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ひとつぎ[続・ときつぎ]   作者: 河長未成
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ひとつぎ[続・ときつぎ] (2)新生活

3月中にあと2回ワタルに逢いに琴乃さんは来た。ワタルにはもちろん、私にも事前に連絡が有った。電話だったので表情は分からないけど、ワタルの優しい愛が忘れられなくて我慢できないといった雰囲気だった。彼女は職場の男性に近々告白して、たぶん付き合えるだろうと言っていたが、今後どうするんだろう?私はワタルと琴乃さんが逢う事は構わないし、アリバイ作りにも協力する。それでもバレるときはバレる。一応意中の彼と付き合えたらなるべく自粛するとは言っていたけど、ワタルの愛に触れると離れるのは難しいだろう。

お声が掛かればワタルの家に参戦するつもりだったけど、そういうのはまだ遠慮したいとの事なので、私は私のやるべき事をする。毎年、と言っても今年で3回目だが、3月末から4月頭にかけて、この一人暮らしには広すぎる家の大掃除をしてもらう事にしている。その期間中は亘クンの家に居候させてもらっていた。その為の荷物をまとめなければならない。何故年度変わりのこの時期かというと、私の中に居る貴美ちゃんがリストカットして気持ちをリセットした日で、同時に前世での私の命日にあたる3月30日で一つの区切りを付けたいからだ。掃除してもらうのは貴美ちゃんのお父さんの会社を通じていつもメンテナンスをお願いしている信頼できる業者さんだ。お父さんの会社と言っても、不慮の事故で亡くなったお父さんに変わって、引退していたお爺ちゃんが急遽再登板している。お父さんが社長をしていたサイモングループはひいお爺ちゃんが立ち上げて、お爺ちゃんが大きくして、その娘が貴美ちゃんのお母さん。ここまでは前世での私のルーツと同じだが、お父さんの性格が大きく違っていた。

前世での私の父親はお母さんの実家の財産目当てに近付いて、それをお爺ちゃんに見抜かれて娘ごと縁を切られた。私という孫が産まれてもその決意は変わらず、当てが外れた父は複数の女性に乱暴をして刑務所に入り、出所後に懲りずにまた女性に乱暴をして、知らぬ事とは言え実の娘である私にも手を掛けた。

こっちの貴美ちゃんのお父さんは真剣にお母さんを愛し、それをお爺ちゃんに認められて婿養子に入ってがむしゃらに働いて、仕事の面でもお爺ちゃんに認められて社長の座に就いた。

両親の死後、貴美ちゃんはお爺ちゃんに「うちに来なさい」と誘われたそうだが、「とりあえず高校を卒業するまで」と断ってたそうだ。私が来てからも折に触れて気に掛けてもらっていたが、亘クンの家族に助けてもらっている事で了承してもらった。お爺ちゃんは亘クンの両親に生活費を渡そうとしたが、亘クンの両親は「娘が一人増えたみたいなものだから逆に嬉しくて有り難いですよ」と言って受け取らなかった。優しかった亘クンの両親が事故で亡くなり、亘クンも眠ったままの状態の時もお爺ちゃんはお見舞に来てくれた。せめてもの恩返しにと、お爺ちゃんは亘クンも私も引き取ると言ってくれて、私も半分そのつもりだったけど、亘クンが目覚めたらワタルさんだった。見た目は亘クンだけど、2年と少しの時を経て奇跡的に再会したワタルさんを、贖罪の意味も含めて私一人で支える決意をしてお爺ちゃんの誘いを断った。もちろん本当の事は言えない。「どうしても助けて欲しい時は言うから」とお願いする私に、定期的に連絡する事を条件に了解してもらった。ワタルはまだお爺ちゃんに会っていない。夏休みにでも会いに行こうと思っている。


お掃除の業者さんがやって来た。「今年もよろしくお願いします」と挨拶して鍵を渡してワタルの家に行こうとしたところに黒塗りの車が現れた。後ろのドアからお爺ちゃんが降りてきた。

