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ひとつぎ[続・ときつぎ]   作者: 河長未成
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ひとつぎ[続・ときつぎ](1)これから

曇り空の午後3時過ぎに家を出た。誰も留守を守る人の居ない家の戸締まりをしっかり確認して玄関の鍵を掛ける。去年の7月14日に両親と3人で幼くして亡くなった弟のお墓参りに行った帰りに事故に遭い、その時両親は亡くなった。車に同乗していた東堂亘は奇跡的に助かった。5日程昏睡している間に、別の時間軸で死んだ俺、東堂ワタルが同居した。俺はある儀式の為に、時間軸を越えて召喚されたのだ。俺と元々この肉体の所有者である亘君はこの先何年かかけて魂の完全な融合を果たす。その間は俺、ワタルが主人格になって暮らす事で亘君と合意した。この春、高校を卒業して4月から社会人として働き始める。俺が今向かっているのは愛する恋人、西門タカミの家だ。彼女も別の時間軸からやって来て西門貴美ちゃんと同居している。タカミとは元居た時間軸(前世と言ってもいい)でも恋人同士だった。違う時間軸だったから厳密には別人になるけど、まったく同じ生い立ち、経験をしていたので同一人物と思ってもいい、と、俺達を召喚した人が言っていた。俺より先に来ていたタカミは、この体の持ち主である亘君から告白されて付き合っていた。東堂亘は西門貴美と付き合う運命なのかと言うとそうではないらしい。偶然そうなっていただけらしい。前世では俺とタカミは16才離れていたがこっちでは同級生で、こっちに来てから勉強を頑張ったタカミは春から大学生になる。

「あ、ワタル!久しぶり~」

交差点で手を振りながら大きな胸を揺らして南マナが駆け寄ってきた。彼女も召喚されてこっちに来た人だ。俺よりも11年も前にこっちの南真奈の中に入り、既に魂の融合を終えて一つの人格として出来上がっている。

「あ、これは真奈さん。一緒に行きましょうか」

彼女は4月から俺の上司になる。『ミナミ ハートケア』という事務所を立ち上げ、俺はそこに雇われる最初の一人だ。

「もう、まだ仕事じゃないんだからいつものように`マナ´って呼んでよ」

「ハハハッ、そうだな。でも久しぶりじゃないだろ。つい一昨日も会ったじゃないか」

10コ年上の彼女を呼び捨てにし、タメ口で話すのはこっちに来る前の年齢が近いからだ。

「そうよね。一昨日はステキだったわ」

「そんな風に言われるのってちょっと照れるな」

俺はタカミという恋人が居ながらマナとも愛し合った。同級生と年上の女性の2人の恋人が居るという、世間から見れば奇異に見られる関係だ。

ごく自然にマナは腕を絡めてくる。

「ねえ、1回一線を越えたら後はいつしてもいいわよね?仕事が暇なときの平日の昼下がりとか、少し背徳感があって燃えそう」

「不倫じゃないんだから。不倫みたいなもんだけどタカミに認められてるから背徳感は無いんじゃないか?マナがカレシと付き合いだしたら背徳感があるかもしれないけど」

マナは大学時代に付き合って、その後自然消滅みたいな形になったカレシとヨリを戻そうとしている。

「彼は彼。ワタルはワタルよ。その辺は割りきれるし彼も認めてくれるわ」

「やっぱり俺の考えは古いのかな」

今日はもう一つ割りきれない事をする事になっている。

マナと話しながら歩いているとあっという間にタカミの家に着いた。タカミの家は俺の家よりも遥かに大きい。大手企業の社長だった貴美ちゃんの両親も亡くなっている。彼女が高校に上がる前に事故に遭った。貴美ちゃんは両親の死後のいろんな手続きや、自分の入学準備などに追われ、それらが一段落してちょうど年度替わりのタイミングもあって気持ちをリセットする意味も含めてリストカットした時にタカミが彼女の中に入った。マナやタカミは誰にも言えない秘密を抱えたまま生きて来たが、俺はその2人に愛されて生きている。2人は俺が違う時間軸から来たのをすぐに見破った。そして俺を支えてくれている。俺はたぶんこの2人が居なかったら投げ出していただろう。

