インビジブル・インダクション
とにかく寝苦しい。
紀乃は自分の呻き声で目を開け、汗ばんだ額を拭った。枕代わりにしている丸めたタオルを広げ、首筋を拭ってからシャツの裾にも手を突っ込み、胸と腹の汗からも汗を拭き取り、一息吐いた。夜明けは遠く、カーテンの端から見える外界は真っ暗だ。窓を閉め切っているので室内の空気は淀んでいるが、夜気のおかげでうなされるほど暑くはないはずなのだが、やたらめったら寝苦しく、薄気味悪い影に覗き込まれている夢を見た。
「なんてストレートな悪夢だ」
紀乃は目を瞬かせてベッドから降り、電灯のスイッチを入れた。オレンジ色の柔らかな光が広がる室内を見渡したが、他者の姿はない。寝苦しいと思ったらミーコに抱き付かれていた、ということはこれまでにも何度かあったが、今日は大人しいようで校舎も静かだった。外では涼やかな虫の音が鳴り、遠い潮騒も聞こえてくる。
だが、それだけでは寂しすぎるので、紀乃は机に近付き、船舶用無線を改造したラジオのスイッチを入れた。ぶちぶちと雑音が混じる音に耳を傾けていると、薄暗い部屋の隅で物音がした。壁や天井の軋みとは異なった音で、濡れた物体をぺたりと貼り付けたかのような重みと柔らかさが混在していた。なんとなく気になった紀乃は、電灯の明かりが行き届いていない部屋の隅に近付くと、その音が素早く移動した。同時に、何者かの息吹も。
「え?」
何事だ、と不審に思った紀乃が音源を追うと、音は速度を増して移動した末に突然引き戸が開いた。
「うわあっ!?」
紀乃は心臓が痛むほど驚いて絶叫した途端、暴発したサイコキネシスが引き戸を吹っ飛ばした。
「ぎゃあっ!」
と、同時に紀乃の悲鳴よりはいくらか野太い悲鳴が上がり、引き戸のガラスに丸いものが突っ込んだらしく球体の抉れが生まれ、いびつな破片が散らばった。引き戸の木切れとガラスを踏み割った何者かは、べしゃべしゃと濡れた足音を散らしながら廊下の奥に消えた。紀乃は喉が引きつり、軽い頭痛を覚えながら、無惨に壊れた引き戸を見下ろした。そこには、紀乃の身長よりも二回りほど大きな人型が出来上がっていて、ガラスが割れ損なった部分には何者かの顔型がはっきり付いていた。額と頬の皮脂に唇の痕、おまけに唾液らしきもの。これは、間違いなく。
「……人間じゃん」
間を置いてから紀乃は理解した。が、首を捻った。
「でも、誰?」
ミーコでもないし、かといって小松であるわけがなく、ゾゾという可能性も皆無だ。
「いかがなさいましたか、紀乃さん」
いくらか早足でやってきたゾゾは、おや危ない、と壊れた引き戸を一跨ぎして紀乃を抱え上げた。
「いけませんよ、紀乃さん。ガラスの破片があるのですから、足を切ったらどうするのですか」
そのまま紀乃はベッドまで運ばれ、ゾゾは紀乃の素足を冷たい手で掴んで持ち上げた。
「傷でも付いて、雑菌が入ってしまったら大変ではありませんか。さあ、よくお見せ下さい」
「ちょ、ちょっと」
紀乃はゾゾの手から足を振り解こうとしたが、ゾゾの方が力が強かった。冷たくも骨張った手の感触が肌に染み、足首から脛に這い上がってきた。おまけに足の裏を丹念に眺め回され、妙な羞恥心が湧いてしまった。ゾゾの手が紀乃のジャージの裾をめくろうとしたので、紀乃は慌ててゾゾを蹴り飛ばした。
「見過ぎだ!」
「おやおや、痛いですね」
単眼の上に強かに蹴りを食らったゾゾは、残念そうに引き下がった。
「痛くなかったし、ガラスの上は歩いてなかったんだから、傷なんて付いてないよ」
紀乃は裾を直してから、素足を隠すように正座した。
「それはどうでもいいとして、私達の他に誰かいるの? あれ、どう見たって人間がぶつかった痕跡だし」
「いいえ、私達の他には誰もおりませんよ」
「嘘だぁー」
「嘘など吐くものですか。特に紀乃さんが相手では」
「でも、あれはどう見たって人間じゃん」
「忌部島に隔離されている時点で、私は当然として、皆、人間扱いされていないのです。ですので、誰かがいたとしても、それを人間と称するのはそもそもの誤りなのです」
「でもさぁ」
紀乃が食い下がろうとすると、ゾゾは一度瞬きした。
「私達の他には、この島には誰もいません。あまり深くお聞きになるようでしたら、その不安を紛らわすために私が今夜一晩添い寝でもしてさしあげますが」
「それはやめて」
紀乃が真顔で拒絶すると、ゾゾは冗談とも本気とも付かない口調で言った。
「おやおや、それは残念です。紀乃さんの生態を細密に調査する、良い機会だと思ったのですが」
