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ファイナル・コンティニュー  作者: かんな らね
7/18

02 FIRST CONTINUE(その3)


 本番が始まっても翔太は姿を現さなかった。ナンパでも上手くいったのだろうか? でも、あいつはああ見えて意外と責任感あるし、こういう大事な局面でサボったりはしないと思うけど。でも、まぁ来ないもんはしょうがない。後でシメようと思いながら翔太のお水係も一緒にやってしまう。

 客入りは上々というか、満員御礼。音響的には避けたかったけど、体育館の扉も開けて外からも見えるようにした。それでも一番奥の客は見えない。一応、手の空いたクラスメイトや有志がスクラムを組んで客がステージに上がらないようにしているが、かなり辛そうだ。

 オレたちも精一杯頑張って色々準備したが、やはり粗さが目立つ。そんな中でも芹歌は歌にトークに完璧なパフォーマンスを繰り広げていく。

 キラキラ変わる照明。くるくる変わる芹歌の表情。自分の担当も忘れてただただ見入ってしまう。

 ああ、やっぱり芹歌は凄い。

 このライブが終わったら、ちゃんとファンだって、デビューからずっと応援してたって、あいつの目を見てちゃんと言おう。


 一瞬マイクがハウリングするとか、小道具が見当たらないとか、多少のトラブルはありつつも、演目自体は順調に進んでいき、いよいよ最後の曲。オレの一番好きな曲。芹歌が一番大切にしている曲。BLUE ROSE。

「!」

 曲が始まる直前、芹歌が一度こちらを見てウィンクしてみせた。そして、

「この曲が一番好きだといってくれた友人に捧げます」

確かにそう言って歌い始めた。

 え? それってオレのこと? ヤバイ、柄にも無く泣きそうだ。


 歌は素晴らしかった。Aメロが終わってBメロに入りかけたところで、

「颯人!」

顔を真っ青にした優樹が駆けつけてきた。

「優樹、どうしたんだ?」

 長い付き合いだけど、コイツのこんな切羽詰まった表情を今まで見たことがない。

「翔太が……」

「翔太がどうしたんだ?」

 もしかして何かトラブルでも起こしたのか? でも、それくらい優樹なら片手間で解決してしまうだろう。じゃあ、一体……。

「翔太が……」

 言いかけた優樹の切れ長な瞳から幾筋の涙が溢れる。

「おい、優樹?」

 思わず優樹の肩を掴むと、優樹は声を絞り出した。


「翔太が死んだ」


 ショウタガシンダ?

 何だって? 上手く言葉が頭に入ってこない。

「何言ってるんだよ?」

「……あんなにライブ楽しみにしてたのにおかしいから、探しに行ったんです。そしたら、誰もいない僕たちの教室で……」

「見間違いじゃないのか?」

「いえ、ナイフが深々と刺さっていて、いくら声をかけても動かなかったので、間違い無いと思います」

 優樹にそう断言されると、もう次の言葉が出てこない。それでもどうにか会話を繋ぐ。そうしないと正気を失いそうだから。

「……このことは誰かに言ったのか?」

「今、校舎内に殆ど人もいないし、取り敢えず危険だし、ライブを止めるべきだと思って、真っ直ぐここに来たでんすよ」

「分かった。ライブは即中止する。優樹は誰か先生を見つけてくれ」

 国家を上げての異能力者保護及び育成機関という学園の特質上、オレたち生徒は携帯電話を所持できない。勝手に警察も呼べない。そもそもこの秘密機関に警察が介入できるのかも分からない。情けない話だけど、先生を見つけないと話しにならない。

 オレは予備のマイクを持ってステージへと駆け出す。


「たったそれだけ

 でも、それだけで

 世界は色を持つ~」


 歌はいつの間にかサビに差し掛かるところだった。歌う芹歌は凄く綺麗で、今起こった非現実的な出来事が夢だったんじゃないかと思ってしまうほどだ。

「ん? 陽炎?」

 ただでさえ幻想的な世界でほんの刹那、空気が歪んだような気がした。その次の瞬間、時間が停まった気がした。

「不可能を……ぐっ……」

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 でも、情報が脳に届く前に反射的に身体が動く。

「芹歌!」

 サビを歌い出した芹歌の美しい旋律を紡ぎだす唇から、突然紅い液体が溢れだした。


 あれは、何だ?