インターホンを鳴らすとタカミはすぐに俺達を出迎えた。

「いらっしゃい。お揃いで登場なのね」

中に入るとまず俺とタカミ、次にマナとタカミ、そして俺とマナの組み合わせでハグアンドキス。キスはもちろん唇だ。

今日はここでパーティーがある。既にタカミは料理の準備を始めていた。

「タカミ、私も手伝うわ」

「そう?じゃあお願い」

「じゃあ俺も」

「ワタルはいいよ。今日の準主役なんだから」

「それはパーティーの後だろ?」

「一昨日とその前の日でハードだったんだから、体力を温存した方がいいわ。初めてはいろいろ大変でしょ?ね、タカミ」

「それを私に聞く?」

「まあなるべく早く終わるのがいいだろうな。その時2人はどうするんだ?」

「そんなの決まってるでしょ。真奈さんと2人でお楽しみよ」

「タカミはいいとして、貴美ちゃんはどう思ってるの?ワタルが自分以外の女性を抱くのを」

「あまり良く思ってないわね。ワタルには自分だけを愛してもらいたいって言ってる。この辺はもう少し時間が懸かりそう」

タカミも自分の中の貴美ちゃんと話している。マナと真奈さんは完全に融合して一つの人格になっているから意見を言い合う事は無い。

「今日の主役はいつ頃来るの?」

「今日は夕方までって言ってたからもうすぐじゃないかな」

そのタイミングでインターホンが鳴った。

「噂をすれば、ね。ここはいいから2人で迎えてあげて」

俺とタカミで玄関に向かう。

「オ、オシサヒブリです。タカミさん。ワ、ワタルさん」

大きめのバッグを抱えて今日の主役、北石琴乃がやって来た。

「なに?今から緊張してるの?さ、上がって」

タカミが俺の脇腹をつついた。靴を脱いで屈んできちんと靴を揃える琴乃さんに手を差し出した。

「あ、ワタルさん」

更にタカミがつつく。24才には見えない童顔で華奢な琴乃さんをお姫様だっこで抱えあげた。

「キャッ!ワタルさん」

同時に琴乃さんの持っていたバッグをタカミは取って、「ホーホー」と中身を確認しながら一足先にリビングに向かった。

「首にしがみついて」

「そ、そんな事したら顔が近すぎます」

言いながらもしっかりと俺の首に両腕でしがみついた。

「タカミにはナイショだよ」

耳元で囁いてから唇に軽くキスした。当然タカミは俺と琴乃さんがキスくらいしてるのは知ってるだろうけど、貴美ちゃんに気を使って見られないようにした。

今日のパーティーは、琴乃さんが4月から社員になる事のお祝いと、琴乃さんの処女卒業の直前祝いだ。その相手は当然`俺´という事になる。

琴乃さんは俺達を召喚した張本人で、『ときつぎの儀』という儀式を行う為に`時の巫女´になっていた。2月29日にその儀式を終え、巫女である為に処女を守り通して来た彼女の初めての相手に俺は指名された。琴乃さん本人からの直々のご指名だ。その大役を恭しく承り、パーティーの後で俺の家で卒業式を執り行う事になっている。

頃合いを見て琴乃さんを抱えたままリビングに入るとタカミとマナは拍手で迎えてくれた。

「ワタルさん、は、恥ずかしいです」

年下の俺やタカミに敬語を使うのは、前世の俺達を召喚する時点で俺達の方が年上だったからかもしれない。小柄で華奢で童顔で年上の彼女から敬語で話し掛けられると不思議な感覚になる。

俺とタカミが隣同士で座り、マナと琴乃さんが向かいに座った。まずはジュースで乾杯。マナはアルコールが飲みたいだろうけど、生憎ここにはビールすら置いてない。見た目で判断するとマナは結構呑みそうだ。

「琴乃さんはお酒飲むの?」

「お付き合い程度には頂きますけど、あまり強くないのでそういった席でもなるべく飲まないようにしています」

「見事に見た目通りね。ワタルとタカミは前世ではどうだったの?」

「俺は元々好きじゃなかったし、ほとんど車で動いてたから飲まなかったね。そう言えばタカミは飲んでたの?」

「家ではお母さんに付き合ってちょっと飲んでたな。あとワタルの前までに付き合ってた男の人達はみんな飲んでたから一緒にちょっとだけ」

「じゃあ飲んべえは私だけ?ワタル達が成人したら4人で飲みたいな」

大人になったらお酒を飲む事も必要になるのか。経験の無い亘君や貴美ちゃんは興味があるかもしれないけど、あまりお勧めしたくない。酔っ払いの相手をするのはかなり苦痛だから。

