01 PRESS START(その4)
「アンタってビビられてるの?」
屋上が静けさを取り戻したら、今度は芹歌が口を開く。
「まぁ、この顔だしな」
「そう? そんなにビビる顔じゃないと思うけど……。その直ぐに眉間にシワを寄せるのを気をつけるだけでも、随分印象変わるんじゃない?」
「え?」
そんなこと言われるのが初めてで、言葉を失ってしまうが、芹歌は気にもせずに話し続ける。
「でも、丁度いいわ。アンタ、あたしの傍に居てよ」
「はぁ!?」
何を言っているんだ? え? 今、傍に居ろと言ったか?
「まさか、告白か?」
「殺すわよ」
物騒だな、ほんとに。しかし、じゃあ何なんだよ。飛び上がるくらいな申し出だけど、真意が読めず怪訝そうな表情を向ける。何かこれ以上迂闊な発言をすると申し出を取り下げられそうだし。ってか、ほんと、今更どの面下げてファンだって言えばいいんだろう? あ~あ、最初の出会いがあんなんじゃなければ、もっとちゃんと言えたのにな。
「今の話を聞いて正直凄く混乱しているわ。だから、あんまり周りで騒がれたくないの。という訳で、颯人、アンタに余計な騒ぎを抑えてもらいたいってわけ」
「混乱している割に、結構冷静に分析してるんだな」
「その辺、上手く出来なきゃ芸能人なんてやってられないわよ」
芹歌が好戦的な瞳で微笑む。テレビや雑誌では決して見せない強気な表情。それがあんまりにも魅力的すぎて、思わず息を呑んで肩を掴みそうになる。
「あっ、颯人。やっぱりここに居ましたね」
その時、不意に屋上のドアが再び開いた。
「優樹? それに翔太と美空までどうしたんだ?」
一瞬、また他のクラスの奴らかと思って睨みそうになったが、扉から顔を出したのは非常に見知った顔だった。
「さっきの騒ぎで結局一年は全クラス自習になったんですよ」
優樹がオレたちの近くのベンチに腰を下ろしながら状況を端的に説明してくれる。
「で、颯人が戻って来なかったから、多分ここだと思ってさ」
翔太がオレと芹歌にパックジュースを投げてよこす。ついいつものノリで投げてしまったらしく、芹歌がちょっと慣れない仕草で受け取る姿を見て、しまったという表情を向けたが、無事に受け取れたので、そのまま会話を続ける。
「で、どうしたんだ? 美空まで来るなんて」
「わっ、わたしだって颯人くんのことが心配だったんだもん。さっきの喧嘩に巻き込まれたって聞いたしぃ」
「あら、颯人、アンタにもったいないくらい随分かわいい彼女が居るのね」
芹歌がからかうような視線を向けてくる。
「バカ言うな。美空は高校からの編入生だ。何かよく分からんが懐かれてるだけだ」
「ひっどーい。懐いてるんじゃないもん! わたし、颯人くんと一緒がいいんだもん」
まるでハムスターのように頬を膨らませる美空を見て、芹歌が意地悪く微笑む。
「あらあら、随分積極的な懐かれかたしてるのね。そうだ、ねぇ貴女、お名前は?」
「ふぇ? わっわたし?」
「そうよ、あと良かったら二人も良い?」
と、優樹と翔太にも微笑みかける。
「じゃあ、美空さんから自己紹介で良いんじゃないかな?」
まとめ役の優樹が美空に目を向ける。
「うっ、うん。えっと、穂苅美空です。わたしも高校からの編入だから、まだこの学校には半年くらいしか居ないんだよぉ」
「そうなのね。でも、どんな能力があって編入してきたの?」
「あっ、それがねぇ……」
芹歌の問に美空が表情を曇らせる。そして、ちょっとバツの悪そうな表情で口を開く。
「……あんまり凄くないんだけどぉ……」
「そんなこと言ったら、あたしなんて何の能力があってここに連れてこられたのかも知らないわよ。それに比べたら、どんな能力かはっきりしているだけでも凄いと思うわ」
「異能力反応が出ただけで、具体的な能力は後で調査になる人も珍しくは無いですよ。じゃあ、折角ですし美空さんの能力を僕たちにも見せてくださいよ。実はちゃんと見たこと無いんですよね」
優樹が芹歌のフォローをしつつ、話を前に進める。これも小学校から学級委員長を任されっぱなしで身についてしまったものなんだろう。オレには出来んな。
「あうぅ。ホントに凄くないから笑わないでねぇ」
そう言うと美空は自分のふわふわツインテールをそっと握る。そして……
「色が……変わってる?」
芹歌が驚きの声を上げるのも無理はない。元々真っ黒っていうより茶色に近い色合いの美空の髪の色が、どんどん薄くなっていく。
