ひとつぎ[続・ときつぎ] (5)
翌日からまた通常に戻った。真奈さんは3日に2日は仕事に出掛け、俺は事務所兼真奈さん宅で電話対応とスケジュール管理。真奈さんに言われた通り、Xデーとその翌日は予定を入れないで、作業が無い時は過去の例を何度も見返して対応をシミュレーションした。楓ちゃんのケースの二の舞は避けなければならない。個人的な繋がりを持ってしまうと情が移ってしまう。親身にならなくてはいけないが、踏み込み過ぎるとややこしくなる。楓ちゃんはもう仕方がない。幸い、あれ以来メールは無いが、夏休みになると[会いたい]等と言ってくるかもしれない。可能性の無い俺に執着しないで何とか勉強に気持ちが向いてほしい。
Xデーを翌日に控えた金曜日、仕事で出掛けた真奈さんの帰りをを待っていた。翌日の段取りを確認しておきたかった。メールで済む事だけど、直接聞いておきたかった。「特別な事は何もしなくていい」と言っていたけど、俺とタカミにとってやはり特別な事だ。第一、カレと会う場所も聞いていない。この部屋に4人入るのは狭くはないがゆとりも無い。それなら俺かタカミの家なら十分くつろげるし、それなりの食事も提供できる。そうするのならカレの好きなものを聞いて買い物をするし、家の掃除なんかもしておきたい。普段からどちらの家も一週置きに2人係りで掃除しているが、大事な客人を迎え入れる為に、より念入りにする心構えはできている。真奈さんの友人として恥ずかしくないようにしなくては。
いろいろ考えていると真奈さんが帰ってきて、ハグとキスで出迎えた。こんな事をするのは最後かもしれない。俺はタカミから許可されているが、真奈さんのカレシが許すとは思えない。一般的に男はそういうのを嫌がる。例え見えない所でも自分のカノジョが他の男とキスするなんて考えたくない事だ。
「明日は俺達はどうすればいいんだ?」
「そう言えば何も言ってなかったわね。お昼頃にここに集合よ」
「やっぱりここでご対面か、ちょっと狭くないか?なんなら俺かタカミの家でもいいよ」
「そうじゃないわ、ここで集合して出掛けるの。ちょっと駅前までね。あ、そうそう、朝は軽めに済ませておいてね。4人でお昼食べるから。カレの奢りだけど遠慮しないでね」
「カレの奢りって・・・」
「いいから明日を楽しみにしてなさい。さあ、もう帰ってタカミとイチャイチャして。一週間振りでしょ?明日はすっきりした顔で来てね。今のワタルっていかにも溜まってるって顔になってるわよ」
思えば先週までは、平日は琴乃さんや真奈さんに相手してもらって一人遊びは随分していない。この間の土曜日にタカミとしたのが一番最近だ。別に3人を道具にしているわけではないが、男としての欲望はどうしても避けられない。これからは週末のタカミだけになるのだから、せめて顔に出ないようにしなければ。
「それと、明日はあまりラフ過ぎない服装でお願いね。ちょっと良い所に行くからね」
結局具体的な事は聞けないまま帰された。終始ニコニコしながら落ち着いて話す真奈さんに比べ、自分の事のように緊張していた自分がおかしかった。不安じゃなく、期待でドキドキしていて変にテンションが上がる。その高いテンションのままタカミの家に帰った。予め琴乃さんに頼んでタカミのバイトは連休を貰ってある。笑顔で迎え入れるタカミを強く抱き締めた。
「ウフッ、ワタルが帰ってくる少し前に真奈さんからメールがあって、その通りだったよ。私もだったから少しすっきりしたかな。今夜は寝かさないよって言いたいところだけど、明日目の下にクマ作って行くわけにいかないからほどほどにして明日の夜に取っとこうね」
既にタカミには真奈さんから俺に言った事と同じ内容のメールがあったらしい。「明日は何着て行こうかな」とタカミの部屋でファッションショーが始まった。思えばタカミの部屋に入る事はあまり無かった。家を掃除するときも「普段から部屋はしてるから」と手を出させなかったし、俺も気にしていなかった。愛し合って眠るのは両親が使っていた部屋の大きなダブルベッドで、さっき帰ってきた時も玄関から直行した。タカミが服を着たり脱いだりする度に、いつものお風呂上がりの匂いとタカミの部屋の匂いが混ざって新鮮な興奮を覚えた。ふざけてちょっとセクシーな服を着てポーズをとったタカミを抱き締めた。
「ここで?」
「イヤか?」
「もう、しょうがないな。でも私もちょっと思ってたよ」
タカミの小さめのベッドもいいものだ。そのまま重なりあうように、いつもより密着して眠った。
翌日、いよいよXデー当日。真奈さんに言われた通りパンとコーヒーだけの軽めの朝食。タカミは昨夜選んだ服を着て、俺は昨日の服のまま、まずは俺の家に寄った。さすがにこの服のままだとマズいので俺も着替える為だ。昨日真奈さんに言われてから俺も自分の持ってる服から一応幾つか候補を考えていた。と言ってもそんなに持ってないので大して時間はかからない。上下の組み合わせを考えるのはタカミに任せた。俺には考えつかない組み合わせで、タカミのセンスに感謝だ。いや、俺にファッションセンスが無いだけかもしれない。これからは他人と会う機会も増えるから服装にも気を使わないといけない。幸いなことに女性の目を気にする必要は無いけど、それなりにTPOを考えないと。身だしなみで印象が違ってくる。
はやる気持ちを抑えられずに、少し早めに真奈さんの家に行った。そんな俺達と違って真奈さんはまだ部屋着のままだった。落ち着き払っていつもと同じように迎えてくれた。
「2人とも気合い入ってるわね。ちょっと待ってて、私も仕度するから」
ゆっくりと、当然俺達の目を気にする事なく堂々と着替えて、仕事で出掛けるときよりも薄めにメイクした顔。まるで自分が主役ではないような雰囲気だ。
