ひとつぎ[続・ときつぎ] (4)
俺の携帯のアドレス帳に登録してある人数は意外と多い。と言ってもほとんどが俺が来る前の亘クンの人脈だ。機種変してもアドレス帳は引き継ぐし、一応SDカードにも保存してある。でも多くはメールもしないし電話もしない。それらの相手から連絡が来る事も無い。もし誰かの番号やメールアドレスが変わっても知らされる事も無く、そのまま放置されっぱなしだろう。要するに友達が限りなく少ないのだ。そんな中でも連絡を取り合う人は極端に頻繁にメールしたりする。
一番多いのはもちろんタカミだ。最近はタカミがバイトを始めて少なくなったが、それでも一日に5~6回はやり取りするし、直接会う週末が近付くと頻度が増す。会うのが待ちきれなくて、[何食べたい?]から始まってだんだんエッチな話題になっていく。会えば会ったで食事中から一緒にお風呂に入ってる時も、ピロートークまで話している。そして月曜日からはまたメールでたわいのない話で盛り上がる。
次に多いのはやはり真奈さんだ。当然仕事関係の業務連絡を真奈さんの仕事用の携帯にメールするけど、たまにプライベート用の携帯に私的なメールをする。息抜きにちょっとエッチな内容を送ると、真奈さんはより過激で直接的な言葉を返してくる。読むだけで興奮しそうな内容で、タカミにもあまり見せられない。
その次は百合華だ。まるで日記のようで、一日に1~2通その日の出来事を俺に報告してくれる。何となく彼女の人となりを刷り込まれていくようで油断できない。意識しすぎかもしれないが表現を間違わないように、注意深く返信するようにしている。
ついこの間仕事で知り合った楓ちゃんは、予想に反してお礼のメールを1回送ってきただけでそれ以降は無い。
琴乃さんはカレシができてからは徐々に少なくなっていた。メールの内容は専らのろけ話で、幸せそうで何よりだ。そんな琴乃さんから珍しく電話が掛かってきた。
「ねぇねぇワタル、久しぶりに会いたいなぁ」
妙に甘えた声で`会いたい´ということは目的はそういう事だろう。
「どうしたの?カレシと喧嘩でもしたの?」
「ううん、カレとはずっとラブラブよ。でもね、最近ワタルが恋しくてね、もちろんアレの事よ。あ、勘違いしないでね、カレとはカラダの相性はバッチリよ。でもね、ワタルとは何て言うか違うの」
初めて会った頃の『敬語・後輩キャラ』とは随分変わってしまった。俺が変えてしまったのか?
「それでね、ほら、私もうすぐ誕生日でしょ?」
「え?そう言えば琴乃さんって誕生日いつだっけ?」
「あれ?言ってなかった?6月10日で25才になっちゃうの」
今までちょっと引っ掛かってた事がストンと腑に落ちた。琴乃さんが『時の巫女』に選ばれた理由はたぶんこれだろう。
「当日はカレとお祝いするんだけど、その前にワタルにお祝いして欲しいなぁ、なんてね」
「でもなあ、浮気は良くないんじゃないか?そんなラブラブなカレシを裏切るなんて心が痛まないの?」
正直あまり乗り気になれない。
「あら?浮気だなんて思ってないよ。真奈さんに聞かなかった?ワタルは別腹よ」
俺なんかより遥かに琴乃さん達は頻繁に連絡を取り合ってるみたいだ。
「でも、タカミが・・・」
「タカミさんの許可は貰ってあるから心配しないで。アリバイ作りの協力も取り付けてあるよ。ふふふっ、前みたいな行き当たりばったりのドジっこじゃないのよ。ワタルの年上のオンナとして成長してるのよ。その成長ぶりも見せたいの」
真奈さんが名付けた『ワタルハーレム』の連絡網は出来上がっているようだ。この調子だと百合華もこの連絡網に加わるのも遠い未来ではないような気がする。
「分かったよ。お祝いしてあげるよ。ただし、するかどうかはその時次第だよ」
「えへっ、ウレシイ。あのね、恥ずかしいけどハッキリ言うとね、私、ワタルにイ、イジメテ欲しいの」
いかん。今どんな顔で琴乃さんが言ったか想像したらスイッチが入ってしまった。その言葉はどっちの入れ知恵だ?