「貴美、久しぶりだな」

「ど、どうしたの?お爺ちゃん」

突然の訪問に驚いた。去年と一昨年は部下の社員さんに様子を見に来させていただけだったのに、今年は直々の登場だ。

「お前の高校の卒業祝いと大学の入学祝い、それに亘君の分も一緒にしようと思ってね。これから亘君の家に行くんだろ?一緒にお邪魔させてくれないか?」

歩いても10分程度の道のりを車で行く事になった。一応ワタルに電話したらかなり慌てた様子で混乱しているみたいだった。真奈さんの実家にお邪魔させてもらった時もかなり緊張していた。亘クンは何回か会ってるから大急ぎで対応を協議するだろう。

「ど、どうも、初めまして・・じゃないですね。いつも貴美さんにはお世話になってます」

「こちらこそ貴美が世話になっている。突然来た無礼を許してくれ」

ダイニングの椅子に座った私達にワタルはお茶を淹れてくれた。

「なかなかサマになってるじゃないか。一人にはもう慣れたかい?」

「タカミと・・ああ、貴美さんと助け合いながら何とかやってます」

「いつも呼び捨てなんだろ?遠慮しないでいつものようにしてくれて構わないよ。しかし、前に会った時よりも随分大人の雰囲気になったね。別人みたいだよ。見た目も少し変わったね」

会社を大きくしてそれを束ねている人だ。私やワタルがいくら他人を探るような洞察力を発揮しても、お爺ちゃんのそれには敵わない。前世に見た目が近付いてるワタルの変化を`成長´と見ているようだ。

「亘君は大学には行かずに働くそうだね。カウンセリングのような事をするそうだけど、大丈夫なのかい?」

「僕は例の事故で記憶がほぼ無くなって、今でも曖昧な部分が多いんですけど、その時にお世話になって、その後も僕や貴美を気に掛けてくれて支えてくれた人が誘ってくれたんです。僕も誰かを支えられるようになれればと思っています」

「それは良い心掛けだと思うが、金銭面はどうなんだ?一人暮らしというだけでも大変だろうし、この家の維持管理も難しいんじゃないか?いっそのこと貴美と一緒に住んだらどうなんだ?差し出がましいようだが、この家を私が買ってもいいぞ。将来貴美と一緒になるんだろ?」

いきなりそんな話をされて私もワタルもお茶をこぼしそうになった。

「お、お爺ちゃん、まだそんな話は早いよ」

「そうか?キミらはもうそういう関係なんだろ?ハハハッ、亘君はまだ遊びたいかい?」

お爺ちゃんは私達の顔を見てニヤニヤしている。

「正直に言います。タカミとはもうそういう関係です。将来について考えない事も無いですけど、まずは僕が何をするにしても一人前にならないと駄目だと思うんです。今はお互いの家を往き来したりして普通に恋愛したいと思っています」

「そうか。亘君、本当に大人になったな。キミの身に起こった不幸には私も心を痛めている。キミのご両親には貴美が随分世話になった。貴美が高校を卒業したら改めてお礼を言おうと思っていたのに、それを言えなくなってしまったのは非常に残念だ。その代わりという訳ではないが、私はキミの事を身内だと思っている。貴美と一緒にならなければ養子にしてもいい。今日キミに会ったのはキミの成長ぶりを見たかったからだ。私の予想以上にキミはちゃんとしている。これまで多くの人間を見てきた私が言うのだから間違いない。キミがその気になったらいつでもウチの会社に来て欲しい。キミは貴美の父親に似た雰囲気があるから大丈夫だろう。もちろんキミの努力次第だがね」

最大限の誉め言葉にワタルは困ったような顔をした。

その後、亘クンの両親のお墓参りに行って、お昼をご馳走になって、「これはお祝いだから何がなんでも受け取ってくれ」と、結構な金額を私とワタルに無理矢理渡してお爺ちゃんは帰っていった。


