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ファイナル・コンティニュー  作者: かんな らね
8/18

02 FIRST CONTINUE(その4)


 やはり夢ではなく予知だったのかもしれない。水、木、金、土と日付が変わるごとにその気持が強くなってきた。だって、オレは知っている。仁夜先生の昨日の夕食が何だったのか、みんなが見つからないと騒いでいた衣装のパーツがロッカーの上の段ボール箱に紛れ込んでいたこととか。


「やっぱり、嫌な予感がする」

 十一月一一日、日曜日。文化祭当日。気合を入れるため両頬を叩き、文化祭のために模様替えされた教室へ向かう。


「どうした、颯人? 思いつめた顔して……」

 教室の入ると、悩み一つ無さそうな顔で翔太がヘラヘラ顔を向けてきた。ライブ直前でテンションが上がりすぎておかしくなってるな。まぁ、それは翔太に限らずクラス全体……学園全体が浮かれてるからそうなんだけど。というか、翔太の奴、今日殺されるかもしれないのに……って、そうだった!

「翔太!」

「はっ、はい?」

 オレの剣幕に珍しく翔太が大人しくなる。これは丁度いい。きちんと言うべきことは言っておこう。だが、安易に「お前は今日殺されるかも知れないから、大人しくしてろ」とか言っても仕方ないし。ってか、この盛り上がった空気に水を指すのも気が引けるし。何とかこのいい空気を変えないで、それでいて翔太の安全も確保しないと。ってことは……よし、そうだな。分かりやすく行こう。真剣さを表すため、翔太の両肩を強く掴む。オレより一〇センチくらい身長が低いので、やや見下ろす形になるが、顔を近づけて目を逸らせないようにして、きっぱりした口調で言い放つ。

「翔太、お前はオレの傍を離れるな」

 うん、単純な翔太にはこれくらい分かりやすいほうが良いだろう。

「はっ?」

『…………』

『…………』

 あれ? 別に変なこと言ってないと思うけど、どうして教室中が静まり返っているんだ?

『一刻くんって向井田狙いだったの?』

『うっそー。私はてっきり優樹くん狙いだと思ったのに』

『えー。でも、それだとどっちの名前が先なのよ?』

『そりゃあ、ねぇ……』

 え? 何で女子が色めきだって居るんだ? どうしてオレにそんなに熱い視線を向けてくるんだ? 普段、オレとなんか目も合わせないくせに。

「颯人、アンタそういう趣味だったの?」

 芹歌が呆れたように溜息をつく。そういう趣味って、どういう趣味だよ……て、それどころじゃない。芹歌も危険なんだ!

「芹歌!」

「なっ、何よ? あたしはどっちがどうとか想像してないわよ!」

「そんなことはいい!」

 そもそも何の話をしているか分からないからな。

「へ?」

「お前も、オレの目の届かないところに行くなよ」

「はぁ!? アンタ、なっ何言ってるのよ!」

「お前こそ、何赤くなってるんだよ?」

「うっさいわね! 赤くなんてなってないわよ!」

「……そんなに怒ることないだろ。とにかく、今日は色んな奴が来るんだから、ちゃんとその辺自覚しておけよ。お前に何かあったら……」

「颯人、アンタまさかあたしと同じ……」

 芹歌がなにか言いかけるのと同時に教室の扉が開き、仁夜先生が入ってきた。そしてそのままホームルームが始まる。昨日の夕食はシューマイだったようだ。これもオレの見た予知と同じ。張り切って粉カラシを使ったら予想外に辛かったというオチまで知ったものだった。


 あっちこっちバタバタしていて、仕事の少ない翔太が駆りだされそうになったが、その都度他のクラスメイトに微笑みかけて仕事を代わってもらった。男子は大体ビビって直ぐに提案を飲んでくれたが、女子には何故かニヤニヤされた。

「なぁ、優樹。女子は何をニヤニヤしてるんだ?」

「ふふふ。そういうのが好きな女性は多いですからね。まぁ、君たち二人がどう思われようが全然構わないのですが、僕のことは巻き込まないでくださいね」

「くっ、ロリコンのくせに……」

「だから、僕は小さな可愛い女の子が好きなだけですってば」

「だから、世間ではそれをロリコンって言うんだよ!」

 何だか分からんが、何かのネタにされているのは間違いない。普段だったら、その辺きちんと始末を付けるんだが、今日はそれどころじゃない。

「そうだ、優樹!」

「何です? 僕にも離れるなとか言うんですか?」

「いや、お前はオレから離れてもらう」

「はい?」

「ライブ中、オレと翔太はステージの上手側に居るから、お前は下手に居てくれ」

「ライブ中は担当業務がないので構いませんが、下手側で僕は何をすれば良いんですか?」

「不審者が舞台に上がらないか見てて欲しいんだ」

「不審者? どうしたんですか?」

「いや……。ちょっと嫌な予感がするだけなんだけど」

「……分かりました。颯人がそんなに真剣になるなんて珍しいですからね。ちゃんと見張りますから安心してください」

 優樹がオレの肩をポンポンと叩く。ただの嫌な予感だけで騒いでいるわけではないと分かっているようだが、それ以上追求してこないのは、正直助かった。だって、どう説明したらいいか分からないし。