4人で楽しく話しているとすっかり琴乃さんの緊張も解けてみんなで笑いあった。食欲が満たされるとマナが脚を組み替える頻度が増してきた。

「そろそろ行こうか?」

琴乃さんに声を掛けた。

「え、あ、は・・はい」

琴乃さんはまた緊張した表情になった。ワンピースの裾をギュッと掴んでいる。

「そうね、じゃあ私達はさっさと片付けてそれから・・ね」

言いながらマナは空いた皿を持ってキッチンに向かう。俺と琴乃さんは玄関へ、琴乃さんは持ってきたバッグを大事そうに抱えている。玄関を開けると外は小雨が降っていた。

「本当にいいんだな」

見送りに来たタカミに最終確認した。それはタカミにと言うより自分に問いたい事でもあった。

「ワタルの迷いは分かるけどいい加減観念しなさい。中途半端はダメよ、琴乃さんを愛して可愛がってあげて」

「分かった、明日また来るよ。じゃあ行こうか」

「あの、タカミさん。ありがとうございます」

「琴乃さん、作戦通りにね」

何の作戦かは分からないが、女子の企てに乗るしか無いようだ。大きめの傘を持って外に出た。

当然相合い傘で歩くのだけど、そんなに強い雨ではない。距離も近いし俺一人だったら傘を指さずに早足で歩くだろう。琴乃さんは傘を持つ俺の腕に遠慮ぎみに手を添える。

「あの、私が傘を持ちます」

「え、じゃあ荷物は俺が持つよ」

「いえ、これも私が持ちます。だから私の肩を、だ、抱いて下さい」

なるほど、こうすればより密着して濡れる所が少し少なくなる。たぶん前世でも相合い傘なんてした事は無かった。さっき抱っこした時よりも親密になった感じだ。

家に着くと抱き合ってキスをせがまれると思っていたが、その要求は無かった。

「さ、先にシャワー使わせてもらっていいですか?」

俺の返事を待たずにバッグを抱えて風呂場に向かった。ちょっとゆっくり話して雰囲気を高めてから、と思っていたのにアテが外された。いきなり放置された気分で、仕方ないから暖房を点けたり俺の部屋の最終チェックをした。一応今日出掛ける前に整えておいたから準備はできている。琴乃さんにはタカミと考えた作戦があるのだろうけど、俺も段取りを考えてあって、そのシミュレーションを頭の中で反芻した。

リビングのソファーに座って待っていると、琴乃さんが風呂場から出てきた。

「お先に失礼しました。ワタルさんもシャワー浴びてきて下さい。私はお部屋で待っています」

下着は着けているのだろうけど、胸の前でバッグを抱き締めてトテトテと早足で俺の部屋に入っていった。前は隠せていても大人しめのTバックを履いたカワイイお尻が丸見えだった。こんなちょっと抜けてる所が可愛らしい。察するにあのバッグの中には俺が好きそうな衣装が入っているんだろう。タカミと作戦を練ったのならキラーワードも幾つか教えてもらった筈だ。女子達の考えた作戦を想像しながらシャワーを浴びた。

Tシャツを着てパンツとスウェットを履いて部屋に入った。琴乃さんはベッドに姿勢良く腰掛けていた。生足で、腰掛けた姿勢で膝か隠れるフワッとした感じで、淡い色合いの花柄のスカート。上は大きめのボタンの白いブラウスで胸元にリボンを結んでどこかの制服のようにも見える。長めの黒髪をポニーテールにまとめて、ここまではある程度予想できていた。琴乃さんに良く似合う服装でポニーテールはタカミのアイデアだろう。そんなのよりも俺にインパクトを与えたのがメガネだった。黒ぶちのメガネを掛けただけで印象が全然違う。琴乃さんは立ち上がってくるりと回って見せた。ポニーテールが揺れる。