「タカミは化粧しないの?」
もう少し時間があるからと真奈さんはベッドに腰掛けたタカミに訊いた。女子が大学生になる頃にはそういうのに興味を持つものだろう。今時は高校生でも化粧している。前世で俺が高校生の頃は女子が化粧なんかしていると『不良』のレッテルが付けられたものだ。
「バイト先は基本的に化粧禁止だからね。若いコは。それに大学でいつも一緒に居る百合華がスッピンなのに私が化粧してたら滑稽でしょ?スッピンでも綺麗な百合華の隣で化粧して頑張ってるみたいで」
「ああ、百合華ちゃんね。会った事無いけどそんなに綺麗なの?いいわね、ワタル。オトナの私、少女のような琴乃ちゃん、可愛いタカミ、そして美人の百合華ちゃん、それに女子高生の楓ちゃん。最強のハーレムね。5人相手じゃ逆にカラダが持たなくて大変かな?」
「ハーレム言うな!そんなんじゃないだろう。真奈さんはめでたくカレシが出来るし琴乃さんだってちゃんとカレシが居る。楓ちゃんは何とか違う方向に向かわせるし、百合華はまだその輪の中に入らないだろう」
「`まだ´って事は近い将来そうなるのね」
「あ、いや、言い間違えた。そうはならない。俺にはタカミが居れば充分だ。真奈さんや琴乃さんとの事は間違いだとは思ってないけどそれはそれだ。特別な、普通じゃ有り得ない特別な事情だろ?百合華の気持ちは知ってるけど、特別な事情なんて無いんだからそんな事にはならない。って、そんな事言ってる場合じゃないだろ?そろそろ出掛けないと」
「アハハッ、必死になっててカワイイ。そうね、じゃあ行こうかね。タカミ、一度百合華ちゃんに会わせて。そんな綺麗なコに会ってみたいわ。頼みたい事も有るし」
「うん、いつでも連絡して。都合を調整するよ」
いくら時間潰しとしてもいいようにからかわれた。それにしても百合華に頼み事って何だろう?不本意ながら『ワタルハーレム』と名付けられたネットワークの中に引き摺り込んで何やら画策するつもりか?あれこれ考えを巡らせても、恐らく俺の知らない所で彼女達だけで話が進んでいくのだろう。女は秘密を共有したがるものだから。
「ここよ」
「えっ!ここ?」
連れて来られたのは駅前のメインストリートから一本路地に入った所にあるお高い焼肉屋。もちろんその存在は知っていた。俺やタカミの持ち金なら問題なく入れるお店だが、俺達のような十代の若者だとかなり場違いに思われる高級店だ。比較的お金持ちが多いこの街では結構流行っていて、週末の夜は予約が取りづらいと聞いた事がある。お昼だから予約が取れたのか、そもそもここを奢ってくれると言うカレもそれなりにお金を持っていると言うことか。タカミと外でデートするときの食事はファミレスかファーストフードばかりなので少し緊張する。
「`遠藤´で予約してるんですけど」
「はい、もうお越しになっています」
女性の店員さんに2階の個室に案内された。いよいよご対面だ。堂々としている真奈さんとは対照的に俺が緊張してしまって思わずタカミの手を握った。
「やあ!真奈、会いたかったよ」
「私もよ、由貴斗」
満面の笑みで握手をする2人。店員さんや俺達が居なければ抱き合ってキスでもしそうな勢いだ。
「キミが東堂亘君でキミが西門貴美さんだね。僕は遠藤由貴斗。真奈からいろいろ聞いてるよ。君達にも会えて嬉しいよ」
俺達にも真奈さんに見せたのと同じくらいの笑顔で握手をした。その手は俺の、亘クンの手より少し大きくて、それでいてゴツゴツした感じは無く柔らかい。ポロシャツにジャケットを羽織り、ゴルフ帰りのオジさんぽいが、それなりに鍛えているのか引き締まった体に似合っている。顔は思っていたほどイケメンではないが、笑顔の爽やかさが印象に残る。営業担当というだけあって総合的に見て好印象だ。
「じゃあ始めようか」
大きなテーブルを挟んで真奈さんと遠藤さんが並んで座っているのを見ると、まさにお似合いの大人のカップルだ。2人で1つの生命体のようにも見える。それはお互いの絆がそう見させているのかもしれない。俺とタカミもあんな風になりたいものだ。
次々と肉を網に乗せ、程よく焼けたところで小皿に取って口に運ぶ。元々肉好きな上にお高く上等なこのお店の肉が美味しすぎて一心不乱に食べていた。ふと我に帰って正面を見ると、2人は優しく微笑みながら俺達を見ていた。
「肉は久し振りかい?」
「あ、いえ、いつもはスーパーの肉で、こんな美味しいのは初めてだから・・・」
恥ずかしかった。つい夢中になってしまった。
「若いコがもりもり食べるのを見てるとこっちも元気になるよ。僕も若い頃はそんなだったよ」
一旦落ち着いて、油まみれの口の中をリセットさせる為に水を飲んだ。
「僕の名前、`由貴斗´って少し変だろ?これは僕の両親の天然振りで名付けられたんだ。女の子が欲しかった両親は妊娠が分かった時点で女の子だと確信してたらしいんだ。それでいよいよ産まれるってなったときに出生届に`由貴´って書いてたんだって。いざ産まれてみたら男の子だったから取り乱しちゃって、仕方無く`由貴´の後ろに`斗´を付けて役所に出したんだって。初めは落胆したらしいんだけどちゃんと愛情持って育ててもらったよ。その後めでたく妹もできたしね」
変な名前とは思ってなかった。前世ではキラキラネームなんてのが有って、普通は読めないような当て字が話題になっていた。
「キミ達の境遇は聞いているよ。同情してもいいのかな?」
『境遇』と聞いて一瞬ドキッとして真奈さんを見た。
「確かに2人とも両親が居ない事は同情の対象ね」
そっちの境遇か。別の時間軸から連れて来られたなんて言えるわけないし、言っても信じてもらえないだろう。
