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ひとつぎ[続・ときつぎ]   作者: 河長未成
3/15

ひとつぎ[続・ときつぎ] (3)未熟

「そろそろ現場を経験してみようか。ワタルに経験させたい案件が2件有るの。ここでワタルが受けた依頼じゃなくて、口コミで私に直接来たの。早速だけど明日、ちょっと早めに来てね」

ゴールデンウィークが終わってタカミがバイトを始めてしばらく経ったある日、真奈さんにそう言われた。

「どんな依頼なのかな?」

何だか緊張してきて恐る恐る訊ねた。

「あまり先入観を持たない方がいいから今は詳しくは言わないけど、とりあえず明日はちょっとハードな案件よ。私の後ろでメモでも取りながら勉強してね。今日はお疲れさま」

軽く唇にキスして事務所兼真奈さんの自宅を送り出された。真奈さんがここに居て仕事を終えるときはキスがその合図になる。たまにそのまま押し倒されるけど。

真奈さんの下で仕事をしだして一月半。現場に出るという成長をタカミとつい先日友達になった百合華にメールで報告した。バイトをしていない百合華からはすぐに激励のメールが帰ってきた。タカミからは風呂上がりに携帯を見たらメールが入っていた。タカミはまだ働き始めたばかりで覚える事が多くて大変らしい。その事については`頑張れ´としか言えない。その思いを込めてタカミにメールして早めに寝た。

翌日、言われた通りに早めに真奈さんの家に行って合鍵を使って中に入ると、ちょうど真奈さんはシャワーから出たところだった。見慣れているはずの真奈さんの全裸姿が、今日はいつも以上に色っぽく見える。

「ダメよ、もう今は仕事モードになってなきゃ」

不覚にも真奈さんの裸に少し反応してしまった俺を真奈さんは見逃さなかった。

「ちょっと待っててね、パパッとご飯食べちゃうから」

そう言って昨日の夜に作っておいたのだろうと思われるおかずをレンジで温めた。

「ワタルは食べたの?」

「ああ、しっかり食べてきたよ」

真奈さんは新聞をざっと流し読みしながら俺とも会話する。

「それでいいよ。この仕事はある意味体力勝負だから、特に朝はちゃんと食べておいてね。私の裸を見ても分かるように、ガッツリ食べてもスタイルは維持してるでしょ?まあワタルに見せる為ってのもあるけど、太る暇が無いほど消費するのよ」

「体力勝負ってのは、やっぱりアレか?」

「ん?あー違う違う、朝から私の裸を見てソッチに考えが行っちゃった?体力って言うより頭をフル回転させるからエネルギーをたくさん使っちゃうのよ」

「そんなに大変なのか。俺にできるのかな?」

真奈さんに誘われるまま、真奈さんの助けになればと思ってこの仕事を始めたが、やっていけるのか少し不安になった。

「ちょっと怖じ気付いちゃった?ワタルなら大丈夫よ。私が保証する。初めから上手くやろうと思わないで自然体で相手と接していればいいのよ」

真奈さんは食べ終えた食器を「洗い物は帰ってから」とシンクに置いて手早く化粧した。会う相手によって化粧を変えてるみたいだけど、俺にはどう変えてるのか分からない。一つ言えるのは化粧をすると一層色っぽく見えると言う事だ。


電車を乗り継いで着いたのは俺達が住む街と似たような所で、依頼者の所は駅から徒歩で15分程の住宅街。その一角の少し大きめの家で依頼者は待っていた。その人物は中年の女性で、依頼は彼女の息子をどうにかして欲しいとの事だった。対象者である彼女の息子はこの春高校を卒業して就職したものの、ゴールデンウィークが明けたら「会社に行きたくない」と引き籠っている。いわゆる『五月病』というヤツだ。

