夜空を抱き込み宙を舞う
「え……」
初めて聞く琴の告白に、レイは青い双眸を瞬いた。琴は、まさかこのタイミングで話すことになるなんて、と少し可笑しく思った。
「あのね、いつも仕事に一生懸命取り組むレイくんを見ていて、私はどう生きたいのかずっと考えてた。自分に何が出来るのか、何がしたいのか。それでね、分かったの。レイくんが命がけでこの国の人を守ろうとするなら、私は、この国の人を、そしてレイくんを救う手助けが出来る存在になりたい」
「…………」
ここ最近、ずっと考えていたこと。やっと決まった進路がそれだった。
「ねえレイくん。私の考える未来には、隣にレイくんがいるよ」
「レイくんは? レイくんの思い描く未来に、私は少しでもいますか?」
手当てを終えたレイの手をそっと取り、琴は穏やかに語りかけた。
「もしいるなら……まだ好きだって想ってくれるなら、隣にいてもいいですか」
「――――……」
レイが薄い唇をそっと開く。彼の吐息が震えている気がした。その瞳も、まつ毛さえも。
「……ははっ。琴の方がずっと大人で格好いいね」
「そんなことないよ。レイくんは世界一かっこいいよ?」
「僕は、離れていくことでしか琴を幸せに出来ないと思ってた。でも、琴はずっと、僕と歩いていく方法を探してくれていたんだね」
「さっき、レイくんが危険な目に遭ったら守るっていったでしょ。私なりにレイくんを守る方法を考えたら、辿りついたんだよ……わっ?」
話している途中でぺたんこの後頭部に手を添えられ、琴はレイの胸に顔を押しつけられた。
「後頭部がコンプレックスだと泣いていた小さな小さな女の子が、こんなに優しくて強い女の子になってくれたんだね」
「手放したくないような女の子になれた?」
「……ああ。もう何があっても離さないよ」
誓うように言ったレイは、無骨な手で琴の頬を愛しげに撫でた。
「ずっと、琴を守るだけの存在だと思ってたんだ。守られるなんて発想がなかった。でも、強い琴となら、何だって乗り越えていける気がする」
「爆発も?」
「そうだね――――……さあ行こうっ」
客室を出て、再び階段まで目指す。そこから比較的無事な十階を下り、九階から八階へ向かう途中で、踊り場の方が橙色にめらめらと光っているのが見えた。
「くそっ、八階より下も爆発が起きてるみたいだ!」
レイの声を聞き、二人で九階に引き返す。レイは廊下にあったホテルの見取り図にあちこち視線を走らせ、助かる方法を計算しているようだった。
「せめて八階に下りられれば……」
「レイくん、ここまできたら、はしご車期待できる?」
「いや、さっき飛び降りた時に感じた強風じゃまず無理だろうね」
「そんな……きゃあっ!?」
階下から爆発によって窓ガラスが吹き飛ぶ音がした。あちこちで爆発が起きているせいか、ホテルが不自然に揺れるため立っていることもままならない。
「琴! 走れ! 床が抜ける!」
爆発に耐えきれなかったのか、とうとう廊下に亀裂が走り、床が抜けた。足場が崩れ、そのまま嫌な浮遊感に襲われ瓦礫と共に階下へ落ちる。落ちる際にレイに抱きこまれる気がした。
「琴、大丈夫か!?」
「平気……レイくんは……?」
うまい具合に支柱が折り重なり、何階もまっさかさまに落ちるのは免れたようだった。あちこち打ちつけたが、レイが庇ってくれたお陰で重症ではない。レイは高級そうなスーツが派手に破れてしまい、邪魔なのか脱ぎ捨てていた。
「此処は、八階? 一階分落ちただけ?」
「ああ、そうみたいだ」
片側の通路は瓦礫によって埋まっていた。しかし、それが火の手を止めてくれているようでもあり、レイはダメになったスーツであっちこっちに移った小さな火を叩き消していた。その時、完全にほどけた琴の髪を一陣の風が撫でていく。
「風……?」
「ああ。どうやらまだ勝機はありそうだよ。さっき見取り図で確認したけど、こっちにバルコニーがある」
レイに抱き起こされ、琴はヒールのかけたパンプスを脱ごうとした。
「靴がダメになったのか……」
「うん。走りにくいし裸足で行く」
「ダメだ。足を切って怪我をするから」
「えっ。ちょっと、レイくん!?」
怪我をしているというのに、レイは琴を横抱きにしたままバルコニーへ向かった。一人で歩けると言いたかったが、レイが走るため舌を噛みそうになり結局振り落とされないよう首に腕を回してしがみついているしかなかった。
バルコニーまで来ると、強風によって割れたガラスが雪のように舞っていた。たしかにこれだと足を切っていたかもしれない。
「……レイくん一人の方が良かったかもね……」
琴がそう言うと、レイは瞬時に否定した。
「琴がいなきゃここまで必死に助かろうなんて考えなかったよ」
開放的なレストランバルコニーは、普段はパラソルのついたテーブルが並び、ショーなどを楽しむための場所らしかった。しかし今日は台風であるためテーブルは店内へ仕舞われている。
琴はバルコニーの手すりに手をかけると、黒煙がたなびき、時折火を吹きだす階下を見つめた。
「レイくん、どうするつもりなの?」
レイは光明を見いだした様子だったが、琴は正直そう思えなかった。もうレストランのすぐそばまで火が迫っていたからだ。店内が赤く染まっている。
「琴は知ってるかい? 此処のホテルはこの時期プロジェクションマッピングをやっているお陰で、ホテルの一階に併設されたプールにはたっぷりと水が張っているんだ」
「うん……そう、みたいだけど……」
琴は遥か斜め下に見える、水深の深そうなプールを見下ろした。晴天ならばこの水面に幻想的な映像が映し出されているのだろうが……。
それが何だっていうのか。とうとうレストラン内まで火が燃え広がり、逃げ場のなくなった琴は焦ってレイを見た。しかし、レイは今日一番の笑顔を浮かべていた。
嫌な予感がして、琴は一歩後ずさる。しかし、レイに腰をしっかりと抱きとめられ、逃げ出すことは叶わなかった。そして――――……。
「ここからプールへ、飛びこむとしようか。琴」
「……はいいっ!?」
目眩がするほど爽やかな笑顔で気の狂ったことを言うレイに、琴は素っ頓狂な声を上げた。




