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ひとつぎ[続・ときつぎ]   作者: 河長未成
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ひとつぎ[続・ときつぎ] (7)

ワタルと過ごす3回目の誕生日。私にしてみれば4年前、ワタルにとっては2年前のこの日から付き合い始めた。前世で当時24才の誕生日に申し込んで、当時40才のワタルさんが受け入れてくれた。死んでしまって琴乃さんに召喚され、高校生になって亘に告白され、付き合い始めて、一年生、二年生の時は亘と亘のご両親にお祝いしてもらった。そして去年、三年生の夏休み直前に亘の中にワタルさんが来てワタルになり、2人で私の、貴美ちゃんの18才の誕生日を過ごした。1年前はまだ私達はプラトニックな関係で、大人達が望むところの健全なお付き合いだった。いや、そうでもなかったか。とりあえず一線は越えてなかった。今年は大学は休みで、バイトも琴乃さんに頼んでシフトを外してもらい、ワタルも真奈さんに休みをもらって、朝からずっと2人でイチャイチャしていた。それは私が希望した事だ。ワタルは外でデートして、ちょっと良い所で食事して、プレゼントを買って、そして夜にはケーキを食べて、それからゆっくり愛し合うつもりだったみたいだ。私はそんな事より2人だけの時間が欲しかった。ワタルに思いきり甘えて、思いきり愛して欲しかった。ワタルは私の希望に十分すぎるくらいに応えてくれて、2人ともぐったりして最後はワタルに包まれて幸せ一杯で眠った。今日一日のキスの数を数えながら。

翌日バイトに行くと、すかさず琴乃さんがこっそり声を掛けてきた。

「ニヤけてるよ。たくさん愛してもらった?」

「そうですか?ニヤけてます?恥ずかしいな。それはもう、ワタルのすべてを貰った感じですよ」

公の場では名字の北石さんで呼び、敬語で話す。

「私のカレシはワタルに比べたらちょっと淡白なのよね。あ、内容がね。たまには刺激が欲しくなるなぁ」

言いたい事は目を見ただけで伝わってくる。

「いつでも協力しますよ。私は昨日の余韻だけでしばらく大丈夫です」

「へへっ、あ~でも昨日頑張り尽くしたならちょっと日を開けた方が良さそうね」

私と同じようにニヤけながら琴乃さんは仕事に戻った。


大学ではほとんど百合華と一緒に居る。高校では校内一の美女と言われていた百合華だが、何百人と居る大学では百合華より綺麗でスタイルの良い女性は沢山居る。それでも美女の部類に入る百合華と一緒に居る私は、世間でよく言われる『美人の隣にいつも居るそうでもない女』と言うポジションに思われているだろう。百合華が引き立て役として私を引き連れている、と思われているかもしれないが実際は違う。或いはレズだと思われているかもしれない。私の恋人であるワタルに百合華は絶賛片想い中で、その想いを他の男に邪魔されたくないのだ。私が知ってるだけでも百合華は5人の男から誘われている。真面目に告白する人も居れば軽い感じで誘う人も居た。初めの内は正直に「好きな人が居るから」と断っていたが、それだと相手はまだチャンスが有ると勘違いするから「カレシが居る」と言った方がいいとアドバイスした。それでも引き下がらない男には私の出番だ。百合華の架空のカレシがとても紳士で百合華を誰よりも大切にしていて、他の男は入り込む隙間が無い事を丁寧に説明する。それならばと、百合華を諦めて隣に居る数ランク下がる私を誘うが、私にもカレシが居ると言うと、相手は「やってらんない」という表情で退散していく。百合華の架空のカレシの設定はもちろんワタルだ。初めのうちは、百合華はワタルの事を私に気を使ってかあまり聞かなかったが、夏休みの家庭教師のアルバイトの打ち上げでワタルのメガネ姿を見てからは聞くようになった。募る想いが消化しきれずに溢れてくるように、普段の様子や、今までは恥ずかしくて聞けなかった夜の事まで知りたがった。私も正直に教えてあげると、ワタルに愛される私を自分と置き換えて妄想して幸せそうな顔をしている。