4月に入って大学が始まるまでワタルの家で同棲と言うか夫婦ごっこの生活をした。朝、早起きしてご飯を作り、ワタルを起こして一緒に朝ごはんを食べて、仕事に行くワタルを見送って、洗濯や掃除、夕方には買い物に行って晩ご飯の支度。暗くなる頃にワタルが帰ってくる。

「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」

玄関まで出迎えて軽くキスしてから言ってみた。本当にワタルの奥さんになったみたいで嬉しかった。自然と笑顔になる。

「お腹すいたよ、ご飯にしよう。それから一緒にお風呂に入ろうか?」

ワタルも笑顔で答えてくれる。

ほんの短い期間の夫婦ごっこの間に私達の重要な日がある。4月6日。ワタルの誕生日。私にとっては3年前、ワタルにとっては1年前の約束の日。その日に私達は初めて結ばれる筈だった。

その日の事は真奈さんも分かっていて、ワタルは早く帰らせてもらった。あの日にワタル渡すつもりだった誕生日プレゼントの財布を改めて買っておいてワタルに渡した。

「誕生日おめでとう。これからも仲良くしてね」

「ありがとう。この財布もタカミも大切にするよ」

2人で抱き締めあって長いキスをした。あの日にする筈だった事を再現した。別々にお風呂に入って、ワタルは部屋着を着て部屋で待っていて、私は思い出深いあの服装を着てワタルの部屋の戸を叩いた。白いブラウスに薄い黄色のミニスカート、スカートと同じ色のリボンで髪をポニーテールにまとめた私をワタルは笑顔で迎え入れてくれた。ベッドに並んで腰かけて、肩を抱かれてキスされると涙が出た。ワタルの目にも涙が浮かんでいた。何度もこの部屋で愛し合っているが、今日は感じ方が違う。あの頃夢見ていた、ワタルの物に囲まれてワタルの匂いに包まれて、ワタルの愛を全身で受け止めて、それに負けないくらい私もワタルを愛した。いつも以上に。

ワタルに愛される幸せ。それは真奈さんや琴乃さんも感じている事だろう。ワタルは私以外の女性を愛せるし、その資格がある。私はワタルを愛してワタルに愛される資格が有るのだろうか?私はワタルに取り返しのつかない仕打ちをした。にもかかわらず、私はたまたま琴乃さんに見つけてもらってここで行き長らえて、亘クンや亘クンのご両親、私のお爺ちゃんに愛されてきた。愛するワタルさんの幸せを消滅させたのに、私だけが幸せを享受してきた。ワタルさんがワタルとして私の目の前に表れて、こんな私を愛してくれる。全力でワタルに愛されるのが辛い。でもワタルに愛されたいしワタルを愛したい。愛するワタルには何がなんでも幸せになってもらいたい。その隣に私が居なくてもいいけど、時々はワタルの愛のお裾分けが欲しい。真奈さんや琴乃さんならワタルを幸せにしてくれるだろうけど、彼女たちはそれぞれ別の男の人と幸せになるだろう。気が変わってワタルとくっついてくれれば私のわがままを許してくれると思う。否、違う。本当の本音では私はワタルと幸せになりたい。私の中の貴美ちゃんの想いと同じで、私だけを愛して欲しい。でも今の私にはワタルの愛を受け止めきれる器が無い。私自身がもっと成長しなければいけない。その間にワタルはいろんな女の人を愛して、最終的に私を選んで欲しいと思っているのかもしれない。


大学が始まり、私は自分の家に戻った。今生の別れでもないのに悲しくて泣いてしまった。近所に住んでいて、ほぼ毎日の多くの時間を一緒に過ごしていた高校生活と違って別の道に進んだワタルとは、会える時間は極端に少なくなる。その貴重な時間も私がバイトを始めたらもっと無くなってしまう。「バイトしないからこのまま同棲しようよ」と喉まで出かかった言葉を何とか押さえ込んだ。もしそう言ったらワタルは受け入れてくれるだろう。前世でも、こちらに来てからも、沢山の私のわがままをほとんどワタルは聞いてくれた。ワタルに甘えてばかりじゃいつまで経っても私は成長できない。ワタルを幸せにできない。私と私の中の貴美ちゃんはもっと世間を知って、いろんな人とコミュニケーションできるようにならなければいけない。