ゾゾは衛生室を出ると壊れた引き戸を玄関に運び、掃除用具入れからホウキとチリトリを持ってきて割れたガラスや木片を片付けてから、使っていない教室の引き戸を外して運んできた。それを敷居に填め込んでから、警戒心を剥き出しにしている紀乃に単眼を向けた。
「では、紀乃さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
紀乃は素っ気なく返してから、電灯を消してベッドに寝転がった。ラジオからはやけにテンションの高い深夜番組が流れてきていたが、ボリュームを絞ってあるので寝入るには丁度良い囁きだった。リスナーからの馬鹿馬鹿しい投稿を面白可笑しく読み上げるDJの声に時折笑いながら、紀乃はとろりとした眠気に引き摺られた。
今度は、寝苦しくなかった。
翌朝。
いつものように朝風呂に入り、いつものように朝食を終えた。
小松とミーコは早々に外に出てしまい、残されたのは紀乃とゾゾだけだった。質素だが手間の掛かった料理で膨らんだ胃の重みによる安心感に浸りながら、紀乃は熱いドクダミ茶を傾けていた。付けっぱなしのテレビからは政財界のニュースが流れていたが、何が何やらさっぱりだ。ゾゾは解らないでもないらしく、洗い物をしながら時折尻尾を振っていた。番組の話題が政治から芸能のゴシップに変わった頃、ふと、紀乃はゾゾが洗う茶碗を数えてみた。
釜や鍋を洗い終えたゾゾは、洗い桶に浸していた人数分の茶碗を洗っている。洗剤は使わずにヘチマを乾燥させたスポンジを使っているが、油汚れも綺麗に落ちている。小松の茶碗、ミーコの茶碗、紀乃の茶碗、ゾゾの茶碗、そしてもう一つ。あれ、と訝った紀乃は箸の数も数えてみたが、やはり一膳多い。
「どうかしましたか、紀乃さん」
紀乃がじっと見過ぎていたせいで、ゾゾが振り返った。やはりエプロン姿は似合わない。
「ねえ、ゾゾ。一つ多くない?」
紀乃がゾゾの手元を指すと、ゾゾは皿の水を切って洗いカゴに置いた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。たとえ、一人分の食器が多く見えても、それは気のせいです」
「やっぱり多いんじゃない」
「ですから、多いということ自体が気のせいなのです。これまで、私達以外の誰かが食卓に付いていたことがありましたでしょうか? 思い出してもごらんなさい、私達の食卓は常にこの部屋ですよ。小松さんは体格の都合上、外でミーコさんに食べさせてもらっていますが、その最中に誰かが部屋に入ってきたことがありましたか? ありませんよね? ということで、私達の他にはこの島には誰もいないのです」
「否定されすぎると余計に怪しいんだけど」
「詮索は無用ですよ、紀乃さん。時間の無駄ですので」
「時間なんていくらでもあるじゃない。学校があるってわけでもないんだし」
「ですが、仕事はいくらでもあります。炊事洗濯掃除に野菜の収穫に魚釣りに仕込みに人類の生体改造研究に、と私の日程は詰まりに詰まっています」
「でも私は自由だし」
「案外こだわりますね」
「ゾゾがおかしいんだよ。素直に誰かいるって認めればいいじゃない、そうすれば私もしつこくしないよ」
「いえ、それを認めるわけにはまいりません。認めてしまったら、それはそれは困ったことになりますので」
「たとえば?」
「ぬかみそが腐ります」
真顔と思しき声色で言い放ったゾゾに、紀乃は言い返しかけたが飲み込んだ。これ以上押し問答を続けてもゾゾは五人目の存在を認めないだろう。だが、そうまでして認めないのは妙だ。隠されれば隠されるほど気になってきたが、ゾゾ以外の二人からは何も話を聞いていない。紀乃はドクダミ茶を飲み終え、立ち上がってスカートを払った。
「ごちそうさま、おいしかったよ」
「それはどうも」
紀乃がゾゾの手元に空の湯飲みを渡すと、ゾゾは紀乃にぐいっと顔を近寄せた。
「よろしいですか、紀乃さん。誰がいようと、それは私達にはなんら関係のないことなのです。見つけることがあったとしても、見つけなかったことにしなければいけないのです。いえ、そもそも見つけるという認識自体が存在していないのです。ですから紀乃さん、何があろうと、何が見えようと、見なかったことにするのが高度な知的生命体の努めなのです。解りましたか?」
「否定の否定は肯定なんだけど」
「その肯定を否定すれば否定は否定なのです」
「まあ、いいや。そこまで言うんなら、何がいようと見なかったことにする」
