第1話 そして誰かがあらわれる
序
「昴ぅ!起きなさい!もう7時50分よ!」
「……ふぁ〜い」
……ボクは、ようやく目を覚ました。
今日は、9月1日。夏休み明け第1日(前期後期制なので、始業式は無い)だから、少し早く学校に行かなくちゃ行けない。……あーっ!そうだった!!少し早く起きないといけなかったんだった!!
僕は時計を見る。時計の針は、7時51分をさしている。学校には、8時15分までに行かないといけない。
……ヤバいじゃん!!
ボクは、大急ぎで下に下りる。
適当に顔を洗い、歯を磨く。朝食は、バナナ1本で済ませ、制服を着る。そして、靴を履く!
この作業を5分で済ませ、家を出る。
あーっ、もう!初日から遅刻は本気でヤバいって!!
「いってきます!」
ボクは自転車通学なので、自転車を出す……って、パンクしてるし、この自転車!
あーっ!もう!!ついてない!!!
こうなったら、走っていくしかないね……
タイムリミットまで、あと17分!!
学校まで、約6キロ。いつもなら、1500mを4分チョイで走るボクも、今日は最悪のコンディションだから、かなり遅くなると思う。
まず、服が違う。男子ならまだ良いけど、ボク達女子はスカートのため、スカートが足にまとわりついて走りにくい。さらに、荷物(夏休みの宿題)を持っているから、かなり遅くなっている(いまは、手さげかばんをリュックみたいにして持っている)。靴が自由なのは、かなりラッキーだった(でも、そんなに速くならない……)。
あーっ!もう!!ほんっと、ついてない……
「あれ、瑞緒さんも遅刻?」
後ろから声がしたけど、後ろを向くとスピードが落ちるので、相手が追いついてくるまで誰だか考えないことにした。
「あいかわらず、脚、速いね」
声の主がボクに並んだ。名前は……小湊右京。ボクの幼馴染の一人で、野球部のキャプテン(右京独特の、高温の声が、いつもグラウンドに響きわたっている)。しっかりしているように見えるけど、どこかヌケてる。ちなみに、女子にけっこう人気がある。
「あんたも遅刻?」
ボクの声は、かなり不機嫌だ(しかも、ボクは普段、あんたなんて言葉は絶対使わない)。
「そのとおり!」
右京が、走りながら胸を張る。全然威張ることじゃない!!
まったく……
そのとき、右京がボクをぬかそうとしたので、ボクはペースを上げた。
「おっ、速くなったね」
「ボクは、人に抜かされるのが大っ嫌いなんだ」
ボクは、できるだけそっけなく答えた。
走っているとき、時計が8時9分をさしていた。学校までは、もう少しだろう。ただ、それまでこのペースがつづくかどうか……
8時14分……
ボクと右京は、息をゼハゼハいわせながら、昇降口に到着した。
「やるね……さすが、陸上部のエース」
右京がほめてくれたのはうれしかったけど、ボクは急いで階段を駆け上がる。
だって、モタモタしてるとすべてがパァになってしまうからね。
「そういえば、瑞緒さん」
「なに?」
ボクは、階段を全力で駆け上がりながら答えた。今は2階にいるから、あと1階あがるだけで、教室にいける。
「夏休み、おおさ――」
キーンコーン……
ヤバい!
「話はあと!遅刻しないように、急げ、右京!」
ボクは、ラストスパートをかけた。
たのむ、間に合え!
ぎりぎり、セーフ!
あー、危なかった……
ボクは、時計を見る。8時16分――つまり、6キロをだいたい18分で走りきったわけだ。――うん、このペースだと、全国も狙えるな。
「ふぅ……」
ボクは、声に出して一息ついた。そして、あることを思い出した。
「そういえば、右京。ボクに、何を訊いたの?」
隣で机にへたり込んでいる右京に、ボクは訊いた。
「……」
返事が無い。
「おーい」
「……なに?」
ようやく返事が返ってきた。
「ボクに何か訊きたい事あったんじゃないの?」
「ああ、その話か。――じゃ、改めて訊くけど、瑞緒さん、夏休み、大阪の新世界にいなかった?」
「オーサカ?」
ボクの口から、遠い異国の言葉のような声が漏れる。
そのとき、がらがらという音とともに先生が教室に入ってきた
「おい、もうチャイムはなってるぞ。席に着け」
先生が教室を見渡す。
「欠席は……いないな。よし、ただちに廊下に並べ」
その言葉に、間髪いれずに右京が反応した。
「先生、2学期制になって、始業式は無いんじゃないですか?」
「ああ。だが、夏休み明け最初の日ということで、全校集会がある。そのため、8時15分までに登校しなければいけなかったんだ」
なるほど。その全校集会のせいで、ボク(と右京)は急がされたのか。
「では、急いで廊下に並べ」
……退屈。
「ふぁ……」
口から漏れそうになったあくびを、慌てて隠すボク。
でも……退屈なものは退屈なんだよね……
ボクは、本で読んだ暇な時の必殺技――円周率を頭の中で唱えることにした。(このために、1192桁までおぼえたんだよ?すごくない?)
