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ファイナル・コンティニュー  作者: かんな らね
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02 FIRST CONTINUE(その1)

02 FIRST CONTINUE


 芹歌がアイドルを電撃引退して、オレたちの特殊学校に転入してきて一ヶ月。

 まだ彼女がこの学園に転入してきたという話は一般的には知られていない。ネット掲示板の一部では、噂のひとつとしてうちの学園の名前も出ているが、あくまで噂レベル。一番有力だと言われている噂は海外留学らしい。この辺の話は何でもやたらと詳しい優樹の受け売りだ。

 当の芹歌は入学初日こそ困惑のあまり僅かに取り乱したが、その後は至って落ち着いた様子だ。クラスメイトたちとは上手くやっているようだし、他のクラスの奴らも最初こそ騒いでいたが、オレが飛びっきりのスマイルを向けると徐々に騒ぎは減少していった。

 しかし、芹歌はオレに感謝の笑顔なんて向けることもなく、オレが何かちょっと言えば、殺すだの、死ねだの、地獄に落ちろだの、好き勝手言ってのけてくる。優樹や翔太、美空や他のクラスメイトにはそんな暴言を吐かないし、文句なしに可愛らしい笑顔を惜しみなく向けているのに、オレだけ何でこんな扱いなのだ? まぁ、出会いが最悪だったの一言に尽きるんだろうが、それにしたってオレにも笑顔の一つを向けてくれたって良いじゃないか。全く。


「今日は文化祭の出し物について話し合いをします。お化け屋敷とか喫茶店とかは三年生に取られる可能性が大なので、ちょっと変わった角度からの意見を特に歓迎します」

 何だかんだでいつもまとめ役を任される優樹が、クラス委員らしく教壇に立ち要点を整理した説明を始める。一応、担任の仁夜先生もいるんだけど、寝てるんだか起きてるんだか……。まぁ、高校生にもなって学級会に先生が出張って来るのもどうかと思うけど。

『メイド喫茶は?』

『この町の歴史~』

『フリマなんてどう?』

 学校の特性から部外者の学校訪問どころか、家族ですら普段は学校の門をくぐることが出来ない。しかし、文化祭の日だけは家族を招待できるのだ。もう高校生だし、子供の頃ほどはテンションも上がらないが、まともに家族の顔を見られる数少ない機会。いつもより高揚した空気が教室を包んでいる。

 ただ、オレの場合は両親ともにこの学園出身だし、比較的出入りは自由だ。実家への帰省もやはり両親が青い薔薇であることも関係してか、許可が降りやすい。

 芹歌はどうなんだろう? 確か家族構成とかは公開されていなかった筈だ。元々アイドルになる時に実家を出て上京してきたのだろうか? そうしたら、久しぶりに家族にも会いたいと思っているのかもしれない。

 すぐ隣の席に視線を向けると、芹歌が少し寂しそうな瞳で黒板を眺めている。

 あんなことしたオレに笑顔を向けてほしいなんて都合が良すぎるのは分かっている。笑顔までとは言わない、でもせめて……

「歌が聴きたいな」

「颯人、それナイスアイディアですよ」

「ん?」

 あれ? なんか気づいたら教室中の注目を浴びているんだが。

「賛成~~! 俺も芹歌ちゃんの歌、聴きた~い!」

 翔太が飛び上がりながら発言する。すると、それに続いて他の生徒たちも口を開く。

『良いね、折角芹歌ちゃんが居るんだから、うちのクラスでしか出来ないよ』

『イベント企画したら面白そうだし』

『体育館でコンサートしちゃう?』

 何やら物凄く盛り上がり始めてしまった。ってか、オレの心の声が漏れていたとは……。

「あっ、いや、オレは決して芹歌の歌が聴きたいとかそういうことを言ったつもりはないんだが……」

『体育館、どの位時間取れるかな?』

『全校放送してもいいな』

 ああ、ダメだ。完全に盛り上がってしまっている。殆ど小学校からの付き合いの奴ばかりだから、こうなったら止まらないのは分かっている。そして、優樹もいつものようにやれやれと肩を竦めている。しかし、そこは学級委員。一応話を前に進めるつもりらしく、軽く咳払いをして仁夜先生のほうへ視線を向ける。

「仁夜先生、芹歌さんのミニライブを企画・運営するというのはどうでしょうか?」

「ん、ああ……」

 優樹の問いかけに、仁夜先生はまるで寝起きのようなぼんやりとした口調で答え始める。こりゃあ寝てたな。瓶底メガネのせいで目を閉じているのか分からないからって、自由すぎるだろう。