「ど、どうですか?」

小首を傾げてはにかみながら琴乃さんは言った。その仕草も含めてあまりの可愛さにしばらく見とれていた。

「あ、ああ。すごくカワイイよ。そのメガネは?」

「車を運転する時に必要なので持ってるんです」

「免許持ってるの?」

年齢的に免許を持ってるのは不思議ではないが、琴乃さんが運転するイメージは全然無い。

「はい、意外でしょうけど。この服はタカミさんと相談しました。ポニーテールはタカミさんが教えてくれました。私はこれまで覗いてきたワタルさんの好みを、記憶を辿って探りました。それでこのメガネです。タカミさんはまだ知らないでしょう、ワタルさんがメガネフェチって事を。今の私はワタルさんの好みを完璧に満たしていると思うんですけど、どうですか?小柄で黒髪でこれから触ってもらう胸は小さめで、それにメガネです。私はこれからもワタルさんが好きな見た目で居ようと思います」

「男の好みに合わせなくても、琴乃さんはそのままでも可愛いらしいし、見た目が変わっても好きになる男はいくらでも居るよ」

「言いたい事は分かります。でも」

琴乃さんはゆっくり近付いて、少し背伸びしながら俺にキスした。

「好きな人の好きなタイプで居たいという女心も分かって下さい。ワタルさん、愛しています」

今度は俺が琴乃さんを抱き上げるようにキスした。

「さん付けは、こんな時は無しにしてよ。呼び捨てにするかクンで呼んで。それに敬語もやめてほしいな」

「分かりま・・わ、分かった、よ。私からもお願いしていいで・・いいかな?」

「いいよ」

「私も呼び捨てにしてほしい。それから、嘘でもいいから愛してるって言って欲しい」

「嘘は嫌いだな」

「でも・・・お願い」

「だから、愛してるよ、琴乃」

ベッドに座らせた琴乃をゆっくり寝かせた。


目が覚めた時はまだ暗さの残る時間だった。チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえる。どうやら昨夜の雨は上がってるようだ。隣で眠る琴乃さんを起こさないようにベッドを出てトイレに行った。琴乃さんが目を覚ましたときに俺が居なかったら寂しいだろうと急いでベッドに戻る。そうっと布団をめくると、白いTシャツとパンツを着た琴乃さんが幸せそうな顔で寝息をたてている。タカミやマナのように裸のまま寝るような事はしない。出血したからそのままと言うわけにもいかなかったし、何よりも恥ずかしがったから俺も合わせてTシャツとパンツを着ていた。こうしてあどけない寝顔を見せていても、昨夜はオンナの顔だった。

「う、う~ん」

琴乃さんが起きそうになったので慌てて目を閉じて寝たフリをした。

「今何時?まだ早いな。・・・やっぱまだ寝てるよね。トイレ行ってこよう」

俺に触れないように、音を立てないように、琴乃さんはベッドを出た。俺はちょっとしたいたずら心で琴乃さんの枕の下辺りに腕を置いた。程無くして琴乃さんはトイレから戻った。

「あれ?」

しばし考える。

「ま、いっか」

薄目を開けて見ていると、俺の方に顔を向けて、腕が痺れない腕枕をした状態で横になった。

「ワタル・・さん。ワタル・・ちゃん?ワタル・・クン。ワタル。えへ、ワ~タ~ル~クン。夕べはステキだったよ。なんてね、イヤン、恥ずかしい」

小声で囁いて一人で照れている。ニヤけそうになるのを必死で堪える。これで24才。俺よりも6コも年上。だけど年下のように可愛い。妹、と言うより卒業式の日に俺と一緒に写真を撮りたがった後輩の中に居ても全然違和感が無い。