真奈さんは丁寧に彼の心を解していって、時々スカートから太ももを見せたり大きな胸を意識させたりしながら彼の心の闇を聞き出した。俺にはその手法は取れないから真奈さんの言葉の使い方をメモに書き留めた。お昼をご馳走になる頃には彼と真奈さんはかなり打ち解けていた。午後には彼の母親も交えて話した。他の専門家はどうするのか知らないが、真奈さんは結論を強制しないし初めから方向性を決めつけて対処しない。俺は過去の真奈さんの対処の仕方をまとめる課程で症例毎のマニュアルを作ろうと思っていたが、それがまったく役に立たない事を思い知らされた。ちょっと考えれば分かりそうな事なのに、人それぞれ性格が違うしどうしたいと思っているかも違う。その場その場、個人個人によって臨機応変に対応しなければならない。それをするにはやはり場数を踏んで経験を積み重ねるしかない。真奈さんは笑顔で話しながら、頭をフル回転させて自らの経験に基づいた言葉で彼と彼の母親により良い方向性を示している。

夕方には彼の心は前向きになり、明日から会社に行くことを母親と真奈さんに約束した。それで一応の結果を出したが、本質は他に有って、それは結構根深いものだと俺は感じていた。その事を帰りの電車の中で真奈さんに言った。

「さすがね。今日の事では根本的な解決にはなってないわね。でもある程度の方向性は示したから後は何とか彼が自力で乗り越えるしかないわね」

具体的な話は出なかったからあくまでも俺の勘だが、恐らく彼は元々軽く甘やかされて育てられ、中学時代にイジメられた事で親に対する依存心が増幅されて無意識にマザコン気味になってしまっている。加えて母親も子離れ出来ていない。

「その意味で俺を連れていったんだろ?」

時折俺の現状を引き合いに出していた。

「正直に言うとワタルを連れていかなくても、他の切り口から話はできたわ。そんな事よりもワタルに経験させる事が一番よ」

「俺、恐いよ。人の心の闇を見る事が。なんか・・取り込まれそうな気がして。帰ったら頼みが有るんだけど、いいかな?」

「いいわよ。タカミはいいの?」

「お見通しか」

「ご飯食べてから帰ろ。そしてそのままウチに泊まるといいわ。ウフッ、久しぶりね。ひょっとして朝からその気だった?」

「そうかもしれない」

実際、朝見た真奈さんの全裸姿が頭から離れていなかった。


翌日は真奈さんが言っていたもう一つの案件。内容は前夜のピロートークでも教えてもらえなかった。ただ前日の件とは全然違って『心の闇』の要素は無いだろうと言っていた。夕方から会う予定との事なので朝はゆっくりだ。

目が覚めると一緒に寝ていた真奈さんは既に起きていて、食事の仕度をしていた。昨日は日中は頭を使い、夜にはいつも以上に体力を使ってぐっすりと眠った。

「おはよう。ゆうべはステキだったわ」

熱いキスで朝の挨拶。

「`ゆうべは´?いつもは満足してないの?」

抱き合ったままキスのお返し。

「いつもは私からじゃない?ワタルからは初めてだったし、終わってからもワタルが優しくしてくれたからおねだりしちゃった」

「マナもステキだったよ」

「アン、思い出しちゃう。一緒にシャワー浴びる?」

「いや、今夜のタカミに残しとかないと」

今日はタカミと夜を過ごす週末。明日はタカミはバイトがあるからあまりゆっくりはできない。

「じゃあもうすぐご飯出来るからシャワー浴びてきて」

朝ごはんを食べるまではプライベートモード。食後のキスが業務開始の合図だ。

昼間に真奈さんがここに居るときは、電話対応は真奈さんがやって俺はスケジュール調整と資料の整理。真奈さんは整理する資料で今日の依頼者のヒントをくれた。『十代女子』。このキーワードから想像できる内容は普通だと限られてくる。勉強関係か恋愛関係。俺を連れていくのだから勉強関係は無いだろう。恋愛関係だとしても真奈さん一人で充分だが、俺に場数を踏ませる意味で俺を同伴させるのだろう。以前真奈さんは俺に、若い女子を中心に担当させるような事を言っていた。ここはしっかり勉強させてもらおう。