「ふぇっ、颯人くんがひっきりなしに口説いて歩いてるぅ」

「うわっ、美空かよ。いつからそこにいたんだ?」

「さっきからずっと居たよぅ」

「おお、そうか。悪い悪い。美空も、色んな奴が来てるんだから、変なやつ見たらちゃんとオレに言うんだぞ」

「変な奴ぅ? 面白い話とかする人のことぉ?」

「ちげーよ。こうなんて言うんだ、人相が悪くてボソボソ喋るようなだなぁ……」

「颯人くんのことぉ?」

「ちげっ……くっ、たしかにその通りだが。でも、こうオレみたいのじゃなくてだな、凶器とか持ち歩いてる奴も居るかもしれないから、気をつけろって言ってるんだ」

「……颯人くん……うん。心配してくれてるんだねぇ、嬉しい!」

 美空が飛びついてくる。うわっ、子供みたいに軽いな。しがみつく美空をどうにか持ち場である体育館後部の照明係へ送り届けた。これで一安心だ。



 いよいよ本番直前。舞台袖で忙しそうに駆けまわるクラスメイトを横目に、芹歌と並んで座る。翔太はちょっと離れた場所で芹歌の飲み物を準備している。まぁ、目の届く範囲に居れば問題無いだろう。

 上手くスケジューリングできたので、リハも何回か行った。だけど、やっぱり芹歌はラストのBLUE ROSEを一回も歌わなかった。

「芹歌、BLUE ROSEはリハしなくて良いのか?」

 前にもこれを訊いた気がする。ああ、予知で見たんだっけ?

「うん。この歌は特別だから」

「やっぱりデビュー曲だからか?」

「それもあるけど……。今、市販されているあたしの歌の中でこれだけなの。作詞も作曲も自分でしたのは。だから、この曲は一番気持ちが高まった時、そのまんまの気持ちで歌いたいの」

「そっか……。良い曲だもんな。オレも一番好きな曲だ」

「やっぱり、ちゃんと聴いてるんじゃない」

「えっ、あっ、ちがっ……。ゴホン。よくテレビで流れていたからな」

 いけね、またつい思ったことが口から零れてしまった。

「ふぅん。結構往生際が悪いのね」

「何とでも言え」

 気まずくなって思わずソッポを向く。

「ぷっ、くすくす」

 すると、芹歌が急に笑い出した。

「何だよ?」

「だって颯人、子供みたい。あははははは」

「ほら、そろそろ時間だぞ」

 絶対に顔が赤くなっていると思うので、ぶっきらぼうに壁の時計を指差す。

「あっ、そうね。じゃあ手、貸して」

「円陣か?」

「そうそう、分かってるじゃない。ほら、他のみんなも」

 周りのバンドメンバーやスタッフにも声をかけて、あっという間に大きな円陣が出来る。

「じゃあ、いっちょ気合を入れて……」

 芹歌が声を上げかけた時、慌ただしくクラスメイトの一人が駆けつけてきた。

「おい、どうしたんだ? そんなに慌てて」

 芹歌が一度円陣を解いたので、クラスメイトに問いかける。だけど、よっぽど急いできたんだろう。息が上がっていて上手く喋られないみたいだ。

「これ、飲んで」

 芹歌が自分の脇にピラミッドみたいに積んであるミネラルウォーターのボトルをクラスメイトに手渡す。

「ぜぇぜぇ。サンキュ。……そんで、誰か手、空いてねぇ?」

「どうした?」

「裏方でちょっと足りないんだよ」

 この慌て様からして、相当ヤバイんだろう。でも、オレは芹歌と翔太から目が離せないし。その時、

「よし、浅野、行ってやれ」

ボロボロのスリッパをパタパタ言わせながら仁夜先生が舞台袖に現れた。

「え? 私ですか?」

「だって、衣装係ってもう仕事無いだろ? 手伝ってやれ」

 いつも生徒に勝手にさせている仁夜先生だが、本番直前で時間がないこともあってか、テキパキと指示を出していく。

 結局、裏方も何とかなりそうだし、再び円陣を組む。芹歌が深呼吸してからよく通る声を張り上げる。

「よし、気合入れてくぞ~!」

「「「おおーーーっ!!!」」」

 それに合わせて、他のメンバーも声を張り上げる。よし、きっと成功する。誰も死なせない。


 客入りは上々というか、満員御礼。音響的には避けたかったけど、体育館の扉も開けて外からも見えるようにした。それでも一番奥の客は見えない。一応、手の空いたクラスメイトや有志がスクラムを組んで客がステージに上がらないようにしているが、かなり辛そうだ。

