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ひとつぎ[続・ときつぎ]   作者: 河長未成
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ひとつぎ[続・ときつぎ] (13)

正月気分が薄れる頃、百合華は教習所通いとアルバイトを始めた。あれから家族会議を重ね、吉富氏が「教習所のお金は出してあげるからアルバイトはやめてくれ」という案は呆気なく却下され、アルバイト先は家からそんなに離れていないファミレスで、という事で決着したようだ。娘の事が心配で仕方がない吉富氏は時々部下を数人引き連れて百合華のバイト先に顔を出してるらしい。父親にかなりの譲歩をしてもらった手前、無下にもできずにいるらしい。吉富氏はわざと応対する娘を「百合華!」と呼び、部下には「お嬢さん」と呼ばせているそうだ。吉富氏自身も強面で、部下の人達もちょっとヤンチャそうな見た目なので、そんな風に呼ばれる百合華は店内では一目置かれて同僚や客の男がおいそれと誘えない。おまけに、あの父親が認めたカレシが居る、と公言しているから守りは鉄壁だ。俺自身の今年の目標は少し体を鍛える事。前世でブルーカラーの仕事をしていてそれなりの体つきだったからこの亘クンの体は物足りない。俺が少々鍛えたところで吉富氏の部下の人達のような頑強さには到底及ばない。ある程度体を作ってからでないと、百合華のカレシとして彼女のバイト先に顔を出すのはやめておいた方がいいだろう。

バレンタインデーにはタカミと百合華から極上の刺激的な夜をプレゼントしてもらった。初めは冗談かと思っていたが、二人して高校時代の制服を着て悩ましく迫られたら百合華だけじゃなくタカミまでもエロく見えて暴走モードになってしまった。禁断の果実の味を知った二人はそれまでよりも仲が良くなって、バイトの休みを合わせて二人で遊びに行く事が増えた。

3月のとある週末、百合華は教習所が終わってから、タカミはバイトが終わってからタカミの家でパジャマパーティーの計画を聞かされていた。そこに俺がノコノコと参加するとまた暴走させられてしまう。いつものパターンと違って一人きりの週末の夜。真奈さんとは前の週に愛し合った。琴乃さんは呼び出せば来てしまうけど、あちらの都合もあるからなるべく俺からは誘いたくない。どうせ明日は百合華と愛し合うだろうから、すっかりご無沙汰のソロプレイもしないで早く寝ようかと思っていたら玄関のチャイムが鳴った。タカミと百合華が来たのかと思ったが、あの二人なら事前に[行っていい?]とかメールが来る筈だ。[行っていい?]と、許可を得るようだが実際は[行くよ!]と宣言しているようなものだ。いきなり琴乃さんが来る事は十分に考えられる。実際に来てから「エヘッ、来ちゃった」といった事が有った。あれこれ考えながら玄関の扉を開けた。

「エヘッ、来ちゃった」

そう言ったが琴乃さんの声ではなくもっと大人の声だった。かと言って真奈さんでもなく明かりに照らされた顔は百合華の母親、小百合さんだった。

「えっ?ど、どうして?・・」

「夜はまだ寒いわね。中に入れて」

とりあえず言われるがまま迎え入れた。

「さすがね、綺麗にしてる」

脱いだ上着を椅子に掛けながら小百合さんは部屋の中を見渡した。

「温かいコーヒーが飲みたいな」

驚きと戸惑いで立ち尽くす俺に小百合さんは注文した。その声に我に帰って改めて小百合さんの全身を見た。薄く化粧した顔はもともとの美しさを更にランクを上げ、ピタッとしたニットのセーターは百合華と同じくらいの大きさの胸の形を強調している。寒いと言いながらも膝上10センチほどのスカート。黒いストッキングを履いた脚がスラリと伸びている。とても四十過ぎとは思えない、百合華と同等のプロポーションで、百合華では到底出せない色気を纏わせている。それを隠そうともせず、むしろ見せつけるような佇まいは娘のカレシの暮らしぶりの抜き打ちチェックが目的ではない事を物語っている。

