第2話 幽霊は湯気の中
そこには、大阪弁のイントネーションで話す――ボクがいた(いや、少し色が白くて、髪が長いかな……?)。
でも、これは……
「で、でた……ドッペルゲンガー!!」
すごい声で叫んでしまった。
「うわっ……ちょ、鼓膜がやぶれてまうやん。大声出さんといて」
大阪弁で、耳をふさぎながらしゃべり続けるドッペルゲンガー。
「あんた、ほんとに何も聞いてへんの?」
ドッペルゲンガーの問いに、ボクはうなずいた(だんだん冷静になってきたのを感じる)。
そのとき、
「昴ぅ、どうしたの、何かあった?」
母さんの声が聞こえてきた。
「ほんまに、何も聞いてへんみたいやなぁ。――下行って、聞いてき」
「その前に……あなた、誰?」
ボクは、恐る恐るきいた(そういえば、まだ鉄アレイを持ったままだ)。
「私は、岩崎心や。今日から瑞緒心になるけどな。これから、よろしくたのむで、昴」
岩崎心と名乗った、ボクのドッペルゲンガーが、ボクの肩に手を乗せてきたので、ボクはその手を(鉄アレイをゆかにおいてから)払った。その手は、とてもあたたかく、きれいな人間の手だった。
「母さん、どういうこと?ボクにそっくりじゃん。あの岩崎心ってやつ」
「似てて当然。あなたは、双子だったんだから」
母さんが、びっくりするようなことを言った。
ボクが……双子?
「心は、あなたの双子の妹。父さんが単身赴任したときに、心もついていったんだけど、転勤と出張が多すぎて、大阪のおばあちゃんの家に預けられたの」
「出張って……父さん、ガス会社って言ってなかったっけ?」
ボクの問いに、母さんは首を振る。
「父さんの仕事先は、丹波グループ電子機器部門。父さんはそこの部長」
ぶっ、部長!?父さんが?(どんな人なんだろう……ボクの父さん。あとでドッペルゲンガーに聞いてみよう)
シャァァァァァ……
お風呂場に、シャワーの音がこだまする。
ふーっ、気持ちいい……
ボクから、鼻歌が漏れる。曲は、だいぶ前にやってたNHKのドラマのテーマ曲「名探偵は人生を答えず」だ。
気分がよくなってきたので、歌詞までもが口から出る。
♪ランララ、ラ、ラ、ラララララ……
気持ちよく歌ってたら、ふいにお風呂場の扉が開いた。
「ちゃお!」
……岩崎心が、現れた。
コマンド1 水をかける、をボクは選択し、実行。
シャァァァァァァ!
水を向けた瞬間、ばん!と扉が閉まった(なかなか、すばしっこいやつだ)。
そのあと、扉の向こうから声が聞こえた。
「あんた、すぐ怒んなぁ。もうちょいと心を広うせな。あ、心っちゅうのは、私の名前とちゃうで。」
いわれなくてもわかるわい!
まったく……
「で、なんか用なの?」
「うん」
心(と、よぶことにした)の返事が返ってきたので、ボクはシャワーを止めた。
「あんた、オカルトサイトやっとるやろ?」
オカルトサイト?――ああ、教授との共同サイト(同じクラスの人だけが入れるサイト。身の回りにおきたことの謎の究明を中心に、ボクと教授が活動している)のことか。
うん?なんか引っかかる。ま、まさか!
「心!ボクのサイト見ただろ!」
「見やなサイトやっとること、わかるわけないやん」
しゃあしゃあと言う心。こ、こいつ!
ボクは、素っ裸のまま(タオルでどこも隠さず)風呂場を出る。あの野郎には、ちょっとびしっとやっとかないと、あとあと面倒だ。
風呂場を出たところにある洗面所に居る心の、むなぐらを思いっきりつかむ(ぶんなぐるのは、そのあとの態度で決めることにしよう)。
「ちょっ、なんなん。いきなり……」
少しも悪びれてない心。こいつ、人のプライバシーを侵害したことの罪の重さを、ぜんぜんわかってない。くらわしてやらねばいかんな。しかるべき報いを!