お昼過ぎに真奈さんにメールが入った。

「切羽詰まってるみたいね。早退してこっちに来るんだって。じゃあ駅まで迎えに行こうか」

2人で駅まで歩いている途中で真奈さんは依頼者について教えてくれた。

「去年の冬休みに叔父さんが怪我で入院して、そのお見舞いに行った時に私が手懐けてたナースと知り合ったんだって。そのコに悩みを相談してて私を紹介されたらしいの。お小遣いを貯めてこの間私に直接メールしてきたの。これがその時のメール」

真奈さんは仕事用の携帯のそのメールを俺に見せた。丁寧な文章で相談内容のあらましが書かれていた。俺の予想とはちょっと違ってて恋愛関係ではなかった。

「まあ女子高生らしくて可愛いけど、注意しないといけないのは、大人目線で決めつけるような事を言ったらダメよ。共感してあげて、フリでもいいから一緒に悩んであげるの。そしてこの子に寄り添ってこの子に合った方向性を示してあげるの」

「それはやってみないと分からないけど、それよりもこのメールの内容だと俺みたいなのはいない方がいいんじゃないのか?」

恋愛関係ではなくて、どちらかと言うと『思春期の性』に関する内容なので歳の近い男が居ては話しにくいと思える。

「その辺は了解は取ってあるよ。[魅力的な男の人が同伴する]って言ってあるよ」

「魅力的ねえ」

俺にどんな魅力が有ると言うんだろう?タカミは特別だけど、真奈さんや琴乃さんにはそれぞれ事情が有ったし、百合華にしてもファザコンという特殊な事情が有る。たまたまそこに俺が居合わせただけだと思う。

「あのコね」

駅に着くと既に彼女は待っていた。いくらなんでもまだお昼過ぎの時間帯に制服姿は人目を引く。彼女はカーディガンを羽織り、胸元を飾っていたであろうリボンかネクタイを外した白いブラウスを着ている。スカートはきっちり膝丈。ボブカットで丸顔、首が長めで大きな目が印象的。どちらかと言うと細身で背筋を伸ばして立っていた。`今どきの´といった雰囲気ではなくて、ごく普通の女子高生だ。

近付いていくと彼女から声を掛けてきた。

「南さんですか?」

「そうよ、私が南真奈。こっちが助手の東堂ワタル君」

真奈さんは彼女と握手しながら自己紹介して俺の事も紹介してくれた。続けて俺も彼女と握手する。

「初めまして。私は朝霧楓と言います。よろしくお願いします。急に時間を変更してしまってすみませんでした」

悩みを抱えているという深刻さは無く、ハッキリと真奈さんと俺の目を見ながら彼女は言った。『朝霧楓』なんて絵が浮かぶような風情がある名前だ。

「1日1人だから時間の事はいいのよ。じゃあ行きましょうか」

話を聞くのなら真奈さんの事務所兼自宅でもいいと思っていたが、それだとこちらのフィールドに連れてきて、しかも2対1の構図になってしまう。こちらがそんなつもりは無くても威圧的に受け取られかねない。内容にもよるが、相手のフィールドか、できるだけイーブンの場所が適しているらしい。オープンスペースだといくらなんでも話しづらい。なので真奈さんが先頭を歩いて向かったのはカラオケボックス。ここなら防音されているから他人に聞かれたくないような話もできる。

部屋に入ると、朝霧さんの並びに1メートル弱離れて俺は座らされ、真奈さんは俺と朝霧さんの対面、ちょうど二等辺三角形の形になるように座った。飲み物と軽めの食べ物を注文して、それらが運ばれるまで朝霧さんの人となりを聞いた。