「あ、あのう、家の方は?」

小百合さんが座った椅子の前のテーブルにコーヒーを置き、向かいの椅子に自分のコーヒーと共に座った。

「年度末でね、昌くん忙しくて今夜は夜の現場に出てるの。百合華は貴美ちゃん家でしょ?だから平気よ」

小百合さんは笑顔で言いながらコーヒーカップを持って俺の隣に座った。化粧の臭いなのか、それとも香水でも着けているのか、ほんのりといい香りがする。

「そ、そうだ。ご飯は?適当につ、作りますよ」

何とかこの状況から逃げ出そうと立ち上がりかけた俺の腕を小百合さんが掴んだ。

「ご飯は食べてきたわ。シャワーも浴びてきた。ねぇ、私みたいなオバサンは嫌い?」

「い、いや・・そんな事は・・・」

俺の中の『ワタルさん』の部分が激しく反応する。まさか本気で俺と浮気したいなんて思ってなかった。歩いて10分足らずの所に居るタカミと百合華に助けを求めたい。

「フフフッ、亘クンは断れないのよ」

俺の腕を掴んでいた小百合さんの手が俺の太ももを撫でる。確かに小百合さんのオトナの色気で積極的に迫られたら断りきれないだろう。しかし小百合さんは人妻。しかも恋人の一人である百合華の母親だ。俺の中で理性と本能が激しくせめぎあっている。

「私が浮気のアドバンテージを持ってるのは話したわよね。昌くんは文句は言えないのよ。それに私が亘クンに興味を持ってるのは百合華も知ってるし許可も貰ってるの。当然貴美ちゃんにも伝わってる筈だから何も後ろめたい思いをしなくてもいいのよ」

「・・・・・」

頭の中が本能で侵食されていく。だいぶ前に見たアニメのシーンを思い出した。スーパーコンピューターが敵に徐々に侵食されていた。アニメでは最後の一コマで完全な侵食を防いでいた。俺はこのままだと完全に侵食されてしまう。

「亘クンのベッドに行きましょう」

もう小百合さんの言いなりだ。腕を絡める小百合さんを連れて俺の部屋に入ってドアを閉めた。

「ここで百合華や貴美ちゃんとしてるのね。ウフッ、何だか興奮しちゃうわ」

もう俺が抗えないと確信したのか、ベッドに仰向けに寝転んで両手を広げて微笑んでいる。

「や、やっぱりダメ・・ですよ」

僅かに残った一コマで最後の抵抗を試みた。

「言ったでしょ?亘クンは断れないのよ。私見たの、亘クンの弱味を。私の勘が当たってたの。亘クンには年上の愛人が居るんじゃないかって言ったわよね。年末に亘クンが明らかに亘クンより年上の女の人の車の助手席に乗ってるのをね。あの人、楽しそうだった。百合華にも貴美ちゃんにも黙っててあげるから私を抱いて」

俺の顔に添えた小百合さんの手をそっと離した。

「それ、俺の上司です」

「えっ!?」

「小百合さんが見たのは依頼者の所に行く途中ですね。気のいい常連さんの所だったから上機嫌だったんですよ。もちろんタカミも百合華も知ってますし、忘年会やったときも一緒でしたよ」

なんと一発大逆転だ。実際はあの時は真奈さんとホテルに向かっていて、依頼者の所というのはウソだ。年上の愛人と言うのはウソではないがタカミも百合華も知っている。小百合さんが思っていたように、普通は隠さなければならない秘密で、それが弱味になるものだが俺の場合はそうはならない。まあ吉富氏の浮気が発覚したときの経験から最強のカードを手に入れたつもりだったのだろうが、それが切り札にならなかった。小百合さんが動揺するのと反対に俺の中の理性が本能の侵食を押し戻していく。しかしながらベッドに横たわる小百合さんが強烈に色っぽいのは変わらない。気を緩めると甘い香りに吸い込まれてしまいそうだ。もしもあのまま小百合さんが切り札を出さなければ本能に負けていただろう。

「なに?じゃあずっとタイミングを図っていたのが無駄だったの?えーっ!せっかくいろいろ準備してきたのにー」

脚をバタバタさせて悔しがる小百合さんは年齢を感じさせない可愛さがあるが、それは最早俺の欲の対象ではない。

「こうなったら私から襲っちゃう!」

俺に抱き付いてきたが、小百合さんももうムリだと悟っているようで本気ではないのが分かる。恐らく自分のキャラではない誘い方をしてしまった照れ隠しだろう。なだめる為に小百合さんを軽く抱き締めても欲望は湧いてこない。

「ねぇ亘クン、教えて。どうしたら亘クンは私を抱いてくれるの?」

「大胆な質問ですね」

俺に覆い被さった体勢の小百合さんは一縷の望みを残しているのか、全身をより密着させるように俺を抱き締めている。

「そうですね。あのままオトナの色気だけで迫られたら堕ちてたでしょうね」

「う~ん、そうか。最後のダメ押しのつもりで言った事が逆効果だったのね。『策士策に溺れる』ってヤツね」

一旦諦めたと見せかけてまだ諦めていないのか、体をくねらせて胸や腰を押し付けてくる。更に耳に吐息を吹き掛けて反対の耳を指でなぞる。さすが年の功と言うか、微妙な刺激を続けて俺の反応を楽しんでいるかのようだ。これ以上されると俺の体が反応してしまう。