「えへへへ。変色って言うんだぁ。こんな感じなんだけど、ね? あんまり凄くないでしょ~?」
美空がすっかり金髪になった自分の髪をくるくると指で弄ぶ。
「いや、すげーよ! 自由に見かけ変える能力って珍しいぞ」
「そうですね。見かけを自在に変えるタイプですと、今は初等部に一人、爪の色が変えられる娘がいるくらいですね」
褒めちぎるオレに続いて優樹が顎をさすりながら呟く。
「うわっ、流石ロリコン。初等部全員の能力チェックなんてしてるのかよ?」
「僕はロリコンじゃなくて、年下の小さな女の子が好きなだけですよ。最近転入してきたみたいで、珍しい能力だからちょっと話題になっていたんですよ」
「当然チェック済みってか?」
「いえいえ、僕が初等部校舎に近づこうとすると、先生たちが目を光らせるんですよね」
「自業自得だな」
まぁ、優樹も所詮オレたちとつるんでいるだけあって、所謂残念なイケメンなのだ。
「それにしても、お前、折角その顔でモテるのに、マジで勿体無いよな。因みに、お前の言っている小さな女の子大好きって言うのが、世間一般ではロリコンって言われてるんだ」
そんなオレたちのいつも通りの会話に、いつも通り翔太も加わってくる。
「確かに颯人の言うとおりだな」
そういや、翔太もオレから見ると、ギョロッと大きなつり目にとんがり気味な口元でひょうきんな顔だと思うのだが、どうやら一部の女子からは可愛いという称号をもらっているらしい。でも、女子ってなんでも可愛いで済ませるしな。因みにオレは基本ビビられている。けど、クラスの女子は流石に付き合いも長いし、用事があれば話しかけてこないことも……うん、全然ないわけじゃないんだ。うんうん。あれ? 何だ? 目から汗が……。
「そういや、美空ちゃん」
と、オレが目から流れる汗をどうにか押さえていると、翔太が美空に話しかけていた。
「うん、なぁに?」
「美空ちゃんって何月生まれ?」
「えっと……二月だよぉ」
「優樹は?」
「五月です」
その答えを聞いて、翔太がニンマリと微笑む。
「ほら、優樹。目の前に約一歳下で童顔・小柄な理想通りの相手がいるぞ」
翔太がグイッと美空を差し出す。余計なお世話かもしれないが、実はオレも几帳面な優樹とぼんやり天然の美空は正反対でお似合いな気がしていた。何だかんだ言ってどっちもマイペースだし、雰囲気が似ているのかもしれない。
「う~ん、美空さんは僕には勿体無いですよ」
でも、どうやら優樹の好みじゃなかったみたいだ。
「何だよ、初等部とかじゃないとダメなのか? お前、マジでそのうちしょっ引かれるぞ」
「ははは、この僕が掴まるようなヘマはしませんよ。それに、美空さん本人を目の前にして言うのも気がひけるのですが、美空さんは凄くキュートだと思います。正直言って、かなりドンピシャで好みなんですが、何となく恋愛はイメージできないんですよね」
「あうぅぅ。なんかヒドイ……。でもでも、わたしには颯人くんがいるもんね!」
どうやら美空の方も学校で一二を争うイケメンの優樹にはそういう興味が湧かないらしい。口では傷ついたみたいに言っているが、全く気にした様子もなく、いつも通りオレに飛びついてくる。まぁ、懐いているだけなんだろうが、本当に物好きなやつだな。
「ねぇ、美空ちゃんの髪は他の色にもなるの?」
いつまでもオレにしがみついている美空を、芹歌が目を輝かせて覗きこむ。その様子に美空もオレからひとまず離れて、芹歌の方へ向き直る。
「あぅ、あのっ、すっごく集中すれば赤とか青とかにもなるけど、あんまり上手く行かないんだぁ」
「凄いね。赤はともかく、青になるってことは、メラニン色素の調節をしているんじゃなくて、光の屈折で色を変えているのかしら?」
「あぅ、あぅ。あんまり難しいことは分かんないかもぉ」
全くだ。こいつ、こんな難しい質問してくるなんて、さては見かけによらず頭いいな。
「あっ、そうなんだ。ゴメンネ」
そんなやり取りに今度は翔太が口を開く。
「ふぅん。じゃあ、颯人に手伝ってもらえばもっと能力がはっきりするんじゃないか?」
「翔太!」
翔太の何気ない一言に優樹が普段まず上げないような大きな声を出す。その剣幕に翔太もはっと口を閉ざす。
「あっ、悪い」
「翔太は、颯人がトレーニング上手だって言いたかったんですよね」
「そっ、そうそう。颯人、こう見えても教え上手なんだぜ。なっ」
ほほぅ。それはオレも初耳だ。けれど、二人が頑張って話を逸らしてくれているので、黙って頷く。
「ほんとに?」