バイトの話はとりあえず置いておいて、私は大学に慣れる事を優先した。高校と違って広いキャンパスにはいくつもの建物が有って、それらを探索するところから始めた。まだ友達はできなくて一人でうろうろするのは心細かったけど、そのドキドキが新鮮だった。ベンチに座って行き交う人達を観察するのも面白かった。当たり前だけどいろんな人が居る。友達と楽しそうに喋りながら歩いていたり、携帯電話操作しながら歩いていて他の人とぶつかりそうになったり、何事か呟きながら早足で歩いていたりとさまざまだ。少し離れた場所で数人の男子が何かを取り囲んでいるのが見えた。何となく気になってそっちの方に歩いて行くと、彼らが取り囲んでいたのは1人の女子だった。声が聞こえるくらいまで近付くと、どうやら遊びに誘ってるみたいだった。顔は良く見えないが、その女子は困っているようだ。見てしまったからには助けようかと更に近付くと、取り囲んだ男子の隙間から私を見付けた彼女から声があがった。

「に、西門さん!」

彼女の視線の先の私を振り向いた男子達。私は一瞬で彼らの注目の的となった。私の名前を呼んだ彼女を見て驚いた。見覚えのある彼女は高校時代のクラスメイトの吉富百合華だった。

「吉富さん!?どうしてここに?」

「何?知り合い?だったらキミも一緒に遊ばない?」

男子の一人が言ったがそれを無視して彼女の腕を掴んだ。

「わー、こんな所で会えるなんて思わなかったよ。あれからカレシとどうなったの?ねーねー聞かせてよ。あの恐いお父さんに紹介したの?カレシも大変よね。一人娘の為なら何でもやりそうだもんね。ホラ、前にふざけてちょっかいかけてきた男子が2、3日休んだ後であなたに土下座した事有ったじゃない?あれ、お父さんでしょ?あー、こんな所じゃ何だからどっか行こうよ。もう授業無いんでしょ?」

半ば強引に掴んだ腕を引っ張って男子の包囲を抜け出した。

「ちょっと待ってよ、まだ話が・・・」

呆気にとられながらも男子が食い下がる。

「ごめんねー、私達積もる話が沢山あるからもう行くね。遊ぶんなら他を当たってね」

彼女を引きずるように早足でキャンパスを出た。たかが数人とは言え至近距離で注目されて怖かった。大学の近くの喫茶店に入ってオレンジジュースを注文したら身体が震えた。

「西門さん、助けてくれてありがとう。ホントに助かったよ。それにしても・・フフッ、よくあれだけ嘘が言えたね。そんな人じゃないって思ってたけど西門さんってウソつきなの?」

「そう?そんなに外れてないと思うけど。会った事も話した事も無いけどお父さんってそんな人じゃないの?」

「確かにそうね。お父さんだったら私の為に無茶しかねないかもね。でもどうして分かるの?」

「だって卒業式に来てたでしょ?何て言うか、立ってるだけで迫力が有って、娘のあなたを見る目は優しくて、あなたに話し掛ける男子に対しては厳しい目をしてた。あなたって箱入り娘なんじゃない?」

彼女がファザコンなのを私は知っているが、それを私が知ってる事を彼女は知らない。父親の心理は分からないけど、一人娘がファザコンだったら父親としては溺愛してしまうんじゃないか、と思う。

「確かに大事に育てられてるし厳しく怒られた事も無いわね。お父さんの話は良いとして、私にカレシなんか居ないのを西門さん知ってるでしょ?」

「でも好きな人は居るでしょ?まだ好きなんでしょ?」

「・・・・・ごめんなさい」

彼女は申し訳なさそうにうつむいた。

「別に責めてる訳じゃないよ。ホラ、あなたも見たでしょ?卒業式の日のワタルのモテモテぶり。あのコ達以外にもワタルを好きな女の人も居るの。好きになるのは自由よ。ワタルが受け入れるかどうかは私がどうこう言える立場じゃないしね」