「あ、あのう、そろそろ・・・」

「ん?なぁに?」

「お、送っていきますよ」

まだ十分電車が走っている時間だ。終電間際になるとそのままあっちの家に泊まる事になりかねない。

「今日は泊まっていくつもりよ」

「と、泊まるんですか!?」

「あら?泊めてくれないの?」

「だ、だって・・吉富さんが帰ってくるだろうし、そうだ、明日は百合華が来るし・・・」

「朝早くに帰れば問題ないわよ。私のプランだととりあえず一回して、一緒にシャワー浴びてそれから本格的に亘クンに抱いてもらう予定だったのよ。そしてそのまま亘クンの腕の中で寝たいなぁって思ってたの」

「じゃあ泊まるのはいいとして、とりあえず起き上がりませんか?」

「そうね、でもその前に・・」

チュッと唇にキスされた。小百合さんはゆっくりベッドに腰掛けて少し乱れたセーターの裾を直した。隣に座った俺にもたれ掛かり、上目使いでキスをせがむように唇を突き出した。少女のような可愛い表情と、さっきまでの大胆なオトナの振る舞いのが同一人物だとは思えず戸惑っていた。

「肩・・抱いて」

「は、はい」

正面から密着していると大きく感じられた体もこうしていると腕の中にスッポリ収まりそうだ。

「小百合さんは本当に今まで浮気したことないんですか?」

「無いわよ。浮気どころか私、昌くんしか知らないの」

意外だった。若い頃は今の百合華と同じくらい美人でモテただろうに。

「それなりに恋もしたし付き合ったりしたけどそこまでは辿り着かなかったの。昔は今ほど世間ではそういう事にオープンじゃなかったからね。携帯電話も無いのよ。手紙を書いたり交換日記したり、家に電話する時なんかは親が出るんじゃないかってドキドキしてた時代よ」

それは俺にも良く分かる。前世での中学時代はそんな感じだった。

「昌くんと出会って愛し合って結婚して、このまま家庭を築いて行くんだって思ったところで昌くんの浮気よ。妊娠中の浮気は一万歩譲って許せたとしても二回目はキレたわ。キレたと言うより焦ったわ」

「焦った?」

「私は昌くんを心から愛しているし、昌くん以外は愛せないって思っていたの。昌くんを他の女に取られるんじゃないかって思ってね。男の人ってそう言うもんだって聞いてたけどまさか昌くんがそうだとは思わなかった。昌くんにしてみればただの浮気。昌くんも私を愛してくれてたから二度としないって誓ってくれたけど、私の悔しさは行き場を無くしたから私が浮気しても文句を言わない約束をさせたの。でも私は浮気する気なんて微塵も無かった。ただ危機感を持ってもらいたかったの」

「でも、僕の想像ですけど、小百合さんを人妻だって知りながら誘ってくる男も居たんじゃないんですか?」

「ええ、たくさん。中には札束見せたり土下座するような勢いの人も居たわ。若いコからオジサンまで。でも全然その気にならなかった。私は昌くん一筋よ」

娘の恋人に肩を抱かせて言っても説得力に欠ける。

「それがどうして僕なんですか?」

「やっぱり母娘なのかな。百合華は私と同じで父親の昌くんが大好き。その百合華の初恋の亘クンの写真を見せられた時にちょっといいなぁってピンときたの。それで初めて亘クンに会って動いて話しているのを見たときにキュンってしちゃったの。なんか、学生時代に戻ったような、甘酸っぱい恋心が芽生えちゃったの。でもあの頃のようなモジモジしたウブ子じゃないでしょ?オンナの悦びを知ってしまってるから子宮から亘クンを求めてるのよ。ちょうどいい具合にアドバンテージ持ってるから、若い頃に戻ってリアルに若い亘クンと恋愛ごっこしたいの。そうだ、ねえ、こうして二人きりになったら私の名前を呼び捨てにしてくれない?」

年上の女性を呼び捨てにしたら俺のスイッチが入ってしまいそうだ。真奈さんも琴乃さんも愛し合う時は呼び捨てにしている。スイッチが入るから呼び捨てにするのか、呼び捨てにするからスイッチが入るのか。卵が先か鶏が先か?