「分かったよ。じゃあいつにしようか?」
「今からよ」
「今からって・・じゃあこっちに来るの?駅まで迎えに行こうか?」
「もう来てるよ」
そう言って電話を切ると同時に玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると確かに琴乃さんはそこに居た。長めのスカートに白いブラウス、髪はポニーテールにまとめ、眼鏡を掛けている。3ヶ月近く前の初めての時のスタイルだ。今でも良く覚えている俺の好みのツボを押さえた、タカミと相談して決めたと言っていた格好だった。
「べ、別にワタルの好みに合わせたわけじゃないんだからね。誰か知り合いと会っちゃったら色々面倒だから、変装よ、変装。でも、ワタルが喜んでくれたら嬉しいな」
「ツンデレかよ!」
「へへへっ、一回こんなこと言ってみたかったんだ。とりあえず、お弁当買ってきたから一緒に食べよ」
まだ外は明るい時間で晩ご飯にはちょっと早い。それでも小腹が空いているのはお昼が少なかったからだ。よくよく思い出せば今日はいつもと同じようで少しずつ違っていた。俺の出勤前に真奈さんが出掛ける時はお昼を作っておいてくれる事があるけど、今日は少なめだった。急いでいたのだろうと大して気にしてなくて、買いに行くのも面倒だからそれだけで済ませた。それに[今日は早めに上がっていいわよ]と業務連絡のメールが来たからその通りにさせてもらった。タカミにしても、今日はバイトが休みなのは知っていたから[たまには平日に会おうか]とメールしても[レポートがあるから]と素っ気なかった。ハーレムのメンバーで周到に計画されていたに違いない。
「今日の事はいつから計画していたの?」
食べ終えてソファーでくつろいでいるときに軽く問い詰めた。
「ん?気付いちゃった?社員になってから私がシフト組んでるのよ、月末にね。それでタカミちゃんと休みを合わせて、真奈さんの予定も聞いて、2人に話したらノリノリで了解してもらったの。ワタルに内緒にしてたのは謝る。ゴメンね」
抱っこちゃんスタイルで座っている琴乃さんは俺に軽くキスした。そこから押し倒されるのかと思ったがそうしなかった。
「私ね、いろいろ成長したよ。それをワタルに見せたいの。後でゆっくり見せたげるね。私、初めてがワタルで良かったって心から思ってるの。どうされたら気持ちいいのか教えてもらったから、それを素直にカレに言ったら一生懸命そうしてくれるの。もちろんワタルにされる方が全然気持ちいいんだけど、私の言う通りにしてくれるカレがとっても愛しくてね、ついつい苛めちゃうの」
「え?琴乃さんってMじゃなかったの?」
「私もそう思ってたんだけどSっ気もあるみたい。その部分も含めてカレとの相性は良くて、ベッド以外でも優しくて私に尽くしてくれてうまくいってて私は満足なんだけど、私のMの部分って言うか『尽くしたい願望』も満たされたいの」
琴乃さんは俺の頬やおでこにキスしながら、体を触りながら話している。あちこち触るけどツボはわざと避けているのが分かる。たぶんカレはこうやって焦らされて喜んでいるんだろう。
「カレとはどんな付き合い方なの?」
事有る毎にメールで報告されているが詳細は知らない。カレと初めて結ばれた時はハートの絵文字だらけのメールが届いて、俺は心からの祝福のメールを返した。
「ん~、普通だと思うよ。私ののろけ話聞きたい?」
琴乃さんは俺の横に座り直した。
「コクった時はね、まあそれまでの私の態度があからさまだったみたいで、`ついに来たか´って感じだったんだけどOKしてくれたのね。デートはドライブしたり映画見たり、ごく普通だったよ。でもね、全然手を出してこないの。チューしようともしないし手を繋ごうともしない」
今は俺と恋人繋ぎで手を繋いでいる。
「自分から繋いだらいいんじゃないの?」
「そう思ったんだけど、並んで歩いてても私の側の手をポケットに入れて脇をしっかり締めて腕を組まそうともしないの。ドライブに行っても`このままいきなりホテルかな´なんて期待してたんだけど、真面目に家まで送ってくれて、それだけよ。だからね、私、言ったの、`今度お家に行きたいな´ってね。カレ、一人暮らしなのね、そしたら`散らかってるから片付けてから´って言うから`手伝うから一緒に片付けようよ´ってなんとか約束を取り付けたの」
どこかで聞いたような展開だ。前世でタカミが初めて俺の家に来たときも『部屋を片付ける』ミッションだった。