朝霧楓。公立高校の2年生で16歳。二つ離れた街に共働きの両親と中学生の弟と4人で住んでいる。俺はメモを取りながら聞いていた。朝霧さんは背筋を伸ばして浅めに腰掛けて、両手を膝の上に置き、ハキハキと真奈さんの問い掛けに答えている。キチンとしているというより緊張しているように見える。俺が何を書いているのかが気になるのか時々こっちを見る。

注文した物が運ばれて店員が部屋を出るといよいよ本題に入る。

「じゃあ話を聞かせて。メールで大体の事は書いてあったけど、なるべく具体的に話してね」

カフェオレを一口飲んでから朝霧さんは話し始めた。

「私、変なんです。なんか、いけないことばかり考えちゃうんです。勉強しなきゃいけないのに、気が付いたらヤラシイ事考えちゃって・・・きっかけは、弟の部屋に入った時に隠し忘れたエッチな本を見たんです。男の人と女の人が、その・・してる写真なんかがあって、そういう事するのは知ってるんですけど、そんな風に思ってなかった弟もそういう事に興味を持ってるって思ったら、なんか・・私の方が恥ずかしくなって。私達もパパとママがそんな事して産まれたんだけど、今でもそんな事してるのかなって思ったらまともに見れなくて・・。クラスで他の女子が経験した話なんかしてて、「気持ち良かった」なんて言ってるの聞いたら私も変な気持ちになっちゃって、男の人を見たら、(この人はどんな風に触ったりするんだろう?)なんて、そんな事ばかり考えちゃうんです。私って変態なんでしょうか?」

俺の方をチラチラ見ながら朝霧さんは話した。俺は平然とメモを取りながら聞いていたが、俺の中の亘クンには少々刺激的な内容だ。朝霧さんの問いには答えずに真奈さんは彼女に聞く。

「楓ちゃんの初恋はいつ?」

「え?え~っと、小4の頃です」

「どんな感じだったの?」

「まあよくある話です。なんか、やたらワタシにいたずらする男子が居て、最初は嫌だったんですけどだんだん気になりだして、気が付いたらその子の事が好きになってました。で、「私、〇君の事好きだからいたずらしないで。〇君も私の事好きなんでしょ?」って言ったら「誰がお前なんか!」って真っ赤な顔で言ってきて、その日からいたずらは無くなったけど話もしなくなりました」

「可愛いわね。それから恋はした?」

「いえ、そんな恋ってほどのは無いです。何となくいいなぁって思える男の人は居ましたけど`好き´って言える事は無くて、今は男の人はヤラシイ目でしか見れなくなってしまいました」

メモを取りながら聞いている俺を横目で見る視線を感じる。やはり何を書いているのか気になるのか?

「じゃあ今は好きな人は居ないのね?」

「はい、今は・・・居ないです」

またチラリと俺の方を見た。

「はっきり言って、男子も少なからず楓ちゃんをヤラシイ目で見てるわよ。もちろん胸が大きいコとか綺麗な顔のコとかに目が行くけど、そうでない女子にも同じように見るものよ。そうでしょ?この間まで高校生だったワタル君」

まさか俺に話を振られるとは思ってなかった。

「そ、そうですね。ついその、そんな風に見るかも・・ですね」

「東堂さんってまだそんなに若いんですか!?もっと大人だと思ってました」

「よく言われるよ。歳のわりに老けてるってね」

「あ、そんな意味じゃ・・・」

「ハハハッ、いいよ」

顔の前で手を降る彼女に笑顔で答えてあげた。

「私、ちょっとトイレに行ってきます」

我慢していたのか、彼女は慌ただしく部屋を出ていった。

「どう?楓ちゃんは」

「ああ、正常だと思うよ。性欲を無理に押し込めようとして変な方向に出ちゃっただけじゃないかな。何かで発散できれば自然と解決できると思うよ」

「そうね、あの年頃の女子って性欲を悪だって思うコが多いのよね。それよりもあのコの発散の相手にワタルはなってあげられると思う?」

「俺が?そんなの無理だよ。いくらなんでもタカミが許す筈ないだろ。あのコだって普通に男子を見れるようになったら普通に恋するだろうし、そしたら健全に恋愛して自然にそうなるだろ?俺なんてあのコからしたら圏外だよ」