ボクがそう決めた時、心がニュッと笑った(むなぐらをつかまれたままなのに……)。
「なに笑ってんの?」
ボクが言い終わる前に、心の左手がボクの胸に伸びて、ぎゅっとつかむ。
「きゃっ!」
――普段は絶対に出ない高い声が、ボクの口からもれる(同時に、むなぐらから手を離してしまった)。
「何するんだよ!」
「べっつにぃ〜?」
――そのあとの騒動は、思い出したくないので書かない。母さんに止められて、やっとおさまったということだけ書いておこう。
夕食を食べて、お風呂にはいった後、ボクは自分の部屋にこもって、人狼城の恐怖を読むことにした。ちなみに、今まで読んだのフランス編まで(次は探偵編)。
本を読んでいる間も、あいつの顔が頭から離れなかった。あの、いっつも笑ってる、小憎たらしい顔が……(顔だけは、ボクと一緒だけど)
それにしても、初対面の人間のパソコンを見たりするなんて、一体どんな神経してるんだろうね?(答え――たぶん、レンコンみたいに太くてスカスカの神経をしている)。
…………さ、あんなやつの顔(ボクの顔?)を思い出しても、いらいらするだけだし、本に集中しよっと。
――しかし……
その決意は、5分もたたないうちに吹き飛ぶことになる。
それを、ボクはまだ知る由もなかった。
5ページくらい読み進めたとき、部屋の扉が開いた。そして、扉の影から出てきたのは、ドッペルゲンガー……
ボクは、勝手に部屋にはいってきた心を、視界に入らないようにして、読書を続ける。
でも……それは次の瞬間、視界に入れようと思ってもはいらない状況になった。なぜなら、心がボクの背中に寄りかかるようにして座ったからだ。
「こんどは、何の用?」
ボクは、ばん!と本を閉じて、かなり不機嫌な声で言った。
「あんた、ミステリー好きなん?」
「……」
ボクの気持ちを、まったく分かってなさそうな声で、心が聞いてくる。大阪人って、こんなに人間味のない人達なんだろうか?ボクは違うと思ってたけどなぁ……
「なんなん?質問くらい答えてくれてもええやん。もしかして、胸つかまれたこと根にもっとん?」
「……」
それもある。けど、ボクが一番怒っているのは、人のパソコンを勝手にのぞいたことだ。
「……露骨にシカトすんなぁ、あんた。――わかった、あやまっとくわ。すんまへん」
心が、ボクの背中から降りて、素直に頭を下げた。……これで、すこしゆるしてやろう。
「ほんで、最初の質問に答えてほしいんやけど」
「ミステリーは、大好き。ちなみに、あんたは大っ嫌い!以上!!」
ボクはそういって、そっぽを向いた。
「なんや、おもろないやつやなぁ。せっかく事件を持ってきたったのに」
事件?この言葉に、ボクの耳が反応する(自慢じゃないけど、ボクは耳が動く)。
「どんな事件?」
ボクは、心のほうを向いて、後ろで鉄アレイの準備をして、訊いた。
「やっと、まともに口利いてくれたな。
――こっち系の話やけど、あんたは大丈夫やよな?」
心が、手首をだらんとたらしたしぐさをする。つまり、
「ひらたくいえば、幽霊?」
ボクの問いに、心はこっくりとうなずく。
「ききたいやろ?」
心の問いに、今度はボクが、こっくりとうなずく。
「それやったら、あんたの彼氏紹介してくれん?」
これには、うなずけない。なぜなら、
「ボクには、彼氏なんかいないので、紹介できない。だから、あんたの話を早く聞かせてくれない?」
ボクのこの言葉に、心は目を丸くした。……驚くような事でもないでしょ。
「あんた……彼氏おらへんの?」
「うん」
「じゃあ、おんなじ顔しとる私に、彼氏できる確率は……?」
「ゼロ!!」
ボクは、間、髪をいれずに即答した(いや、ボクに彼氏がいないのは、顔に原因があるんじゃないって、よく言われる)。
「……私、ねるわ」
「ちょっとストップ!」
ボクは、立ち去ろうとしている心の首をつかむ(ぎゅぅうぇっ、っていう声が聞こえたが、気にしない)。
「……いたいやん。はなしてぇな」
「こっち系の話をしてくれるまで、はなさない」
ボクは、力を抜いた手首を前に突き出す。
心は、はぁ……とため息をつき、おとなしく床に座った。
「それじゃぁ、今からゆうわ。
――いっちゃんはじめに言うとくけど、私は犯人と動機はしっとんねん。やから、トリックだけといてや。
これは、ある温泉旅館でおきた事件や。
私らのおばあちゃんの家の近くに、その温泉旅館があるんやけど……そこに、女の人の幽霊がでるぅゆう、噂が立ったんや。
なんでもそこは、昔、連続通り魔があった場所やったらしいんやけど、その女の人ちゅうのが、幽霊になって歩いとるみたいなん。
まぁ、そらおいといてやな……
噂がほんまか、私も確かめに行って、なんと運がええことに、その幽霊、見られたんや。でもな、なんかオカシかってん。頭でっかちで、体がちっさいんや。じべたにはりついとるみたいやったで、ほんまに。
え?誰と見にいったんやって?えーっとな、私と、友達2人。ほかにも、団体さんがおったで。
え?今度は、いつ見に行ったんやって?うーんと、冬やな。湯気がすごかったで。
――うん、こんだけやな。なんか聞きたいことあるか?」
心の長い話が終わった。
なるほどね……たしかに、普通の人が聞けば、不思議な話だ。でも、よく考えれば誰にでもわかる。
ボクは、推理を成り立たせるために、手を上げて質問する。
「犯人と、動機は?」
「近くにのマンションの3階に住んどる大学生。映画とっとった時に、騒がれて、応募する8ミリフィルムがダメになった、っちゅうのが動機らしい。
ま、今はその幽霊を目当てに来る客も、おるみたいやけどなぁ」
肩をすくめる心。でも、あんたもその一人じゃん。
でも、そのおかげで、
「謎は、できた」
ボクのこの言葉に、心はとっても驚いたみたいだ。だって、目が、満月みたいにまんまるになったもん。
あなたも、この謎、解けましたか?