第1話・外れスキル
「アサギリ・レイジさん、鑑定の結果をお伝えします。あなたに付与されたスキルは『呪い耐性【EX】』……以上です」
召喚の巫女ミスマルカ・セーラは、気まずそうに目線をそらして言った。
ちなみにこの世界では、日本と同じく名字が先で名前を後に表記する。
よって、彼女の名前はセーラとなる。
長い銀色の髪に紫色の大きな瞳。
顔立ちは尋常じゃないくらい端正で、体つきもスマートながら出るところはしっかりでている。
とまあ、容姿は完全無欠の美少女なのだが、どうも感情を隠すのは苦手らしかった。
「もしかして外れだったりする?」
のんきに俺はたずねた。
「の、呪い耐性はたいへん希少性の高いスキルで、最高レベルの【EX】となると過去に一度も確認されていないのですよ!」
誤魔化すような口調のセーラ。
「ちなみにこのスキル、具体的にどんな効果があるんだ?」
「ええと、それは……読んで字のごとく『呪いを軽減または無効化する』と推測されています」
「推測されてる……?」
「レイジさん、たいへん申し上げにくいことなのですが」
意を決してセーラは言った。
「この世界には、呪いというものが存在しないのです」
「……マジで?」
「少なくとも、現在まで確認されたことはありません」
「……ガチで?」
「実はこのわたしも『呪い耐性【1】』を所持していますが、スキルが発動したことはこれまで一度も……」
「えぇ……?」
俺は少し考えて、
「素朴な疑問なんだけど。呪いがないってのに、なんで耐性スキルだけがあるんだ?」
「わたしにも詳しいことは……。スキルとは神が与え給うた恩寵、人智を超えた奇跡の御業ですから」
「ふぅん。ま、神様もうっかりミスしちまったってことかな」
かるく笑い飛ばす俺だったが、セーラはますます深刻な顔になる。
「いやでも、こういうのってアレだろ? 修行とかすれば新しいスキルをおぼえられたりするんだろ?」
「異なる系統のスキルが後天的に発現することはありません。スキルが成長や進化、あるいは枝分かれすることはありますが、『呪い耐性』の場合はそれも……」
「あー……」
「ほんとうに申し訳ありませんっ!」
ついにセーラは深く頭をさげてしまった。
「こちらの都合でレイジさんを召喚しておきながら、このような結果になってしまうなんて……なんとお詫びしたらいいか……」
「べつに謝んなくてもいいって。セーラが俺を召喚したわけでも、スキルを付与したわけでもないんだろ?」
「そ、それはそうですが、わたしには召喚の巫女としての責任がっ……!」
「なあ、そんなに深刻にならねえでさ。とりあえず顔あげてくれよ」
「はい……」
やっと顔をあげてくれたセーラだが、その表情はうかないままだ。
俺は話題の転換をこころみた。
「それよか、俺はこれからどうすればいいんだっけ? 事前にうけた説明だと、スキルを付与されたら冒険者として旅にでるって流れだったよな」
「はい。ですが、強制では決してありません。町でふつうに生活したいというのであれば、その意思は最大限尊重されます」
「ちなみにだけど、俺は冒険者としてやっていけそうか?」
「それは……。戦闘系のスキルを持たないレイジさんでは、無謀というより自殺行為ではないかと……」
言いにくそうに、だが最後まで言いきるセーラ。
感情を隠すことも苦手なら、嘘をつくことも苦手なようだ。
「すみませんっ! 召喚者になんて失礼なことをっ……!」
「いや、俺はぜんぜん気にしてないぜ」
ううむ、どうも深刻なムードは苦手だ。
ここはひとつ――アレをやるとするか。
「だから、セーラももう気にすんなって」
俺は人差し指をセーラの顔にむけると、気障ったらしい口調で言った。
「そんな顔してると、せっかくの美人が台無しだぜ?」
俺のばあちゃん直伝「女を落とす一〇〇の口説き文句」からの引用だ。
ばあちゃん曰く、若かりしころじいちゃんから実際に言われた文句とのことだが……俺は二万パーセント、一〇〇句ぜんぶが創作だと確信している。
こんな芝居じみた文句で落ちる女なんて、実際にいるわけがない。
ちなみに断っておくが、俺がこの場で口説き文句を使ったのは単なるギャグだ。
だってそうだろう、セーラみたいな超美人が、俺みたいなやつの口説き文句を真に受けるわけがないしな。
「きゅ、急になにをっ? び、美人だなんて、そんなっ……!」
セーラは顔をそむけてうつむいてしまう。
……ありゃ、あんまウケなかったみたいだ。気まじぃ……。
とはいえ、深刻なムードは多少やわらいだので良しとしよう。
「しっかし、せっかくのスキルが使い道のない死にスキルなんてなぁ。こんなことってあるもんなのかね?」
「前例がないわけでは……。あの、レイジさん」
おそるおそる、といった感じでたずねてくる。
「この世界、オレルスに召喚されたことを、後悔してますよね……?」
「いんや、ぜんぜん」
あっけらかんと俺は答えた。
ポカンとするセーラに、ありのままの気持ちを口にする。
「じいちゃんもばあちゃんも死んで、家族は一人もいなくなっちまったしな。せっかく異世界に来れたんだ。こっちで楽しませてもらうことにするぜ。あ、スキルがなくてもふつうに生きていくには問題ないんだよな?」
「はい。召喚者の生活に関しては、万全のサポートをお約束していますが……」
「なら安心だぜ。いやぁ、まさかの異世界ライフ、なにが起こるか楽しみだな!」
強がりでもなんでもなく、俺は笑みをこぼして言った。
つられてセーラもプッとふきだした。
「そんなことを言う召喚者ははじめてです。レイジさんは変わっていますね」
「わりとよく言われるわ、それ」
「やっぱり!」
そんなに変わってるかなと、小首をかしげる俺。
まあ、セーラが笑ってくれたことだし、細かいことは気にしないでおくか。
◇◇◇
異世界オレルスには、定期的に召喚者が現れる。
召喚されるのは、現代の地球に住む人間。
年齢は一〇代が大半を占め、性別は八:二で男性が圧倒的に多い。
人種はほぼ日本人に限定される。
なんでも、一〇代の日本人男性がもっともオレルスと「波長が合う」とのこと。
わかるようなわからんような説明だ。
とにかく召喚は強制的で、召喚者には意思決定の自由はあたえられない。
気がつけば異世界。そして、元の世界に戻る方法はないと伝えられる。
ずいぶんと理不尽な話だが、激怒する召喚者は少数派だという。
召喚者は無作為ではなく、ふさわしい者が選ばれているからだ。
元の世界で不平不満を持つ者、生きにくいと感じている者、逃げだしたいと切望している者、代わり映えのしない日常に退屈しきっている者――召喚者になるのはそういった「動機」の持ち主ばかりだった。
さらに大半の召喚者には、強力なスキルが複数あたえられる。
スキルとは、異世界オレルスの神の恩寵。
強大な「力」そのものだ。
そんなわけで召喚者のほとんどは、みずからの意志で冒険者となることを選ぶ。
命の危険はあるが、功績をあげて一流の冒険者となれば、地位も名誉も金も女も思いのままとなるからだ。
ところで冒険者というのは、具体的になにを生業とするのか?
魔獣の退治やアイテムの回収、未開領域の調査などさまざまだが、最終的には一つの目的に収束する。
すなわち、魔王の討伐だ。