「相変わらず鈍感ね。楓ちゃんの視線に気付かなかった?ワタルをかなり意識してるわよ。いいわ、すぐに分かるから。楓ちゃんはさっきまでそのカフェオレの所に座ってたでしょ?トイレから戻ったらもっとワタルの近くに座るから。まあ見てなさい」

程無くして彼女がトイレから戻ってきた。

「すみませんでした」

そう言いながらさっきまでより少し俺の近くに座ってカフェオレのカップをずらした。それから更にこっちに座り直してカップもずらした。真奈さんの正面に彼女が座って、真奈さんと彼女と俺の二等辺三角形は直角三角形になった。

「さて、結論を言うと楓ちゃんは変態なんかじゃなくて正常よ。遅かれ早かれ、同性愛者じゃなければ異性に対して性的な興味を持つものよ。男子女子関係なくね。ただ楓ちゃんは必要以上にそういう事に嫌悪感を持ってしまって、それが変な感じで出ちゃってるだけだと思うの。対処法としては何か没頭できる事、勉強でもいいわ、そういうのを見つけることね。楓ちゃんはずっと帰宅部?」

「はい、そうです」

「今から部活は無理か。じゃあ一生懸命勉強するか、何か趣味を見つけるのもいいわね。あと、あまりおすすめしないけど、ズバリ性欲を処理することね」

朝霧さんは飲みかけたカフェオレを吹き出しそうになった。

「そ、そんなこと・・・」

彼女は俺を見た。チラリとではなくてハッキリしっかり見た。俺はその視線に気付かないフリをしてメモを取るフリをした。

「楓ちゃんは1人でしたことは?」

「な、無いです!」

「どうすればいいかは知ってるでしょ?」

「う・・けど・・・」

さすがにもし有ったとしても男性が居る前で言えるわけがない。彼女は真っ赤な顔で俯いた。俺がトイレに行った方がいいのかと真奈さんを見たが「まだダメよ」という目で見られた。

「ごめんね。ワタル君が居たら答えられないよね。すっかり存在を忘れてたわ」

ずいぶんな扱いだがこれも何か意図があるのだろう。

「楓ちゃん、亘クンの事、気になる?」

「え、あ、えっと・・どういう意味ですか?」

「ずっと見てたけど、随分ワタル君を気にしてるように見えたから。違ったらごめんなさいね」

「いえ、その、はい」

「それは他の男子と同じような感じかな?」

「え?あ、どうなんだろう。同じかもしれないけど、ちょっとなんか、違う」

俺を見る視線に今度は無視しない。俺も彼女の目を見ていた。

「それは`好き´って事じゃない?」

「そうかも知れません」

俺を見つめたまま彼女は答える。その視線はさっきまでよりも熱を帯びてるように感じて思わず目を逸らした。

「人生で二度目の恋ね。でも残念、ワタル君にはカノジョが居るよ」

「そうなんですか、やっぱり。でも・・・」

「ひょっとしたら別れるかもって?ワタル君達は別れないわ。私は見てきたから知ってるの。もし、万が一別れたとしても順番待ちよ。楓ちゃんが好きになるくらいだから他の女の子も好きになるわよ。そのコはワタル君達と同級生で才色兼備の女の子。楓ちゃんが勝てるとしたら、ワタル君の年下って事が唯一の条件ね。いずれにしても好きな男を振り向かせるとか、いい男をつかまえる為には女を磨かないとね」

「女を磨くってどうすれば・・」

「相手の好きなタイプになることね。そうでなくても基本的な、最大公約数的な事は分かるでしょ?清潔感があるとか、明るいとか、常識的だとか。そういうのを身に付けることね」

「東堂さんのカノジョってどんな人なんですか?」

変に対抗心を煽ってる感じがするのは考えすぎか?