「チューしたいな~、チューしたら起きちゃうかな?チューしちゃおっかな~・・・エイ」

寝たフリの俺は軽く唇を奪われた。俺は食虫植物のように、侵入してきた獲物を離すまいと琴乃さんを抱き締めた。

「ん?・・んん?」

驚いた琴乃さんの唇を今度は俺が奪う。

「い、いつから起きてたの?」

「琴乃がトイレに起きる前からだよ」

「じゃあ寝たフリしてたの?ヒド~イ!恥ずかしい」

「さっきちょっと言ってたけど、夕べはどうだった?」

「ちょっ、さっき聞いたんならいいじゃない?恥ずかしい事言わせないでよ」

「嬉しかったからもう一回聞きたいな」

「う、うん。じゃあ、言うよ」

俺の胸におでこを付けた。

「夕べは・・ス、ステキだったよ。優しくしてくれてありがとう」

琴乃さんは顔を上げた。

「私、一生忘れない。忘れられないステキな夜だった。あ、愛してるよ、ワタル」

「俺も忘れないよ」

どちらからともなく唇を合わせた。

「ん?この展開なら朝からもう一回じゃないの?」

「いや、やめとこう。まだ痛いんじゃないの?」

「あん、もう。さすがに百戦練磨ね。ワタルが求めるなら応じる心構えはできてるのに。でもこうしてワタルに包まれてるだけで幸せ」

「まだ早いからもう少し寝よう」

「うん」

俺達はまた少し眠った。


「ワタル君」

2人で向かい合って朝食を食べてるときに不意に琴乃が言った。

「はい・・?」

「これからは他の人の前では`ワタル君´って呼ぶね。2人きりの時は呼び捨てにしてもいいかな?」

「うん、それでいいよ。琴乃」

「なんか、ワタルに呼び捨てにされる度に昨夜の事を思い出してニヤけちゃう。あー、もっとワタルと愛し合いたい。だからこれからもちょくちょく・・・ね」

「いや、琴乃だってこれから好きな人にコクるんだろ?付き合ってからじゃまずいだろ」

「彼は彼。ワタルはワタルよ。タカミさんが許す限りいいでしょ?」

昨日のマナと同じ事を言われた。


朝食後に2人でタカミの家に行った。タカミとマナに根掘り葉掘り聞かれるだろうけど事後報告しないわけにはいかない。インターホンを押しても返事がないので合鍵で家の中に入る。1階に人けは無く、2階の寝室に向かった。案の定と言うか予想通り2人は裸で折り重なるように寝ていた。タカミの可愛いお尻とマナの大きなお尻を両手で叩く。

「そんな格好で寝てたら風邪引くだろ!いつまで寝てんだよ」

ちょっと痛いぐらいの強さで叩いたのに鈍い反応で2人は目を覚ました。

「あ、おはよう。もうこんな時間なんだ。まだ眠いから・・あと10分だけ・・・」

「こらこらこら。ブランチ作ってやるからシャワー浴びてきなさい」

二度寝しようとする2人のお尻をさっきよりも強めに何回か叩くと、やっと体を起こした。「まったく呆れるよな」と振り向くと琴乃は目をトロンとさせてモジモシしていた。

「どうしたの?」

琴乃は一瞬ハッとなって予想外の事を口にした。

「え?あ、なんか、ワタル君に叩かれてるのが、その・・羨ましいな」

何かとんでもない扉を開けてしまったようだ。


「昨夜はどうだった?琴乃ちゃん」

一足先にシャワーを浴びたマナがテーブルに着くなり琴乃さんに聞いた。

「は、はい。とても優しくしてもらいました」

マナとタカミに作った軽めの食事をテーブルに並べる俺を、琴乃さんは恥ずかしそうに見た。

「そう、優しかったのね。私の時は激しかったな。激しいのもいいけど、今度は私にも優しくして欲しいな。ワ・タ・ル」

「まったく、まだ午前中だぞ」

「私には優しかったり激しかったりよ。強いて言うなら愛情たっぷりね」

バスタオルで髪の毛を拭きながらタカミがシャワーを終えて来た。

「羨ましいです。私もいつか激しくして欲しいです」

「う~ん、卒業したら喋り方が変わるって思ってたけど変化が無いわね。ワタル、まだ足りないんじゃないの?」

「あ、いえ、ワタル君とは普通に話しますよ。呼び捨てにもしますし。ね、ワタル」

「いつもそんな喋り方なの?私にも`タカミさん´て敬語で話すし」

サラダを食べながらタカミは訊いた。

「これはクセみたいなものです。私はあそこでバイトしてもう長いですから学生のバイトさんの教育係なんかもするんですけど、見た目が若いと言うか幼い印象の私から上から目線で指示されるとカチンとくるらしいんです。近頃の若いコ達は」