「はぅぅ、颯人くんに教えてもらいたいかもかもぉ」
それでも芹歌と美空はその話題に上手く乗ってくれた。
「ほら、次は翔太が自己紹介する番ですよ」
優樹がホッとしたように微笑む。翔太もその様子に頷いてから、いつものようにお調子者の表情に戻る。
「おうよ。俺は向井田翔太。この学校には小学校の頃からいるから結構古株だ。で、異能力は……」
そこで翔太は自分の鼻の前で手を合わせて意識を集中する。その様子を少し不安げな表情で芹歌が見つめる。数秒後、翔太がカッと目を見開いた。
「芹歌ちゃん!」
「はっ、はい?」
「シャンプーはエイジアンスのさらっと仕上がり。コロンはアンナスイのシークレットドリーム」
「なっ、何で分かったの?」
「これが俺の能力」
「えっと、凄く鼻が良いってこと?」
「ああ。一度嗅いだ匂いは忘れないぜ!」
翔太が誇らしげに胸を張る。
「能力名は犬の鼻ですよね」
「優樹は余計なことを言うな!」
「はいはい。それじゃあ最後は僕かな。僕は桜井優樹。颯人や翔太とは小学校からの腐れ縁で寮のルームメイトでもあります。能力はね、そうですね……芹歌さん僕に何か機械を貸してくれますか?」
「音楽プレーヤーで良いの?」
「ええ」
優樹の申し出に芹歌がポケットから携帯音楽プレーヤーを出す。自身がCMをしているモデルだ。それを優樹が受け取る。そして、音楽プレーヤーを握り一瞬瞳を閉じる。
「映像付きで一〇〇〇曲保存できるようですね。今、保存されているのは八三三曲。電池の残量は八八%ですね」
瞳を開けた優樹は音楽プレーヤーを芹歌に返しながら微笑みかける。怪訝そうに音楽プレーヤーを受け取り、暫く操作して優樹が言ったことが決して当てずっぽうではないと分かったらしい。驚いた表情を向ける。
「そういうのも異能力なのね」
「機械の囁き(マシンウィスパー)って言います。簡単に言うと、機械の声が聞こえる能力なんですよ。まぁ、僕たちC組は変わった能力が多いですから」
「そうなの?」
一度優樹がこちらへ目線を向けてくる。自分だけ話しているから気にしているようだが、説明は上手な奴がした方が良い。小さく頷くと優樹がそのまま話し続ける。
「A組が一番分かりやすい異能力ですね。ほら、さっきの喧嘩の生徒みたいに手から氷を出したり、他にも火や電気を出す方もいます。B組はそれより少し珍しくて、肉体強化系です。常人では出せない力を発揮できるんですよ」
「あれ? じゃあ、翔太くんはB組なんじゃないの?」
やっぱりこいつ頭いいな。芹歌の的確な質問に思わず感心してしまう。
「ご名答。犬の鼻も立派な肉体強化系の能力です。しかし、戦闘向きじゃないので、将来そっち方面への推薦が手厚いB組には入りづらいんですよ」
「じゃあ、C組って?」
「C組は端的に言ってしまえば、その他ですね。僕たちみたいに戦闘向きじゃないけど能力がある生徒や、芹歌さんのようにそもそも何の能力が有るのか分からない生徒がごちゃ混ぜになっているクラスです」
「へぇ。何か面白そうね」
「で、芹歌さんはどうして僕たちの能力を確認したんですか?」
「カッコつけても仕方ないから正直に言うけど、あたし、また沢山の人に歌を聴いてもらいたいの。さっき颯人からちらっと聞いたけど、超能力者……じゃなくて、青い薔薇って言うんですっけ? そういう人達は一八歳になるまでかなり行動は制限されるんでしょ? それを早く解消したいの。まだ歌いたい曲が沢山あるのに三年も待ってられないわよ。だから、あなた達に協力して欲しくて能力を聞いたの」
芹歌の飾らない言葉に普段何かと理屈っぽい優樹も素直に感心したとばかりに微笑む。
「なるほど、僕たちの微妙な能力で力になるかは分かりませんが、協力は惜しみませんよ。僕も芹歌さんの歌好きですからね」
「俺も俺も」
すかさず翔太も手を挙げる。ってか、二人よりオレのほうがファンだろうが。コンサートだって行ってるんだから。
「わっ……わたしもぉ……ファンだよぉ……」
って、おいおい待てよ。美空まで遠慮がちに手を挙げてるし。
「くっ」
思わず悔しさが漏れる。何かもうオレ、挙手できないじゃないか……。
「颯人も良いですよね」
全てを察したような瞳を優樹から向けられる。何かと面倒なのでコイツに弱みを握られるのも癪だが、背に腹は代えられない。ナイスパスはありがたく頂戴しておこう。
「ああ。まぁ、何が出来るか甚だ疑問だけどな」
やや憎まれ口を叩きながら、顔がニヤケそうになるのをどうにか抑えて返事をした。