「私としては、はしたないけどヤル気満々で、さっさと片付けて特にベッド周りはさりげなく枕元にティッシュ置いたりして、時間もちょっと遅くなって暗くなってきたからカーテン閉めてカレを見つめたら`今日はありがとう、ご飯作るよ´ってキッチンに行ったの。当たり前って言えば当たり前だよね。カレがご飯作ってる間暇だし、そのあとの展開も考えて`じゃあその間シャワー貸して´って服を脱ぎ出したら、カレ、大慌てで止めたの」
ちょっと待て!まるでデジャブじゃないか。あの時のタカミと同じだ。
「ひょっとして、その作戦はタカミが考えたんじゃないか?」
「えへへっ、分かった?オクテ男子の傾向と対策をタカミ先生にいろいろ教えてもらったよ。タカミちゃんの読み通りの展開でビックリしちゃった。多少私のオリジナルも加えて、タカミちゃんがワタルをオトシたのより早くカレをオトシたよ。このあとの事は想像できるでしょうけど、まだ聞きたい?」
「ああ、聞きたいね。って言うか武勇伝を語る琴乃さんを見るのが楽しいよ」
「へへ~ん、でわでわ。その日はそれで終わりって訳じゃなくてね、まだ時間が早かったけど帰る事にして、玄関の所で靴を履いてからガバッと振り向いて見送りに来たカレに抱きついて私からチューして、`おやすみ、またね´って外に出て早足で帰ったの。もうドキドキだったよ」
その場面を想像すると、なかなか可愛らしくて微笑ましい。
「それからはカレのお家でのデートがメインになったんだけど、一向に手を出してこないの。チューも私からじゃないとしないし、欲求不満が募るばかり。何度ワタルにお願いしようと思った事か。それでいよいよ最終奥義の出番よ。カレの好みをカレの隙を見てリサーチして、カレったらお尻と脚フェチなのね。だからピタッとした短パン履いて、下着はTバックじゃなくて普通のパンツでラインが見えるようにして、それをわざと見せつけるようにしてたのね。もうお尻に視線を感じまくってた。それから頃合いを見てワタルがタカミちゃんにされたみたいに襲いかかったの、こんな風に」
そう言って琴乃さんはキスしながら俺を押し倒した。話を聞きながら妄想を膨らませていたから抵抗できなかった。
「私を好きにしていいのよ。それとも私が好きにしていい?」
耳元で囁かれた。ここまで言われて行動を起こさない男は居ないだろう。
「それでどっちが好きにしたの?」
「初めは私。ワタルに教えてもらったやり方を家でイメージトレーニングしてたからね。そしたらカレも応えてくれて、それからはくんずほぐれつよ」
「いきなりで、その、大丈夫だったの?」
「んっ?ああ、カレが一応準備してたのは知ってたから。ちゃんと手が届く所に置いてあったよ。ねえ、ここで、いいでしょ?もう止まらなくなっちゃう」
「残念ながらここには準備してないからベッドに行こう。運んでいってあげるよ」
「えっ?・・・きゃっ!」
一旦座り直させてから琴乃さんを抱えあげた。もちろんお姫さまだっこ。
「少し早いけどお誕生日おめでとう」
軽くキスした。
「ありがとう。どんなお祝いしてくれるか楽しみ」
特別な演出は考えていないが琴乃さんの望み通りの事をしてあげた。どうやら琴乃さんの期待以上に満足してもらえたようだった。
「やっぱりワタルってステキ。ねえ、私はどうだった?成長したと思うけど」
「琴乃さんもステキだよ」
「もう。ベッドでは`琴乃´って呼び捨てにして」
「ああ、そうだったね。琴乃もステキだったよ。イジメ甲斐があるよ。ホントはお尻叩いたりしたいけど跡が残ったらマズイだろ?お尻フェチのカレシにすぐにバレちゃう」
初めての時にここで一晩過ごしてからタカミの家に行って裸で寝てたタカミと真奈さんのお尻を叩いて起こすのを見て、「羨ましい」って呟いていた琴乃さんを思い出す。
「そうね、それは今度カレにしてもらうよ」
「ベッドで俺は呼び捨てにするけど、琴乃は後輩キャラになるんじゃないの?」
「あ、そうだった・・そうでしたね。忘れてました、すみません。こんな私をもっと叱って下さい」
いたずらっぽくニヤケながら俺に抱きつく。おそらくまだカレシには見せていない一面だろう。
「後輩キャラって言えば、最近リアルな後輩って言うか年下の女子がハーレムに加わるって真奈さんに聞きました。今日来たのはそれもあったんです。ワタルの後輩キャラを取られるんじゃないかって、ちょっと焦ったんです。私はワタルの年上のオンナだけど後輩キャラで居たい。長い巫女の時期にかなり抑圧されてた反動でしょうか、強欲なオンナになってしまった気がします。いけませんよね。こんな私を叱って下さい」
今度は真顔で言ってくる。どうしてそこまで叱られたがる?