「ねえ、呼んでみて」

スイッチ云々の前にカノジョの母親を呼び捨てにするのにはさすがに抵抗がある。

「早く・・」

甘えるように俺を見上げる。`これはそういうお芝居なんだ´と自分に言い聞かせる。

「さ・・小百合」

言ってみると自分でも驚くくらいドキドキした。

「うん、亘。キスして」

催眠術にかかったように小百合さんの顎を持ち上げて唇を合わせた。

「エヘッ、亘、大好き。心臓が飛び出るくらいドキドキしてる。ホラ、触ってみて」

「おっと、その手には乗らないよ」

「チェッ、つまんないの」

ベッドで一緒に寝たがる小百合さんを何とかなだめて別の布団を床に敷いて寝た。本当にもう我慢の限界だ。旦那さんに求められるようにとたゆまぬ努力で維持しているスタイルは俺にとっても刺激的だ。すぐ手に届く所にその体が無防備に横たわっていると思っただけで興奮してしまう。悶々としながら小百合さんの寝息を聞いているうちに眠りに落ちた。

目が覚めると小百合さんはベッドに居なかった。時計を見るともう9時を過ぎていた。いくら休みだからといっても少々寝すぎた。窓の外の鳥の囀ずり以外は音の無い静けさだ。小百合さんはもう帰ってしまったのか?夕べの自分の中の葛藤を思い出し、よく我慢できたものだと自分を誉めてあげたい気分だ。しかし限界まで膨らんだ欲望が捌け口を無くして宙ぶらりんの状態なのは否めない。痛いくらいに硬直したワタルチャンがそれを物語っている。トイレで座って用を足していくらか落ち着いてダイニングに行くと、朝食がタッパーに詰められて用意されていた。傍らには手紙が添えられていた。


[ねぼすけの亘クン、おはよう。泊めてもらったお礼に朝御飯を作りました。レンジで温めてね。一緒に食べたかったけどそれは次のチャンスに取っておくね。

本当の事を言うと、亘クンに抱かれる目的でここに来る事は随分迷っていたの。アドバンテージを持っていると言っても昌くんを裏切る事には変わりないし、娘のカレシとそういう関係になる事の異常さも分かっていた。貴美ちゃんに対しても悪い事だと思ってた。それでも自分の気持ちを抑えられなかった。亘クンに会いたくて恋しくて、百合華にどんな風に亘クンに愛されたのか聞いて、百合華を自分に置き換えて妄想してたよ。その欲望を昌くんにぶつけて、「最近激しいな」なんて言われちゃった。

亘クンとそういう関係になったら私の気持ちがどう変わるのか想像できない。亘クンを巡って百合華と険悪になるかもしれない。昌くんを拒絶してしまうかもしれない。どうなるか分からないけど、やってみなきゃ分からないから意を決して会いに来たの。私の想いを遂げられるか、それとも亘クンに激しく拒否されるか、どっちかだと思ってたけど実際は違ってた。亘クンは私のカラダを抱かなかったけど、両手を広げて私の心を抱いてくれた。突撃する私を優しく受け止めてくれた。こんな事ってある?亘クンって私より全然オトナだよね。本当にまだ19才なの?

私、亘クンと出会えて良かった。百合華が亘クンの事を好きになってくれて良かった。百合華の母親で良かった。亘クンはご両親を亡くされて、貴美ちゃんと2人で頑張ってるけど、たまには誰かに甘えてもいいのよ。私に甘えてもいいのよ。亘クンの母親がわりになってあげる。オッパイ吸わせてあげる(笑)

夕べ、亘クンを興奮させちゃったかな?今日は百合華が来るんでしょ?いっぱい愛してあげてね。私も興奮したから昌くんに可愛がってもらうね。


ー追伸ー

私は諦めてないからね。いつか絶対亘クンを抱いてあげるから覚悟しててね]


朝御飯を食べ終わるのと同時に手紙を読み終えた。夕べの出来事は、俺の中のワタルさんが小百合さんに激しく反応し、大人としての理性で一線を超えなかった。人妻であの顔であの体で迫られて、それでも抱けなかったのは男としては据え膳を食い損ねた情けなさなのか、意地を張っただけなのか、天邪鬼なのか。俺自身でも分からないが選択は間違っていなかったと自分に言い聞かせている。

夕べ俺が寝た布団を片付けようと部屋に入ると置きっぱなしにしていた携帯にメールが2件入っていた。1件目の送り主の欄には[小百合]とあった。小百合さんの連絡先を登録した記憶は無い。

[もう手紙は読んだかな?手紙に書き忘れたけど携帯に私の連絡先を登録しておいたから。亘クンから見たら熟女になるかもしれないけど、そんな女が欲しくなったらいつでも連絡してね。忘れられなくなるくらいいろいろしてあげる。私からもメールするから、すぐにじゃなくても絶対返事してね。大好きな亘クンへ]