 真っ赤な液体。

 照明でキラキラ反射する。

 えっ? えっ?

 あれは、一体……。


 思考がまとまる前に、芹歌が前のめりに倒れこむ。

「危ない!」

 床に激突する直前に予備のマイクを投げ飛ばしてギリギリのところで抱きかかえる。手に温かい感触。何なんだよ、このヌルヌルしたものは。手にまとわりつく粘性のある感触に一瞬目眩を覚える。

「芹歌! おい! しっかりしろ! おいってば!」

「……颯人、あたし……どうしたの? ぐっ……」

「芹歌……無理に喋っちゃダメだ!」

 抱きかかえた姿勢のままその場に座り込む。芹歌の腹部にはその辺ではまず見かけないサイズのナイフが深々と突き刺さっている。

 何でこんなことになったのか全く分からない。

 分かるのは、翔太が何者かに殺されて、今こうして芹歌もどうやったかは分からないけど、ナイフで刺された。舞台にはバンドメンバーと芹歌しか居なかった。他の奴が登ってきたりはしていない。

「……颯人にちゃんと……ファンだって認めさせたかったのに……」

「何、死ぬ気満々な台詞吐いてるんだよ! おい、目を開けろ!」

「颯人、あたしね……」

 言いかけてまた口から大量の血が溢れる。いつもはキラキラしているアーモンド型の瞳も生気を失いかけている。顔は真っ青。なのに、腹部からも流れ続ける血はこんなにも温かい。

「芹歌!」

 肩を揺すると、芹歌の身体が青く輝きはじめた。

 あの引退のきっかけになったコンサートの時と同じだ。きっと最後の力を振り絞って能力が発動しているんだ。

「どんな力でも良い。芹歌を救ってくれ! オレは、こんな結末エンドは絶対認めない!」

 強く抱きしめると、青い光は一層強くなった。


 そこで、オレの意識も途絶えた。



 あれ? ここはどこだ? 身体がフワフワしていて、現実感がない。ああ、そうか。これは夢なのか。今見たものも全部夢だったのか?


 あれは、オレの家?

 小学校入学と同時に全寮制の蒼原館学園に入ったので、この家には六歳までしかまともに暮らしていない。しかも、数年前に建て替えたはずなのに、建て替え前の外観だ。よく爺ちゃんと婆ちゃんの部屋の縁側で昼寝してたなぁ。でも、縁側には誰も居ない。障子は開いているので、爺ちゃんたちの部屋の中はよく見える。部屋の中央には布団が敷いてあって、すっかり痩せ細った婆ちゃんが眠っている。周りには爺ちゃんと、父さん、母さん、それに五歳のオレ。