ワタルの話で盛り上がってると、ふと背後から視線を感じた。これは少し前から感じていた視線だ。私はいち早く感じていたが、さすがに百合華も何人もから誘われていたから既に感じていたらしく、「まただね」と言うと「そうみたいね」とため息混じりに 答える。私と一緒だから声を掛け辛いのかもしれないから離れようとしたけど、百合華はまだ一人だと不安らしい。大学に入ってから百合華との再会の場面が軽くトラウマになっているのだろう。さっさと声を掛けさせてスパッと断れば、いつまでも背後から見つめられる気持ち悪さから解放されると思うのだが、私の存在が心強いらしい。モテる辛さは私には分からない。

大学からの帰り道、今日はバイトが休みだから久しぶりにお茶して帰ろうかと信号待ちで百合華と話していると、後ろから声を掛けられた。

「あの、ちょっといい?」

ずっと視線を送っていた男だ。

「なに?」

無表情で振り向いた。少し遅れて百合華も振り向く。

「ちょ、ちょっと話したいんだけど・・」

無表情という迫力に男は少し気圧されている。見たところあまり特徴の無い、ごく普通の若者だ。

「いいけど手短にね」

これからワタルを肴に女子トークで盛り上がりたい。

「できれば2人きりで」

百合華は困った顔で私を見た。この人にとっては一大事かもしれないが、私達にとってはある意味日常の事だ。百合華に告白して百合華は断ってさようなら。さっさと一連の流れ作業を終わらせたい。

「別に2人で居てもいいじゃ・・・」

「キミと」

彼は私を指差した。いきなり指を指すのは非礼だと思う前に、まったくの予想外の出来事に混乱した。身構えていた百合華も目を丸くして呆気にとられている。

「わ、わたし?」

「そう、サイモンさんでいいのかな?」

「いえ、西の門と書いてニシカドって読むんだけど、私なの?」

あだ名はサイモン。なんか外人っぽくて、バイト先でもいちいち訂正するのも面倒だからそう呼んでもらっている。お客さんの中には日系の外国人だと思ってる人も居た。そんな事は今は関係なくて、しばらく自分を指差したまま固まっていた。

「じゃあ私、先に帰るね。また明日ね」

「あ、ちょ、ちょっと待っ・・・」

いち早く混乱を脱した百合華は、ホッとしたのか面白がっているのか、スキップでもしそうなくらい上機嫌で去っていった。これまで幾度となく助けてあげたのに薄情な女だ。まあこれくらいの事は自分でなんとかできるだろうと思ってくれているのだろう。

「とりあえずお茶でもどう?」

この状況で断るのも何か後味が悪い。それに何も私への告白だと決まった訳でもない。本命へのラブレターをその友人に託すのかもしれないし、宗教の勧誘だったり、割りのいい危ないアルバイトの誘いという線も有る。私の名前を、読み方は間違っていても知っていたのだから、たぶんあのファーストフードに来た事があるのだろう。とにかく話だけでも聞いてあげよう。百合華と来るつもりだった喫茶店で、初対面の男の人と向き合う事となった。

「突然でごめんね。僕は幾多保。キミと同じ大学の一年生、だけど一浪してるからトシは一つ上になるよ。ニシカドさん、下の名前はタカミでいいのかな?」

「幾多さん・・ですか?」

「普通に同級生のように呼んでくれていいよ」

「じゃあ、幾多クン。そうです。あ、そうだよ、私の名前はニシカドタカミよ」

「そうか、ニシカドタカミさん。タバコ吸ってもいい?」

一応了解を取るのはいいが、私の返事を待たずに胸のポケットからタバコを取り出して火を付けた。思えば私の周りではタバコを吸うのはお祖父ちゃんだけだ。前世、元居た時間軸ではワタルさんはタバコを吸っていた。ワタルは20才になったらタバコを吸うのだろうか?ワタルさんに止めるように言っても、本数は減らしても「なかなか止められないんだ」と言って吸い続けていた。

