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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
番外編
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貴方と過ごす初めてのクリスマス 後編

以前から掲載していた番外編を並べ替えることにしたので、ご迷惑おかけしています。

書きあげたばかりの番外編も本日中に投稿出来ればなぁと思っています。

 クリスマスイブ当日、レイは朝早く仕事に出かけていった。やはりイブでも事件は尽きないものだ。テレビのニュースを見てから、琴は夕食の買い物へ出かけた。


 世間はクリスマス一色。スーパーでの買い物もいつもの倍以上時間がかかってしまったが、買い物かごへチキンや食材を詰める買い物客の横顔は幸せそうで見ていてほっこりする。自分が昨日、充実した一日をレイと過ごしたためかもしれないな、と琴は思った。


 着飾った街は幻想的で、琴は少し遠回りだが青い電飾の施された並木道を通って帰ることにした。身を切るような冷たさだが、首元は暖かくて琴は「ふふっ」と笑みを零す。


 琴の首元にはカシミヤのマフラーが巻かれていた。ブランドのロゴが入ったそれは、レイが昨日クリスマスプレゼントとしてくれたものだ。


 実は琴もレイにプレゼントを用意していたのだが、レイからのプレゼントに感激しすぎて、うっかり渡すのを忘れてしまった。まあクリスマスは明日なのだし、明日渡せばいいだろうと思いながら歩いていると、前方を歩く母親と子供の会話が聞こえてきた。


「ねえママ、ボクのとこサンタさん来るかなぁ。煙突ないけど大丈夫かなぁ」


「大丈夫よ。ママがこっそり鍵を開けてサンタさんをお迎えするからね。だから枕元に靴下さげて良い子に待ってるのよ」


 その会話を聞いて、目が覚めるような思いがした。


 琴は急きょ、進路をレイのマンションから実家へ変更する。そのまま実家に着くなりロフトを漁り、衣装ケースの中から目当ての物を引っ張り出した。


「あった……!」


 それからその目当ての物を大事そうに抱え、琴はレイのマンションに帰宅したのだった。







 深夜に仕事を終えて帰ったレイは、自室で眠る琴の寝顔を眺めてから着替えを済ませ、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。以前に解決した事件の事務処理が思いのほか長引いてしまった。


 琴を自分の部屋に運び一緒に寝ようかと思ったが、疲れていたのかベッドに横になると意識が泥のように沈んでいき、そのまま眠ってしまった。


 そしてクリスマスの当日、日の出より少しばかり早く目を覚ましたレイは、枕元を見て目を見張った。




 時刻は朝の七時前。冬休み真っただ中の琴は、クリスマスでも仕事のレイのためにキッチンで朝食をこしらえていた……のだが、リビングに続くドアが勢いよく開いたため目をむいた。


 音の出所を見れば、レイがキッチンへ入ってきたところだった。――――似合わない靴下を持って。


「――――……琴? 枕元に置いてあったんだけど、これは君が――……?」


 人が履くには大きすぎる靴下の中からプレゼントを取り出し、少し焦った様子でレイが問う。こんなに驚いているレイを見るのは珍しくて、琴は鍋の火を止めてから悪戯っぽく笑った。


「知らなーい。靴下に入っていたなら、サンタさんじゃないかなぁ」


 そう、琴は昨日、道行く親子の会話を聞いてから実家に行き、自分が子供の頃クリスマスに枕元にぶら下げていた靴下を持ってきたのだ。自分からレイへのプレゼントを入れるために。


 お陰で、昨晩はタヌキ寝入りをし、レイが寝た時間を見計らって彼の部屋に忍び込むのにドキドキした。眠りの浅いレイが寝返りを打つ度に息を止めたものだ。


「――――……」


「レイくん?」


 プレゼントを手にしたまま固まったレイを不思議に思い、覗きこむ。と、レイは眉を下げて笑った。


(ああ、その笑顔は知ってる。幸せで嬉しいのに、その感覚に慣れなくて戸惑っているような笑顔だ)


「随分と可愛らしいサンタが来たものだね。開けてもいいかな?」


「……レイくんのご自由にどうぞ。サンタさんからのプレゼントだから」


「サンタが来たのは初めてだから、勝手が分からなくて」


(ああ、やっぱり)


 クリスマスを家族と過ごしたことがないのなら、サンタが来たこともないのだろうと予想がついた。


 だから琴は、レイに一度でいいからクリスマスの朝、サンタが来てプレゼントを置いていってくれた時の喜びを知ってほしかったのだ。きっと大人になってからだって、サンタが来てくれるのは嬉しいはずだから、と。


 リビングのソファに二人並んで座り、レイがプレゼントを開けるのを琴は見守る。レイがリボンをほどき小箱を開けると、ちょうど上ってきた朝日に照らされてシルバーのネクタイピンが燦然と輝いた。


 センスの良いそれを持ちあげてレイは見つめる。琴はレイの瞳に、キラキラと星が散っているように見えた。気に入ってもらえただろうか。固い表情で見守っていると、琴に向き直ったレイは花が綻ぶように笑った。


「琴、ありがとう」


 その一言で、レイがとても喜んでくれていると十分伝わってきた。しかし、琴は嬉しい内心を隠し


「サンタさんからだよ」


 とあくまで譲らなかった。


「うん。でも、ありがとう。すごく気に入ったから、大切にするってサンタさんに伝えてくれる?」


「レイくんが来年もクリスマスの夜、良い子に寝てサンタさんを待っていたら、夜中にやってきたサンタさんに伝言してあげる」


「じゃあ来年は、早く仕事を終えて帰らないといけないね」


「あ、でも急なお仕事なら、きっとサンタさんは待ってくれるよ」


 だから無理しないでね、と付け加えれば、レイの手が伸びてきて抱き寄せられた。寝起きのレイはいつもより温かい。レイの顔が琴の肩口に埋まったため、彼の髪が頬を撫でて擽ったかった。


 思わず笑いそうになったところで、もう一度「ありがとう」とレイが言った。


「だからサンタさんに……」


「今のお礼は琴に。俺に、沢山のものを与えてくれてありがとう」


「…………」


「知らなくても生きていけたし、生きてこれた。でも」


 琴の背中に回ったレイの力が増した。


「こんなに、死んでしまうほど幸せで温かい朝があるって教えてくれてありがとう」


(――――ああ……)


 この人を幸せにしたい、そう思った。心から。


 窓の外には粉雪がちらつく。しんしんと降り積もっていく様はこの恋心のよう。どうか溶けることなく積りますように、と、琴は近付いてくるレイの唇を受け入れながらそっと祈った。


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