紀乃は一歩身を引き、冷蔵庫から冷えたドクダミ茶が入った水筒を取り出した。
「私、これから散歩してくるね。お昼頃には帰ってくるから」
「ええ、どうぞどうぞ。きちんと日除けして、水分と塩分を欠かさないで下さいね」
「解ってるって」
紀乃は居間兼食堂を出て衛生室に戻りながら、冷えた水筒を抱えて考え込んだ。ゾゾの言いたいことはなんとなく解ってきたが、あそこまで見つけるなと言われれば見つけないわけにはいかなくなってきた。存在していないようで存在している五人目を見つけるのが良くないことだとしても、一目見れば満足する。隠されているのが気に食わないだけであって、五人目がどんな輩なのか知りたいわけではないからだ。
衛生室に戻った紀乃は、海岸沿いを散歩するために丁度良い服装に着替えることにした。セーラー服は日常では支障はないが、歩き回るには不向きだ。初日にゾゾに連れられて山登りをした後、剥き出しの肌が雑草で切れていたり、虫刺されも多かったからだ。こんな島では日に焼けるなと言う方が無理だが、焼けすぎては体に悪い。ジャージの上下に着替え、ゾゾが何かの布を使って作ってくれた帽子を被り、水筒を入れたナップサックを背負った紀乃は、引き戸を開けかけたが一旦振り返った。
「ん」
すると、部屋の隅からまた物音がした。
「さあ、出発だあ」
わざとらしく言った紀乃は引き戸を開けて廊下に半身を出したが、すぐさま振り返った。また、物音がした。
「あれえ、何か忘れたような気がするぅ」
紀乃はびしゃんと強めに引き戸を閉めると、衛生室の中を歩き回り、窓を閉め、カーテンを引き、ベッドの掛布を捲り上げ、中身が入っていない棚を無意味に揺らしたりしてから、音源の部屋の隅に向いた。じっと目を凝らしてみるが、やはり何かがいる様子はない。が、紀乃以外の何者かが発しているらしい汗臭さがつんと鼻を突き、なぜか脳裏に部活帰りの男子の姿が過ぎった。紀乃があからさまに顔をしかめると、ぎしっと板張りの壁が軋み、軋んだ部分がうっすらと湿った。しばらく睨んでいると、湿った箇所の下には雨粒のような水滴が滴り落ちてきた。いっそのこと触ってしまおうか、と紀乃は思ったが、姿も見えなければゾゾが頑なに存在を認めようともしない相手に不用意に触れるのは良くない、と判断して身を引いた紀乃は、本当に忘れかけていたタオルを掴んで自室を出た。昇降口から出る前に牽制の意味を込めて衛生室に振り返ってみるが、特に異変はない。
「気のせい……にしちゃあ生臭いんだよなぁ」
独り言を漏らしながら、紀乃は歩き出した。とりあえず、小松とミーコにも話を聞いてみなければ。
最初に向かったのは、小松の工作場だった。
漁船の艤装を剥ぎ取って作ったらしい、カーブの付いた壁と屋根がある掘っ立て小屋と、がらくた以外の何者でもない錆びた部品や千切れたゴムチューブなどが散らばる一角だった。かつての集落からも海岸からも離れていて、タンカーと直結した灯台から二キロほど後方に位置している。小松が動き回るうちに地面が削れたのか、それとも最初からそういう地形なのかは解らないが、アリ地獄を思わせる擂り鉢状の土地の底で小松は作業していた。
「おーい」
直径二十メートルはある擂り鉢の縁から紀乃が声を掛けると、小松は右腕から出している溶接機を止めた。
「何だ」
「今、忙しい?」
「いや、別段」
小松は溶接が終わった鉄板を下ろし、メインカメラに被せていたカバーを外して頭部に収納した。
「俺に用か」
「うん、あのね、小松さんって、誰かもう一人いるってこと知ってる?」
擂り鉢の底にいる小松とは距離があるので紀乃は声を張るが、小松は声量を変えなかった。
「知っていることは知っているが、知っていることを知っていてはならない」
「……はあ?」
何を言っているのか解らなかったので紀乃が眉根を顰めると、小松は繰り返した。
「知っていることを知っていてはならない。だから、要するに知らない」
「でも、最初に知っていることは知っているって言ったじゃん。それは違うわけ?」
「知っていることを知っている、と言っただけだ」
「じゃあ、知っていることになるじゃん」
「だが、俺は知っていることを知っていてはならないとも言った。つまり、知っていないということだ」
「でも知っているんじゃん」
「だから、知っていることを知っていてはならないから知っていないということなんだ」
「だから、知っていないことにはなっているけど、小松さんは知っていることを知っているんでしょ?」