何と言うか、マイペースな人だ。でもイヤじゃない。いつかはそうなるかもしれないが、しばらくは上手にかわしたい。

2件目は百合華からだった。つい10分ほど前でマナーモードにしていたから気付かなかった。

[亘、ごめん。急にパートさんが来れなくなったからお昼だけでも出てくれないかって言われてバイト行かなきゃならなくなっちゃった。その前にちょっとだけ顔見に行くね]

読み終えると程なくして百合華が来た。出迎えてハグしてキスしようとしたら百合華は何かが気になったようで急いで俺の部屋の扉を開けた。

「やっぱりママ、来たのね」

「あ、ああ。でも・・・」

「これを見たら分かる。ママの匂いもしたしね。それで、よく我慢できたね」

百合華が『これ』と言って見たのは綺麗に整えられたベッドと敷きっぱなしの俺が寝た布団だ。

「ギリギリだったけどね。かなり興奮させられたよ。だから百合華が来たらすぐにでもって思ってたけど仕事なら仕方がない。もう少し我慢するよ」

「フフフッ、私の勝ち」

「えっ?」

「何でもない。楽しみにしててね」

改めて熱いキスをしてから百合華は上機嫌で出ていった。夕べは恐らくタカミとお楽しみだったのだろう。その様子も聞きたかったけどそれもおあずけだ。昼間は百合華と、夜はタカミと、1日で二人と愛し合うという贅沢極まりない日になる予定だったがそうはなりそうもない。そう思っていたがその上を行く夜が待っていた。


「私達、賭けをしたの」

バレンタインデーのときのように2人を同時に愛する、いや、3人で愛し合う。タカミの家の親が使っていた広いベッドで。

「私はワタルが百合華のママさんの誘惑に負けるって思ってたんだけど、まさか我慢しきるとは思ってなかったよ」

「私は信じてたよ。別にママとしてもいいんだけと私の為に残しておいてくれるって」

夕べの肉体的興奮が思い出されて積極的に2人を刺激したが、俺以上に2人は積極的だ。

「どうしたんだ2人とも。この間より凄いじゃないか?」

「だって、夕べは2人で『寸止め遊び』したから」

「なんだそれ?」

「お互いをあとちょっとってところまで刺激して止めるの。そして悶々としたままにして賭けで勝った方が先にワタルに抱かれる権利を得るの」

「私は勝ったらまた3人でしたいって言ってたからこの状態よ。そろそろいいでしょ?亘」

「ああ、って、ちょっと百合華。まだ準備が・・」

「もうひとつ。貴美とはそのまましたんでしょ?だから私も」

「タカミ、話したのか?」

あの事は俺とタカミの2人だけの秘密にしておきたかった。

「だって、あの快感を百合華にも味あわせたいんだもん」

「心配しないで。計算したら今日は失敗しても大丈夫だから。ね、今日だけ」

「今日だけ?」

「とりあえず」

女の方が性の欲望に積極的だと聞いた事がある。ハーレムを羨ましいと思っていたけど実際は結構大変だ。そしてそんな状況に抗えずに、目の前の女性の艶かしい魅力に反応してしまう自分自身が情けなくもある。男の性とはこんなにも単純なのか。


4月6日。俺の誕生日。否、亘君の誕生日。二十歳になった。晴れて大人の仲間入りを果たした俺に大人の女性2人、真奈さんと琴乃さんが祝福してくれる。仕事終わりにそのまま真奈さんの部屋でささやかなパーティーを開いてくれた。大人としてのパーティーでタカミと百合華は不参加だ。

「ワタルは前世じゃ飲んでたの?」

ビールを注ぎながら真奈さんは言った。

「あんまり飲んでなかったな。特にタカミと付き合いだしてからは家まで車で送ってたから飲んでなかったよ」

正月にタカミのお祖父ちゃん家でお屠蘇を飲んだくらいだ。

「じゃっ、ワタル、二十歳の誕生日おめでとう。かんぱ~い!」

琴乃さんが音頭を取った。2人ともコップに口を付けずに俺を見ている。相変わらず俺の反応を興味津々で覗き込んでいる。俺もこの亘君の体がどんな反応を示すのか興味があるが不安もある。コップの半分ほどを喉に流し込んだ。炭酸の刺激と独特の苦味がどこか懐かしく感じた。

「どう?」

「う~ん、どうだろう。結構イケるような気もするし、そうじゃない気もする。とにかく空きっ腹は良くないから食べながら飲んで様子を見るよ」

真奈さんがスーパーで買ってきたツマミに箸をのばす。いろいろ買ってきてくれたが自然と刺身とか魚系が欲しくなる。琴乃さんは普段はカレシと居るとき以外はあまり飲まないらしい。