「それは、そんなモテる東堂クンに選ばれてる西門さんの優越感なのかな?」

「う~ん、そういう訳じゃ無いんだけどね。それよりも吉富さんに訊きたい事が有るんだけど」

「なに?」

オレンジジュースを一口飲んだ。

「どうしてあの大学なの?吉富さんならもっといい所に行けたんじゃないの?」

「確かにもっといい大学に行けたけど、そんな所って遠くて家から通えないじゃない?一人暮らしは不安だったから家から通える所で一番いい大学にしたの」

これまでの会話の中で一番堂々と澱み無く答えた。ワタルに聞いた話だと、彼女は予め用意していた言葉はスラスラと話すらしい。彼女はこの質問を予期して答えを準備していた。どの時点からなのかは分からないが、私から訊かれるのを待っていたようだ。つまり、彼女の言葉に嘘は無いが理由はそれだけじゃないのだろう。幾つか予想はできるが、誘導尋問のような質問をしても恐らくその答えも用意しているだろう。実は今のこの状況も彼女の計算の内かもしれない。わざと私に見つかる所で隙を見せて私に助けさせて一対一で話す場を作る。彼女の手の平の上で弄ばれているのかもしれないが悪い気分じゃない。私は人の心を探るのが特技で、彼女は人の心理を計算して行動させる。一緒に居たら面白そうだ。

「ねえ、私と友達になってくれない?私、友達作るの下手だしこれも何かの縁だと思うの。時間が合えばワタルと3人で遊ぼうよ」

この私の申し出は彼女の計算外のようだ。特に『ワタルと3人で』というのが彼女の心を揺さぶった。

「それって・・2人でイチャイチャしてるのを私に見せつけるつもりなの?」

「違う違う。イチャイチャするのは2人きりの時だけ。吉富さんもワタルと2人きりになったらイチャイチャすればいいよ」

「東堂クンとイチャイチャ・・・」

彼女は妄想モードに入って頬を赤くした。どんなイチャイチャを妄想したのかは私にも分からない。

「分かった。友達になるよ。西門さんの事、貴美って呼んでいい?」

「いいよ。私も百合華って呼ぶね」

こうして高校時代のクラスメイトが大学に入ってからの初めての友達になった。


真奈さんの仕事は基本的に土日は関係ない。今までは結構自由気ままにやっていて、依頼が無ければ休むし、依頼が有っても気が乗らなければ受けなかったりもっと本格的な人を紹介してたらしい。それでも稼げていたのだから評判がいいのだろう。ワタルに関しては私に合わせてできるだけカレンダー通りにしてくれている。金曜日の夜からワタルは私の家に泊まりに来て、月曜日の朝まで一緒に過ごす。

「おかえり~!」

元気よく出迎えて玄関で抱き合って熱いキス。

「ただいま」

ワタルはとびきりの笑顔で応えてくれる。

ご飯を食べながら、一緒にお風呂に入りながら、ピロートークまで尽きる事無く2人で話し続ける。そして月曜日の朝、ワタルは私の家から出勤する。夫婦ごっこの終わりの時のような悲しい気分にはならない。むしろ気持ちは充実、リフレッシュしてまた一週間頑張れる。