ちょっと苛ついた紀乃が食い下がると、小松は溶接機を出したままの右腕を掲げた。
「だから、知っていることを知っていてはならないから知っていないということなんだ。理解しろ」
「じゃあ、次はミーコさんに聞いてみよ」
埒が開かない、と紀乃が踵を返すと、小松は右腕を大きく振った。
「理解しているのかしていないのか、それを答えてから行け! すっきりしないじゃないか!」
そう言われても、小松の言い分を充分理解出来なかったのだから仕方ない。理解していないことを言ったら、また似たようなことになりそうだったので、紀乃は足早に移動した。背後からは小松の文句らしき声が聞こえていたが、そのうちに収まった。
次はミーコを捜さなければならないが、これが面倒だ。ミーコは言動と同じように行動パターンも不可解で、道順通りに歩くことすらしない。斜面を登った紀乃が高台から平地を見渡していると、遠くから奇声が聞こえた。紀乃は少し温くなったドクダミ茶で喉を潤してから、ミーコの姿を捜しながら斜面を降りた。歩くに連れて、意味を成さない言葉の羅列と物音も近付いてきた。集落と畑から少し離れた砂浜に降りた紀乃は、波打ち際で駆け回っているミーコを発見した。服も靴も脱がずにばしゃばしゃと波を蹴散らしていて、どこから見つけてきたのか全長一メートルはあろうかという立派なシャコ貝が抱えられていた。
「ミーコはミーコがミヤモトミヤコー!」
筋が切れたのかだらしなく口を開けたシャコ貝の内側には、白く艶のある糸状の物体が蠢いていた。
「ひぃっ!」
炎天下なのに鳥肌が立った紀乃が身動ぐと、ミーコは急に立ち止まり、紀乃に振り向いた。
「ミーコがミーコのミヤモトミヤコ!」
得意げに寄生虫が詰まったシャコ貝を頭上に担いだミーコに、紀乃は逃げ出した。
「それ持って来ないでぇっ!」
ミーコのミーコでミヤモトミヤコッ、と繰り返すミーコの足は、恐ろしく速かった。シャコ貝は巨大で、おまけにミーコが寄生させて増殖させたであろう寄生虫が溢れんばかりに詰まっていて、ミーコの足取りに合わせて解す前の生麺のような固まりがぼとぼとと落ちていた。砂にまみれたそれらは生々しく動き、海水とも粘液ともつかない液体と砂を混ぜるようにのたうち回っている。ミーコが寄生虫を繁殖させている様を瞬時に想像した紀乃が苦い唾を飲み下すと、ミーコはだらしない笑顔を浮かべてにじり寄ってきた。
「ミーコがミーコのミヤモトミヤコ」
ミーコはシャコ貝を下ろし、自分の口を開いて濡れた手を突っ込むと、喉の奥から寄生虫の固まりを出した。
「ひぃやあああああああっ!」
喉から出せる限りの悲鳴を振り絞った紀乃は、全速力で逃げ出した。だが、ミーコは容赦なく迫ってくる。砂を蹴る軽快な足音が近付き、寄生虫を無遠慮に撒き散らす影が追い、後少しで襟首を掴まれる。ああもう死ぬ、と紀乃が絶望すると、不意にミーコの足音が途絶えた。それでも怖いので出来る限り距離を開けてから振り返ると、ミーコは何者かに襟首を掴まれて引き摺られていた。ミーコともう一人らしき足跡が白い砂を抉り、それが波打ち際に至ったかと思うと、突然ミーコは浅瀬に放り出されて頭を押さえられた。ミーコは激しく抵抗し、真っ黒に日焼けした手足が乱雑に飛び跳ねていたが、次第に勢いが失せ、ミーコは四肢を投げ出してぷかりと海面に浮かんだ。
「ぎゃああああああああっ!」
先程とは違う意味で悲鳴を上げ、紀乃は駆け出した。その拍子にまた暴発し、砂浜が派手に吹っ飛んだ。ミーコもう動いていない。死んだ。明らかに溺死した。放っておくのは良くないと頭では解っているが、ミーコを助け起こせばその隙に寄生虫をたっぷりと飲み込まされそうで恐ろしい。紀乃は、脇目も振らずに廃校に戻った。
理解出来ない出来事ほど、怖いものはない。
汗ばんだ体を流して食卓に着いた紀乃は、妙な気持ちになっていた。
それもそのはず、波打ち際で何者かに頭を押さえられて溺死したはずのミーコが、紀乃の後に風呂に入って海水と砂を洗い流して清潔な服に着替えて食卓に着いていたからだ。小松は余程作業に没頭しているらしく、彼の分の昼食は先にゾゾが運んでいったようだ。だが、例の五人目の食器は並んでいない。
疲れた体には優しい酢醤油で味付けられたナマスウリを食べながら、紀乃は上手く理解出来ない出来事の連続に疲れてきていた。昨夜、部屋に人の気配を感じたのが発端だが、暴発したサイコキネシスには手応えがあった。