 そうだ、これは婆ちゃんが死んだ日だ。

 最後の力を振り絞って、一人ひとり家族に言葉をかける婆ちゃん。

「颯人、青い薔薇になったことは、大変だけど不幸ではないからね。ちゃんと、貴方の幸せを掴みなさい」

「婆ちゃん!」

 シワシワな手を掴んだ時、丁度婆ちゃんは事切れてしまった。

「婆ちゃん! うぅぅぅ」

 婆ちゃんの手を握りながら泣いていると、後ろで父さんと母さんが慌てたような声を上げた。

「庭じゅうの花が……咲いている」

「お祖母ちゃんの能力だったはずなのに……。まさか、颯人……」

「これは、あいつが颯人に残したものだ」

 慌てる両親とは対称的に、爺ちゃんが落ち着いた声でオレの隣に座る。

「颯人。今日から他人に能力を見せる時は、この力を見せなさい。お祖母ちゃんからの最後のプレゼントだ」

「うん!」

 言っている意味はよく分からなかったけど、婆ちゃんからのプレゼントなら大切にしなければと、オレは力いっぱい頷いてみせた。



 目を開けたら目の前に芹歌が立っていた。

「え? あれ? お前?」

 さっきまであんなに血まみれだったのに……。全然ピンピンしてる。

「あれ? 夢……か?」

 夢にしては随分リアルな感触だったんだが。周りを見ると、オレたちは屋上にいるようだ。天気も良いし、白昼夢でも見てしまったんだろう。

「ちょっと、颯人いつまで触ってるの?」

 芹歌が形の良い眉を顰めて手元に視線を落とす。オレはレポート用を芹歌に差し出して、その手を掴んでしまっていた。

「あっ、ワリィ」

「もう、まるで悪い夢から醒めたみたいな顔ね」

「まさか、芹歌も……」

「ん?」

「いや、何でもない」

 冗談でも「お前、さっき殺されてなかったか?」なんて、口にしたくない。

「もういいから、取り敢えずセットリスト見せて」

「おっおう」

 どうやらライブのセットリストを渡すタイミングで白昼夢を見てしまったらしい。慌てて芹歌にセットリストを書いたレポートを手渡す。レポートに目を通すと、太陽の光のせいもあって芹歌の長い睫毛がより強調され、濃い影を落とす。

 オレ、前にもこの光景見た気がするんだけど。

「何、ジロジロ見てんのよ」

「見てねぇよ」

 セットリストの確認をしているということは、今日は十一月五日、月曜日か。何かで日付を確認しようと制服を漁り始める。

「颯人何してるの?」

「日付の確認」

「そんなの携帯で……って、持ち込み禁止だったわね。今日は五日、月曜日よ」

「やっぱりそうか?」

「何疑ってるのよ。ほら、あたしの時計見て」

 可愛らしいデザインの時計には時間の他に日付も記されていた。その日付は間違いなく五日。

「いや、疑ってねぇよ」

「ふぅん。まぁいいわ。それで、このセットリストは颯人が考えたの?」

 相変わらず書類に目を落としながら芹歌が尋ねてくる。

「ああ。なんか変だったか?」

「いいえ。……えっと、そうね。ある意味変かもしれないわ」

「えっ?」

 曲の順番もトークのタイミングもかなり考えて作ったんだが。やっぱりプロの目には適わないのか……と、少々心配になり芹歌を見つめると、芹歌がばっと顔を上げた。

「凄く良く出来ているわ」

「だからってそんなに怒るなよ、オレだって一生懸命……って、え? 凄く良く出来てる?」

「そう言ってるでしょ。このままツアーで使いたいくらいよ」

「お世辞か?」

「どうしてあたしがアンタなんかにお世辞言わなきゃいけないのよ。それにしても颯人、あたしの曲聴いたことあるでしょ?」

「まぁ、あんだけ売れてりゃあな」

「そんなにわかな聴き方でこんなセットリスト作れないわよ」

「しつこいな、オレは作れるんだよ」

「へぇ、あくまでも認めないつもりね。いいわ。文化祭までにあたしの歌、しっかりと聴いてファンだって認めさせてあげるわ」

 やっぱりまるで雑誌の表紙みたいに完璧なポージングでビシッと指さされてしまった。



「今日はカレー二日目だ。やっぱりカレーは一日置いたほうが美味いな。だがシチューは作った当日のほうが美味いっていうのが不思議でならないよな」

 仁夜先生の昨日の晩御飯トークで十一月六日、火曜日が始まった。

 芹歌ではなくてオレに予知能力でも芽生えたんだろうか? 仁夜先生がこう言うのを知っていた。授業の内容も一度聞いた話のような気がする。でも、誰か予知能力持ちなんて居たっけ?


 文化祭準備の衣装合わせの際もまた芹歌と同じ衣装を選んだ。二人の指がぶつかる。

「もしかしたら、芹歌さんの能力は予知能力かも知れないですね」

 優樹が現れて芹歌に告げる。

「優樹、もしかしたら……」

 オレが予知能力を持ってるのかもしれない。と言いそうになったけど、その言葉を飲み込んでしまった。翔太が死んで、芹歌も死ぬ、あれが予知だったとは思いたくない。きっと何かの間違いだろう。

「どうしたんですか、颯人?」

「いや、何でもない」

 ただの夢とも思えないけど、予知とも思えない。だったら、あの夢だか予知だかの通りにならないように、立ちまわってみるか。うんうん、別に損するわけでもないし、やってみよう。どうせオレが気にし過ぎなだけだ。ちゃんと準備さえすれば、きっとライブも成功するし、みんな上手くいく。大丈夫な筈だ。


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