「確かに、周りからは`かわいそう´と見られるでしょう。クラスでも親の話題は僕達と話す時は気を使って避けているようでした。悲しいのは事実ですけど、現状を受け止めて進むしかないと思っています。幸い親が残してくれたものが沢山有るからそれで何とかやっていきます」
「私は両親が死んじゃって悲しかったけど、その後の手続きやらで忙しくてかなり誤魔化された気がします。周りから同情する声をいっぱい掛けられたけど、正直それどころじゃなかった。その後亘と出会って、亘のご両親に実の娘のように可愛がってもらって、私としたら2回両親が死んじゃったようなものです。私が亘と亘のご両親に支えられたから、今度は私がワタルを支えないと、と思ってました。上手く言えないけど、私達はお互いを支え合ってますから普通に接してもらいたいです」
「そうか、じゃあそうしよう。でもそうやって自立してるからなのかな、2人とも高校を出たばかりとは思えないほど大人びた雰囲気に見えるね。老けてるんじゃなくてしっかりしてる。特に亘君は僕と同い年くらいに見える時があるよ」
思わずタカミと顔を見合わせた。しょっちゅう顔を合わせてるから気にしてなかったけど、言われてみればこっちに来て初めて見た時より大人びているように、前世のタカミに近付いているようだ。たぶん俺もそうなんだろう。こっちの亘クンに遠慮してもらって、余所者の俺が表に出てるのだから前世の俺になっていくと琴乃さんは言っていた。もちろんそれは自覚していた。最近目が悪くなってきていて、そろそろメガネが必要だと思っていた。大人の雰囲気が増しているとなると、百合華に会ったらまた彼女のファザコン心を刺激するかもしれない。
「僕と真奈の事を話そうか」
それは真奈さんからあらましを聞いていた。真奈さんが20才の頃だから大学2年生か。4年生の遠藤さんに出会って付き合って、遠藤さんが卒業してからもしばらく続いたけど何となく疎遠になったけど真奈さんは一途に思い続けていた。今回こうしてめでたく復縁を果たしたけど、これまでの経緯は知らない。男目線だとまた違いがあるだろうから是非聞いてみたい。
「僕と真奈が出会ったのは大学生の頃なのは聞いてるよね。僕が三年生で真奈が大学に入りたての頃、まず目を引いたのは真奈の胸だ。亘君なら分かるだろ?この大きな胸に目が行かない男子は居ないだろう。キャンパスの中でいつの間にかこの胸を探していたよ。そう、初めは不純だった。僕はそれまでにそれなりに経験は有ったけど、やはり好奇心をくすぐられた。真奈を見つけては少し離れた所から観察していてある事に気付いた。友達と話していても真奈は心を開いていないように見えたんだ。話しているコの仕草を観察していたり、それを聞いているコの態度を見ていた。それでいて真奈自身は的確な相槌を打ったり、自分に向けられた言葉を他のコにパスしていた。元々そんな性格だから今の仕事をしてるのか、今の仕事をする為に練習していたのか、とにかく自分は見せずに相手の話を上手に引き出していた」
間違いなく練習だったのだろう。仕事として成り立っているかどうかはともかく、真奈さんには目的が有ったのだから。
「そんな真奈を見ているうちに、僕は真奈の心が見たくなった。誰にも見せない心を僕だけに見せてほしいと思うようになった。大きな胸のその中に大いに興味が湧いた。すっかり恋に落ちて夢中で追い掛けていたよ。立派なストーカーだな」
ちょっと真奈さんに聞いた話と違ってきた。
「真奈の事も大事だけど、現実問題として就職先を決めないといけない。今ほどじゃないが当時もなかなか難しかったからね、コネにコネを重ねていって、運良く今の会社に何とか潜り込めそうな目処が立ったから思いきって真奈に話し掛けたんだ。あんなにドキドキしたのは人生でもう無いと思うよ。いきなり`付き合ってくれ´なんて言えないからなるべく自然体を装って話し掛けたら意外にも受け入れてくれて、あの時は嬉しかったな。それからも何かに付けて喋ってデートするところまでこぎつけた。僕と話していても僕の仕草や態度を見られているのは分かったけど、そんな事はどうでも良くてとにかく真奈と喋れる事が楽しかった。何か一つハードルを越えた気分になって、そしたら今度はまた真奈の胸に目が行くようになってしまった。3回目のデートで思い切って誘ったら頷いてくれた。勝手にもう経験済みだと思っていたけど初めてだと言うのを聞いて感激したよ。もうどうしようもないくらいに好きになってしまった」
遠くを見るような目で話す遠藤さん。その横で真奈さんも懐かしむように微笑んでいる。
「僕にだけはかなり心を開いてくれる。いろいろ話していてそう感じていた。その中で心を閉ざす原因になった事も話してくれた。それを聞いた僕もショックだったけど、そんな体験をしてしまった真奈はもっとショックだったと思った。僕は真奈の心を開かせる責任みたいなものを思っていた。けれど僕は就職が正式に決まって大学を卒業して離れ離れになってしまった。遠距離恋愛でも壊れること無く続いていた。真奈は卒業したら僕の所に来てくれると思っていた。でも真奈は今やってる仕事を始める事を決めていた。`他の人の傷を少しでも和らげたい´。そう言う真奈を引き留める事は僕にはできなかった。冷静になって考えると、真奈は僕に完全に心を開いていなかったと思う。僕は真奈の心の鍵を全て開ける事はできなかった。パズルの完成にはまだ数ピース足りないもどかしさだった。悔しかったよ、とてもね」
当然真奈さんは真実を言えなかったのだ。違う時間軸から来た同じ境遇の人を捜す為に今の仕事を始めた。その頃にはこちらの`真奈さん´も目覚めていたはず。マナさんと真奈さんの2つの人格の間でどのような折り合いを付けたのだろう?
