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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第二章
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変わる世界

 琴が顔を青ざめさせることに構わず、レイは琴の腰をしっかり抱き寄せた。そして躊躇いもなく手すりへ足をかける。琴はどっと冷や汗がふきだした。


「大丈夫、さっき一回バンジーはしただろう?」


「命綱があるのとないのじゃ全然違うよレイくん! 此処、八階だよ? 見えてる!?」


 その美しい瞳は、本当にサファイアで作られていて本当は目が見えていないのではないか。取り乱して首を横に振る琴に、レイは宥めるように言う。


「大丈夫。ハイダイビングの経験はあるから」


「何でそんな経験あるの!」


「怖がることはないよ。落下速度は時速百キロ程度だ。三秒もあれば着水出来る」


「恐怖しかないよレイくん!!」


「でも、僕を信じてくれるだろう?」


 暴風に金糸の髪を靡かせ、自信満々に笑うレイは憎らしいほどカッコイイ。レイのベストの胸元をぎゅっと握り、琴はつい頷いてしまう。熱い。レストランはごうごうと火が燃え盛り、このままではバルコニーまで焼け落ちてしまいそうなところまで迫っていた。


(このままだと死んじゃう。でも、レイくんは何一つ諦めてない……なら、信じて飛ぶしかないよね……?)


「でも、プールはバルコニーよりずっと斜め下だよ?」


 まっすぐ落下すれば、地面に身体を打ちつけてしまう。しかし、レイは笑った。


「台風でよかったよ。携帯で風向きも風力も確認済みだ。暴風に乗れば、計算上はプールに着水出来る」


「えええええっ」


「両足で着水することを心がけて、さあ……」


「レイく……~~~~っ」


 琴を抱きこんだまま、レイが手すりから足を離して飛び降りる。途端に浮遊感に襲われた琴は、強い風に背中を押される。みるみる離れていくバルコニーは、とうとう炎に飲みこまれ燃え上がっていた。


 一瞬にも永遠にも感じられたその時はやはり一瞬でやってきた。足の裏にビリビリと感じる強い衝撃、そして視界に散る水しぶき、身を刺すような冷たさ――――……。


「かは……っふ、あ……」


 ドボンッとプールに沈む。肺が凍るような冷たさを感じ、琴は喘いだ。すぐにレイに腰を抱かれ、水面へと引き上げられる。


「ぷは……はっはあ……あ……」


 肌が痛い。髪が凍る。びりびりと全身がしびれる。溺れるようにレイへしがみつくと、びしょ濡れになったレイが水を掻きながらも笑いかけてくれた。


「よく頑張りました」


「……無茶するレイくんを支えるって決めたけど、やっぱりあんまり無茶しないで……」


 火がついて燃え落ちたバルコニーの木片がパラパラと降ってくる中、琴は弱弱しく言った。




 桐沢警視長が手配してくれたのだろう。すぐに救急隊員がプールに現れ、琴とレイを引き上げた。沢山の毛布を巻かれ、それぞれ担架に乗せられて運ばれる。


 次第に落ち着いて周りを見渡せば、いまだ燃え盛るホテルの周囲はけたたましいサイレンの音に包まれ、山ほどのパトカーと消防車、そして救急車が止まっていた。

 隊員から質問攻めにあい処置を受け、救急車に乗せられようとした琴は、こちらを睨む結乃を見つけた。


「伽嶋病院へ向かいます」


「あ、待ってください……結乃さん!」


 救急隊員の人に制止を求め、琴は結乃に声をかけた。結乃はドレスに乱れもなく、怪我をした様子もない。どうやら無事に避難出来たようだ。


 別の救急車の前で捜査員から話を聞かれていたレイがこちらに視線を向け、担架から下りようとしているのが視界の端に見えたが、琴は「女同士の話だから来ないで」と首を振る。レイは渋ったが、琴の意思を尊重してくれた。


「あの……レイくんとの関係を黙っていてすみませんでした」


 怖い顔でこちらへやってきた結乃に頭を下げる。次に顔を上げると、大上段に手を振り上げた結乃によって横っ面を張られた。レイを始めその場にいた全員が息を飲んだが、琴は甘んじてその痛みを受け止めた。


 結乃は長いまつ毛に涙を引っかけ、真っ赤な顔をして琴を責めた。


「そうよ! 貴女がひどいのよ! 貴女がエレベーターから降りたことも、自分で望んだことだもの。私は悪くないわ」


「はい」


 エレベーターで結乃に突き飛ばされたことを責める気は、琴には毛頭なかった。


「それなのに、私は神立さんに責められて……っ。貴女がいるから神立さんは振り向いてくれない! 私のことを好きになってくれない! でも……」


 静かに話へ耳を傾ける琴に、結乃は悔しそうに瞳を歪めた。


「……見ていたのよ、バルコニーから神立さんと琴ちゃんが落ちてくるところ。貴女、全然平凡な女なんかじゃないわ。私じゃ、神立さんを信じてあの高さから飛べない……」


「結乃さん……」


「だから、私じゃ振り向いてもらえなかったんだって思うと納得したわ。貴女しか無理なのね……」


 だから悔しくて泣いているの。だって、自分より良い女がいるなんて、知らなかったのよ。


 そう言って、小さい子供のように涙をボロボロと零し泣き崩れる結乃を見た琴は、この事件を通し、彼女の中の価値観が少し変わったのかもしれないと思った。






「女は怖いな」


 琴と結乃のやりとりを離れたところから見ていたレイへ、寄ってきた折川が言った。


「折川さん。ウェイターの所在は?」


「満身創痍で訊くことがそれとは、刑事の鑑だな、君は」


 おそらく琴を庇ったせいで肋骨がいくつか折れているだろう。毛布の下は包帯だらけだろうレイに、折川は笑った。


「ちゃんと足取りを追っている。あとはこちらが引き継ごう」


「反警察組織の管轄はそちらですからね。お願いします」


「――――……本当に感謝する。刑事部である君の協力に」


 自尊心の強そうな折川は、意外にも殊勝に頭を下げた。


「公安に欲しいほどの人材だ」


「警察組織の花形である公安の折川さんにそう言っていただけるのは、とても嬉しいですね」


「こちらに来る気は?」


「残念ながらありません。僕の力が発揮できるのは、刑事部だと思っています。僕は『国』より『人』を優先させるので」


「君のお父上が残念がるな」


「…………」


「君ほどの容姿と手腕だ。お父上と結びつけない方が不自然だろう?」


 意味深に告げられた折川の言葉に、レイはそれまでの穏やかな表情を引っこめた。


「あの男が、俺を公安に引き抜きたいと言ったんですか?」


「いや。私の希望だ」


 レイの父親をよく知る折川は、父によく似たレイの容姿が冷たくなった様子を見て、どうやら父の話は鬼門のようだな、とこれ以上話を引き延ばすのはやめた。


次話で二章は最終回となります。更新はGW中のいずれかの日に予定しています…!


ちなみに折川が口にしたレイの父親が出てくる予定はないのですが、実は官僚であり、結乃の父である桐沢警視長よりも立場が上……とだけ。何かの形で登場させる機会があればよいのですが><

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