手を触れずにものを動かす超能力を使ったのだから、手応え、というのは妙だなと自分でも思ったが、それ以外に適当な表現が思い付かなかったのだから仕方ない。そうめんのような身をほぐしたナマスウリを食べ終えた紀乃は、甘辛いタレで味付けられたカボチャモチを囓り、その後に魚のぶつ切りの味噌汁も啜った。
「味噌だ」
こんなものまで作っていたのか、と紀乃が感心すると、ゾゾはナマスウリを口に入れた。
「ええ、味噌ですよ。去年仕込んでおいたものが上手く出来ておりましたので」
「……それはそれとして」
ばりぼりとキュウリの味噌漬けを噛み砕いた紀乃は、握り箸で料理を食べるミーコを指した。
「どうして生きているの?」
「どうしてドウシテドウシテシテシテシテ?」
よく煮えた魚を骨ごと噛み砕いたミーコは、それを嚥下してからにんまり笑った。
「ミーコはミーコでミヤモトミヤコ、ミーコのミーコがミーコだから」
「要約すると、ミーコさんは宮本都子さんの肉体を借りて生きていますが、宮本都子さんであった頃の意識や記憶はほとんど失っています。なので、今のミーコさんは寄生虫が寄せ集まって出来上がった一種の群体であって、ミーコさんという個人の意識はありません。ミーコさんとは、寄生虫同士が接続して出来上がった生体ネットワークの中にある意識の表層なのです。進化の最中にいるミーコさんは、生体ネットワークの意思の疎通が完全ではないので、支離滅裂な言動に見えるだけなのです。そして、ミーコさんは宮本都子さんの肉体を操縦して活動していますが、同時に宮本都子さんの身体機能を限界近くまで引き出しているので、大抵のことでは生命活動を停止しないのですよ。もっとも、ミーコさんの本体とも言える女王寄生虫を破壊してしまえば別でしょうけどね」
ゾゾが丁寧に補足してくれたが、そのせいで紀乃はあの寄生虫の固まりを思い出して気持ち悪くなった。
「うえぇ……」
「ところで紀乃さん」
ゾゾはドクダミ茶を啜ってから、紀乃に向いた。
「小松さんに何か聞いたようですが、私達からは情報は引き出せないものだと思って下さい」
「あうっ」
紀乃が気まずくなると、ゾゾは紀乃の湯飲みにドクダミ茶のお代わりを注いだ。
「知ろうとしたところで知れるものではありませんし、そもそも知ろうということからして誤りなのです。知らずにいれば、それだけで懸念を抱かずに済みますし、私達が知っていることを知っていると政府側に知られたら、どうなっても知りませんよ、紀乃さん」
「……やっぱり知っているんじゃない」
紀乃はちょっとむくれながら、熱いドクダミ茶を一口含んだ。
「私達がこうして好き勝手に暮らしていられるのは、ひとえに政府側が私達を良い意味で放り出してくれているからです。いわゆる生殺しというやつですが、その中途半端な状態を保つためにはこちらも均衡を保っておかなければならないんです。なので、不用意にあちらとの距離を狭めようと思わないで下さい」
「でーもなんか納得いかないなぁ」
紀乃は茶碗に残っていた白飯に味噌汁を掛け、流し込んだ。
「ねえミーコさん、もう一人の誰かのことって知ってる?」
「ですから、今し方申し上げたでしょうに。あなたの聴覚器官には穴でも開いているんですか」
ゾゾは紀乃に呆れ、尻尾の先で床を叩いた。
「知ってるシッテルシッテルテルテルテル!」
ミーコは空になった茶碗と汁椀を重ね、箸を持った手を振り上げた。
「え、本当!? 教えて教えて!」
やっと正体が解る、と紀乃が中腰になると、ミーコは飯粒の付いた口元を舐めた。
「それはそれそれソレハ、イ」
しかし、何者かの名を口にする前に、ミーコは椅子ごと窓吹っ飛ばされた。後頭部からガラスに突っ込んだミーコは仰向けに外に放り出され、寄生虫の切れ端が混じった血飛沫が上がった。破片で動脈でも切ったらしい。
「ひえええ」
少しは慣れてきた紀乃が控えめに悲鳴を上げると、ゾゾは首を横に振った。
「だから言いましたでしょうに。ああなりたくなければ、紀乃さんは詮索しないことです」
洗い物の後に窓を張り替えませんとね、と面倒そうに付け加えたゾゾに、紀乃は尋ねた。
「で、結局のところ、ゾゾは知っているの?」
「知っていることを知っているためには、知っていなければなりませんからね」
自分の食器とミーコの食器を重ねたゾゾは、椅子を引いて立ち上がった。
「さあ、これでこの件はお終いです。あまりミーコさんをいじめてはなりませんよ、紀乃さん」
「いじめてないって」