「ゴールデンウィークはどうなの?」

4月も終わりに近付いた週末のピロートーク。

「まだまだ修行の身だからな。真奈さんは休んでもいいって言ってくれたけどできるだけ仕事するつもりだよ。何処か行きたいなら休むよ」

「ううん、そうじゃないの。友達ができたからワタルに紹介しようかなって思ってたの」

「おおー!タカミが友達を作るなんて。成長したな、ウンウン、俺は嬉しいよ。それで、男か?女か?」

「そこまでコミュニケーション能力が低いって思ってたの?まあいいわ。聞いて驚け、吉富百合華さんよ」

「え?なんで?・・」

「意外でしょ?私も驚いたよ」

百合華を見かけた時からの一連の事を話した。

「う~ん、なんだろう、絶妙に微妙な感じだな。父親と離れたくなくて家から通える所を選んだのかも知れないし、予めタカミが受ける大学を調べて合わせたのかも知れないし。だとすると、まだ俺を諦めてなくてタカミの隙を伺って再チャレンジするつもりかも知れないな」

「そうなのよ、あのコの真意は分からないけど、私はワタルの事は関係なく友達でいるつもりよ」

「しばらく様子見だな。何となく徐々に外堀を埋められて真綿で首を絞められそうで怖いな」

「そんな事よりさ、もう20日以上過ぎたけど、仕事始めてから真奈さんとは何回?」

「え?・・な、何のこと・・かな?俺と真奈さんは・・その、あれだよ・・・じょ、上司と部下であってだな・・自宅を兼ねてるとは言え、職場でそんな淫らな行為は・・・」

「整理すると、真奈さんと、オフィス兼自宅で、淫らな行為を、何回ですか?」

「ごめんなさい、2回です」

小さな声でワタルは白状した。

「意外ね。もう少し有るかと思ってたよ。それにしても、フフフッ、ワタルって絶対浮気しない方がいいよ。私は`何回?´って訊いただけなのに自分から行為と場所まで言っちゃうんだもん。そんなワタルがカワイイよ」

頬にキスしてあげた。

「言っておくけど琴乃さんとは無いぞ」

「それは知ってる。結構頻繁にメールしてるからね。告白に成功して今はそっちで浮かれてるみたいよ」

「俺にもメール来たよ。文面が浮き足立ってて読んでるこっちが恥ずかしいくらいだよ。琴乃さんって言えばバイトはどうするんだ?」

「ゴールデンウィーク明けに面接に行くよ。連休中は忙しくて新人教育してる暇は無いんだって」

「そっか、まあ頑張れよとしか言えないな」

働く事に不安が無いわけではない。こっちに来てからなるべく他人と関わらないようにしてきた。それがファーストフードという接客業だ。前世ではパチンコ屋で働いていて、接客業と言えば接客業だけどお客さんとの会話は最低限にまで制限されていた。マニュアルがあるとは言え、お客さんと話さなければならない。人間的に成長するには避けては通れない道のりだろう。

「ねえねえ、真奈さんとはどんな感じでしたの?」

「え?そこに戻るの?」

「教えてよ。きっかけはどんなだったの?」

「え~っと・・1回目は真奈さんが出掛けてなくて、俺がデスクワークしてて、夕方に今日はもう終わろうかってなって`お疲れさま´ってキスされてそのままベッドに押し倒されて・・って感じだったよ」

「ふ~ん、で、2回目は?」

「真奈さんが早めに帰ってきて、`疲れたー、マッサージして~´って言われたからマッサージしてあげてたらいつの間にか攻守逆転してて・・・」

「それいい!マッサージされてムラムラしたのね。そのパターンでもう一回お願い。ね」

週末の長い夜はまだ終わらない。別にワタルと会うのは週末限定にする必要はない。平日の夜も無理無く会えるが、真奈さんの助言で週末にまとめて会った方が盛り上がれる。まあ平日ワタルを自由にしたいという真奈さんの欲求もあるのだろう。私やワタルの前世での社会情勢だと完全にパワハラでセクハラになってしまうけど、ハラスメントを受ける側が納得すればそれらには当たらない。ワタルも真奈さんがカレシと復縁を果たすまで、あの巨乳を存分に堪能すればいい。