琴乃さんの口から『近頃の若いコ』なんて言葉が出ると違和感がある。

「だから丁寧に注意するようにしたら意外と言う事を聞いてくれるんです。ある意味処世術と言いますか、見た目のハンデを補う為にこうしてます。家族には普通に話しますよ」

俺に普通に喋ってくれるのは溝が埋まった感じだ。他人行儀じゃなくなって、より親しくなれた気がして嬉しい。

「私は見た目と敬語でワタル君の後輩キャラだとしっくりきて、実際に後輩だったらタカミさんと勝負できるんですけど、現実は6コ上ですからワタル君を引っ張っていく存在にならないといけません。そうなれた時に改めてタカミさんに勝負を挑みたいと思います」

「おー!琴乃ちゃんの宣戦布告。どうするタカミ?ワタルを巡っての戦いを受けて立つ?」

「もしそうなっても決めるのはワタルだからね。真奈さんはその戦いに参戦しないの?」

「私はトシが離れすぎてるよ。そうね、ワタルの3つくらい年上の近所の女子大生ってキャラだったら本気でワタルを取りに行くかもしれないわね」

三者三様の魅力があるが、俺はタカミを選ぶだろう。

「タカミはどうなの?前世でのトシが離れたワタルさんと今の同級生のワタルとどっちがいい?」

「私は今のワタルがいい。あと、無いものねだりだけどできれば両親が揃ってたらいいな。前世じゃ物心付いた時から母子家庭だったからね。貴美ちゃんは中学まで両親が居たけど、私の目の前に現れた父親はあんなだったし」

琴乃さんは少し涙ぐんだ。俺とマナはタカミから話を聞いただけだけど、琴乃さんは現場を見ている。あまりの仕打ちに同情して自殺したタカミをこちらに召喚した。自ら受けた深い傷を、タカミはもう吹っ切れたのか淡々と話すが、俺には想像できない痛みを想像して重たい気分になる。

「あ、なんか空気重くしちゃったね。両親が揃っていて、ついでにワタルさんほどじゃなくてもトシの離れたお兄ちゃんが居たらいいな。そしたらブラコンになるかもね。琴乃さんて妹さん居るんだよね。仲は良いの?」

「綾乃とは今は仲が良いですよ。高校からずっとバイトしてる私に思うところは有ったみたいですけど、自分も大学生になってバイト始めて私の仕事を理解してくれたみたいで、いい関係になりました」

「バイトかぁ。私も琴乃さんの所でバイトさせてもらってもいいかな?」

「私は構いませんけど・・・」

琴乃さんは俺の方を見た。

「いいんじゃないかな。いろんな人と接して少しでも視野を広げた方がいいと思うよ」

「よし。じゃあ大学の授業とかが落ち着いたら面接に行くね」

「分かりました、待ってます。たぶん店長かマネージャーが面接すると思います。あ、ひょっとしてそれは私を監視する為ですか?」

「違う違う。単純に働きたいだけだよ。まあ私達は働かなくても食べていけるけど、貴美ちゃんに労働を経験させてあげたいの。お金を稼ぐ事ってどう言うことか知っておいて欲しいの」

「じゃあワタル。その労働に向けての研修の続きをしよっか。前回よりもっと具体的なのをね。今日はホントに研修だけよ」

そこを強調されると余計に疑わしい。

「それじゃあ私も帰ります」

「琴乃ちゃんはもう少し残って。タカミが2人きりで話がしたいんだって」

琴乃さんの顔に緊張が走る。タカミは微笑んでいる。

「ワタル、行こ」

マナに手を引かれて立ち上がった俺を琴乃さんが呼び止めた。

「ワタル、改めてお礼を言いま・・言うね。優しくしてくれてありがとう。近いうちにまたお願いね」

俺の唇に軽くキスした。


私ともキスしたワタルは真奈さんと一緒に出ていった。ブランチの後片づけをしてから改めてお茶を入れてソファーで琴乃さんと向き合った。

「す、すめませんでした。調子に乗って`勝負する´なんて言ってしまって」

「え?それは別にいいよ。ワタルが琴乃さんを選んでも時々は私に会わせてね」

「いえ、そんな。ワタル君が選ぶのはタカミさんに決まってますよ。私はただ人間的に成長するモチベーションとして言っただけで、タカミさんからワタル君を奪おうなんて思っていません。ただ私もワタル君に時々抱かれ・・いえ、会いたいと思いますけど」