目に見えない誰かが原因なのだから。紀乃は自分の食器を片付けると、洗い場に運んだ。その際に割れていない窓から外を見下ろすと、血溜まりに突っ伏しているミーコはおかしな角度で首を曲げていた。今度こそ死んじゃったんじゃ、と紀乃が危惧していると、ミーコはがばっと起き上がって首を曲げ直し、肌に刺さっていたガラス片を次々に引っこ抜き、血と泥で汚れきった服を気にせずに駆け出していった。
「ご馳走様ソーサマーサマササマー!」
「いえいえ」
ゾゾはその言葉に丁寧に返してから、洗い物を始めた。紀乃は血の痕を点々と残しながら走り去っていくミーコをなんとなく見送っていたが、今更ながらぞっとした。あれが自分の身に起きたら、間違いなく死ぬ。死んでも死なないミーコとは違うし、対抗手段として有効であろう超能力がほとんど役に立たないのだから。だが、腑に落ちないままでいるのは気分が良くない。だが、ミーコのように海水に顔を浸けられたりガラスに叩き込まれたりしたら、死ぬ。
途端に、紀乃の好奇心は萎んだ。
寄生虫の夢を見た。
白くてぬめぬめした糸状の生物が手に足にまとわりつき、ぬるんと喉の奥に入り込み、内臓を這いずり、血管に絡まり、神経系統を取って代わられる、単純に気持ち悪い夢だった。それもこれも、ミーコがシャコ貝と自分の内で繁殖させた寄生虫を目にしたからだ。あの時、うっかりミーコに話し掛けた自分を責めずにはいられなかった。
寝汗と冷や汗でべとべとのシーツから起き上がった紀乃は、目を瞬かせた。今日は物音は聞こえず、息吹も気配も足音も匂いもない。紀乃は枕に巻いたタオルを外して顔と首筋を拭い、容赦ない喉の渇きに襲われた。洗面台の水は生水なので飲めないし、冷蔵庫があるわけでもない。そうだと思うと、尚更きんと冷えたドクダミ茶が恋しくなり、紀乃は寝乱れた髪を撫で付けながらベッドを降りた。スニーカーを半端に履いて衛生室を出ると、居間兼食堂から電灯のオレンジ色の光が零れていた。テレビの音声に混じってゾゾの声が聞こえてきたので、紀乃が話し掛けようとすると、知らない人間の声も漏れ聞こえてきた。言葉を飲み込み、紀乃は壁に貼り付いた。
「お前は俺に構いすぎだ」
いくらか重たい声色の男の言葉に、ゾゾが返していた。
「うっかり飢え死にされてしまったら、私も夢見が悪いのですよ。それに、食材が余ってしまいますからね。そんなにお嫌でしたら、食べなければいいのですよ。私の料理など」
「料理に罪はない」
「お褒め頂き光栄です」
ゾゾが椅子を引いて腰を下ろしたのか、椅子の脚が床が擦れる音と尻尾が落ちる音が重なった。
「して、あなたは紀乃さんをどうなさるおつもりですか? 紀乃さんをミーコさんから守られていたようですが」
「守ったんじゃない、現状維持に努めたんだ。アレに寄生されたら、ただじゃ済まない」
「よくお解りで。紀乃さんさえ御許しを頂ければ、私は紀乃さんの生体情報を操作してミーコさんの寄生虫に対する免疫と抗体を作って差し上げたいのですが」
「そんなことをされちゃ、あの娘は価値も失う。手は出すな」
「はいはい、承知しておりますよ。私としても、紀乃さんにはこのままでいてもらいたいのです」
「頭以外はまともな人間だからか? それとも、他の理由があるのか?」
「いえいえ、前者ですよ。どうか私を信じて下さい」
「調子の良いことを。この星にお前を信用するような輩は一人もいない」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
ゾゾは彼の湯飲みにドクダミ茶のお代わりを注いだらしく、湯が落ちる柔らかな水音がした。
「私はこの世界を作り替えたいのです。星に手を加えるためには、その星で最も発達しているであろう生命体に手を加え、自然の摂理に多大なる影響を与えなければなりません。そのためには、人間は一人でも多く生かしておきたいのですよ。もちろん、あなたもそれに含まれます」
「馬鹿にしやがって」
「いえいえ、馬鹿になどしておりません。あらゆる命は尊いのですよ」
ゾゾは悠長にドクダミ茶を啜り、男もドクダミ茶を啜ったようだった。紀乃はこの場から立ち去るかどうかを悩み、結局動けずにいた。男の正体は物凄く気になるが、それを探ろうとすれば紀乃はミーコのように手を下されてしまうかもしれない。だが、しかし。
「ゾゾ・ゼゼ」
だん、と湯飲みをテーブルに叩き付けた男は、身を乗り出したらしく椅子の脚が床に擦れた。
「金輪際、あの娘を利用しようとするな。乙型一号は今も管理局の所有物なんだ。それを忘れるな」
「ですが、紀乃さんは我々に賛同して下さいました」