「あのコは加わらないよ。まあこの先何回かは会うかも知れないけど、そもそもまだそういう事できる年齢じゃないしね。俺の後輩キャラはお前だけだよ、琴乃」
抱き締めてキスした。以前はもっと華奢だったが、そのときより少しだけ肉付きが良くなったみたいだ。その事を指摘したら、また`叱って下さい´って言いそうなので止めておく。
「えへ、えへへっ、嬉しい。`お前だけだよ´って・・。他の2人にも言ってるんでしょ?罪な人。このオンナたらし。ダメだぞ、私が叱ってあげる!」
照れ隠しなのか、俺の胸に顔を付けて体をポンポン軽く叩く。その手が徐々に核心に迫ってくる。このままだと流されそうだ。
「ちょっとお腹空かない?シャワー浴びてからご飯作るよ。食べたら送っていくよ」
「確かに小腹が空いたね。でも今日は泊めてもらうよ。タカミちゃん家に泊まる事になってるから。明日は午後からだし、ちゃんと着替えも持ってきてるし」
「いや、俺は仕事だから。とにかくシャワー浴びよう」
裸のまま風呂場に行く途中でリビングに置いてあった携帯にメールが入ってる事に気付いた。見てみると真奈さんからだった。
[明日は午後からでいいよ。ゆっくり可愛がってあげなさい]
ハーレムとは名ばかりでまるで操り人形にされてる気分だ。
メールを読んで少しため息をついてる間に「私が先ぃー!」と凄い勢いで琴乃さんは俺を追い越して風呂場に入った。一緒にシャワー浴びながらちょっとイチャイチャしようと思っていたのに当てが外された。全裸でリビングに居るのもなんだか間抜けだから、とりあえずパンツを履いてTシャツを着てご飯の支度をし始めたら、またものすごい勢いで琴乃さんが出てきた。
「お先でした。はい、今度はワタルの番。ゆっくりしてきてね、私が作っとくから」
「でも今日はお祝いだから琴乃さんは何もしなくても・・・」
「言ったでしょ、私の『尽くしたい願望』を満たさせてくれるのがお祝いよ」
全裸で腰に手を当てて堂々と仰る。あまりにも堂々としていて裸なのにイヤラシさは無い。
「裸エプロンがお望みかもしれないけど、さすがにちょっと寒いから着てくるね」
琴乃さんは持ってきた荷物を置いてある俺の部屋へ、俺は風呂場に向かった。体を洗いながら頭の中で3人のカラダを思い出してみた。
真奈さんは見事なプロポーション。Gカップの胸に括れたウエストと程よい大きさのお尻。服を着ていても隠しきれないくらいの色気を漂わせて、あれで経験人数が2人とは信じられない。
タカミは真奈さんより二回り小さくした感じ。胸はCカップで、食べてもあまり太らないという、世の女性からしたら羨ましい体質らしい。何よりも肌が綺麗で触るとしっくり手に馴染む。
琴乃さんはタカミよりも更に一回り小さくて、胸はBカップ。細身で背も小さくて、俺の腕にすっぽりと収まってまるで小動物。加えて童顔で後輩キャラがピッタリだ。
三者三様。ハーレムの主としては操り人形も悪くない。こんなハーレムなんて長く続くはずがない。琴乃さんはそのうちカレシに尽くさせてもらえるようになるだろう。真奈さんもそろそろ復縁に踏み切る雰囲気だ。側で見ていて何となく分かる。2人とも俺達と良き友人関係になってベッドを共にする事も無くなるだろう。それまでは、タカミが許してくれている間は、男として楽しんでも良いんじゃないかと思う。
シャワーから出て部屋着を着てリビングに戻ると、テーブルに簡単な食事が並べられていて琴乃さんがエプロンを外すところだった。たぶんわざとだろう、俺のTシャツを着ていて、小柄な琴乃さんが着ると裾からパンツが見え隠れする。上はノーブラで突起の形が微妙に分かる。裸よりこっちの方が欲情をそそる。
「今ムラムラしたでしょ。ダメよ、食べてから、ね」