「しばらく遠距離恋愛を続けていたけど、お互い仕事をしていたらなかなかタイミングが合わなくなっていった。やがて電話とメールだけの関係になって、正直諦めようかと思って別の女性と付き合ったりした。もちろん真奈には内緒にしてね。でも僕は真奈を諦めきれなかった。想いは募るばかりだけど、真奈は何か焦ってるように仕事にのめり込んで振り向いてくれそうもなかった。そんな時に真奈はキミ達に出会ったんだよ」
真奈さんは前世で自分が死んだ年齢になったらこっちでも死んでしまうと思っていた。だから焦っていた。真相は知らないのだからその考えに至ることは仕方の無い事だろう。
「亘君はマッサージが上手らしいね」
いきなり話を振られた。
「あ、いえ、それほどでも」
「それにアッチの方も」
思わず飲みかけた水を吹き出しそうになった。
「え!いや、そんな・・真奈さんとそんな事なんて・・・」
「はははっ、全部真奈から聞いているよ。貴美ちゃんにも許してもらってるんだろ?僕の真奈を寝取ったなんて思っていないよ。むしろ感謝してるんだよ。僕が長い時間を掛けてもできなかった真奈の心の解放をしてくれたんだからね。お陰でこうしてまた真奈と笑顔で会えたんだから」
そう言ってもらっても居たたまれない気持ちになる。すっかり縮こまって、助けを求めて隣のタカミを見ると、爆笑したいのを必死で堪えている。
「僕が言うのも何だが、真奈は性欲が強い方だろ?それでいて経験した男は僕と亘君の2人だけ。僕に操を立てながらも亘君に体を開いたんだから胸を張って良いんだよ。もっとも、それまでは病院のナースで満たしていたみたいだけどね。そう言えば貴美ちゃんとも関係したんだよね?」
今度はタカミが狼狽した。その姿がおかしくて笑いそうになってる俺を、タカミは恨めしそうに見た。
「僕は忙しくてなかなか会いに来れないけど、これからは月1くらいで真奈に会いに来るよ。それにこの辺から通える支店に移動願いを出すつもりだ。それまでは亘君、ちょくちょく真奈を抱いてあげてくれ。もちろん貴美ちゃんが許せばだけどね」
「いや、さすがにそれは・・・」
「僕に遠慮する必要は無いよ。僕が認めて貴美ちゃんが認めて、そして真奈が求めるんだから何も問題は無いだろ?僕と貴美ちゃんはたぶん同じ考えだと思う。節度を持った上で欲望に正直になった方が、むしろストレスが無くていいと思わないかい?」
正論ぽく聞こえる。`それは違う´と言いたいが、実際に同時に複数の女性と関係を持っている俺が言っても説得力が無い。
「真奈さんはもし遠藤さんが他の女と浮気しても許せるの?」
「そうね~、相手によるわね。タカミと同じよ。私が認める相手なら構わないわ。浮気は浮気。私にも愛情をくれるのなら平気よ。男ってそういうもんでしょ?私もそうだけど無理に欲望を抑えてストレス溜め込んで、限界点に達して爆発したら取り返しのつかない事になるわ。むしろ浮気の時は私にできないプレイをして発散させないと。ワタルもそうでしょ?タカミにする事と私や琴乃ちゃんにする事は違うでしょ?」
もう一人別の女性の名前が登場しても遠藤さんが驚かないところを見ると、既に琴乃さんの事も知っているようだ。俺の行動にプライバシー保護の概念は存在しないようだ。
「確かにそうだけど、性癖は人それぞれだろ?」
「それよ。ワタルと由貴斗じゃやり方が全然違う。由貴斗とは久し振りだから今夜が楽しみ。今からウズウズしちゃう。由貴斗、十分楽しませてね」
「まかせろ。真奈、今夜は寝かさない」
「イャン、じゃあそろそろ行きましょうか」
最後はすっかり見せつけられてお店を出た。
「ごちそうさまでした」
「また会いたいね。亘君とは気が合いそうだよ。成人したらお酒を飲みながら亘君の武勇伝でも聞かせてくれ」
仲良く腕を組んで遠藤さんと真奈さんは土曜日の夕方の人混みに紛れていった。
「似た者同士ね」
タカミが呟いた。
「俺は違うと思うな」
「どうして?」
「あれは遠藤さんが真奈さんに洗脳されたんだと思うよ。確かに男の願望として複数の女性と付き合いたいってのはあるけど、それを許す事で時間稼ぎしてたんじゃないかな、同じ境遇の人探しの」
「そうかな?ま、どっちでもいいや、真奈さんが幸せなら。どうする?このまま晩ご飯の買い物して帰る?」
「今はお腹いっぱいで食べ物の事を考えられないよ。ちょっとデートって言うか、付き合ってくれないか?」
「結婚を前提に?」
「え?あ、バカ、そうじゃなくて、行きたい所があるんだよ!」
「結婚は?」
「それは、その・・・まず俺が一人前になって、タカミが大学を卒業したら、か、考えるよ」
真奈さん達を見て刺激されたのかそんな事を言う。半分はからかってるんだろうけど。