「それは私から教えてあげるよ。私も一枚噛んでるし、客観的に見た亘クン達の絆を言った方がいいでしょ?まずは私とワタル君との出会いのシーンだけど、あれは去年の7月だったよね、ワタル君」

真奈さんは俺に「ちょっと出てなさい」という視線を送った。

「ごめん、俺ちょっとトイレ」

当然真奈さんは前世の事は言わない。どんな風に言ったかは後で聞くとしよう。それにしても、まったくの初対面の朝霧楓さんが俺に好意を持つのはちょっと理解できない。トイレの鏡を見るまでもなく、亘クンには悪いがお世辞にもイケメンとは言えない顔。背が高いわけでもなく、マッチョ体型でもない。至って平凡で人混みの中に入れば見失いそうな見た目だ。いわゆる『モテ期』というヤツなのか?モテるのは決して悪い気分じゃないし、タカミもそれに関して度が過ぎるほど寛容だ。真奈さんや琴乃さんと関係を持っても許してくれる。百合華とそうなったとしても許すだろう。そんな気は更々無いが相手は百合華だ。彼女が本気で策を練って仕掛けてきたら、流されやすい性格の俺は抗えずにそうなってしまうかもしれない。百合華の戦略のパターンを想定し、対抗策を考えておいた方がいいかもしれない。朝霧さんはそういった戦略を考えるタイプには見えないし、真奈さんが彼女の気持ちが膨らまないように上手く誘導してくれるだろう。顔を洗って気分をリフレッシュさせてトイレを出た。

部屋に戻ると泣いている朝霧さんを真奈さんが慰めていた。何かキツイ事を言われたのだろうか。

「東堂さん・・・」

哀れむような目で朝霧さんは俺を見る。

「何を言ったの?」

真奈さんは朝霧さんの涙をハンカチで拭きながら彼女の肩を抱いている。

「あなた達の現状よ。2人とも両親を亡くしてお互いを支えあって生きてるのよってね。親が居なくなるっていうのがショックだったみたいね。もっと柔らかく言えば良かったかな」

あまり深く考えてなかったが、両親が揃っている家庭で生活していればそれが当たり前に思っていて、居なくなるなんて事は考えない。俺は前世では割りと早くに親許を離れて一人暮らしだったし、タカミはほとんどの期間母子家庭で暮らしていた。2人ともこっちの両親は知らない。こっちに来た時から一人で生きていかなければならなかった。そんな俺達がお互い支えあって、真奈さんや琴乃さん、タカミのお爺ちゃんに助けてもらいながらなんとか暮らしている。それが当たり前に思っている。朝霧さんは俺達が彼女には想像できないくらいの苦労をしているように思っているのだろう。

「東堂さん、私に何かできる事は・・・」

「大丈夫だよ。俺の事よりキミ自身の事を考えて。その為に俺達はここに居るんだから。キミは自分をどうしたいの?」

朝霧さんは視線を泳がせて考えている。もう涙は止まっている。

「私は・・私は誰かを好きになります。例え叶わない恋だとしても、その人の好みのタイプに自分を変えてみようと思います。そうしたら一つ成長できるんじゃないかなって。東堂さんはどんな女の子がタイプですか?」