「タバコは吸ってたの?」

「ああ、吸ってたよ。でもこっちじゃ吸うつもりはないよ。亘君はお酒同様興味があるみたいだけど、せっかくの綺麗な体なんだから汚したくないね」

「興味あるんだったらちょっとくらいいいんじゃない?私だってたまに吸うよ。仕事でストレス溜まったときに吸うと落ち着くよ。これからワタルにもそんな仕事してもらわなきゃなんないから慣らしておけば?」

「まあちょっとくらいだな。アレはギャンブルと一緒で過ぎるとなかなか抜け出せなくなるからね。せっかく琴乃さんにこっちに連れて来てもらってある意味生き直す機会をもらったんだからできるだけ健全に生きたい」

「あら、そんなにハマってるようには見えなかったけど?」

「琴乃さんが見たのはほんの少しだろ?過去はそんなに見てないだろ?若い頃は酷かったんだよ。特にギャンブルはね。どうしようもなくなってやっと改心したけど完全にはやめられなかった。苦しかったんだよ。もうあんな思いはしたくないよ」

「そこまで分かってるんならちょっとくらいは平気なんじゃない?」

「その`ちょっとくらい´が駄目なんだよ」

アルコールのせいか意地になっていた。そんなに突っ張る事でもない。

「まあ、何事も経験だからな。真奈さん、今タバコ持ってる?」

「おっ、いいね~。またひとつ大人の階段登る気になった?」

バッグからタバコを取り出して俺に渡した。比較的軽い銘柄の箱から1本取り出して咥えて火を点けた。深く煙を吸い込むととたんにむせた。

「吸う仕草はサマになってるけど体が慣れてないのね」

「ケホッ、ケホッ。そうだな、つい身に付いたクセで吸ったけどダメだな」

ビールを飲んでタバコを吸って。前世での高校生の頃はそういうのが大人でカッコいいと思っていた。大人に見つからないように隠れてするスリルが面白かった。そういう事が誰にも咎められない年齢になって日常の中に溶け込むと、憧れてた大人の世界がつまらなく見えた。大人になると言うことは徐々に老いていく事に間違いない。その体に敢えて毒を練り込む事のバカらしさを経験したから、もうそんな失敗はしたくない。

どれくらい飲んだだろう。この体の許容量をある程度知っておきたかったが、コップの半分くらい飲んでツマミを食べてる間に2人のどちらかがビールを注いでまた飲んでを繰り返していたら分からなくなっていた。酔いも回ってめんどくさくなって、そのうちに寝てしまった。



トイレから戻ると、自分の膝の上で眠っているワタルの髪を撫でながら琴乃は幸せそうな笑みを湛えていた。あと二ヶ月ほどで26才なのにまだ二十歳前後に見えるほどの童顔の琴乃だが、我が子を寝かしつける母親のような優しい眼差しでワタルを見つめている。

「昔の歌であったよね。眠ったキミをポケットに入れて連れていきたい、みたいなの。そんな気分よ」

「アレは男女が逆よ」

「そうね、どっちかって言うとワタルの服のポケットに入って連れていかれたい、かな」

「カレシがかわいそう」

「カレの事は大好きよ。一緒に居て楽しいし。でもね、ワタルと居ると幸せなの。幸せだしワタルの為に何でもしてあげたい。愛するってこういう事なのね」

琴乃の目から涙が落ちてワタルの頬を濡らした。琴乃が泣くなんて想像できなかったから驚きだ。

「私はワタルで幸せになれるけど、ワタルは・・私じゃないのよね。タカミじゃないと本当の幸せじゃない。タカミしかワタルを幸せにできない」

「百合華ちゃんは?」

「あのコもワタルにとってタカミと同等の存在になれるかもしれないけど、タカミには絶対に及ばない。分かるでしょ?」

それは言わなくても分かる。ワタルとタカミには前世からの深い絆がある。誰も2人の間には入り込めない。

「ワタルには幸せになってほしいし、その為に私の出来る事は何だってやる。でも私にもちょっとはお裾分けが欲しいじゃない?ワタルの心の奥の願望を満たすのと私の満足との一石二鳥のプレイがちょうどいいの」

「じゃあMなのは半分演技?」

「う~ん、ちょっと違うかな。ワタルにSっ気が有るのは分かってたからMになろうって思ったのはあるけど、いざやってみたら私の中に本当にMっ気が有ったのよ。たまに初めての時みたいに普通に抱かれたいって思うよ。ねえ、真奈さんはカレシが初めてでしょ?初めての時の事って覚えてる?」