「西門さんを初めて見たのは夏休みに加美野井の駅前のファーストフードに行った時、僕に対応してくれたんだ。もちろん覚えてないよね?」

「はぁ」

1日に何十人と応対するのだからいちいち覚えてない。何か特徴があれば記憶に残っているかもしれないが、目の前の大して特徴の無い幾多クンの事は残念ながらというか当然記憶に無い。

「その時にちょっと好意を持って、それから2~3回行ってネームプレートを見て名前を覚えたんだ。読み方は間違っていたけどね」

お客さんの中には、特に夏休みの学生なんかはバイトの女子をからかったりする人も居る。そんな人達にも笑顔で応対しなければいけないストレスはかなりのものだ。ネームプレートで名前を覚えるなんてストーカーの初期段階で、はっきり言って気持ち悪い。

「大学が再開してキャンパスで西門さんを見掛けた時は驚いたし嬉しかったよ。運命を感じたね」

ますます気持ち悪さが増してくる。

「そこで、思い切って言うけど、僕と付き合ってくれないか」

火を付けたきりほとんど吸ってないタバコの灰を5秒毎に灰皿に落としている。その自分の指先を見ながら幾多クンは告白した。緊張しているようにも見えるし、本心から言ってないようにも見える。これは『将を射んと欲すればまず馬を射よ』と言うことなのかもしれない。百合華が本命だけどハードルが高いから、まず友達の私と付き合って百合華とも仲良くなって、頃合いを見て百合華に乗り換える戦術か?

「私、カレシ居るよ」

「え~、居るの?」

その驚きは少々プライドが傷つく。

「ちなみに百合華もカレシ居るよ」

「百合華?あぁ、さっき一緒に居たコ?あのコなら居るだろうね、美人だし」

まだ殆んど飲んでいないコーヒーを顔面に掛けてやろうかと思った。美人の百合華にカレシが居るのは当たり前のように言って、私にカレシが居る事に驚くなんて。

「カレシとはどれくらい付き合ってるの?」

「そんな事あなたに関係無いでしょう!?」

腹立たしい。イライラする。

「ゴメン、なんか失礼な事言ってるよね。謝るよ。こんな経験したこと無いからどう話していいか分からないんだ」

私の苛立ちが顔に出ているのが分かったのだろう。何に苛立っているのかは分かっていないのだろうけど、とりあえず謝る所は評価してあげよう。

「私とカレシは高1からよ。とても固い絆で結ばれてるの」

素直に謝ったご褒美に少しだけ教えてあげた。

「長いんだね、羨ましいな~。僕はまだ女の人と付き合ったこと無いから、付き合うって事がどういう事か分からないんだ」

それが本当なら納得できる。いや、本当だろう。何て言うか、マイペース過ぎる。女性と付き合うどころか同性の友達も殆んど居ないんじゃないかと思う。

「どうだろう、カレシに隠れてちょっとだけ付き合ってくれないかな?諦めきれないんだ。初めて本気で好きになったから」

「あんたバカじゃないの?」

どこまでマイペースでわがままなんだ!?さっきより数段イライラして怒りさえ覚える。

「バカなのは分かってる。だからせめて教えてもらえないかな、女の人との付き合い方を。レッスンしてもらって僕が一人前になったら潔くキミから離れるから。本気なんだ、本当に西門さんが好きなんだ!」