「ん~、良いんじゃないか? ライブなら前歴もあるし、許可もおりるだろう」

 ボサボサの頭をボリボリと掻きながら、仁夜先生が返事をする。ふぅん。今年赴任してきたばかりの割にはちゃんとそういうことも調べているのか。しかし、当の芹歌が置いてけぼりで呆気にとられた表情をしている。

「芹歌さんは良いですよね?」

 優樹がいつもよりかなり強引に話を進める。芹歌は戸惑った表情のままオレの方を向く。

「ねぇ」

「何だよ?」

「アンタ、あたしの歌、聴きたい?」

「お前は歌いたくないのか?」

 質問に質問で返すという我ながら低レベルな応答だったが、芹歌はそのまま黙ってしまった。こいつの頭の回転ならまず質問を質問で返したことを突っ込み、更に罵声の一言二言放たれる筈だが、どうやら相当混乱しているようだ。

 芹歌は暫く押し黙って机を見つめてから、アーモンド型の大きな瞳を黒板へと向けた。

「……やるわ」

『やった~!』

『ヤベッ、すげーよ!』

『衣装とかチケットとか準備しないと』

「はいはい、静かに~」

 クラスメイトたちが勝手に騒ぎ出したので、優樹がまるで教師のように手を叩くが、なかなか収まらない。ふと隣を見ると、芹歌と視線が交差する。

「何だ?」

「べっ、別に」

「ん?」

「別にアンタに聴いて欲しいとか、そういうんじゃないんだからね!」

「え? お前、オレに聴いて欲しいのか?」

「違うって言ってるでしょ。殺すわよ」

 はい、今日の殺人予告一丁いただきました。大体平均すると、毎日一回殺されている感じだな。しかし、わざわざオレが歌を聴きたいかどうかなんて芹歌は気にする必要ないのに。だって、間違いなく、このクラス……いや、この学園の中でオレが一番芹歌の歌を聞きたいと思っている筈だ。ファンクラブの会員番号だって奇跡の一桁ナンバー9だし。先月のコンサートだって前から三列目で見ているわけだし。だけど、今更本人に言える筈もない。一応ボディーガードらしいので、傍にいることが多いが、世間話でもしようとすれば、

「うるさいわね。下らないこと言ってると、その舌引っこ抜くわよ」

 授業中目が合えば、

「何見てんのよ? シメるわよ」

ってな感じですよ。まぁ、完全に嫌われてるな。初日にあれだけのことをしてしまったので、仕方ないのは分かっているけど……。

「はぁ……」

 思わず溜息が漏れてしまう。

「ちょっと、溜息で幸せが逃げていくのよ。そんな深い溜息疲れたら、こっちの幸せまで逃げていきそうだわ」

 すかさず駄目だしされてしまった。何だよ、今日も切れ味絶好調じゃないか。


 文化祭は来週末。十一月一一日、日曜日。まぁ、今更騒ぐような歳でもないが、その日は丁度オレの誕生日だったりする。今日から文化祭までは午前中は通常授業、午後は文化祭準備に充てられる。

 芹歌はオレのこと嫌っているみたいだけど、それでも最高のステージを用意したい。やはり歌うことが楽しみなのか、いつもよりちょっと機嫌の良さそうな顔で黒板を見つめる芹歌を横目で見ながら、オレは机の下で拳を握り締めるのであった。


 準備期間一週目は殆ど下準備に充てられた。文化祭パンフレット用の記事作成や、大道具、小道具の発注、会場手配、チケット作成などなど。やることは盛りだくさんだ。

 ただ、ラッキーなことに、芹歌のミニライブという文化祭的にどうなんだろうと疑問が残る企画は、恐ろしいほどあっさりと通ってしまった。優樹が上手く説得したのか、文化祭実行委員が芹歌のファンだったのかは定かではない。

 とにかく、企画が通過し、会場も一番広い体育館を押さえることができた。各種部活の発表の隙間を縫うように三時間ほどステージを確保した。準備時間を差し引くと、ライブ自体は二時間程度になりそうだ。



