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アクイレギアの心臓  作者: 佐倉真由
上手な言葉が見当たらない
21/50

 ――同日、宿の一室。


 夕日はとっくに沈んだというのに、見事に赤く腫れた顎を擦りながら、レグルスはむすっとした顔で呟いた。


「……そんなに怒ることか?」

「おやまあ。それを本気で仰ってるなら僕は殿下を軽蔑しますね」


 どこまでもつかみどころのない笑顔で追い打ちをかけてくるヨナに、レグルスは肩を落としたまま胡乱な目を向ける。


「何でだよ。俺、あいつに殴られるようなこと言った覚えねえぞ」

「そうですかそれはそれは、恐るべき朴念仁と申しますかデリカシー不足と申しますか、先のご自分のお言葉覚えてらっしゃる限りで構いませんので繰り返して頂けます?」

「……『お前ほんと薄っぺらい体してんのな』?」

「結構。殴られて当然かと」


 当然だと言われても、やっぱりレグルスには具体的にどの部分がどう駄目だったのか分からない。

 対して、にこにことのっぺらぼうスマイルを顔面に貼り付けているヨナは、例によって全然目が笑っていなかった。


 妙な迫力さえ感じるその笑顔に気圧されつつ、レグルスは最前の出来事を思い返す。


「……貶したわけじゃねえだろ、別に」


 事が起きたのは、まだ日が沈む前。今の服装では何かと目立つだろうと、ヨナが調達してきた夏用の古着に袖を通していた時のことである。

 いつの間にか部屋からいなくなっていて、いつの間にか着替えて戻ってきたリンは、生成りのブラウスに小さめのベスト、少し厚手のズボンを身に着け、ぴったりとした編み上げブーツを履いて現れた。


 リンが夏服らしい夏服を着ているところなど初めて見たレグルスは、ひとまず初め驚いた。

 小さい小さいとは思っていたけれど、いつもの小汚いローブと暑苦しい上着の下に、まさかここまで頼りない身体があるとは思っていなかったのだ。


 ついさっき判明した、国を追われた当時十五歳という年齢を考えれば決して痩せ過ぎと言われる程のものではないけれど、如何せん貧弱すぎる。

 これで馬など乗れるのかと、心配になったレグルスが発した一言が、あれだ。


 不貞腐れるレグルスを眺めて、ヨナが短く息を吐いた。

 というよりレグルスには噴出したように聞こえたが、顔を上げたら胡散臭いほどいい笑顔のヨナと目が合って、その件に関しての追及は諦めた。時間の無駄だ。


 代わりに、こちらを見ていた訳を問う。


「何だよ、言いたいことあるなら言えって」

「いえ、大したことでは。それにしても、立場上人と接する機会は多い方ですが、レグルス様ほど残念とか宝の持ち腐れという言葉がしっくりくる方にお会いしたこと無いですね」


 宝の持ち腐れとはおそらく容姿のことを言われているのだろうが、持ってて良かったと実感したこともない宝なんていっそ捨ててしまいたいレグルスである。


「欲しい奴がいるなら喜んでくれてやるよこんな顔。亡命でもしねえ限り牢屋にぶち込まれてあっという間にあの世行きだけどな。父上も災難だったろうよ、やっと生まれた長男に呪われた顔代表みたいな顔面と妙な預言がついてきて、おまけに母上は俺の――」

「罪悪感ですか?」


 冷やかな声で唐突にレグルスの言葉を遮ったかと思うと、ヨナは淡々と言葉を重ねる。


「だったらおやめなさい。使い方を誤った言葉は悪い名と同じ、そのまま人を縛る呪いです。自省は結構ですが不要な重荷を背負いこんで自分が潰れてしまっては意味がない」

「……お前に説教されると変な感じだな」


 厳しい言葉は意外にも、すんなりとレグルスの腹に落ちる。

 声の調子こそ突き放すような冷たいものだったが、言われていることそのものは尤もだ。


 不意に、先入観の無意味な壁を感じ、レグルスは居心地悪そうに俯いた。


「気を付ける。あと、ごめん。俺、お前のこと誤解してたのかもしれない」

「それは何より。ですが懐かれても困るのでそのまま誤解しておいて下さいませんかね」

「は?」


 思わず聞き返したレグルスに、ヨナは目を細めて笑っているが、その実まったく笑ってなどいないことはすぐに分かる。

 三日月のように細くなった濃紫は、やはり空っぽだ。


「男とじゃれても何も面白くないですし個人的には殿下のお守なんて重労働誰か別の人間に任せたいところなんですが残念ながら家の決定には逆らえずほんとこのクソ忙しい時にあの狸どうせなら娘が欲しかったとか人の顔見る度ほざいて面倒ばっかり……おっと」