「うん、その時はまたアリバイに協力するね」

「それじゃあ私に話って何ですか?」

お茶をひと口飲んでから私は言った。

「まず確認したいんだけど、琴乃さんが召喚して現在も生きてるのは私とワタルと真奈さんだけなんだよね?」

「はい、それは間違いありません」

「そう。じゃあ最後に召喚したワタルがもし死ななかった時は他に候補は居たの?だってワタルの時は賭けだって言ってたじゃない?」

「もちろん数名候補は居ました。半年程度しか時間が無かったからなるべく真奈さんやタカミさんに近い人をリストアップしてました。年齢的にタカミさんの同級生を中心に考えてました」

「その中に吉富百合華ってコ、居なかった?」

「もちろんです。ワタル君と同じ時間軸の彼女とどっちにしようかと思ったくらいです」

「は~、やっぱりね」

「やっぱり・・・ですか?」

「やっぱりって言うのはちょっと違ったかな。この間真奈さんと話してて思い出したくらいだからね。その名前はほとんど忘れてたのよ。言い訳させてもらうと、前世ではずっと`姐さん´って呼んでたし、携帯にも『姐さん』で登録してたから二年生から同じクラスになっても全然思い出さなかったんだよね。ワタルにコクった時に思い出しても良かったはずなのにね」

「ワタル君は気付いてるんですか?」

「たぶんワタルも気付いてないと思うよ。もし彼女も夏休みに召喚されてたら、夏休み明けにワタルを好きになったのも辻褄が合うって思ったんだけど、そうじゃなくて純粋にワタルに好意を持ったのね」

ワタルに聞いた話だと、前世での姐さんこと吉富百合華さんは私の死後、ワタルの事を好きになったらしい。あのままワタルが死ななければ付き合っていたかも知れない。

「彼女はどんな女性なんですか?あまり関与しなかったので見た目と頭の良さくらいしか分かりません。ワタル君にフラれたようですけど、今でも好きなんでしょうか?」

「何?気になるの?」

「いえ、別に・・違いますね。確かに気になります。ひょっとしたらライバルかもしれませんし」

「フフッ、面白い。たぶん今でも好きなんだと思うよ。卒業式の日にツーショットで写真撮ってあげたとき嬉しそうだったから。見た目だけだったら真奈さんも含めて私達じゃ到底勝ち目はないでしょうね。性格も良いし、計算高いところもあるから本気で勝負されたら普通の男なら持っていかれるよ。でもワタルだし、何よりも私達はワタルと肌を合わせてるって言う大きなアドバンテージがあるからね。琴乃さんのライバルにはならないよ」

琴乃さんはホッとした様子でお茶をひと口飲んだ。

「彼女の卒業後の進路って分かってるんですか?」

「どこかの大学に行くと思うけど、ちょうど私達がバタバタしてた時期だったからどこの大学かは確認してないな。あのコなら都会の大学に行って一人暮らしするかもね。ワタルを好きになってフラれて親離れできるんじゃないかな」

そうは言っても彼女の実家はここから電車で2駅。ワタルが入院していた梨葛市にある。私が通う大学とは反対方向だからわざわざ動向を探るのも面倒だ。彼女の進学先だけでも折を見て確認しておこう。彼女の前にワタルを超える男性が現れない限り、ワタルへの想いは変わらないだろう。