すがるような目で私を見る。どうやら本気みたいだ。本当に私の事が好きみたいだ。前世での数少ない男性遍歴でも純粋に告白された事は無い。ナンパされて一晩だけ付き合ったり、ただの若いコ好きのオジサンの遊び相手だったり、職場の上司の不倫相手、先輩がセッティングした合コンで知り合った好きでもない男と何となく付き合って他の女に乗り換えられて、最後にワタルさんを好きになって私から告白した。私が告白されるなんて全く想像してなかった。隣で百合華が告白されるのを見ても羨ましいなんて1ミリも思わなかった。さっきまでの怒りさえ覚える苛立ちが治まって少し嬉しくなったが、それはそれとしてそんな馬鹿げた話に乗るわけにはいかない。私には愛するワタルが居る。ここはきっぱりハッキリ断らないと・・・

「一旦持ち帰って考えてみていい?」

私の意図しない言葉が私の口から出た。私の中の貴美チャンが発した言葉だ。これまでもこういう事は有った。ワタルと愛し合って最高潮に達する時に、たまに貴美チャンが声をあげる事が有った。

「ホントに考えてくれるの?」

予想外の言葉に呆気に取られた幾多クンが、自分自身の言葉に呆気に取られる私に訊いた。

「と、とにかく色々相談してみるから期待しないで待ってて」

すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲んで逃げるようにお店を出た。家に帰ってじっくりと貴美チャンと話し合わなければならない。

コンビニ弁当を買って帰り、洗濯物を取り込んだり慌ただしく食事とお風呂を済ませ、携帯の電源を切ってソファーに座ってゆっくり自分の中の貴美チャンに問い掛ける。

「どうしてあんな事言ったの?」

(理由はいろいろあるよ)

貴美チャンは落ち着いた口調で私の心に答える。

(ワタルの事。一度タカミさんと話さなきゃならないと思ってたの。アタシも事情は理解してるけど、やっぱり真奈さんや琴乃さんと今でもイチャイチャしてるのはあまり気分がいいものじゃないの。なんかズルい)

それは私も感じていた。真奈さんや琴乃さんとあんな事してるのを知ると貴美チャンは不機嫌になっていた。それでもワタルに優しく愛されると途端に上機嫌になり、時々感極まってこの口から歓喜の声を出していた。

「つまり、平たく言うとワタルが浮気してるから私達も浮気しようよ、って事なの?」

(そうとも取れるけど、もっと言うとワタルしか男の人を知らないのは、なんかもったいないって言うか、他の人も経験してみたいじゃない?タカミさんは前世で経験してるからいいけど、アタシはワタルしか知らないんだもん。真奈さんも琴乃さんもワタル以外にパートナーが居てアタシだけ取り残された気分よ)

分からないではない。けど、ここまで貪欲なコだとは思わなかった。

(だからせめて大学卒業まではいろいろ経験してみたい。ワタルとだけだったら社会人と学生だからそれなりの付き合いしかできないじゃない?もっと学生らしいお付き合いがしてみたいと思うんだけど、どうかな?)

私と貴美チャンで話し合って私が表に出てるけど、元々はこの体は貴美チャンだけのもの。このまま平穏に過ごせばやがて真奈さんのように私と貴美チャンの魂は完全に融合できる。それまでは決定的な対立は避けなければならない。魂の優先的生存権は圧倒的に貴美チャンに有る。修復不可能なくらいに対立してしまったら私は追い出されてしまう。追い出された私の魂は行き場が無くなって消滅してしまう。だから貴美チャンの意見に従わざるを得ないのだけれども、そうだとしても私なりに納得できる理由が欲しい。

「そうね、今回は貴美チャンの言う事を聞くわ。ただし、私の出す条件を全部あの幾多クンが飲めばの話よ。それと、ワタルとの関係を1ランク下げるのだから百合華にチャンスをあげるわよ。そうしたらワタルハーレムに加わる事になるけどそれでもいい?」

(1ランク下げるって?)

「今までは完全に恋人だったけど、幾多クンと付き合うならワタルとはセフレ以上恋人未満になるのよ。ワタルとの関係は続けたいでしょ?」

(もちろんよ。で、幾多クンに出す条件って?)

