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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
番外編
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貴方と過ごす初めてのクリスマス 前編

お久しぶりです。

以前から掲載していた番外編を時系列順に並べかえることにしましたのでご迷惑をおかけします。新しく書き上げた番外編は今日中に更新出来ればなぁと思っています。

 神立レイという人間は温厚柔和で人当たりがよく、スマートで満月のように人を惹きつける。


 中性的な美貌を持つ彼が微笑めば女性は頬を染め男性だって目を奪われるし、洗練された仕草からは気品の高さが窺え、一見刑事には見えないような男だ。


 しかし一度ひとたび事件となれば、アクアマリンを閉じ込めたような瞳の奥に理知的な光を灯し、冷徹なまでに犯人を追いつめる。だが気を許した相手に対してはどこか甘く柔らかい笑みをいつも浮かべていて、彼を知る人は皆夢中になった。


 そう、だから間違っても完全無欠の彼は、子供じみたように膨れたりしない。はずだったのだけど……。


「レイくん、もしかして機嫌悪い……?」


 お風呂上がり、暖房のかかったリビングのソファにレイの姿を見つけて駆けよってみれば、彼は珍しく秀麗な顔を不機嫌に歪ませていた。整った唇がへの字になっている。


「おかえり、琴」


「うん……」


 どうやら琴に怒っているわけではないようなのでホッとする。レイは琴を誘うように自分の足の間に座らせると、用意していたドライヤーで琴の髪を乾かし始めた。世話を焼きたがるのは相変わらずだ。


 照れくさいので断ろうかと思ったが、レイの機嫌がよろしくないなら素直に甘えている方がいいだろう。レイの長い指が自分の濡れた髪を梳いていくのを気持ちよく感じながら、琴はレイの方を振り返る。


「それで、どうしたの?」


「ん? ああ……琴の目を誤魔化すのは難しいね。実は……イブとクリスマスが仕事になってしまったんだ」


「え……っ」


 目を瞬く琴に、レイは申し訳なさそうに「ごめん」と言う。しかし、琴はそれ以上に驚いたことがあった。


「刑事さんだから、クリスマスがお仕事なのは当然だと思ってた」


「え……」


「もしかして、クリスマスにお仕事だから機嫌悪かったの?」


 年の瀬になると犯罪も増加するだろう。国の治安を守る警察官である以上、レイとクリスマスを共に過ごせないのは宿命だと割り切っていた琴は、レイがクリスマスに休みを取ろうとしてくれていた事実にむしろ驚いた。


「私なら大丈夫だから、気にしないで」


「琴……」


 気を使わせないように言った琴へ、レイはドライヤーを当てる手を止める。次の瞬間には、琴は両脇に手を入れられて持ち上げられ、レイの膝の上に乗せられた。


「ほえ!? わきゃっ」


 急に目線が変わって目を白黒させる琴を、レイはギュッと抱きこむ。背中まで伸びた長い髪はまだ濡れているので、レイの服まで濡れてしまうと心配し琴は距離を置こうとしたが、ますます強く抱きこまれてしまった。


「れ、レイくん!? どうしたの?」


「聞き訳のいい彼女に癒されてる……。いや、でも……」


「なあに?」


「僕が、琴と一緒にクリスマスを過ごしたかったんだ」


「ほえ……」


 普段の様子からは想像出来ないほど子供っぽく拗ねるレイに、琴は面食らった。そのあとで、じわじわとこみ上げてくる甘い疼き。


(~~~~……幸せ、だ)


 今の今までレイの胸板を押して離れようとしていたのに、琴はポスッとレイの引きしまった胸元へ頭を預けた。


「その気持ちだけで、嬉しいよ……」


 特別な日に、レイが琴と居たいと思ってくれるだけで胸の中が温かい気持ちで満たされる。それが伝わってほしくて、琴はレイの広い背中に手を回した。


 お風呂上がりの自分とは違い、先ほど帰宅したばかりのレイは、石鹸と彼自身の匂いがする。それを幸せと一緒に噛みしめていると、レイに声をかけられた。


「代わりに、二十三日は休みなんだ。だから琴、一緒に一日早いクリスマスを過ごしてくれる?」


 小首を傾げて問うレイに、琴は満面の笑みで頷いた。






 よそはよそ、うちはうちという言葉をこの年になって素直に受け入れられるようになったと思う。世間のカップルは土日が重なった今年のクリスマスを日付通りに楽しむのかもしれないが、自分たちは自分たちのペースで楽しめばいいのだ。