 クラスメイトもそれぞれ担当を決め、文化祭まであと一週間。十一月五日、月曜日。

「昨日の夕食はカレーだったんだが、ちょっと凝ったスパイスから作ってみたけど……うん、市販のルーは素晴らしいな。餅は餅屋というのを体感してしまったよ。ハッハッハ」

 いつも通りの仁夜先生の昨日の晩御飯トークで今週も幕を開けた。


「え? オレが芹歌のマネージャー?」

 突然の人事異動に、廊下の隅っこで大工仕事をしていた照明係所属のオレは思わず間抜けな声を上げてしまった。

「颯人にしか頼めないんですよ」

 優樹が拝むようにオレを見上げてくる。こいつがここまで下手に出るのは物凄く珍しい。かなり切羽詰まっているんだろう。

「でも、芹歌のマネージャーって美空じゃなかったか?」

 芹歌と美空は寮が二人部屋で同室らしく、テレビと違ってしっかりしている……そして怖い芹歌と、ちょっとぼんやりしてて保護欲をくすぐられる美空は意外と相性がいいらしく、すっかり仲良しだ。そんな関係もあり、芹歌と一緒に曲順や衣装の打ち合わせとか、スケジュール管理をするマネージャーは美空で満場一致だった筈だが。

「う~ん。やっぱりと言ったら失礼ですが、スケジュールや会場も限りあるし、強引な調節も時には必要になるっていうのは、颯人も分かりますよね」

「まぁ、そうだろうな」

「そういうの、美空さんに出来ると思います?」

「まぁ……無理だろうな」

 パニックになってアワアワする美空の姿が容易に目に浮かぶ。

「それに彼女、芹歌さんの楽曲については、あまり詳しくないみたいなんです」

「あんなにどこでも流れてるのにか?」

「あまりテレビとか見ないらしいんですよ」

「美空がマネージャーに向かないのは分かったけど、それなら優樹、お前がやればいいだろ?」

「僕、クラス委員で、文化祭実行委員で、生徒会所属ですよ? 本当は今、こんなにのんびり話している場合じゃないくらいタイトなスケジュールなんですよ」

「流石、優等生サマサマ。頼りにされてますな」

「そんな僕が君を頼っているんです」

「オレ以外にもっと色々うまくやれる奴がゴマンと居るだろ?」

「じゃあ颯人。このレポート用紙を見て下さい」

「ん?」

 渡されたレポート用紙に目を通すと、いかにも女の子らしい美空の字で芹歌の楽曲が箇条書きで書かれている。しかも、曲だけじゃなくトークとか小休憩とか書いてあるということは……

「これは、当日のセットリストか?」

 セットリストというのは、要はステージ用のスケジュールみたいなものだ。主に曲の順番やトークや小休憩のタイミングなどが記載されていて、当日はこれに添ってステージが進行していく。

「ええ、どうですか?」

「ダメだな。全然ダメだ」

「どの辺がですか? 一応、二時間でスケジュールは組まれていますよ」

「時間内に収まっていれば良いってもんじゃないだろうが。まず、最初にBLUE ROSEを持ってくるのはおかしいだろ?」

「美空さんはデビュー曲だから最初が良いんじゃないかと仰ってましたけど」

「BLUE ROSEはバラードだぞ。内容的にもラストだろうが。最初はとにかく盛り上がって会場を巻き込む楽曲だろ」

「例えば?」

「ついこの間……って言っても引退前だから、一ヶ月くらい前だけど、新曲出しただろ?」

「ああ、キャンディーのCMソングになっている、えっと……」

COLORFULカラフル RADICALラジカルな」

「詳しいですね。うん。あれはテンポも良いし、お客さんも乗りやすいですね」

「だろ? そこから数曲はとにかくノリ重視だ。どんどんアップテンポで盛り上げていく。そんで……」

「流石、颯人」

 突然、優樹が拍手を始める。

「何だよ、急に」

「僕の目に狂いはなかった。じゃ、後は芹歌さんと相談して決めてくださいね。マネージャーさん」

「はっ!?」

 ぽんと肩を叩くと、優樹はそのまま移動してしまった。やや駆け足気味だったし、マジで忙しいんだろう。そんな優樹と入れ替わるように美空が姿を現す。

「颯人くん……」

「おう、どうした?」

「芹歌ちゃんのことよろしくねぇ。わたしも照明係で頑張るからぁ!」

 小さな両手でガッツポーズを作ると、それに合わせてぴょこぴょこと両サイドで髪が揺れる。まるでうさぎの耳みたいだ。美空が照明係ってことは、結局オレと美空の担当が交換になっただけみたいだ。きっと美空だって自分で最後まで責任をもってマネージャーをしたかったに違いない。でも、文化祭成功のためにマネージャー変更を受け入れたんだろう。ごく自然に美空の頭をポンポンと撫でる。

「はぅっ!? ハッ颯人くん!?」

「安心しろ。美空の仕事、オレが引き継いでしっかり成功させるから」

「うっうん! きっとわたしの仕事は颯人くんしか成功させられないよぉ」

「そんなことは無いだろうけどな」

「そんなことあるの! 颯人くん、ありがとうぉ」


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