にしているが、構えはとらず片手持ちでダラリとさげていた。 

 対する俺はきっちり木剣を構えている。

 天然理心流の平晴眼。いわゆる中段から、手首をひねって刀身を左に傾斜させる独特の構えだ。


「ぉおおッ!」


 気合一閃、俺は平晴眼の構えから踏みこんで突きをくりだした。

 狙うは首元。しかし、木剣は余裕をもってはじかれた。

 俺はなおも攻める。

 剣の攻防においては、攻め側が圧倒的に有利なのだ。

 上段から木剣を振りおろす。教官もこれに応じ、撃ち合いの形となった。


 カンッ! 乾いた音をたてて激突する木剣。

 当然だが、体格と筋力に勝る相手のほうが威力は上だ。

 俺の木剣は大きくはじき飛ばされ、体勢もくずれた。

 すかさず教官の木剣が振りおろされる。


 スッ! だが俺は、半身になってこの一撃を回避。

 間髪いれず、踏みこんで反撃の一刀を振りおろした。

 上段から振りおろす俺の木剣に対し、教官の木剣は下段に振りおろされたままだ。

 完全な一本。ただし、元の世界であればだが。


 ヒュンッ! 突如、教官の木剣が重力を無視した動きで跳ねあがった。

 一瞬後には、俺の木剣は宙を舞い、喉元には切っ先が突きつけられていた。


「うぉっ……! いまのが剣術スキルか」

「そうだ。それにしても、見事な技と素晴らしい腕前だったぞ」


 敗者を称賛しつつ、教官は木剣を収めた。


「それだけに惜しい。君に剣術スキルが発現していたら、私などまるで相手にならなかっただろうにな」

「世辞はそのくらいでいいぜ。で、ぶっちゃけどうなんだ教官。この剣術一本で冒険者になるってプランは?」

「正直、厳しいと言わざるをえないな」


 腕組みをして教官は言った。


「君の剣は、剣術スキルに換算するとレベル1にもおよばない。最低ランクの魔獣一匹を仕留めるのも苦労するだろう」

「ふむん。スキルってすげえんだな」


 ひとごとみたいに言う俺に、教官はあっけにとられた顔をして、


「なんというか……君は風変わりだな。こんなことを言われたら、ふつうは腹をたてるなり落ちこむなりすると思うのだが」

「なんで? 教官は事実を言ってるだけなんだろ?」

「ああ。召喚者たちの力量に関して、私はありのままを伝えると決めているが……」

「じゃあ、怒ったり落ちこんだりしたってしょうがねえだろ。それでなにが変わるってわけでもないしな」


 俺が笑うと、教官も笑みをうかべて、


「みなが君のように割り切ってくれると助かるのだがな。いや、少し前に立ち合った召喚者が、実にあつかいづらくてね」

「教官、もしかしてアイツのことっすか?」


 と、野次馬の一人が声をはさむ。


「ああ、例の彼だ。私も教官の任について長いが、あそこまで聞き分けがない召喚者は見たことがない」


 教官が苦笑いすると、野次馬たちも一様に苦笑した。

 話についていけてないのは俺だけみたいだ。


「みんな誰のことを話してんだ?」

「実は君と同じように、戦闘系スキルを付与されなかった召喚者の少年がいてね」

「俺と似た境遇か。どんなやつなんだ?」

「なんというか、まあ、君以上に個性的な人物だよ」


 奥歯にものが挟まったような言いかたをして、


「あれはひと月ほど前だったか。スキルがなくても強くなれる方法を教えろと言われてな。そんなものはないと諭したら、激怒して無能だの野蛮人だのと散々ののしられた。その様子があまりにすさまじくて、腹が立つよりも呆れ果ててしまったのだよ」