 幸い急な事件が起こることもなく、琴はレイと二十三日――――いわゆるクリスマスイブイブを無事に迎えた。


「わあぁ……! おっきなツリーだねぇ……!」


 昼前、レイに連れられて都内で開催されているクリスマスマーケットに足を運んだ琴は、中心部に聳え立つツリーを見上げて言った。


 近年、日本でもドイツのクリスマスマーケットを真似て広場に市を開き、クリスマスのオーナメントやキャンドル、木で出来た玩具やリースを販売するのが流行っている。


 山小屋風の屋台には屋根にスノーマンが載っていたり、カラフルな装飾で彩られており、訪れた人の目を楽しませた。


 そして漂ってくるグリューワインやワッフルの甘い香りは、琴の気持ちを高揚させる。


 何より、天使のオーナメントやリボンが飾られた十メートル大の大きなツリーは、いやがおうでもクリスマスを意識させ、琴の気分を一層盛り上げてくれた。夜になればツリーはライトアップされ、温かい光で幻想的に市場一帯を照らすのだろう。


「琴、口開いてるよ」


 ついつい呆けたようにツリーに見入っていた琴は、隣でクスクス笑うレイを見て我に返った。ネイビーのコート姿がよく似合っているレイは、琴の手を繋いで自身のポケットの中へ入れる。昼間とはいえ寒さから指先が冷えてきていた琴は、頬をゆるゆると緩めた。


 今日の琴は、レイによって巻かれた髪をアップにされている。さらに淡いピンクのアンゴラニットの上から、ホワイトのショートコートを羽織っていた。どれもレイの見立てだ。


 少しはレイの隣に並ぶにふさわしい女の子に見えるだろうかとレイをちらりと見れば、周りからの羨ましそうな視線に気付いてしまった。


 デートスポットのはずなのに、彼氏連れの女の子までもがレイに釘づけになっている。ツリーの写真を熱心に撮っていた女の子たちさえ、今は携帯をレイにこっそり向けているほどだ。


(うう……相変わらずモテモテだなぁレイくん……)


 少し不安になり、ポケットの中で繋いだ手に力を込めると、それに気付いたレイは小首を傾げて微笑む。琴の視界の端で、レイの笑顔に気をやる女の子が見えた。恐るべし、美形の微笑み。直接手を下さずとも相手を気絶させられるのか。


 しかしレイと出かけると何処でも注目の的になってしまう。金髪碧眼という目立つ容姿に加え、万人受けする中性的な顔立ちのせいだろう。嫉妬と羨望に駆られる人の目が気になり、琴が眉を下げていると、レイが琴を隠すように立った。


「レイくん? どうしたの?」


「今すれ違った男が、琴のことを惚けたように見ていたから」


「ええっ!? そんなことないよ、きっとレイくんを見てたんだよ」


「どうして男が僕を見るんだ……」


 呆れたように言うレイは、男も見惚れるほど美形だと自覚していないのか。琴が否定すると、レイは少し面白くなさそうに言った。


「琴……君はもう少し、自分が可愛いって自覚を持つべきだよ」


「へ……」


「僕にとっては、世界一可愛い」


「え、あの、レイく……」


「だから、琴が他の男の目に入るのは、本当は不快なんだ。いっそ」


 レイの手が、琴の冷たい頬を一撫でする。レイの蒼い宝石に見つめられて囚われる。冬の冷たい空気を吸い込んで、琴の胸がキュッとなった。


「何処かに閉じ込めてしまいたくなるくらい」


「……レイ、く……」


「――――なんてね」


 猫のように目を細め、レイはパッと琴から手を離す。後半部分はからかわれていたのだと分かり、琴は赤くなった。


「……っもう! レイくん!」


「ごめんごめん。琴、そろそろお昼だし何か食べようか」


「話をそらさないでよレイくんー!」


 毛を逆立てた猫のように唸った琴だが、特製のパンに挟まれたハーブ入りのソーセージをレイに買ってもらうと、一口かじった途端そのおいしさに目を輝かせた。我ながら単純である。


「美味しい!」


「良かった。すみません、スープ二つ」


 別の屋台でレイが骨付きハムを煮込んだ温かいスープを買うのを、琴はちらりと盗み見る。さきほどの「閉じ込めたい」発言は冗談だろうが……。


(妬いてくれてたのは、嘘じゃないよね)


 不安なのは自分だけではないのだ。琴が嫉妬するように、レイだって妬いてくれる。そう思うと、琴は純粋にクリスマスマーケットを楽しめる気がした。心がぽかぽかとするのは、スープを飲んだせいだけじゃないだろうと琴は思った。