百合華との友人関係は順調だ。高校時代の印象は人当たりが良くて明るく振る舞っていたが、その振る舞いは彼女の計算高さから来る処世術だと思っていた。そんなに細かく観察していた訳ではないが、特定の友達は居なかったと思う。前世で私が通っていた公立高校ではみんなでワイワイ楽しくやっていた。それに比べてこっちでの私立の進学校では若干殺伐とした雰囲気ではあったが、絶対的美少女で頭の良い百合華が自己主張せずにクラスに溶け込む事で和やかだった。大学生になっても人当たりの良さは変わらず、まだ一ヶ月も経っていないのに笑顔で挨拶する顔見知りが男子女子問わず何人も居る。案外処世術などではなくて本来の性格なのかも知れない。そうだとしたら私の洞察力も大したことは無い。

顔見知りは居ても一緒に行動するような友達は私だけのようで、キャンパスの中で会うと百合華から笑顔で手を振りながら小走りで近付いてくる。こんな美女に特別な親しみで接してこられると、私が男なら一発で惚れてしまう。女でもちょっとドキドキする。百合華と並んで歩いているとどこか誇らしい気持ちになる。「こんな美女と仲良くできるんだぞー」と自慢したくなる。私が男で百合華が私のカノジョだったらどんなに気分がいいだろう。女同士のカップルでも構わないが、私も百合華もそっちの趣味は無い。百合華は父親とワタルの事が大好きで、そのワタルは私のカレシだ。端から見れば美女とくっついていて言い寄ってくる男達のおこぼれを引き受けたい可哀想な女に見えるかも知れないけど、私と百合華は言わばワタルをめぐるライバルだ。百合華に何度かワタルと付き合いたいか凄く遠回しに訊いてみたが、上手にはぐらかされた。百合華からワタルの話題を口にする事は無い。本心がどこにあるのか分からないが、私との友人関係を優先してくれているように思える。

ゴールデンウィークの終盤に、ワタルに百合華を改めて紹介した。卒業式以来の再会に百合華が高揚してるのが明らかだった。

「東堂クン、久しぶり!」

百合華は笑顔で可愛く右手を差し出した。

「久しぶり。元気だった?」

ワタルも右手を出して握手すると、百合華は左手も出してワタルの右手を両手で包み込むように握った。

ゴールデンウィーク明けにバイトの面接に来る予定の琴乃さんが働いているファーストフード。カレシが出来た琴乃さんは生き生きと店内を動き回っている。

「タカミと同じ大学だったなんて意外だな」

「うん、もっといい大学に行けたんだけどね、そしたら一人暮らししなきゃならなくて、お父さんと離れなきゃならないのが辛くてね、私がファザコンなのは前に話したでしょ?貴美も知ってたんでしょ?」

「え?ええ、私もそうだったから何となく・・・」

唐突に話を振られて少し動揺した。

「それにね、貴美と同じ大学に行って仲良くなれたら東堂クンにまた会えるかな~って思ってたの。そしたらこんなに早く会えて嬉しい。ああ、勘違いしないでね。別に貴美から東堂クンを取っちゃおうなんて思ってないの。何て言うか、東堂クンは私のアイドル。ファンとして東堂クンの側に居られたらそれだけで満足なの」

あっさりと自らの計算の解を明かした。『東堂クンのファン』と言うのは本当だろうが、付き合いたいと全く思ってないとは思えない。私が認めればワタルにアタックを仕掛けるだろう。でも今はまだ早い。ワタルは仕事を始めたばかりでその事に集中したいはず。ワタルは基本的に私のカレシでいたいと思ってる。いくらワタルがモテていても、それほど私はワタルに愛されている。そんな大きすぎるワタルの愛を受け止めるには、今の私では荷が重すぎる。琴乃さんと真奈さんと3人で分けあってちょうど良かった。琴乃さんが告白に成功してカレシが出来、真奈さんも彼との復縁を果たすだろう。百合華と2人でワタルの愛を分け合えれば、琴乃さんや真奈さんと違って同い年だからちょうどいい。何なら大部分を百合華に譲って、私は時々ワタルに愛してもらうだけでもいい。ワタルの仕事が順調になったら言ってみよう。ワタルの幸せを選んでもらおう。