「心が見えちゃった?琴乃さんに隠し事はできないな」
すっかり忘れていたが、時の巫女だった頃に授かったいくつかの能力の一つは人の心が見える事だ。その他の能力も徐々に失われているらしいが、どれくらい残っているかは聞いてなかった。
「人の心は見られるけど見ないようにするって決めたの」
「カレシの心を見たら簡単だったんじゃないの?」
「冷めないうちに食べよ。食べながら話すよ」
真面目な顔でそう言う琴乃さんは少し辛そうだった。
「私ね、人の心が見えてこの時間軸の人の思考に関与できるって知った時にね、面白がって他人の心で遊んでたの。初めのうちは上手く見れなかったけど、何て言うかコツを掴んだら上手になったのね。調子が良いと顔を見ただけでその人の心が声で聞こえたり文字で見えたりしたの。外面はいい人でも心の中は悪人とか、その逆の人とかいっぱい見てきたの」
「顔を見ただけでって、見ようとしなくても?」
「見ただけってのは大袈裟かな。顔を見てちょっと意識するぐらいかな。それは調子が良い時で、問題は調子が良すぎる時よ。意識しなくても周囲の人の心がうるさいくらいに聞こえてね、目が合ったりしたら勝手に心の奥まで入り込んじゃったりしたの。だからずっと下を向いて歩いてたし、それでも気分が悪いからよく学校を休んでた。もう本当に投げ出したかった。処女じゃなくなれば逃げ出せるから無理矢理男の人を好きになって、そうなろうとしたけどことごとく結界の大家さんの力で阻まれてできなかった。そっちの事ばかり考えてたから耳年増になっちゃった」
琴乃さんは少し笑って見せたが俺は笑えなかった。思い出話に感情移入していた。
「まあ真奈さんを召喚した後だったから途中で投げ出すのは無責任よね。じゃあさっさと終わらせようと、2人目3人目と召喚したけど・・・不幸な結果になっちゃった」
2人目と3人目はありえない状況に置かれた事に堪えられずに自ら命を絶ったらしい。俺もタカミが居なければ、真奈さんと出会わなければどうなっていたか分からない。
「もう自暴自棄になって、役目を半ば放棄していろんな時間軸に遊びに行ってた頃に気付いたの。自分の意識の一部を他人の中に入れておけるってね。『式神』みたいなもんかな、真奈さんに送り込んでその式神を通じて真奈さんを見て、元々こっちに居た真奈さんをコントロールしてたの。もう目覚めちゃってたからできたんだけど、真奈さんの周辺にも送り込んだの。だからワタルを召喚した時に素早く真奈さんと会わせる事ができたんだよ」
もう1年近く前の話だが覚えてる。確かあの時、連絡を取ったナースの話だと夕方頃と言っていたのに真奈さんが来たのは昼過ぎだった。
「そうして、何て言うか、自分を分散させたら能力を上手にコントロールできるようになって楽になったの。ちょっとやる気が戻ったところでタカミさんを見つけて、後は前に話した通りの展開よ」
既にご飯は食べ終えていたが、空になった食器を片付けるのも忘れて話を聞いていた。
「巫女になっていろんな能力を授かって、役目を終えてそれらのほとんどを失って、それでも人の心を見る能力は残るみたい。当然前よりは力は劣ってて、相手の顔をじっと見て集中しないとできなくなったけど、やろうと思えばできる。でも私はもうしたくない。だって私だけがそんな事をしたらフェアじゃないでしょ?私もワタル達と同じように洞察力を鍛えて普通にしていたい。でもワタルが誰かのせいでピンチになったら力をフルに使って守ってあげる」
「いや、俺よりもカレシや自分自身のピンチで使いなよ」
「もちろんそうするけど、一番大切なのはワタルだから」
「ありがとう。こっちにおいで」
琴乃さんをソファの俺の隣に座らせて頭を撫でながらキスした。
「今まで辛かったんだね。改めて、俺を召喚してくれてありがとう。琴乃に出会えて嬉しいよ」