「あ、あの、タカミさん。できれば今月中にもう一度、その・・ワタル君とシタ・・いえ、会いたいんですけどいいですか?」

「いいよ。また泊まるんだったらここでって事にしてあげるよ」

「いえ、さすがにもう外泊はできませんから昼間で・・」

「昼下がりのなんとかね。フフッ、不倫プレイって思ったら燃えるんじゃない?私のぶんも残しておいてね」

「タカミさんの心が広くて有り難いです」


タカミと琴乃さんが何を話しているのか気になっていたが、こっちはそれどころではなくて覚える事が有りすぎて大変だ。

4月からの俺の仕事は、マナの事務所を兼ねたアパートで依頼の電話を受けてできるだけ詳しく依頼の内容を聞いて、過去にマナが受けた事例から似たものを調べてスケジュールを調整してそれをマナにメールで伝える。過去の事例はスタンドアローンのパソコンに保存してあるからそこから探し出す。ネットに繋げてないのは個人情報が漏れるのを防ぐ為だ。非公式の立場のマナには公式には知られたくない立場の人物からの依頼が多いから情報漏洩はなんとしても防がなくてはならない。マナが面会した内容を俺がパソコンに打ち込むのだけど、前世では一貫してブルーカラーの仕事をしてたから、コンピューター相手の事なんて全然分からない。キーボードやマウスの操作も一からやらないといけない。

「早く覚えてね。ワタルの目処が立ってから彼に会おうと思ってるんだから、早くしないと彼と付き合えなくてワタルとタカミと3人で暮らす事になるのよ。私はどっちでもいいけどね」

俺にプレッシャーをかけるのを楽しんでるようだ。

「それとこっちもね」

椅子に座った俺とテーブルの間に無理矢理入り、俺に跨がって濃厚なキスをされた。

「今日は勘弁してあげる。今夜はタカミと愛し合いなさい。私とタカミと琴乃ちゃん。ローテーションで3人の相手をするのはいくら若くてもキツいでしょ。そうでなくても体は鍛えておくことね。体力を削りたくなければ早く仕事を覚えて、たくさん仕事を受けて私がそんな気分にならないようにするのね」

勘弁すると言ったのに、さっきよりも激しくキスしてきた。上司からの愛の鞭と受け取っておこう。

「タカミが琴乃さんとしたい話って何なんだ?真奈さんは知ってるんだろ?」

「うん、昨夜タカミから聞いたよ。そのうちワタルにも話すと思うよ。ワタル、愛してる」

俺の耳元で言ってから首筋にキスされた。

「今日は勘弁してくれるんじゃないのか?」

俺にしがみついたマナの肩を押し戻した。

「やっぱりダメね。一度一線を越えちゃうと歯止めが効かなくなっちゃう。今日は本当にしなくていいから、その代わりもう少しこのまま抱き締めてて欲しい」

軽くキスしてからマナの体を抱き締めた。

「あ~あ、本当にワタルともっとトシが近かったら、なりふり構わずベッドに押し倒すのにな~」

「もしそうなら俺と彼とどっちを選ぶんだ?」

「もちろん、両方よ。ワタルは?同級生のタカミと3つくらい年上の私と1つ年下の琴乃ちゃん。あー、そしたらタカミか。じゃあ私と琴乃ちゃんの2人だったらどっちを選ぶ?」

「う~ん、俺も両方かな。全然タイプが違いすぎるから比べられないよ。こういうのが浮気する男の言い訳なんだろうな」

「そうね、私とワタルが付き合ってたら琴乃ちゃんと浮気するのはたぶん許せると思うけど、琴乃ちゃんだったらワタルが私と浮気するのは許せるかな?」

「どうだろう、琴乃さんの事はまだよく分からないからな。分かってるのはあの人はMって事くらいだよ」

「やっぱりワタルも気付いたんだ」

とっくにお昼を過ぎていた。あまり長い時間抱き合っていると変な気を起こしそうなので、どちらからともなくご飯を食べに行こうという話になった。タカミに電話したら琴乃さんはもう帰ったらしいので3人でファミレスに行った。タカミから琴乃さんと何を話したのかは言われなかったし、俺も敢えて聞かなかった。また何か2人で企んでいるのかもしれないけど、マナが言ってたようにそのうちタカミが教えてくれるだろう。楽しそうに食べている様子からは深刻な雰囲気は感じられない。女同士の秘密の共有に男が首を突っ込んでもロクな事は無い。

4月からは俺は仕事。タカミは大学。一緒にいられるのは週末くらいしかない。密かにこの肩書きの無い時期に2人で旅行にでも行こうと思っていたが、年が明けてからいろいろ有りすぎてそんな余裕は無かった。せめて年度が改まるまでの期間はタカミと2人の時間を満喫したい。旅行は無理でもデートには出掛けたい。そして夜はゆっくり愛し合いたい。

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