「他に逃げ場がなかったからだろうが。ここまで追い詰められりゃ、誰だって正常な判断力を欠いちまう」
「しかし、それもまた明確な事実です。紀乃さんは実に素晴らしい女性です、そしてとても美しい」
ゾゾは少し笑んだのか、語尾が上擦っていた。その言葉と響きに、紀乃は蒸し暑い夜中にも関わらず背筋が冷え込んだ。オオトカゲに欲情されるなんて、死んでもごめんだ。二人の会話は続いていたが、聞くのが嫌になり、紀乃は足音を殺して居間兼食堂から離れた。なんとなく窓の外を見上げると、一際目立つ南十字星が輝いていた。
どこの誰かは知らないが、比較的まともな人間と思しき男から同情されていると知って、ほんの少し嬉しくなった。だが、それだけだ。男は味方ではなさそうだし、あの変異体管理局の回し者らしい。ゾゾとのやり取りから察するに、恐らく監視役だろう。そうと解ると、今し方感じた嬉しさが生臭い感情に塗り潰された。人間だとすれば、どうして紀乃が忌部島に放り込まれた時に送り返してくれなかったのだ。ゾゾではなく、なぜ彼が紀乃を保護しに来てくれなかったのだ。他にも様々な不満や鬱憤が起きた紀乃は、憂さ晴らしをするように大股に歩いた。
やっぱり、人類は敵だ。
出来上がったのは、奇妙な怪物だった。
少なくとも、人間でもなければ人型重機でもない。不細工な金属の寄せ集めだった。南十字星と青ざめた月光に見下ろされながら、小松は己の作品と向き合っていた。丸一日、やるだけやってみたが上手くいかない。漁船から引き剥がした基盤を組み込んでも、部品と部品を繋げても、エンジンが動くように修理しても、鉄板を繋ぎ合わせて作った物体からは機能性も何も感じられない。自分に似せた設計にした頭部も、回転軸が不安定なのか半球状の首を回そうとするとぎしぎしと鈍く擦れ、そのうちにシャフトが折れて首が転げ落ちた。
「失敗だ」
小松は転げ落ちた頭部を拾おうとするが、四本指の一本で潰してしまった。
「失敗だ」
いびつな溶接痕が連なる頭部に開いた穴から、ぬるりと寄生虫が零れ出した。
「失敗シッパイしっぱいシッパイ!」
小松の操縦席で寝転がっていたミーコが、けらけらと笑い出した。
「失敗だ」
小松は穴の開いた頭部から指を引っこ抜くと、六本足を縮めた。ミーコに培養させた寄生虫は、脳漿のように穴から溢れ出し、汚らしく地面を濡らした。崖を登ってきた潮風が窪地に滑り込み、円に沿って渦巻いて小松にまとわりついた。舞い上がった砂粒が外装を擦り、ミーコは風の強さにぎゅっと目を瞑った。
「シッパーイ」
今まで、何をやっても成功した試しはない。子供の頃から小松はずっとそうだった。だから、機械の体になってからは何もかもが都合良く進むと思っていた。普通なら死ぬはずの状況を生き延びたばかりか、人型多脚重機を自在に操れるようになった。苦労して免許を取り、仕事で使い慣らしても上手くいかなかった細かな動作が容易に出来るのはとても楽しいが、そこから先はない。目的も、未だに果たせていない。
「機械だったら、お前を殺せる」
小松は四本指で己の操縦席を掴むが、ミーコは動じなかった。
「殺す、コロスコロスコロコロコロ?」
「殺せるんだ」
小松は操縦席を握り締めたが、最後の最後で力を入れきれず、少しヒビの入ったガラスから平たい指を剥がした。ミーコは小松の単眼を見上げていたが、小松はその視線から逃れるために頭部をぎゅるりと半回転させ、六本足のピストンを滑らかに上下させながらアリ地獄状の工作場から這い出した。とりあえず給油してから廃校に戻ろうと灯台に方向転換しようとして、気付いた。ミーコの足よりも一回り大きく、紀乃よりも歩幅の広い足跡が、アリ地獄の周囲にぐるりと連なっていた。裸足の浅い足跡には砂が溜まっていたので恐らく昼間の出来事だろうが、長時間見張られていたらしい。見張っていた相手にもそれに気付かなかった自分にも小松は苛立ったが、下手に暴れては切れかけている燃料が底を突く、と苛立ちを収めて歩幅を整えながら灯台に向かった。
その間、ミーコは調子外れの奇妙な歌を歌っていた。
湿った空気が凝る洞窟は、気分が安らぐ。
暗がりに入るとほのかな光を帯びて輪郭が浮かび上がったが、視認するのは難しかった。鏡があれば見えたかもしれないが、生憎、この十一年は自分の顔を見たことがなかった。いや、見ようとしても見えないからだ。手探りで髪やヒゲの手入れはしているが、それもどこまで出来ていることか。肌を切ったとしても、溢れ出る血が見えない。骨を折ったとしても、折れた骨の形も解らない。だから、昨夜に紀乃の超能力が暴発した時には焦った。自分の血は目に見えないが、匂いだけは以前と変わらないからだ。