「随分前の事だし、長い間会ってもなかったからあんまり覚えてないわね」

「私は鮮明に覚えてるよ。私の体を触るワタルの手の動きも、耳元で囁かれた声も、私の中にゆっくり入ってきた感覚も、その時の言葉にできない幸福感も」

私のワタルとの初めての時の記憶は由貴斗の時と同じくらい曖昧になっている。天然でどこかスカした感じの琴乃がその心の内に激しい愛情を持っていたとは思わなかった。ワタルが眠りに落ちる時、琴乃の膝に頭を乗せたのがちょっと悔しかったが琴乃の愛がワタルの無意識に働いたのかもしれない。

「ベッドに寝かせてあげよっか。琴乃も膝、辛いでしょ?」

「私は平気だけどこのままじゃワタルが体、痛めちゃうね」

2人でワタルをベッドに運んだ。どちらかと言うと細身だったワタルは、年が明けてから筋トレに励んでいて張りのあるいい体になっていて体重も増えたようだ。酔っているせいか、少々揺らしてもワタルは起きない。なんとかベッドにワタルを寝かせて琴乃と二人で並んでベッドに頬杖をついてワタルの寝顔を愛おしく眺めた。

「ねえ琴乃、前から聞きたかったんだけど、前世でのワタルってどんな人だったの?」

「私が見たのはタカミに先立たれて脱け殻になった`ワタルさん´よ。いつタカミの後を追ってもおかしくない状態だったんだけど、聞いてるかな、あっちではタカミの先輩だった吉富百合華さんから想われて、それが辛うじて支えで生きていたの」

それはタカミから聞いていた。

「そのあっちの百合華さんって・・」

「そう、もしもワタルが駄目だった時の次の候補だったの。次って言うよりほとんど両面待ちだったな。時間が迫ってたから候補を絞らなきゃいけなかったからね。いきなり誰も知らない人を連れて来て`この人と一緒に儀式して´って言ってもピンとこないでしょ?できるだけメンバーの繋がりも欲しかったし、真奈さん関係の人も探してみたけど見つけられなかった。とっても不謹慎だけど、極端に言うと`どっちでもいいから早く死んで´って感じだったな」

確かに`早く死んでほしい´なんて縁起でもない。

「ワタルさんの人柄よね。記憶も覗いてみたけどあまりいい人生だったとは言えなかったよ。ことごとく裏目を引く、みたいな感じで上手に生きたとはお世辞にも言えない。タカミさんと出会ってからも自分がこんな天使のような女性と付き合っていいんだろうかって半信半疑だった。だから大事にし過ぎて取り返しのつかない事をしてしまったって、文字通り死ぬほど後悔してた」

「他には?」

「そうねぇ、あ、そうそう、姪子さん、歩実ちゃんって言ったかな?その子に思いっきり懐かれてたみたい。自分の子供みたいに溺愛してた。ほとんどそれだけが唯一の楽しみって感じかな」

「ふ~ん、意外とつまんないただのオジサンみたいね。そんなワタルさん、ワタルをどうして涙が出るほど愛したの?何か切っ掛けが有ったの?」

「切っ掛けって言うか、う~ん、やっぱりタカミさん、かな」

「話が見えない」

「あっちの百合華さんの事は聞いてるでしょ?竹を割ったような性格で姉御肌で、誰にも媚びないオトコマエな人だった。その百合華さんが可愛がってたタカミさんを夢中にさせるワタルさんに興味を持って好意を持って、タカミさんの死後にいきなりワタルさんにアタックよ。私は見るに耐えない程の不幸に逢ったタカミさんに同情して慌ててこっちに召喚したんだけど、こっちに来てからも叶わないワタルさんへの想いを追い続けてるタカミがイジらしくて、ワタルさんにも興味を持ったの」

それは分かる気がする。

「で、話は飛ぶけど、ワタルと結ばれたタカミがすごく幸せそうで、一途に想う男の人と一つになるってどんな感じなのか体験したくてワタルと愛し合う時のタカミの心に入ってみたの。体の感覚は共有できないけど感情は共有できて、私もタカミと一緒にワタルに抱かれて、その時の幸せの絶頂感が半端なかったの。すぐに自分に戻って思い出しながらソロプレイしたら、そりゃあもう・・凄かった」

言いながら遠い目をして顔を赤くした。

「だからもう`初めては絶対ワタル!´って決めて、実際に念願叶ってワタルに抱かれた時は本当に幸せだったし、ありがたかったし、初めてなのに私ったら乱れまくっちゃって・・この人の為だったら何だってできる。ワタルに人生を捧げてもいいってさえ思ったし、今でもこれからも思い続けるよ」