「ワタルさん、私もあなたに会えて幸せです。お願い、さっきみたいにベッドまで運んで下さい」
再び琴乃さんを抱え上げた。さっきと同じだと味気ない。俺の首にしがみついて頬にキスする琴乃さんを運びながら一つの案を思い付いた。先日タカミにお願いしてみて却下された事だ。ベッドに腰掛けて耳元でお願いしてみた。
「そ、そんなこと!は、恥ずかしいです」
両手で顔を覆っているが、わざとそんな素振りをしてるようにも見える。
「そうだよね、ゴメンゴメン。いやぁタカミに断られて、琴乃ならいいかなって思ったんだけど、ちょっと調子に乗りすぎたよ。じゃあ普通に・・・」
「どうしても・・ですか?」
「ムリしなくてもいいよ。たださっきと違った事がしてみたかっただけだよ」
「分かりました。ワタルさんだけですよ。あの2人には内緒にしてて下さいね。お願いします」
涙目になりながら口元はだらしなく笑っているように見える。少し心が痛むが好奇心が遥かに勝る。カレシには申し訳ないが、いつかは琴乃さんもカレシに自分の性癖を開示する時が来るだろう。
翌朝、タカミの家に泊まるというアリバイの辻褄を合わせる為にタカミの家まで琴乃さんを送って行き、俺はそのまま真奈さんの事務所兼自宅に出勤した。今日は真奈さんの仕事の予定は無く自宅待機だ。根掘り葉掘り聞かれることを覚悟しているが、`内緒にしてて下さいね´と言われた事実は言えない。
「おはよう、夕べはたくさん可愛がってあげた?」
ハグアンドキスの後で案の定ニヤニヤしながら聞いてきた。
「ああ、でも、なんだろうな。見た目も反応も性癖も全然違うタイプの3人の相手をできて、それを3人ともに許されてて、その3人のネットワークの中で遊ばれてる俺って・・これでいいのかな?」
「あら、仕事の依頼?残念だけどどっぷり当事者の私だから受けられないわ。でもね、世の中にはいろんなタイプの人が居るのよ。男女問わずね。全然モテない人も居ればモテまくる人も居るでしょ?『モテ期』ってのも有るわね。そうね、低気圧に例えると分かりやすいかな?ワタルは台風なのよ。その中心の『台風の目』ね。周りの女性、湿った空気をどんどん引き付けていくの。そしたら勢力が拡大するでしょ?百合華ちゃんとか楓ちゃんとか。ワタルはあまり動かない遥か南の海上でできたばかりの迷走台風みたいなものよ。中には偏西風という時代の風に乗って猛スピードで駆け抜けて行ったり、じわじわ動いたりして通った後は被害を残すタイプもあるのよ」
「何だか分かるような分からないような例えだな。真奈さんはタカミや琴乃さんに嫉妬したりしないの?俺が言うのもなんだけど、愛する男が他の女と2人きりで会って愛し合うんだよ?」
「琴乃ちゃんにはちょっと嫉妬したけど、今は全然思わないわ。タカミにはもちろん無い。琴乃ちゃんは最近会ってないからどう思っているか分からないけど、タカミはワタルの本妻で私はワタルの愛人で同時にワタルは私の愛人よ。タカミがワタルの愛人としての私の存在を認めて許して、私とも仲良くしてる状況は確かに異常かもしれないけど、そんな形も有りなんじゃないかな。私の仕事柄かな、あまり型に嵌め込みすぎるのは良くないと思う。いろんな愛の形があるものね。でもそれが世間から奇異の目で見られるのは仕方の無いことよ」
この時代ではだいぶ偏見は無くなってきてるが、真奈さんが居た前世の時勢ではそういう、正常ではない恋愛には厳しかったし、真奈さんはそんな恋愛をしていた。俺やタカミが居た時代、この時間軸よりも更に時が経過した時代でも二股三股は世間から批判されて、SNSでは炎上のターゲットにされていた。
「その事にちょっと関係あるんだけど、再来週の土曜日、タカミとワタルに会ってもらいたい人が居るんだけど、時間空けといてね」