湿った土にべたべたと足跡を付けながら、忌部次郎は奥に向かった。防水布を敷いて置いた強化プラスチック製のトランクを開け、衛星通信のノートパソコンを開くが、バッテリーが切れていて作動させる以前の問題だった。無線機の電源を入れるとノイズが走ったので一応作動するようだったが、果たして通じるものか。自家発電装置はゾゾに奪われているし、忌部には都合の良い能力はない。
「全く」
忌部は冷たい防水布の上に腰を下ろし、胡座を掻いた。
「あの子もそうだが、俺に何が出来るんだよ」
自分の目の前に出した手は、見えるようで見えなかった。指で擦れば爪らしき部分が解り、指を曲げれば骨が筋に沿って動いたことが解り、目を凝らせば静脈の血管を滑り抜けていく血液が視認出来る。だが、それもかなり希薄だ。暗いところで光源を背負えば自分がどんな姿をしているのか見えるかもしれないが、正直見たくない。
忌部次郎は、二十一歳のある日を境に体が透き通り始めた。最初に肌が透け、次に筋肉と内臓が透け、骨が透け、脳も神経も透け、さながらクラゲのような姿になった。当然、変異体管理局に捕らえられて徹底的な身体検査を受けたが、原因は掴めず終いだった。突然変異には違いないのだが、変異する切っ掛けに心当たりはなかった。
変異体管理局に縋り付いて現場調査官などという役職を得て忌部島に来たのは、ゾゾ・ゼゼに期待を抱いていたからだ。ゾゾはどのミュータントとも異なる外宇宙の生命体で、単なる突然変異体ではなく、科学力も人類を凌駕している。彼なら、きっと忌部を元に戻せると信じていたからだ。しかし、ゾゾに近付いてそんな話を切り出しても、ゾゾは忌部にはまるで興味を持ってくれなかった。かと思えば、半端な超能力者の紀乃に執心し始めた。
「あいつはただのロリコンか?」
だとしたら、尚更気分は良くない。透明人間と制御不能の超能力者では、透明人間の方が希少だと思うが。元に戻れるのなら、忌部はどんなこともするつもりでいる。政府の恩恵を受けられなくなっても、寿命が縮もうとも、ごく普通の生活には変えられまい。いっそ、紀乃に会ってみようか。姿が見えるように砂でも水でも頭から被って、あいつらに味方するなと説得するのはどうだろう。頭の柔らかそうな都会の娘は、これまで見てきた感覚では状況に流されやすいようだ。他の連中がいない時に顔を合わせ、捲し立てれば、紀乃はこちら側に。
「戻したところで、どうするんだろうな」
人類のために戦おう、世界平和を守ろう、悪い奴らをやっつけよう、正義の味方になろう。そんな文句が白々しいのは、忌部は身に染みている。変異体管理局も綺麗事を言うが、要するに現在の人類と自国民を守りたいだけだ。少しでも進化した人間は異端として弾かれ、忌部もいいように扱われている。だが、安易に人類を裏切るのは。
『応答せよ、応答せよ! こちら海上基地本部、聞こえていたら速やかに応答するっすー!』
突然、もう一つの無線機が喚き立てたので、忌部は驚いたが無線機を取った。
「なんだ、そっちは無事だったか。こちら忌部、充分聞こえている。オーバー」
『局長からの指令とか定期連絡の不備の罰則とか色々あるけど、乙型一号の戦果はどうっすか? どうぞー』
「前の方が重要じゃないのか、オーバー。最後を日本語にするな、気が抜けるじゃないか。タクシー無線みたいで」
『別にいいじゃないっすか、支障はないんすから。それに、乙型一号も気になるっすし。どうぞー』
「乙型一号の成果は上がっていない。それどころか……」
『それどころか、何すか? どうぞー』
「いや……なんでもない。それについては帰還した時に報告する。アウト」
忌部は本部との通信を終え、無線機を切った。電力を保持するために本体からバッテリー自体も抜き、無線機が改造されていないかを一通り確かめてから無線機をトランクに隠した。忌部の役割は、今も昔もこれだけだ。この島に潜り込み、ゾゾに接近して存在を知られたが、現場調査官の仕事は続けなければならない。そうすることで忌部は自分が人間であることにしがみつけるし、何より同僚達がいてくれる。姿形が定かではない男に好意的なのは、変異体管理局の者達だけだけだ。たとえ利用されているだけだと解っていても、働けるだけでもありがたい。
この世の中、透明人間の働き口など他にないのだから。