「お、俺!?俺を好きになるって事?」

助けを求めようと真奈さんを見たが、ニヤニヤしながらこちらを見るだけだった。

「そうです。クラスの男の子とかは一度ヤラシイ目で見てしまったから、もう普通に好きになんてなれません。東堂さん、髪の毛は長いのと短いのとどっちがいいですか?」

「に、似合ってたらどっちでも・・あ、でも染めてないのがいいな」

「そうですか、今はショートですけど伸ばしてみます。伸びたらまた会ってくださいね。太っちゃうとダメですよね?」

このままでは朝霧さんのペースに飲み込まれてしまう。彼女の目先を変えないといけない。

「そんな外見を気にするより内面を、心を変えたいんじゃなかったの?誰かを好きになるものいいけど、まず自分自身がしっかりしないと。学校の成績はどうなの?」

「う、勉強は苦手です」

「俺は内浜野高校に入ったけど、聞いたかな?事故で記憶がほとんど無くなって勉強もすっかり忘れてしまって、はっきり言って頭は良くないんだよ。だから頭のいい人は尊敬するよ」

「そうですか。じゃあ勉強頑張ります。東堂さんと付き合えなくても、気に掛けてもらえるようになります」

何とか俺から気を逸らそうと思うけどなかなか上手くいかない。助けを求めようと真奈さんを見ても、相変わらずこの状況を楽しんでいるように見える。

「あの、写真撮らせてもらっていいですか?挫けそうなときに東堂さんの顔を見て励みにしたいから」

「あ、ああ、いいよ」

俺のバストアップを1枚、顔のアップを1枚、全身を1枚。それに真奈さんに撮影を頼んで彼女の肩を抱いてツーショットで1枚と、4枚の写真を撮られた。卒業式の日を思い出す。

「あと、アドレスの交換もお願いしたいんですけど。そしてできれば時々会ってくれませんか?私の成長具合を見てもらって、評価してほしい。お金はちゃんと払いますから」

さすがに図々しい。注意しようとしたら真奈さんが助け船ならぬ追い討ちをかけてきた。

「それには料金は発生しないわ。依頼は今日だけ。その先はあなた達のプライベートよ。どうするかはあなたとワタル君の問題よ」

もっと早い段階でストップさせるべきだった。状況を追い掛けるような思考じゃなくて、先を予測して考えないと流されるばかりだ。

「分かったよ。でも俺からも言わせてくれ。キミが今から変わっていったら必ずキミを見てる男子もいる筈だ。もしそんな男子にコクられたらちゃんと正面から相手を見て、その男子を嫌いじゃなかったら付き合うんだよ。いいね、楓ちゃん」

「分かりました」

あっさりと受け入れてくれた。

「名前で呼んでくれて嬉しい」

きちんと線引きするつもりで苗字で呼んでいたのに、つい他の女性を呼ぶように下の名前で呼んでしまった。俺が携わる初めてのケースで気を引き締めてたつもりだったのに緩んでしまった。