真奈さんにしては珍しく、少し頬を染めて俺から目を逸らして言った。
「ひょっとして、いよいよか?」
「そうよ、カレがこっちに来てくれるの。ワタル達の事を話したらカレも是非会いたいって」
「おぉー!じゃあ早速タカミに・・今は学校か。とりあえずメールしとこ。そうだ、琴乃さんにもメールしてタカミのシフト変えてもらわなきゃ。えーっと、再来週の土曜日だっけ?」
真奈さんが幸せに近付くのが心から嬉しかった。
「そんなにはしゃがないで。私、ドキドキなんだから」
「はしゃぎたくもなるよ。そうだ、作戦を立てなきゃな。俺達は何をすればいい?何か小芝居が必用だったら当日までタカミと稽古しとくよ」
「そんな特別な事は無いわよ。ただ私達の前に座って普通に話してくれれば大丈夫よ」
「そうなの?なんか拍子抜けだなぁ」
「ウフフッ、まあ楽しみにしてて」
真奈さんは気を持たせるように笑った。
仕事中も時々真奈さんを冷やかしながら高めのテンションだった。「どんな人なの?」と聞いても「それは会ってからのお楽しみよ」とはぐらかされて正体を掴ませない。それでも何とか幾つかヒントをくれた。そんなにイケメンではないが普通に整った顔立ちで、どちらかと言うと痩せていて背は俺よりもちょっと高い。仕事はほぼ全国に支店を持つ大手メーカーに勤めていて営業担当。性格は真面目で穏やか。今までそれなりに想像はしていたけど、真奈さんの相手だから勝手にワイルド系だと思っていた。ヒントと真奈さんの好みのタイプを参考にすると、何となく線が細くて人当たりが良くて甘えられる好青年、と言ったところか。いろいろ妄想を膨らませていると仕事が手につかない。(俺が浮き足だってどうする)と思いながらも上がったテンションは下がらない。そんな俺を見かねて「今日はもういいわ。帰って一晩寝て、明日からまた集中して仕事してね」と呆れられた。お言葉に甘えて外に出たが、家には帰らずタカミの家に向かった。平日だけどタカミと話したくてバイトを終えて帰るのを晩ご飯を作って待った。もちろんメールでタカミとやり取りして決めた事だ。
タカミが帰ってきて、きつく抱き合って熱いキスをした後はひたすら真奈さんのカレシの話題で盛り上がった。食事中も入浴中もあーだこーだと想像していた。タカミもテンションが高い。似顔絵を書いてみたが、2人とも絵心が無くてすぐにやめた。
「ちょっと、冷静に考えたら妙な事に気付いたんだけど」
「何だ?」
平日だし、昨日の今日ということもあって、「お楽しみは週末にタップリと」と言って何もしないでベッドに入ったピロートークでタカミはある疑問を口にした。
「背の高さはともかく、体型とか性格はなんかは変わるものでしょ?7~8年経ってるのに全然変わらないってことある?ワタルが聞いた話だと現在形で話したんでしょ?」
「それはあれじゃないかな、学生時代から自分に厳しくて節制してて、性格もブレない確信があるんじゃないかな。まあ多少は思い出を美化してるのかもしれないけど」
「あ、でもこっちに来るって事は連絡取って口説き落としたって事も考えられるね。真奈さんなら心理的に追い詰めて洗脳する、なんて事やりそう」
何か、俺が受けているじわじわした攻撃を思い出した。
「なんかさあ、俺が百合華からされてる事みたい。ほぼ毎日、日記みたいなメールくれるんだよなあ。一応あのコのプライベートだからタカミには見せられないけど」
「それ知ってるよ。時々見せてもらってるから。`亘から返事貰った~´って嬉しそうにしてたよ」
「まったく。真奈さんが言ってた『女は秘密を共有したがる』って当たりすぎてるな」