目的地はメガネ屋。前世の俺が表に出ているのだから視力は落ちてきてた。その視力低下の進行が止まったようなのでメガネを買おうと思っていた。別に一人で買いに行っても良かったんだけど、ファッションセンスが無い俺に似合うフレームを選べない。一緒に外に出たついでにタカミに選んでもらおうと閃いた。視力検査とかで結構時間が掛かってタカミを待たせるのは申し訳なかったが、その間いろいろなフレームを見て回っていた。メガネ屋に入るのは前世を通じても初めてらしく、楽しんでるようだった。
「お待たせ、いいのあった?」
「そうね、候補としてはコレとコレとコレかな」
俺には丸型ではなくてシャープな形が似合うらしい。順番に掛けてみて「どう?」とタカミにお伺いをたてる。
「あ、それ。・・・それがいい」
三つ目に掛けたのを見てタカミは一瞬驚いたように目を見開いて俺を見つめた。鏡を見るとそこにはどこか懐かしい顔があった。髪の毛の雰囲気は違うけど、久し振りに前世の自分自身と対面して俺も驚いた。思わずもう一度タカミを見ると少し瞳が潤んでいた。
「仲の良いお二人さん、それでお決まりですか?」
ニコニコしながら店員さんに声を掛けられるまで無言で見つめあっていた。
「あ、はい。これでお願いします」
「かしこまりました。ちょっと乱視が入っていてレンズを取り寄せるので、そうですね、4日後以降になります」
「じゃあ来週の金曜日に取りに来ます」
「分かりました。お待ちしています」
店を出てもしばらく無言だった。あの頃の楽しかった事だけを思い出していた。タカミもそうだろう。俺の腕に絡ませたタカミの腕の感触で何となく分かる。
「ビックリしたよ。ワタル・・さんのメガネ外したところ見たこと無かったから。私もあの頃の顔になってるのかな?」
「たぶん俺もタカミも少しずつ変化してたんだろうけど、毎日のように見てるから気が付かないよ。ベッドでの顔はもちろん知らないし、あ、でも寝顔は見たことあるな」
「あ~、そうだ。ワタルさんを誘うつもりで寝たフリしてたらホントに寝ちゃったんだよね。懐かしいな」
昔話に花が咲く。2人の思い出話と言えば前世での事。タカミが死んだ後は地獄だったけど、2人で一緒に居た時は天国だった。
「お願いがあるの。メガネの事はまだ誰にも言わないで。ワタルのメガネ姿を一番に私に見せてほしい」
「俺もそのつもりだったよ。だから来週の金曜日にしたんだ」
絡められた腕をほどいてタカミの肩を抱いて立ち止まって見つめ合った。
「・・・おっとあぶない。ついキスしそうになっちゃったよ。ここが天下の往来だって事忘れてたよ」
「フフッ、私も。帰ってからゆっくりネットリとね」
次の日の夜、真奈さんがタカミの家に来た。もちろん俺は昨夜タカミの家に泊まってそのまま居た。
「昨日はありがとう。由貴斗が2人によろしくだって」
「ああ、俺たちからもよろしくって伝えておいてくれ。野暮な事だけど、どうだった?久し振りの愛しいカレシは」
「ん~、ホントに野暮ね。由貴斗ったらね、ヤダ、思い出したらニヤけちゃう。`亘君とどっちがいいんだ?´なんて事訊きながらするの。ホント、男って野暮ね。そんなの比べられないじゃない?由貴斗は由貴斗、ワタルはワタルだもん。`まだまだ若いモンには負けない´って頑張っちゃって何度も・・・」
「あー分かった分かった、もういいよ。それよりも真奈さん、俺達にウソついてたな。いかにも真奈さんが片想いしてるみたいに言ってたけど?」
「あら?ウソついてないわよ。私が由貴斗を愛してるって言ったでしょ。由貴斗が愛してくれてないなんて言った覚えは無いわ」
「確かに」
「よーく思い出して。ワタルをオトシたいって思ってたのは事実だし、ハッキリ言ってあの頃はワタルと由貴斗のどっちにしようか迷ってたわ。でもワタルがタカミと結ばれたからワタルを諦めようとしたけど、タカミがいいパスをくれたからワタルとカラダだけの関係でもいいって思ったの」
「私が?」
「そうよ、私が由貴斗を一途に想ってるって言ったでしょ?だから『一途に想っていても報われない可哀想なオンナ』って事にしたらワタルに振り向いてもらえるかも、ってね。その時点でタカミも認めてくれてたしね」
「あぁ、そうだったね。私にもウソは無いわ。少なからず真奈さんが可哀相に思えたからワタルが癒してあげればって思ってた」
「ワタル、『想われていて振り向かないオンナ』と『想っていても振り向いてもらえないオンナ』じゃどっちに心引かれる?」
「そりゃあ後者だな。いじらしいと言うか、何とかしてあげたくなるよ」
「でしょ?だから事実を隠してワタル達の前ではいじらしい女で居たわけ。それで何とかオトそうとしたけど、いつもタカミと一緒に居たから落ちない。この家の中で、いつもタカミと愛し合ってる部屋で2人きりになってマッサージしてもらってる時に挑発してもダメ。オンナとして自信無くすわよ。いろんな男がエロい視線をくれるのに肝心のワタルが振り向いてくれないんだもん。戦法を変えて時間を掛けようかと思ってたところに琴乃ちゃんの出現よ。あっさりと愛し合う約束を取り付けた。で、もういてもたってもいられなくて実力行使に出たってワケ。あの時はさすがに観念したでしょ?」