「それはこれから具体的に考えるよ」

既に大まかな事は思い浮かんでいる。私の幾多クンに対する考え方も、方針は浮かんでいる。それが正解なのかどうかは私には分からない。真奈さんに相談してみよう。


「驚いたわね」

「何?私がモテること?」

「えっ?ああ、そっちの方だったら今までタカミが誰からも告白された事が無かったことが驚きだけど、まさかそっちの方向から百合華ちゃんに隙を見せるなんて思わなかったわ」

ワタルに内緒で真奈さんに家に来てもらって私のプランを聞いてもらっている。

「てっきり正面からワタルを説得するって思ってたんだけどね。私はワタルのメガネ姿を見せたら百合華ちゃんが我慢できなくなるって踏んだんだけど、あのコは一生懸命自分にブレーキ掛けてるみたいだし、ワタルはその気は無いけどタカミや私が説得したらたぶん重い腰を上げてたでしょうね」

「私もそう思う。で、どう思う?私の出す条件を飲むかな?」

「普通は飲まないわね。でもその幾多クンは女のコと付き合った事無いんでしょう?当然未経験よね、少なくともシロートは。今はタカミの事で頭が一杯なんだろうから飲む方に私は賭けるわ。それで飲んだらタカミはそのコをどうするつもり?」

「そうね、琴乃さん風に言うなら調教ね。どうせ雑誌か何かを読んでマニュアル通りの事しか思い付かないでしょ?私も経験豊富ってわけじゃないけど私なりに教えてあげるつもりよ」

「そう。タカミの事だからとやかく言わなくても大丈夫だと思うけど、一つだけ忠告しておくわ。私の前世での失敗は前に話したでしょ?大学で新たな扉を見つけて開けてみたらそれまで見たこともない世界に魅せられて、のめり込んで、結局大失敗してしまったの。それだけは心に留めておいてね」

「ありがとう。もし何かあったらすぐに相談するね」

真奈さんは幾多クンが私の出す条件を飲むと思っているが、私は半々だと思う。こんな条件を出すなんて、自分自身に`お前はナニサマだ!´と言いたくなる。一応真奈さんのお墨付きは貰ったから幾多クンに呈示してみよう。


百合華は当然ハッキリ断ったと思っていたようで、条件呈示の事を聞いて珍しく私に怒った。

「何でよ!何で亘が居るのにそいつと付き合う気になるのよ!条件付きだとしても理解できない!」

「でもね、私がワタルと少し距離を取る事によって百合華がワタルと付き合えるかもしれないのよ?」

「そ、そんな事言わないでよ!それじゃあまるで私の為みたいじゃないの。私は今のままでも良いの。大好きな亘の近くに居られるだけで・・・」

「ホントにそれでいいの?いいのよ、私に遠慮しないで言いなさいよ。ワタルに愛してもらいたいんでしょ?イチャイチャしたいんでしょ?キスされたり触られたり・・・」

「やめて!そんな事・・言わないで・・よ」

顔を赤くしてモジモジしてる。男目線だと百合華のような美女のこんな姿はたまらないだろう。

「とにかく、幾多クンが条件を飲めばの話よ。もし彼と付き合わなくても私は百合華の希望は叶えられるようにするから。それにはまだ百合華に話してない事も知ってもらわないといけないの。百合華にはそれを受け入れてもらいたいの」

「何なの?」

「どっちにしても後で話すから。まずは幾多クンに会ってからよ」

果たして百合華に受け入れられるだろうか?ワタルハーレムの正会員になれるか、それともそんな、百合華からしてみたら乱れた関係を激しく批難してワタルを軽蔑するようになってしまうか。私はそれでも百合華はワタルへの想いを貫く方に賭ける。