それからアドレスを交換して楓ちゃんは「ありがとうございました」と明るく挨拶して帰って行った。その背中を見送ってからドッと疲れが出た。

「お疲れ様。どうだった?初めての現場は」

「どうもこうもないよ。落ち込むばかりだよ。若いコの相手がこんなに疲れるなんて思わなかったよ。あんなんでいいの?」

「ん~、そうね、80点ってところね。最終的にいい方向に向かわせられたんだから良しという事ね。ウフッ、『ワタルハーレム』にまた1人加わったわね」

「ハーレムって・・・。そうだ、なんで百合華の事を・・ああ、タカミか」

「そうよ。同性の友達が出来たって喜んでたわ。もちろんワタルに絶賛片想い中って事もね」

ひょっとしたらタカミは俺よりも頻繁に真奈さんと連絡を取り合ってるのかもしれない。

「それにしても楓ちゃん、今夜は間違いなくワタルの写真見ながらアレね」

「やっぱりそうだろうな。それくらいは俺でも想像できるよ。そう言えばした事無いって言ってたよな。俺をオカズに初めての・・か。なんか気持ち悪いな」

よく女子が自分がオカズにされるのが気持ち悪いって言うけど、その気持ちが今は良く分かる。

「1つ注意しとくけど、たまに楓ちゃんと会うのはいいけど、あのコが18になるまでは一線を超えちゃダメよ」

「いやいや、例え18になってもそうなるつもりはないよ。その前にあのコはちゃんとカレシを作ると思うよ」

「楽観的ね。私や琴乃ちゃんの例もあるでしょ?カレシができたとしてもワタルは言ってみれば『別腹』よ」

「逆だよ。真奈さんや琴乃さんの事があるから楓ちゃんに対しては適切に対処できる。それはそうと、真奈さんはカレシとどうするんだ?」

「おっと、思わぬ反撃。それはまあそのうちに、ね。今夜はタカミとゆっくりできる貴重な週末でしょ?明日はタカミはバイトらしいから早い時間からたっぷりと愛し合いなさい。じゃあまた月曜日にね」

「あ、ずるい。逃げたな」

「ハハハッ、愛してるわ、ワ・タ・ル!」

足早に帰っていく真奈さんを見送った。カレシと復縁を果たすのもそう遠くないだろう。そうすればさすがに『別腹』とされる俺とはしないだろう。少なくとも回数は激減するのは間違いない。琴乃さんとは3月の末以来メールのやり取りは有っても2人きりで会う事も無い。楓ちゃんとはそうならない自信が有る。問題は百合華だ。百合華とは今のところメールのやり取りだけだが、ひょっとしたらタカミから俺の性格とかを手に入れて作戦を立てているかもしれない。俺にその気が無くても、詰将棋のように気が付かないうちに追い詰められて詰んでしまうかもしれない。「タカミが許可すれば1回くらいは」なんて甘えた考えは禁物だ。真奈さんや琴乃さんにとっては『別腹』のデザートかもしれないが、百合華にしてみれば俺はメインディッシュ。前菜もスープもデザートも、アペリティフさえ無い。一点集中で攻め込まれる前に防御策を練っておかないと簡単に攻略されてしまいそうだ。


「アハハッ、『ワタルハーレム』なんて、真奈さん上手いこと言うね。確かに言い得て妙だね。その楓ちゃんって可愛いの?」

早めにベッドに入ってピロートークで今日の出来事をタカミに話した。

「ハーレムなんて望んでないよ。まあ望んでなくてもそんな状況になった責任は俺に有るんだけどね。楓ちゃんは見た目は普通だけど、なんて言うか思春期の女子としてカワイイよ」

「その年頃でエッチなことに興味を持つのは仕方ないけど、ちょっと度が過ぎたって事ね。でもワタルに目を付けるとはお目が高い。そのコにそそられなかったの?」

「正直に言って、会って話す前は適度な年下って事で期待してたんだけど、話してみたらすごく疲れたよ。亘クンはそうでもないみたいだけど、オッサンの俺は若いコとは合わないな」

亘クンと融合が進んでるって思ってたけど、オジサンの部分がまだ色濃く残ってるのがちょっとショックだった。

「楓ちゃんはワタルにそそられたのね。初めての独り遊びのオカズがワタルねぇ。フフッ」

「オカズにされてるのかと思うと気持ち悪いな。そうだ、タカミが初めて独り遊びしたのっていつ頃?」

「え?そんなコト・・・黙秘します」

「ん?否定しないって事はやっぱりした事あるんだ」

「・・・・・・」

タカミは体を下にずらして毛布の中に頭まで入った。今更そんなに恥ずかしがられるとちょっと苛めたくなって枕元の電気を点けて毛布を捲った。

「ひょっとして今でもするのかな?」

「・・・・ウッ、も、黙秘」

タカミは毛布を上げようとする。俺は毛布を掴んでそれを阻止する。

「見てみたいなぁ。タカミの・・ウッ」

ガバッと俺に覆い被さってキスで俺の口を塞いだ。そしてそのまま二回戦目。明日はバイトだから早く寝ようと言ってたのに、ちょっと申し訳なかった。でもこんな風にタカミとイチャイチャしてるのが何よりも幸せだ。タカミが俺のモノで、俺がタカミのモノだと感じられる。たぶんタカミもそう思ってくれているだろう。

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