「でもさあ、カレシはどうするの?まだ付き合って1年くらいだけど、将来の話もそろそろ考えるんじゃないの?」

「そう言う真奈さんはどうなの?」

「私の方は遅くても来年中には結婚するわよ。お正月に親に会わせたし、あちらのご両親にも一応挨拶はしたし、後はカレの仕事次第ね」

「それはそれは、おめでとう。私はね、まだⅠ万分の1パーセント程の可能性を諦めてないの。ワタルと一緒になれるんじゃないかってね。ワタルがタカミか百合華ちゃんと結婚したら諦めてカレと結婚するかもしれないな」

「百合華も可能性があるの?」

「あそこは家族ぐるみで迫ってくるよ。パパさんは百合華ちゃんの言う事だったら無条件で応援するだろうし、この間ワタルの部屋に行った時にね、私達じゃない匂いがしたの。あれは多分百合華ちゃんのママさんの匂いね。ママさんがワタルに気があるのは聞いてたから直接的な行動に出たんだと思う。ワタルのやり方に変化が無かったからしなかったんだろうけど、あの百合華ちゃんの母親だから相当綺麗な人なんだろうね。それに人妻の魅力も加わったら男ならたまんないでしょうね」

ワタルの顔を見た。私よりも更に年上の女性に誘惑されるなんてどうなんだろう。

「それにしてもほんのかすかな匂いからそこまで分かるなんて、それも授かった能力の一部なの?」

「違うよ。そんな力は無いし、私が貰った能力で残ってるのは心を見る事だけよ」

「それは今でも使ってるの?」

「あの力はね、駄目よ。嫌いだった」

琴乃は視線を落とした。

「あの力に気付いた時はビックリした。ちょっかい出してくる男子にイライラして、やめてほしくて睨んでたらフッて見えちゃったの。私に気があるってね。そいつの事よりそいつの心が見えた事が驚きだった。それでね、`こんな事ができたら人生が楽になる´って悪い琴乃ちゃんは思っちゃっていろんな人の心を見たの。始めは上手く出来なくて、ノイズも多くて。でもそのうちにコツを掴んで簡単になって・・でも簡単になりすぎたの。相手の目を睨んで集中しなきゃ出来なかったのが、目が合っただけで見えちゃうの。真奈さんなら分かるでしょ?人の心の裏の黒くてドロドロした部分って。そこまで見えちゃったら誰も信じられない」

それは私にも何となく分かる。私は相手の言動のパターンからハッキリとは断言できないが裏の顔を分析できる。それが鮮明に見えたら人間不信になるのも仕方がない。

「ちょっと待って。それなのにどうして接客業を選んだの?」

「一種の修業かな。見ようとしなくても見えちゃうから営業スマイルだけで感情を殺すようにして見えたものをすぐに忘れる為にね。『聞き流す』の視覚版みたいなものね」

初めて会った頃の余所余所しさと言うか壁を隔てたような接し方に納得できた。

「あの儀式の後は始めの頃に戻ったみたいで気合いを入れないと見れなくなっちゃった。何人もお客さんで試してみたから間違いない」

実害は無いとは言え心を見られたお客さんが気の毒だ。

「私はもうあの力を使わない。だって、やっと普通に人と接する事ができるんだもん。それまでなるべく人と目を合わせないように下を向いて歩いてたのが、もうまっすぐ前を見て歩けるんだもん。うまい具合にカレと付き合いだしたタイミングだったからカレの評価も上がったしね。`あの引っ込み思案で人見知りの北石さんを明るくさせた´ってね」

表面に出ている結果が丸く収まっているのは良い事だ。本質はまったく別のものだとしてもそれを知る必要は無い。

「でもね、もしワタルから頼まれたら喜んで能力を発揮するよ。ワタルも私の気持ちを知ってるから、それでも`力を使ってほしい´って言うんなら相当の事だろうしね。ワタルのお役に立てるなら何よりよ」

ぐっすり眠っているワタルの事をこんなに想っている琴乃がイジらしくて可愛らしい。

「どうする?もう遅いから泊まってく?」

「うん、泊めて。って言うかそのつもりだったから」

「そのつもりって?」

「フフッ、心を見なくても見え見えよ。タカミと百合華ちゃんが一緒にワタルと破廉恥な事してるんでしょ?真奈さんも私と、ワタルを酔わせてしようとしてたのが今日の裏テーマなんでしょ?真奈さんとなら私もいいかなって思ってたの」

「分かってたんなら話は早いわね。ワタルが寝ちゃったのは残念だけどそれはまた今度って事で、今日は予行練習ね」

忘年会の時に冗談半分で言ってた複数プレイが現実になろうとしている。ワタルは精々筋トレを頑張って体力を付けないと体が持たなくなる。

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