幾多クンに示す条件は、まずお付き合いは長くても大学卒業までの間だけ。その上、留年したら即終了。いくら貴美チャンが青春を満喫したいからと言っても学業を優先させたい。幾多クンにもそうしてもらう。次に私の家には来ない事。亘クンみたいにお金目当てになられるといろいろ面倒だ。それから、週末はワタルと会うのを基本的に邪魔しない事。これは絶対に譲れない。週末は殆んどバイトが有るから実質幾多クンと会えても金曜の夜か土曜の夜かのどちらかになる。そして、いずれそうなるだろうけど私を妊娠させるような事はしない事。これは前世でお母さんから口を酸っぱくして言われていたことで、男の本能より私の体の事を第一に考えてもらいたい。私がそういう薬を飲めばいいのだろうけど、ワタルと話し合って薬に頼らないと決めた。ワタルでさえ時々そのまましたくなるらしいが、グッと我慢している。それは私だってそうだ。ワタルのすべてを全身で受け止めたいけど、その時が来るまで私も我慢だ。その他にも細かい制約を強いるつもりだけど、これらの条件を飲んでくれれば、幾多クンを一人前の男に調教してあげられると思う。貴美チャンにもこの条件で納得してもらった。

バイトの無い夕方、あまり目立った特徴の無い幾多クンを出口で探してこの間の喫茶店に誘った。

「まずは私の境遇と私のカレシ、ワタルとの絆を分かってもらいたいの」

私が高校入学する直前に両親を亡くし、高校に入ってからワタルと付き合い始めて、ワタルのご両親にも本当の娘のように支えてもらい、そのワタルのご両親も去年の7月に事故で亡くなって、その車に同乗していたワタルが記憶を無くして、徐々に回復しているけど、私がワタルを支えてワタルも私を支えてくれて、2人で支え合って今まで生きてこれからも生きていく事を説明した。

「ご両親が亡くなってお金はどうしてるの?大学だってかなりお金が掛かるのに」

「確かにお金の事を考えると大学なんて行ってる場合じゃないんだけど、お父さんがね、私が中学生の頃から`今の時代、女の子でも大学くらいは出てないといけないよ´って言ってたからそれを遺言だと思ってるの。大学のお金は両親の遺産とかで何とかなってるし、生活費は私のバイトと社会人のワタルのお給料で何とか賄ってるのよ」

お父さんの遺言というのは、本当に貴美チャンが言われていた事らしい。

「その亘クンとは一緒に住んでないの?僕が言うのもおかしいけど、一緒に住めば節約できるんじゃない?」

「いずれはそうするつもりだけど、お互い持ち家で税金とかも大変なんだけどね、やっぱり家に思い入れが有るからなかなか手離せないのよ。幾多クンは実家から?」

「いや、キミの話を聞いて恥ずかしいんだけど、実家からでも通えるんだけど親にわがまま言って近くにアパートを借りてるんだよ。家賃も親に払ってもらって仕送りまでしてもらってる。こんなんじゃ駄目だね、俺もバイトした方がいいね」

「それがいいよ。さて、ここから本題ね。これから私が言う条件を飲むならあなたと付き合うよ」

幾多クンに私が考えた条件を言った。

「カレシとの付き合いは続けるって事?」

「もちろんよ、あなたと期間限定で付き合うとしてもそれでワタルと一旦別れるなんて考えられない。ワタルとは将来もずっと一緒よ。その長い付き合いの中であなたとの事はただのアクシデントの一つに過ぎないわ」

「僕にキミとの将来は無いのか」

「そうよ、最初にハッキリ言っとかないとね。それが嫌ならこの話は無かったことにしてもらう」

幾多クンはしばらく考え込んだ。それでいい。こんな身勝手な条件を二つ返事で受けるようだと逆に信用できない。彼は火の付いたタバコの先を見つめて一生懸命心の妥協点を探っている。もし付き合い出したらタバコもやめてもらおう。