3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164 062862089986280348253421170679 ……よし、これで小数点以下百桁までいった。
「えー、今こうして皆さんが元気でいる……」
前では、校長が退屈な話をしている(ボクの頭の中には、まったくはいってこないけど)。
よし、円周率の続き!821480865132823066470938446095505822317253594081284811174502 8410270193852110555964462294895493038196 よし、二百桁!
「えー、入学式がまるで昨日……」
44288109756659334461284756482337867831652712019091456485669234603486104543266482 13393607260249141273 ……数字で行数を増やすなんて、いんちきだって?気にしない、気にしない……(と言いつつも、冷や汗が……)。
「えー、こうしてまた元気な姿……」 7245870066063155881748815209209628292540917153643678925903600113305305488204665213841469519415116094……
「えー、これで、私の話を終わります」
3305727036575959195309218611738……お、やっと終わった(431桁も暗唱できた。うん、満足)。
集会が終わった後は、しっかり授業。正直、つらい……(あとで思えば、また円周率の暗唱をやっとけばよかったんだけど)。
このときは、右京が言ってた大阪のことなんかきれいさっぱり忘れていた。このことを思い出したのは、放課後になってから……
「瑞緒さん。朝、僕がした質問に答えてくれない?」
「質問って……なんだっけ?」
……これは、ボケた台詞じゃないからね。この時は、ほんとに忘れてたんだ。
すると、右京は、はぁ、と、ため息をついた。
「まったく……忘れっぽいのはかわってないね。
――まあ、いいや。
ほら、夏休みに大阪にいなかったかって言う質問」
ああ、あれか。言われてやっと思い出した。
「行ってないけど……なんで?」
「いや、行ってないのなら良いんだけどさ……」
はっきりしない右京の言葉。何が言いたいのか、さっぱり分からない。
そのとき、頭に浮かぶ言葉があった。
ドッペルゲンガー……
ドッペルゲンガーを見たものは、近いうちに死ぬ……
暑いはずなのに、なぜか急に寒く感じた。
「そ、それじゃぁ……」
ボクは、けげんな顔をしている右京とわかれた。こういうときは、走りまくって、思考停止状態に持ち込むにかぎる。
さーて、部活部活……
もえつきた……
あれから3時間、走って走って走りまくった。練習メニューすらおぼえていないくらい……
あー、疲れた……早く家に帰ってシャワーでもあびよっと……
自転車小屋で、ボクはあることを思い出した。
今日、ボクは自転車で登校していない……
あーあ、ここから家まで歩きかぁ……
「ただいま……」
あー……もう……死にそう……
ボクは、ふらふらの足取りで2階へ向かう。
「おかえり、昴。あ、実はちょっと……」
「その前に、かばんをおいてシャワーあびる……」
今にも消えそうな声で、ボクは答える。果たして母さんは聞こえただろうか……?
まぁ、そんなことはどうでもいいか……
思考かがなり短絡的になっていくのを、ボクは感じながら二階へあがる。
脚ががくがくするので、足取りがかなり危険だったけど、なんとか二階へあがり、ボクの部屋にはいる。
部屋にはいってすぐ、ボクはボクはベッドにたおれこんだ。そしてそのまま意識が……
「あんた、えらい疲れとんなぁ」
どこかくぐもった大阪弁。
だ、誰?
ボクは飛び起き、辺りを見回すが、誰もいない。
「見渡しても見えるわけ無いやん」
どういうこと?まさか、今度はドッペルゲンガーじゃなくて、幽霊?
いまだ部屋を見渡すボクに、また例の声が聞こえてきた。
「あんた、頭悪いなぁ……使わな腐ってまうで。
――ドアの前、見てみ」
ボクは、部屋にある鉄アレイを持って、恐る恐るドアに近づく。
Set, Ready……Go!
ボクは、一気にドアを開けた。
「こんにちは」