「あぁ、車であんな所まで連れて行かれちゃ仕方がない。あえなくマナに犯されたよ」
「ラブホに連れて行かれたんだよね。そこまでされたら例え私が認めてなかったとしても許すしかないよ」
「感動したなぁ。やっと愛するワタルと結ばれたんだもん。想像以上に上手だったし。コレを毎日してもらってるタカミが羨ましかった」
「いくら若い体でも毎日は出来ないよ」
「ウフッ、それもそうね。ねぇ今から3人でってどう?」
何か、憑き物が落ちたように、真奈さんのテンションが高い。遠藤さんが言ってた性欲が強い真奈さんの本性が表れたみたいだ。
「今言っただろ、毎日は出来ないって。真奈さんが遠藤さんと楽しんだように、俺達も昨夜はいっぱい愛し合ったんだよ。あぁ、それから来週は平日は我慢してくれ。週末にちょっとタカミと予定が有るから」
「あらっ、それは残念ね。分かったわ、その代わりその後はたくさん愛してね」
「ワタルも大変ね。ハーレムの主の勤め、頑張ってね」
「タカミ・・には毎回言ってるけど、良く平気な顔してられるな。真奈さんだって遠藤さんに後ろめたい気持ちって無いのか?琴乃さんだってそうだし。俺の考えが古いのか?」
「古いとは思わないわ。ワタルの考え方が一般的よ。たまたまそんな考えの持ち主がワタルの周りに集まってるだけよ。だから余計に身持ちの硬いワタルを何とかしたいって思っちゃうのよ。まだ会ったこと無いけど百合華ちゃんもたぶんそうよ」
「そうそう、百合華に用が有るって言ってたけど何なの?」
「そうだ、忘れるところだったわ。百合華ちゃんに家庭教師を手伝ってほしいの。もうすぐ夏休みでしょ?家庭教師の書き入れ時よ。現実問題、ワタルにはムリだし、できたらタカミにも手伝ってほしいんだけど」
確かに俺にはムリだ。高レベルの進学校卒とは言え、やっとの事で卒業できたくらいだから。その中で1・2を争う成績だった百合華なら適任だろう。その百合華より少し下くらいの成績のタカミも大丈夫だろう。
「分かった。百合華に言ってみるね。真奈さんの都合のいい時を教えてね。調整しとくよ。私もやってみたいから、琴乃さんにシフトの調整を頼んどくよ。ワタルを差し出せば少々の無理は聞いてくれるでしょう」
「俺は交渉のカードか!?」
「いいじゃない?私やタカミとはまた違ったプレイしてるんでしょ?琴乃ちゃんにはどんな事するの?」
そんな事に興味を持たれても困る。だいたい、男女の営みは古来より『秘め事』と言われていて隠すべき事なんじゃないのか?
「あ、ハイハイ、私の想像を言うね。私にはとても優しくしてくれて、真奈さんには激しいんじゃない?琴乃さんには、そうね、ちょっとSMっぽくしてるんじゃない?そんなに激しくなくて、叩いたりしたら跡が残ってカレシにバレるから言葉責めとか、琴乃さんに恥ずかしい事させたり言わせたり。どう?」
当たってる。当たりすぎている。動揺を隠せない。
「そ、それはプライベートな事だから俺の口からは言えない。それに、例えば真奈さんに激しくしてるつもりでも本人がどう感じているかは・・・」
「あら?私はワタルに激しくされて満足よ。由貴斗には優しくされて満足。ふ~ん、琴乃ちゃんに恥ずかしい事言わせてるんだ。それで興奮するの?私も言ってあげる」
真奈さんが俺の耳元に口を近付ける。反対の耳にはタカミも口を近付けた。
「やめろ!と、とにかく来週末まで真奈さんもタカミも俺も禁欲だ!」
「ウフフッ、照れてるの?カワイイ。でも琴乃ちゃんが来たらどうするの?」
「それは私が止めるよ。私がアリバイの共犯だから止められる。我慢してもらって次の週にしてもらうよ」
何だか俺は3人のオモチャにされてる気分だ。ハーレムの主も楽じゃない。
今週は真奈さんの仕事は比較的少ない。事務所兼真奈さんの自宅で2人で過ごす時間が多い。真奈さんのあからさまな誘惑をかわしながら時が過ぎていく。こうしていると仕事とプライベートの区別なんてつかない。一日でも早く俺も現場で勉強したいのに、楓ちゃんの件以降俺の出番となる案件は無い。大袈裟に言うと他人の人生を左右するかもしれないから、そう易々と半人前以下の俺を出すわけにもいかない。真奈さんの目論見ではタカミや百合華の家庭教師から発展する事を期待しているみたいだ。その百合華が水曜日にここに来る事になった。その日は真奈さんは午前中出ていて昼過ぎに戻る予定になっていた。
[なるべく早く戻るつもりだけど、長引くようだとまたメールするね。2時過ぎに百合華ちゃんが来るからお茶でも飲みながら歓談しててね]
俺が出勤するタイミングで真奈さんからメールが入った。たぶん少し遅れて帰ってくるだろう。真奈さんは百合華の事も気に掛けていて、心配ではないが忠告してくれている。