「タカミ、どうした?」

「え?あ、ゴメン。ちょっと考え事してた」

「貴美、私も`亘´って呼ばせてもらって、亘も私の事を`百合華´って呼んでもらうって事なんだけど、いい?」

百合華は嬉しそうに少し頬を染めながら言った。

「もちろん。まずは友達からって事ね。連絡先は交換したの?」

「それはこれからだよ」

ワタルと百合華はお互い携帯番号とメールアドレスを交換した。これから百合華がどんな手を打って、ワタルがどう凌ぐのか楽しみだ。

「私ね、ゴールデンウィーク明けたらここでバイトしようと思ってるの。良かったら一緒にどう?」

「え?そうなの?貴美ならアルバイトしなくてもやっていけるんじゃないの?」

百合華も当然具体的な金額は分からなくても、私が相当のお金持ちなのは知っている。

「確かにそうなんだけど、私ってコミュニケーション能力に難があるからなるべく他人と接しないと駄目だと思うの。ワタルと会える時間は少なくなるけど、その分いろんな人と話した方がいいと思う」

「アルバイトか~。私はコミュニケーション能力よりも女性としてのスキルを上げたいな。家事なんかはお母さんに頼りっぱなしだし、オトナにならないとね」

一瞬ワタルの顔を見たのを私は見逃さなかった。友達になって間もないが、私とワタルがオトナの関係なのは告げている。私をライバル視してるかどうかは分からないが、百合華もワタルとそういう関係になりたいと思っているのは間違いない。直接私に許可を求めたら認めるけど、百合華はそんな事はしないだろう。ワタルも自分から百合華を求める事はしない。

「百合華って胸のサイズは?」

「な、なに?いきなり」

「前から気になってたの、結構大きいよね。ちなみに私はCよ」

「D・・よりもちょっと大きめ、かな」

「ふ~ん。だって、ワタル。何なら揉み比べてみる?」

「バ、バカ何言ってんだよ。こんな所でそんな事はしない」

百合華は遠くを見つめて妄想モードに入っている。

「そろそろ帰るか。百合華、友達としてこれからもよろしくな」

「あ、うん。亘、ちょくちょくメールしていい?」

「ああ、すぐに返せないかもしれないけどメールしてよ。俺もタカミと一緒で友達少ないから歓迎するよ」

お店を出てしばらく3人デートを楽しんでから百合華と別れた。


「何を企んでるんだ?」

今日はワタルの家に泊まる事にしていて、ワタルのベッドで2人で眠る前のピロートーク。

「ん?何の事かな?」

「百合華の事だよ。諦めさせるんじゃなかったのか?あれじゃ逆効果だろ」

「諦めさせるなんて言った覚えは無いよ。私はチャンスの場を作ってあげただけ。それをどうするかは百合華とワタルが決めることよ」

「可哀想だろ」

「ワタルがね」

「俺が?」

「そうよ、琴乃さんにカレシが出来たし、真奈さんも彼と復縁したらワタルの相手は私1人になっちゃうんだよ。それに私がバイト始めたらこんな風にゆっくりできなくて淋しいでしょ?せっかくモテてるんだからせいぜい浮き名を流していいんじゃない?」

「お前だけで淋しいなんて事は無い。もし淋しかったら亘クンのコレクションと俺の右手がある」

「真面目な話、百合華は私からワタルを奪おうなんて思ってないよ、今のところはね。でもあのコの事だから将来は私達に気付かれないように本気で落としにかかるかもしれない。ワタルがどうしても百合華の気持ちを受け入れたくないならあのコの掌に乗らない事ね。もしワタルと百合華が一線を越えても、私は真奈さんや琴乃さんの時のように認めてあげるから安心して」

「俺はタカミの掌に乗ってしまってる気分だよ。まあせいぜい百合華の計算の公式に嵌まらないように気を付けるよ」

電気を消してキスをしてワタルの腕の中で眠りについた。

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