 教官の言葉に、野次馬たちが「あれはひどかった」とうなずいた。


「なんかおもしろそうなやつだな。いまはどうしてんだ? あとそいつの名前は?」

「このユニティアに滞在しているよ。冒険者の道を断念してからは、部屋にこもりっぱなしで滅多に人前には出てこないそうだ。名前は――」


 そこで野次馬たちがどよめく。

 無骨な訓練場には似つかわしくない、美しい少女が現れたからだ。


「レイジさん、ここにいらしたのですねっ」


 小走りに駆けてきたのか、セーラの息はややあがっていた。


「み、巫女様ッ!? ど、どうしてここにっ……?」


 いままでの威厳はどこへやら、セーラを目にしたとたん教官はへどもどした。


「レイジさんを探しにきたのですが――もしかしてお取り込み中でしたか?」

「いんや、ちょうどいま用がすんだとこだぜ」


 俺が答えると、セーラはパッと顔を明るくした。


「よかった。お務めの空き時間ができたので、レイジさんとお話をしたいと思いまして」

「おう、いいぜ。立ち話もなんだし、食堂にでもいくか」


 俺が歩きだすと、セーラは教官たちに一礼して、


「みなさん、レイジさんをお借りしますね。ではこれにて失礼します」

「は、はぁ。ど、どうぞ……」


 教官と野次馬一同は、なにやらモゴモゴと口にしていた。

 俺はセーラと連れだって歩きながら、


「なんだぁ、あいつら。そろいもそろって借りてきた猫みたいになっちまって」

「どうにもわたし、敬遠されているみたいなんです」


 困り顔でセーラが言う。


「町の人たちとは、もっと親しく接したいと思っているのですが……召喚の巫女という立場上、あちらが壁を感じてしまうのはしかたないことなのかもしれません」

「いや、あれはそんな難しい話じゃねえと思うんだが……」

「はい?」


 きょとんとするセーラ。

 だが俺にはなんとなくわかった。

 教官たちの反応は、憧れの美人教師に話しかけられたときの男子小学生のそれだ。

 もちろん実際にはセーラのほうがだいぶ年下なのだが……


「それはさておき、俺に話ってなんだ?」

「ええと、漠然とお話したいと思っただけで、具体的な話題があるわけでは……。だめ、でしょうか?」

「いんや、むしろ大歓迎だぜ。どうせ話をするならムサい男より可愛い女の子のほうがいいしな」

「か、可愛いって……わたしのこと、でしょうか?」


 なぜか動揺して聞き返すセーラ。


「どう見てもそうだろ。なんで驚く?」

「男の人からそのようなことを言われた経験が、ほとんどないものですから……」

「ああ、なるほどな」


 俺はひとり納得する。

 セーラくらいの美人を口説くとなると、美辞麗句をならべたて比喩表現の限りをつくすのがふつうなんだろう。

 「可愛い」だの「綺麗だよ」といった単純な褒め言葉は、逆に新鮮に聞こえる……ってことなんだろうな、きっと。


「そういやセーラ、さっき教官たちから聞いたんだけど、俺みたいな召喚者がこの町にいるんだってな」

「レイジさんに似た方、ですか? すみません、わたしの記憶には……」

「ありゃ、おっかしいな。俺みたく戦闘系のスキルが付与されなかったやつがいるって話だったんだけど」

「あ、それでしたら心当たりがあります。みなさんが言っているのはタカシのことでしょう」

「おおう、実に日本人的な名前で安心するぜ。せっかくだから会って話してみてえなあ」

「でしたら、これから行ってみますか?」


 セーラが提案してくる。


「タカシなら部屋にいるはずですから」

「なんか急だけど、とりあえず行ってみるか」


 こうして話はとんとん拍子に決まった。


「ではレイジさん、案内するのでついて来てください」

「いいぜ。っと、そうだ、これからは俺のことも呼び捨ててでいいぜ。さん付けとか、なんか背中がムズムズするからな」

「わかりました。では――レイジ、行きましょう」


 そんなわけで俺は、似たような境遇のやつに会いにいくことになった。

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