 オレたちも精一杯頑張って色々準備したが、やはり粗さが目立つ。そんな中でも芹歌は歌にトークに完璧なパフォーマンスを繰り広げていく。

 キラキラ変わる照明。くるくる変わる芹歌の表情。自分の担当も忘れてただただ見入ってしまう。

 ああ、やっぱり芹歌は凄い。

 このライブが終わったら、ちゃんとファンだって、デビューからずっと応援してたって、あいつの目を見てちゃんと言おう。


 一瞬マイクがハウリングするとか、小道具が見当たらないとか、多少のトラブルはありつつも、演目自体は順調に進んでいき、いよいよ最後の曲。オレの一番好きな曲。芹歌が一番大切にしている曲。BLUE ROSE。

「!」

 曲が始まる直前、芹歌が一度こちらを見てウィンクしてみせた。そして、

「この曲が一番好きだといってくれた友人に捧げます」

そう言って歌い始めた。


「たったそれだけ

 でも、それだけで

 世界は色を持つ~」


 素晴らしい時間ってすぎるのが早い。歌はあっという間にサビに差し掛かるところ。

 オレの予知ではこのサビの部分で芹歌がナイフに刺されて殺された。嫌でも心拍数が上がる。隣を見ると翔太が、ミネラルウォーターを二本抱えてまるでサイリウムのように降っている。重いサイリウムだな。しかも光らないし。

 そんな翔太の面白い様子に少し気持ちが落ち着く。そうだ、翔太だって無事じゃないか。予知なのか、夢なのかは分からないけど、外れたんだ。でも、このステージが終わるまで、きっちり見張るぞ。と言っても、今のところ不審人物もいないし、下手の優樹に目線を送ると、問題ないとばかりに大きく頷かれた。

 やっぱり、心配しすぎだったのかも。そう思ったその時、

「不可能を……」


――パァン


 サビと同時に破裂音が響く。

「芹歌!」

 サビを歌い出した芹歌の美しい旋律を紡ぎだす唇から、突然紅い液体が溢れだした。

 思考がまとまる前に、芹歌が前のめりに倒れこむ。

 くそっ、何なんだよ。

 床に激突する直前、ギリギリのところで抱きかかえる。手に温かい感触。何でだよ。

「……颯人、あたし……また……」

「喋っちゃダメだ!」

 抱きかかえた姿勢のままその場に座り込む。ステージ衣装に身を包んだ芹歌の胸部には小さな穴が空いていて、そこから血が噴き出している。

「颯人、これは一体……」

 優樹や翔太、それにステージ上のバンドメンバーも駆け寄ってくる。観客はこれがハプニングなのか演出なのか見極めかねているといった様子だ。ザワザワと囁き声が聞こえてくる。

「優樹、誰も入り込んでなかったよな?」

「えっ、ええ。関係者以外誰も舞台袖には来ていませんし、誰も舞台に上がっていません。それより、颯人はこうなるって分かっていたんですか?」

「それは……」

 言いかけたところで、芹歌が震える手でオレの腕を掴む。

「……また、颯人に心配かけちゃった」

「芹歌?」

「颯人も……覚えてるんでしょ? あたし、前にもこういう風に……」

 言いかけてまた口から大量の血が溢れる。

 えっ、芹歌もあのナイフで刺された時の記憶があるのか?

 ってか、それどころじゃないだろ!

「芹歌!」

 肩を揺すると、芹歌の身体が青く輝きはじめた。武道館コンサートの時と同じだ。そして、腹部にナイフを刺されたあの時と同じ。きっと最後の力を振り絞って能力が発動しているんだ。

「能力が発動しているんですね」

 優樹がオレと芹歌の方を覗きこむ。瞳には確証の色が宿っている。流石優等生サマサマ。

「そうだ。オレは芹歌がこうなるって知ってた。でも、前に見た時はナイフで刺されたんだ。だから不審者さえ気をつけていればいいと思ったのに、銃でなんて……」

「前っていつですか?」

「予知夢なのかもしれないけど、文化祭当日、今日だよ。オレにとってこの一週間はもう既に一度見たことのある時間だったんだよ」

「それは、もしかして……」

 言いかけて、優樹がはっと口元を覆う。

「優樹?」

「颯人、その前に見たっていうナイフを刺された時も芹歌さんに触れていましたか?」

「あっ、ああ。こんな風にしてた」

「そういうことか……。颯人、芹歌さんをもっと強く抱きしめて」

「え?」

「早く。君の能力ですよ!」

「わっ、分かった」

 強く抱きしめると、青い光は一層強くなった。

「なんでも良いから、芹歌を救ってくれ!! こんな結末は絶対認めない!」


 そこで、オレの意識は再び途絶えた。


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