 そこで一度言葉を切ると、ヨナは底冷えのするような声で、今度こそ()()()


「まあ、邪魔さえしないで頂ければ結構ですので。頼みますよ、王子様」


 怒涛の長台詞で呆気にとられたレグルスを一瞥し、ヨナはふと態度を和らげる。

 苦笑いにも似た、自嘲めいた笑みが予想外で、ますます言葉を失ったレグルスに彼は言った。


「つまり僕はこういう人間なんです。基本何やっても優秀なんですけど、殿下と違って育ちも悪ければ性格は最悪だ。まあ母が言うには、僕もこれで案外優しいらしいんですが」


(ん? 何だろ、今……)


 ぱちりと目を瞬いたレグルスに、ヨナはわざとらしく心外そうな顔を作り、意味ありげに肩を竦めてみせる。


「信じるかどうかはお任せしますよ。ところで僕はリンのことが心配なんですが、殿下、お暇でしたら迎えに行ってやって下さいませんか」

「え……は? 俺が? 嫌だよ絶対あいつまだ怒ってるし」

「だからに決まってるでしょう。僕だって嫌ですよ、機嫌の悪いアクイレギアに声かけに行くなんて怒り狂う猛牛の群に赤い服着て飛び込むより怖……いえ失言でした。まあともかく僕もそんな自殺願望は持ち合わせておりませんので、ここは殿下が尊い犠牲に」

「おい今言い直した意味あったか!? 犠牲って!!」


 ヨナから個人的にいけ好かないと思われているのはレグルスにもよく分かったが、だからと言って仮にも自分が仕える王の息子にこの仕打ちはあんまりではなかろうか。

 ついでによくもまあ、舌も噛まず息も継がずに次から次へと喋れるものだ。

 貴族なんか辞めてリンに弟子入りすれば、きっと立派な魔術師になれることだろう。


 憤慨するレグルスの反応を見てとりあえず満足したのか、ヨナはにっこりと微笑んだ。


「冗談ですよ。先に申し上げた通り僕も忙しいので、実はこうして殿下と遊んでる場合でもリンを迎えに行ってる場合でもないんです。それに昔から、あの子の怒りが長続きした例はありませんから。そろそろ腹の虫も治まった頃だと思いますよ」


 不安ならどうぞと言ってヨナが差し出したのは、可愛らしく包装された砂糖菓子だ。


 なるほど兄貴分と言うだけあってリンの扱い方をよく分かっている。

 と、感心してレグルスは思わず受け取ってしまい、しまったと思った時にはもう廊下に追い出された後だった。


「あ……あの野郎……」

「ああそうだ忘れてました殿下」

「だっ! ってぇ……くそ! わざとやってんだろお前!」


 突然開いたドアに鼻を強打したレグルスが非難の声を上げたけれど、ヨナはそ知らぬ顔で安物の剣を差し出す。

 片手で鼻を押さえ、もう片方の手で剣を受け取り、レグルスは首を傾げた。


「……これは?」

「念の為にね。健闘を祈りますよ」


 一方的にそれだけ言って、ヨナは再び扉の向こうへ引っ込んだ。


 押し付けられた砂糖菓子と剣を交互に見つめ、行くしかないかと大きく息を吐き出して、レグルスは部屋に背を向ける。


 そうして、思い出すのだ。


(見間違い、か?)


 振り払おうとしても、脳裏に焼き付いて離れない、違和感のない違和感。

 母の言葉だと言ったその一瞬、のっぺらぼうみたいな笑顔が崩れた下にあったのは、軋むような痛みの色だった。

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