 それにしても、青空の下で食べる軽食はどうしてこうも美味しいのか。


 琴は漂ってくる焼きアーモンドの甘い香りに酔いしれ、ドライフルーツとナッツの入ったシュトーレンやカラフルなポップコーンを売っている屋台を見てニコニコしてしまう。その姿をレイが愛しそうに見つめているとは気付かず、琴は屋台にいくつも吊るされた絵馬のような物を見つけると歓声を上げた。 


「レイくん見て、おっきなクッキー」


「レープクーヘンだね」


 アイシングでデコレーションのされたドイツのクリスマスクッキーは、大きく見目鮮やかだ。ツリーの形をしたものやハートの形のものが屋台に所狭しとつり下げられており、琴は見ているだけでも楽しいと思った。


「気に入ったのはある?」


「うん。これとか可愛い」


 レイに尋ねられた琴は、蜂蜜がたっぷりの生地に香辛料を混ぜて作られた雪だるまの形のレープクーヘンを一つ手に取って言った。にゅっと伸びたレイの手がそれを奪い、温和そうな店主へと声をかけてお金を払う。


「え、いいのに……」


 会計を済ませ袋に包まれたレープクーヘンをレイに渡され、琴は慌ててショルダーバッグから財布を取り出そうとする。しかしレイは首を横に振り


「ここは男の僕を立ててほしいな」


 と言うだけで。


「でも、さっきから全部レイくんがお金払ってくれてるし……」


「僕は社会人だから、気にしなくていいよ」


「そんな……」


「琴?」


「……ありがとう」


 レイはいつだってそうだ。いつだってスマートに琴を甘やかす。結局レイが折れないと分かり琴がいつものようにお礼を言えば、「よくできました」と言わんばかりにその頭を撫でてくるのだから甘やかしすぎだと思う。


(敵わないなぁ……大人の余裕だ……)


 見た目だけでなく行動もかっこいいレイを改めて男前だなぁと思っていると、レイは振り返った。


「さて、買い物を済ませようか」


「ほえ……? 何を買うの?」


「クリスマスのオーナメントだよ」


 ドキリとするほど無邪気に笑い、レイは言った。




 宣言通り、レイはツリーに飾るオーナメントやサンタの木のおもちゃに、甘い香りのキャンドル、窓につり下げる飾りなどを次々に買っていった。


 一体そんなに買ってどうするつもりなのか。あまりにレイとかけ離れた可愛らしい買い物に、琴は目を丸めるばかりだった。やがて片手が買い物袋でいっぱいになると、レイは満足した様子で琴に声をかける。


「そろそろ帰ろうか。琴」


「へ……お家、帰るの?」


 確かにその荷物の量ならうろうろは出来ないが、まだ時刻は三時前だ。いくらなんでも帰るのには早すぎやしないだろうか。てっきり街が光の海に変わる夜まで帰らないと思っていた琴は面食らった。


「クリスマスは家で祝おうと思ってね。嫌かい?」


「そうなのっ? 嫌じゃないけど、じゃあお買い物に……」


 クリスマスなら盛大に祝いたい。なにせ付き合いはじめてから最初のクリスマスなのだ。ディナーの献立を大急ぎで頭の中に浮かべる琴へ、レイは事もなげに言った。


「ああ、それなら大丈夫。もう食材なら買ってあるから」


「…………」


(そうだった……! レイくんはそういう人でした……!)


 行動に無駄がなく、用意が周到な人だということをすっかり失念していた。


(ということは、まさか……)


「レイくん、ディナーはまさか……」


「僕が作るから、琴はいい子に待っててね」


(やっぱりーーーーっっ!)


 あまりにも予想どおりな展開に、琴は額を押さえる。恋人として初めて過ごすクリスマス、手料理を普段仕事で忙しい彼が腕をふるってくれるとは……嬉しいしありがたいが、彼女としてどうなのか。ダメな気がする。


(レイくん、相変わらず私をダメにしようとするんだね……!)


「うう……」と琴は呻いた。


「レイくん、ちなみに私が作るという選択肢は……」


「棄却だね。琴は僕が作った物は不満かな?」


 刑事の時は凛として冷厳な強さまで感じるのに、悲しげに目を伏せてそう囁いた今は儚く見えるのだから美青年は困る。


 またしてもレイの言うことに逆らえず、琴はせめてケーキは自分が作ると言って譲らなかった。


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