「話を聞く限りでは百合華ちゃんは魔性度が高いわね。ワタルは真綿で首を絞められるとか、外堀をゆっくり埋められてる気分でしょ?怖いのは百合華ちゃんが意識してそんな戦略的にやってないって事よ。ただ出来ることを精一杯やってるのが無意識にジワジワ効いてくる。ボクシングのボディーブローみたいなものよ。それは徐々にワタルを洗脳して、同時に百合華ちゃん自身にもストレスを溜めていってるの。だから限界まで溜まりきる前に相手してあげることを勧めるわ。たぶん限界に達したら本気で戦略を立てて攻撃するわよ。頭の切れるストーカー、とでも言えばいいかな。どうするかはワタル次第だけどね」
俺だってここでこうして人の心について勉強している。それで太刀打ちできるとは思えないが、これは俺自身の問題だ。自分で対処できないで他人のカウンセリングなんてできない。まずは百合華の出方を伺おう。予定通り、2時過ぎに百合華が来た。
「やあ、いらっしゃい。真奈さんはまだ帰ってきてないけど、まあゆっくり待ってて。今お茶淹れるよ」
「ありがとう、お邪魔します」
そう言いながらも靴を脱いだだけで中に入ろうとしない。
「どうした?」
「えっ?だって、ドアを閉めたら亘がハグしてくれるんじゃないの?真奈さんそう言ってたよ」
まったく、余計な事を言うもんだ。
「お客さんにはしないよ。でも、してほしい?」
「ウン、やってやって」
無邪気に笑いながら両手を広げる。美人だがまだ少し幼さが残る雰囲気が可愛い。軽くハグするとほんのりいい匂いがして、タカミよりも大きく真奈さんよりも小さい胸が俺の肋骨に当たる。
「えへっ、ドキドキしちゃった。お父さん以外の男の人とこんな事するの初めてだよ。あ、違った。卒業式の日にしてもらったよね。なんか懐かしいなぁ」
彼女のファザコンはまだ現在進行形だ。カウンセリングの対照に成り得る。
「こうして2人きりになるのって、高校の時に告白した時以来だね。今でもまだ亘の事、好きだよ。貴美と同時進行で付き合ってくれない?」
態度に出さないようにしたがかなり驚いた。いきなりこんな大胆な告白されるとは思っても見なかった。
「冗談言うなよ。2人同時に付き合うなんてできないよ。俺がそんなに器用に見えるか?二兎を追う者は一兎をも得ずだよ。タカミだけで十分」
「ははっ、そりゃそうだ。ねぇ、教えて。私の事好き?」
「好きだよ。友人として」
「ありがとう。私は恋愛対象として好きよ。って言うより憧れかな?貴美と付き合ってる亘が好きなのかもしれない」
あっけらかんと言ってくれる。高校の時の告白は切羽詰まった感じだったからギャップが激しい。大学生になったらこうも変わるものなのか?それともタカミの影響か?
「さっきね、亘の顔見てちょっとびっくりしちゃった。この間会った時も思ったんだけど、高校の時よりも凄く大人になってる。同い年なのに大人の魅力が溢れてる。さっきキュッってしてくれた時も、なんか安心できたの。貴美も何となく大人びてるし、やっぱりエッチしたら大人になるのかな」
そういう側面も有るかも知れないが、俺やタカミの場合は前世の状態になってきている。百合華にはもちろん言えない。言っても信じないだろう。
「エッチの事はタカミに聞いたのか?そうだよ、俺達はもうそういう関係だよ。でも大人びて見えるのは親が居なくて自立しなきゃならないからじゃないのかな。百合華も親離れすれば今よりもっといい女になると思うよ」
「いい女になんかならなくていい。2番目でもいいから亘のオンナになりたい、なんて言ったら怒る?」
どうして俺なんかに執着するのか分からない。ひょっとして、琴乃さんはああ言ったけど前世の姐さんが百合華の中に居るんじゃないかと思ってしまう。
「百合華は2番目なんて似合わないよ。誰かの一番じゃないと世間が納得しないよ」
百合華は黙って笑顔のまま体を揺らしている。そんな仕草は大人になりきれてない、幼ささえ感じられる。
静寂がしばらく続いたところに真奈さんが帰ってきた。百合華をハグで出迎えた手前、真奈さんにしないわけにもいかない。当然キスはしない。
「遅くなってごめんなさいね。初めまして、南真奈です」
「あ、初めまして、吉富百合華です」
ここからは面接みたいなものだ。百合華に出したお茶はすっかり冷めてしまったので、改めて3人分のお茶を淹れに行った。
「大まかな事はタカミを通じて聞いてると思うけど、家庭教師のアルバイトをしてもらいたいの。大丈夫?」
「はい、ちょっと不安ですけど高校の時にクラスメイトに教えたりしてたから何とかやれると思います」
「そう。頼んでた物は持ってきてくれた?」
「あ、はい、え~っと、これです」
百合華は可愛いバッグから綺麗に折り畳んだ紙を取り出した。高校の成績表のようだ。
「タカミから聞いてたけど、こうして見ると凄いわね。文系も理系も満遍なくね。どちらかというと文系がいいみたいね。ご両親は何て言ってるの?アルバイトする事」
「はい、賛成してくれてます。これまであまり一人で外に出なかったから、私も両親も『初めてのおつかい』気分です」