「分かった、それでいいよ。僕にとって制限が多い条件だけど、キミと付き合えるなら飲むよ。恋愛未経験の僕にいろいろ教えてくれ」

「そう、いいのね。私もそんなに経験豊富じゃないけど一般的に恥ずかしくない程度には育ててあげる。付き合うに当たって追加条件。デートはあまりお金の掛からないようにしてね。割り勘で私も出すから身の丈に合ったお付き合いをしましょ?」

「そうだね、そうしよう。僕もいろいろ調べて知恵を出すようにするよ」

連絡先を交換してお互いの呼び方を『貴美チャン』『保クン』に決めた。そういうのは普通は付き合っていく過程で自然とそうなるものだけれども、ある意味契約事みたいだからこれでいいだろう。

「ところでカレシには内緒にするの?」

「ううん、隠し事はしたくないから正直に言うよ」

「大丈夫なの?」

「平気じゃないけど大丈夫よ。ワタルは優しいから初めは怒っても最後には許してくれる」

そうは言ったもののどんな風に言おうか考えあぐねている。殴られたり`じゃあきっぱり別れよう´なんて言われる事は無いだろうけど、泣きながら引き留められたらどうなるか、私にも分からない。私は自分を後戻りできない状況に置く意味もあってハーレムメンバーの真奈さんと琴乃さん、それに準会員の百合華に報告した。

真奈さんには事前に言っていたから細かい説明は必要無かった。琴乃さんはこれまで以上の頻度でアリバイの共犯になる事を求められた。百合華には『ワタルハーレム』の実態を打ち明けた。真奈さんとの出会いは正直に話せるけど琴乃さんとは正直には言えない。だから『琴乃さんって人は人の心が見える超能力者』という設定にしておいた。ワタルの記憶を取り戻す手助けをする対価をカラダで払っている、と言っておいた。もしも百合華と琴乃さんが会うような事があっても辻褄が合うように琴乃さんにもその設定に了解を得た。

「どう?ワタルを不潔だと思う?それを許している私を変だと思う?」

「不潔だとか変だとか、そんなの分からない。敢えて言うなら信じられない。私の理解が全然追い付かないよ」

「そうでしょうね。でも私とワタルの付き合いのレベルが下がるから後は百合華次第よ。ワタルはあの2人とは仕方なく関係を持ってる所があるから、口説くには相当戦略が必要よ。百合華が口説き落とせても私やあの2人との関係は続くと思うよ。ハーレムの一員になる気があるのなら頑張ってね」

酷く上から目線の言い方になったが、こんな風に言われると百合華の心にも火が付くだろう。

「少し頭を整理してからどうするか考えるわ」

もし本気で百合華が口説いたら普通の男はすぐに落ちるだろう。綺麗な顔と服を着ていても分かるスタイルだ。もう少し背が高ければファッションモデルにもなれそうなくらいだ。でも相手はワタルだ。どんな戦略を練るのか、客観的に楽しみだ。保クンとの付き合いよりそっちの方がよっぽど興味がある。


「ワタル、聞いて。私ね、この間告白されちゃったの」

「おぉー、それはおめでとう。って言うか今まで誰にもコクられなかったのが不思議なくらいだよ。やっとタカミの可愛らしさが認められたんだな。で、どんな男だ?」

「あら、男って決めつけるの?」

「ん?まさか女か?」

「ううん、男の人よ。どんなって言われたらね、よく探さないと見つけられないような普通の人よ」

どう切り出そうかと考えていたけど、結局普通に、ありふれた出来事の一つのように話した。

「やっぱりそういうのって嬉しいものなのか?」

「そうね、私って前世でもまともな恋愛ってしてなかったじゃない?ちゃんとコクられたのも亘クンが初めてだったしね」

「そうか、亘クンは成功したけどそいつはあえなく撃沈か。まあ若いうちはそういうもんだからな。でも普通は隣に居る百合華に行きそうなもんだけどな。あっ、別にタカミと百合華を比べてって意味じゃないよ。見た目だけだと百合華の方が美人なのはお前も認めるだろ?」