ハーレムの中では俺の行動は秘密にならない。百合華はまだハーレム会員になっていないのに情報は筒抜けだ。いっそのこと真奈さんや琴乃さんとの関係も暴露してくれれば百合華の心も離れるだろうに。
「そうそう、言うの忘れてたけど、『姐さん』覚えてる?」
「何だ?いきなり。姐さんかぁ、もう随分前の事みたいだけどまだ1年ちょっとしか経ってないんだよな」
「姐さんの名前、覚えてる?」
「え?えーっと、覚えてない。って言うか知らないんじゃないかな。タカミからは『姐さん』としか聞かなかったし、俺の家に来たときも名前聞かなくても会話は成立してて・・そうだ、結局電話番号とアドレスだけ教えてもらって[姐さん]で登録したんだったな。で、何で急に姐さんなんだ?」
「私もね、忘れてたの。私も登録は[姐さん]だったし、会っても`姐さん´って呼んでたからね。儀式のすぐ後に真奈さんと話してて不意に思い出したの。こっちに来て2年生になってクラスの名簿見たときに何となく引っ掛かってたけどスルーしてたの。同じ名前だったのよ、吉富百合華」
「えっ!それってまさか!・・・」
眠くなりかけてたのが一瞬で覚めた。前世でタカミが死んでから俺に好意を告白して、ある意味俺が死ぬまで支えてくれた姐さんが、こっちで俺の事を好きでいる吉富百合華と同姓同名。俺に好意を持ち始めたのが夏休み明けからだから、ひょっとしたら前世で俺が死んだ後で後を追って死んでこっちに召喚されたのか?いや違う。琴乃さんの話だと誰かを召喚したらその時間軸には行けなくなる。俺とタカミはたまたま偶然酷似した時間軸から別々に召喚された。もし百合華も召喚されたのならもう一つ酷似した時間軸が存在する事になる。儀式を行う年齢的な条件も満たしているから問題は無い。予備として召喚されていたのか?そんな事は琴乃さんは一言も言ってない。でも俺に好意を寄せるという視点からだと辻褄が合う。ならば百合華は召喚された意味も分からず、その事をバレないようにトウドウワタルと同姓同名の俺を好きだと言い、ニシカドタカミと同姓同名のタカミと友人関係になっているのか?
「ワタル、フリーズしていろいろ考えてるけど、何を考えてるか分かるけど違うよ。琴乃さんに確認したから。ワタルの召喚に失敗したときの第一候補だったみたいだけどね。ワタルが成功したからワタルの時間軸からは召喚できないし、もちろん私の所からもね。他の時間軸って線もあるけど、条件に合う人が揃って、それをあの結界の大家さんに報告したらもう時間軸移動はできなくなるんだって。欠員が出たらまた報告して集められるようになるんだって。だから百合華がワタルに寄せる好意は純粋なものよ。有り得ない確率の偶然よ」
考えてみれば、時間軸は違っても前世では16才差の俺とタカミがここでは同級生なのだから、タカミの先輩だった姐さんが同級生の百合華であってもおかしくはない。
「一応それとなく百合華の言動を注意して見てたけどそんな素振りは全然無かったよ」
「俺に対する気持ちは変わらないのか?」
「時々見え隠れするけど、私との友人関係を最優先してくれてるみたい。ワタルにはどう?メールで何か匂わすようなこと書いてる?」
「それが全然無いから逆に不気味だよ」
「あら、警戒してるの?そんなの気にしないでいればいいのよ。そう言えば2人きりで会ったこと無いよね。一回デートしてみればはっきりするんじゃない?たぶん私がワタルと付き合ってる限り具体的な行動は起こさないと思うよ。もしワタルが百合華とそういう関係になっても認めるよ。百合華が私に`亘とそうなりたい´って言ってくれば許すつもりでいるから安心して」
タカミのこういう所が理解できない。この事はまた改めて話し合おう。何にしてもこうしてタカミと話していると時間が過ぎるのを忘れてしまう。眠くなりそうな気配を感じたのでおやすみのキスをして目を閉じた。