「上手いこと言うわね。よし、じゃあ夏休みに入ったらよろしくお願いね。タカミもやってくれるし、相手のレベルと目的を精査して割り振って行ってもらうわね。2人とも初めてだから掛け持ちはさせない。週に2~3日程度一人を教えてもらうわ。こっちの事は私が管理するからワタルはいつもの仕事をして。私のスケジュールだけ把握してればいいわ。2人とも何か質問は?」
真奈さんは生き生きしている。俺にせがむ時よりも。
「あの、仕事に関係無いことでもいいですか?」
「ん?そうね、じゃあ雑談タイムにしましょうか。何が訊きたいの?」
「南さんの胸、何カップですか?」
「アハハハ!何?そこが気になるの?ワタル、教えてやって」
「俺が知るわけないだろ」
「そりゃそうだ。ワタルもチラチラ見て気にしてるみたいだからこの際教えてあげるよ。Gよ」
俺は知っている。大きさどころか感触も知っている。
「G!・・ですか」
「百合華ちゃんのも教えて」
「うっ、わ、私は・・・Dです」
恥ずかしそうに俺を見た。そんな風に見られても困る。
「Dか、一般的には大きい方ね。大きすぎるのも良いもんじゃないわよ、重くて肩が凝るのよ」
「亘と貴美とはどういう関係なんですか?」
「その辺はタカミから聞いてないの?ワタルが事故で記憶を無くしたのは聞いてるわよね?その時にカウンセラーとしてワタルと出会ったんだけど、両親を無くした2人が支え合って一生懸命生きてる姿に心打たれてね、親代りにしちゃあ年が近いけど私も何か力になれないかと月1くらいで様子を見に来てて良好な友人関係になったのよ」
俺とは愛人関係かな。百合華には絶対言えないけど。
「恋人、なんかは居るんですか?」
「居るわよ。今は遠距離だけどね。ついこの間会ったばかりよ。その時はワタルとタカミと4人で一緒にご飯食べたのよ。百合華ちゃんは居ないの?」
「えっ?い、いません。好きな人はいますけどその人には恋人が居て、悲しい片想いなんです」
チラリと俺を見た。真奈さんはそれに気付かないフリをしている。
「ふ~ん、百合華ちゃんほどのコが片想いとはね。そんなの諦めて他の人にすれば良いのに。美人だし性格も良さそうだからすぐにいいのが見つかると思うよ」
「でも・・・」
「百合華ちゃんを振り向かないって事はその恋人と上手くいってるのよ。別れるのを待つのもいいけど時間の無駄よ。待ってる間に素敵な出会いを逃してるかも知れないよ。もっと視野を広げないとせっかくの美貌がもったいないわ」
さすがだ。百合華は俺と真奈さんとの関係を探るつもりだったのだろうけど、いつの間にかすっかり真奈さんのペースになっている。
「でも、まだ私の初恋に決着は付いてないんです。私の、何て言うか、コンプレックスを知ってるのはその人だけで、彼と結ばれたらそこからも抜け出せる気がするんです」
「なるほどね。どんなコンプレックスかは知らないけど、そういう方法も無くは無いわよ。何なら私がその彼と彼のカノジョに言ってあげようか?」
「ありがとうございます。でももうちょっと一人で頑張ってみます。どうしてもって時は改めてお願いします」
「分かったわ。もうひとつ言わせてもらうと、他の方法も考えてみる事ね」
「はい、そうします」
百合華は百合華なりに、自覚しているファザコンの取り扱いに苦慮しているようだ。百合華のファザコンはもちろん真奈さんも知っている。敢えてそれを言わなかったのは俺やタカミへの信頼関係を損なわない為の配慮だろう。
「これで気持ちのエスカレーションは少し止まった筈よ」
百合華が帰ったあと、真奈さんはそう言ってくれた。
「あのコは頭が良いから幾つか選択肢を探すでしょうね。でも結構頑固ね。でも私には分からないわ、あのコがその気でタカミの許可も出てるのにどうしてそんなに頑なに許否するの?」
「真奈さんや琴乃さんは他にちゃんとパートナーが居て、俺は別腹だろ?あのコの場合、父親はパートナーに成り得ないから俺しか居ない。俺にはタカミというパートナーが居て、真奈さんや琴乃さんは別腹。あのコだけ帰る場所が無いんだ。今は俺と関係する事が目標だけど、それが成就すれば次の目標が出てきてしまう。そこに向かって走り出されたら結末は誰も幸せになれないと思うんだ」
「前世でそんな事あったの?」
「俺自身は無いよ。でも、これでも伊達に40年生きてたわけじゃない。そういう話は聞いたし、テレビのワイドショーなんかで面白おかしく取り上げてたからね」
当事者たちは周りが見えてなくても、周りから見たらバカみたいだ。不幸に向かうスパイラルに嵌まったらそう容易く抜け出せない。そこに嵌まってしまう前に止めておかないと取り返しがつかない。百合華の場合、カラダだけの割り切った関係では済まないだろう。そこを割り切れるなら喜んでお相手させてもらいたい。街を歩けば誰もが振り返るほどの美女で、さっきハグした時に感じた体の感触、ほんのり香るいい匂い。自分でも誉めてあげたいくらいの自制心で思い止まった。この事は俺の心の中だけに止めておこう。