「それはそうよ。劣等感を感じる前に人としてあのコに憧れるわよね。毎日百合華とデート気分よ。いいでしょう?」

このままだと百合華の話題に持っていかれて本題を話せない。ワタルとの会話は尽きなくて楽しいけど、話があちこちに飛んでいって最初の話題を思い出せない時がある。

「それでね、そのコクってきた人、保クンって言うんだけど、その人と付き合おうと思うの」

「へっ?今何とおっしゃったの?」

「だからね、ワタルと平行して保クンと付き合うのよ。付き合うって言うか調教って感じかな。彼は今まで女の人と付き合った事が無くて・・・」

「待て待て待て!何言ってんだよ?俺と平行してって・・」

「だ・か・ら、保クンは私と同じ一年生だけど浪人して1コ上なのね。彼とは大学生らしい付き合いをして、ワタルとは固い絆で結ばれた大人の付き合いをするのよ」

「何だよ!学生の間に羽を伸ばしたいってのか?そんなの認められるわけ無いだろ!」

「私は認めてあげてるのに?」

「グッ・・、じゃあ分かった。今後一切俺は真奈さんとも琴乃さんともシない。だからお前もそいつと付き合うなんて言うな」

「今まで散々ヤったのにズルくない?」

「それは・・き、汚いぞ。平日は自由にさせて、琴乃さんにはアリバイの共犯にまでなっておいて、それで今度は自分もつまみ食いってのか?第一そんなのそいつも納得しないだろ」

「残念ね、ちゃんと平行交際の条件を飲んでもらったわ。それに彼とは長くても大学卒業までって言ってあるし、納得もしてもらってるよ」

事前のシミュレーション通りの展開でこちらには余裕がある。ワタルにはかわいそうだけどすべて掌の上だ。

「お前はいつもそうだ。大事な事は全部決めてから俺には承諾せざるを得ない状況で俺に話す。計画性が有るのはいいけど、せめて前もって俺に相談しろよ」

「そうね、そうだったね。ごめんなさい。これからはなるべく相談します。だから今回は認めてよ」

「タカミ、俺は認めたくない。女々しく嫉妬してるんだと思っても構わない。だけどそいつと付き合うって事はいずれは男女の関係になるんだろ?そいつ、ちゃんと予防してくれるのか?」

「そうなった時はちゃんと釘を刺して念を押すよ。まだ未経験だからそれが常識だって教えてあげるよ」

「お前、前世でお母さんに言われてた事忘れたのか?男ってのは欲望を上書きしていくんだよ。そうなったらいくらそいつがヒョロッこいヤツでも力では男に敵わないだろ?取り返しのつかない事になる前にやめとけよ。例えそんな事しなくてもお前を傷付けるかもしれない。俺はそんな事は絶対に許せない」

「まるで常識人は自分だけって言いたげね。ワタルが私を大切に思ってくれるのは嬉しいよ。でもね、そうよ、学生の間は羽を伸ばしたいのよ。ワタルと居るのが息苦しいんじゃない。私だって他の人に少し興味を持ってもいいじゃない」

「それは・・・」

ワタルは私の胸の辺りを見た。さすがに私一人の意見じゃない事に気付いたようだ。

「そういう事か。気持ちは分かった。認めたくないけどそれでもお前は、タカミ達はそうするんだろう。だったら約束してくれ、もし危なくなったら絶対に俺に連絡するんだ。俺は何があってもお前を守るから」

「分かった、約束する。二度とワタルに悲しい思いはさせない」

さすがに快諾とはいかないが、とりあえずワタルの了解を貰ったと解釈した。これで百合華はどうでるか?幾多クンの事より百合華が想いを遂げられるかの方が野次馬的好奇心で興味深い。

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