宰相の場合
初めましてこの国で宰相をさせていただいている者です。
この国の宰相になってから数十年、辛い事、苦しい事など様々な事は沢山ありましたが、今ほど困惑した事はなかったと思います。
「初めましてぇよろしくねぇ」
「……初めまして」
アランとセオストロの方をちらりと見れば二人共何食わぬ顔をしていて表情が読めません。
二人共優秀なところは認めていますが、こういう時表情が読めないのは困りますね。
室内の窓という窓は全て大きく開け放たれ、夏だというのに風の魔法もガンガンに使っているので、寒いくらいです。勇者様が羽織っていらっしゃる毛皮がとても羨ましくて仕方がありません。 ある程度勇者様について事前に話を聞かされていたとはいえ、少々、いえ、かなり珍妙な格好に頬が引きつりそうになります。我慢、我慢ですよ私。これが終われば妻に良く頑張ったと褒めてもらいましょう。
「勇者様、この国は勇者様のいらした国とはだいぶ違うかもしれませんがご容赦を」
「あら? おんなじ国なんてある訳ないじゃない」
話がすんなりと済みそうな予感にホッとします。これなら膝枕も追加してもらう時間も取れますかね。
「そうですね。それでそちらに居るアランとセオストロが勇者様と同行する二人です。あと一人居るのですが、その方には後ほどお会い出来るように取り計らっておきます」
「そうなのね。あ、ねえ、じゃあ、あの子は? あの子は一緒に行かないの?!」
「あの子?」
はて? あの子とは一体誰の事だろうと二人に目を向けると勇者様に護衛の兵を一人付けたとの返事が返って来ました。
「そうでしたか」
そういった事も報告して欲しかったのですが……。まあ、いいです。王に会わせる時にはこの濃い化粧や些かキツ過ぎる香りや妙ちくりんな格好などもどうにかして欲ので、先に勇者様の身支度をしてもらった方がいいでしょうね。
視線を勇者様から入り口付近に待機してる侍従に向けると彼も心得たかのようにお辞儀をして退室して行きました。
「それは本人の希望もありますので、後ほどさせていただきます。それで勇者様はそちらの二人からどれくらい聞いていらっしゃいますでしょうか?」
「ええっと、そうねぇ……この二人と旅するってぐらいかしら? 詳しい話はあなたがしてくれるんでしょう?」
近い近い! 先ほどまで私の向かい側に座っていらしたはずの勇者様は、いつの間にか隣に移動し、私の肩に手を置き囁きかけるように仰っていらして来るんですが、距離感がおかしい!
やめて! 変な汗が出てくるじゃないですか!
勇者様が纏っていらっしゃる強い香りに頭が痛くなってきた……。勇者様に気付かれないように書類を取る振りをして勇者様から距離を取るといつの間にかうっすら掻いていた汗を拭う。
「では、まずは勇者様をこちらにお呼びした理由からですね。勇者様にはこの国、そして世界を救っていただきたいと思っています」
「テンプレー!」
「は?」
勇者様が意味の分からない言葉を発していきなり笑いだした。
一体なんだろうか? 私は何か変な事を言っただろうかとアランたちを見れば二人共不思議そうな顔をして勇者様を見ている。
「勇者様? あの……?」
「……ああ、おかしかった。あ、ごめんなさいねぇアタシったら一度笑いだしたら止まんなくてぇ」
「いえ、説明を続けさせていただいても?」
「どんぞ〜」
意味の分からない言葉は勇者様の国の言葉なのだろうか? 確か召喚陣には言葉が通じない可能性を考えて勇者様の国の言葉をこちらのものと同じにする魔法も掛かっていたと思っていたのだが……改良の余地は有りそうですね。
セオストロに目配せすれば心得たように頷いたので、彼も同じような事を思っていたのでしょう。
勇者様には魔王討伐の旅に出ていただく事や旅に出る前にある程度勇者様にはこちらの常識を身に着けていただくが、ちんたらやっていたら脅威がいつこちらに届くかは分からないので、そういうのは程々にして旅立っていただく事、旅の間の身の回りの事や足りないであろう常識などは彼らから聞いてもらう事などを勇者様に説明させていただいたが、勇者様は時おり大口を開けて笑ったりとなんだか品のな……いえ、なんでもありません。
王には勇者様はこちらの礼儀は知らないだろうからと大目に見るようにとは言われていましたが、謁見の前に身支度だけではなく時間はありませんが、それでも一通りの礼儀作法を覚えていただいた方がいいかもしれませんね。
一通り説明が終わると侍従が戻って来たので立ち上がる。
「勇者様もお疲れでしょう。謁見の前に一度休んでもらいたく」
「それはあなたも一緒に?」
「いいえ、私には仕事が残ってますので」
丁重にお断りさせていただきます。