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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第二章
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王手をかけて

 ただただ困惑を深める客とは別に、刑事たちは半信半疑で佐古を睨む。しかしレイの話を鵜呑みにしてはいないようで、彼から続きの言葉を待っていた。


 そして佐古は――――……口元に引きつった笑みを浮かべ、困ったように眉を下げていた。いつもなら忠犬のように見えるその表情も、今日ばかりは焦りを必死に抑えこんでいるようにも見える。


「ひ、ひどいッスよ神立さーん。オレが犯人? そんな冗談、笑えないッスよ?」


「ああ。警察官が殺人犯だなんて、冗談じゃない」


 レイは氷のように冷たい瞳で言った。


「下劣な殺人犯を、警護対象の傍にずっと侍らせていただなんて、ぞっとする」


「な……っ、いくら神立さんでも、ひどくないッスか!? 怪しいウェイターとぶつかったからって犯人呼ばわりされるなんて迷惑もいいとこッス!! ぶつかった際に拳銃を受け取ったっていうのも、神立さんの妄想でしかないッスよね? オレが犯人だっていうなら、ちゃんとそう思う理由を説明してくださいよ!!」


「それもそうだ。理由もなく現職の刑事を疑うなど、言語道断だぞ、神立」


 周囲で静観していた警視正が口を開いた。今度は、刑事たちの厳しい目がレイへと向く。琴は胸の前でぎゅっと手を握りしめた。


(レイくん……証拠でもあるのかな……?)


「佐古を犯人だと疑う理由ならあります。確信もしている。そうですね……順を追って説明していきましょうか」


 周囲の懐疑的な視線をものともせず、レイは真実を追いもとめ冷静に口を開いた。


「最初に佐古を怪しいと思ったのは、ダンプカーでの襲撃事件の直後です。桐沢夫人のダイイングメッセージであるサクラの本当の意味と、家政婦さんが犯人の特徴として挙げた関西人が結びついた時」


「サクラとは何だ? ダイイングメッセージは『サダヲ』のはずだが……」


 折川が不思議そうに訊いた。


「サダヲという奇妙なダイイングメッセージは、佐古によって後から線を書き足された文字で、元々部長の奥方が残したメッセージは『サクラ』だったんですよ」


 レイは手帳を取り出し、『サクラ』と書いた文字に線を加え『サダヲ』という文字に書きかえてみせた。それを見た刑事たちはざわつく。


「おそらく佐古は、本当に桐沢夫人の息の根を止めたのか不安になり現場に戻った際、桐沢夫人がダイイングメッセージを残していたことに気付いたのでしょう。そこで『サクラ』の意味に気付き、文字を隠ぺいしようと書き足しているところで結乃さんと鉢合わせした」


「だから私が犯人と鉢合わせした時間と、お義母さまの死亡推定時刻がずれていたのね……?」


 刑事たちにますます密着するように守られながら、結乃が震える声で言った。


「しかし、サクラと言えば我々ではないか?」


 自らが所属する公安を指し、折川が言った。レイは静かに首を横に振る。


「僕も初めはそう思いました。サクラといえば我々警察が連想するのはサクラというあだ名がある公安……しかし公安の人間が刑事部部長の奥方相手とはいえ、簡単に自分の身分を明かすとは思えない。だから気づいたんです。そもそもそのサクラとは公安を指し示したものではなく、日本警察の紋章であるサクラの代紋……更に詳しく言うなら、警視庁をさす隠語、桜田門のことだと……」


 永田町といえば首相官邸や政界を連想するように、警視庁本部は桜田門前に聳え立つことから、桜田門と呼ばれることがある。警視庁刑事部部長の奥方らしいダイイングメッセージだと琴は思った。


「なるほど……」


 興味深そうに頷く折川に、レイは苦笑してみせた。


「まあ、ダンプカーの襲撃事件のせいで警察手帳の旭日章が血で染まり、サクラに見えたことも気付いた理由の一つですけどね……」


「あ……っ」


 ダンプカーに襲われ、血で染まった旭日章が、まるで桜のようであったことを琴は思いだした。


 レイは続けた。


「そこからは、警視庁に勤める人間でなおかつ関西出身のものを秘密裏に探っていきました。そこで、警視庁の刑事であり、関西出身でありながらそのことを隠しているお前に辿りついたわけだ、佐古」


「どうしてオレが関西出身だと……?」


 佐古に目に見えて動揺が走った。


 しかし、佐古が関西人という点について琴は疑問に思った。関西人を特定するのにてっとりばやい方法は関西弁だが、佐古がそれを使っていた様子はなかったからだ。あくまで琴の気付く限りは。


 しかし、その答えはレイによってすぐに得られた。


「佐古の『また』という言葉の使い方だ。佐古、お前は以前俺にこう言ったな、『また食事に連れて行って下さいね』と。だが、俺はお前を食事に連れていったことはない。あの時は、調子の良いお前が適当なことを言っていると思った。だが、あとになって警視庁の人間が犯人かもしれないと気付いた時に、ふと思ったんだ。お前の使用する『また』の意味は、一般的な『再び』という意味ではなく関西人が『また今度』という意味で使う言葉じゃないかって」


「あ、それ、SNSで見たことある……。関西人は『また』の使い方が少し違うって……」


 琴が斜め上を見やり、記憶の引き出しを開けて言った。


「でも、佐古さんは『また』の使い方について関西での使い方を説明しませんでしたね……」


 ギッと射殺すような眼光で佐古に睨まれ、琴は黙った。懐っこい犬を彷彿とさせる普段の佐古とは大違いで、本当に同一人物か疑わしいくらいだと琴は思った。


 琴の発言を受け、レイは


「そう。あの時、佐古は関西人であることを隠した」


 と佐古を睨んだ。


「犯人が関西人であると知っている本人でなければ、隠す必要はなかったはずだ。それに、結乃さんが『犯人を見たかもしれない』と言った後に起きた、ダンプカーの襲撃事件。あれのタイミングが妙に良すぎたことも、お前を犯人ではないかと疑い始めた理由だ。結乃さんが本当に犯人を見ていないか疑い監視していたお前が、彼女の発言を真に受け、殺害しようと目論んだんじゃないかとな」


「ひ、ひどいわ! 私、本当は犯人の顔見てないのに……!」


 犯人の顔を見たというのは、やはりレイの気を引くための狂言だったようだ。結乃は悲愴に溢れた声で訴えた。


「神立の発言が真実なら、結乃、お前の幼稚な発言が捜査の妨げになった。ワガママも大概にしろ」


 桐沢警視長は冷眼で結乃を見下ろし、厳しく叱った。普段多くの警察官を従えている彼の気迫は、傍にいただけの琴も震え上がるほど怖く、つい肩を跳ねさせてしまった。


 佐古は必死な形相で


「待ってくださいよ!」


 と声を荒げた。


「それでも、たまたま犯人像の条件を満たしているだけで、オレが犯人だっていう証拠はないじゃないですか!」


「ああ、それだけならお前はまだ容疑者の一人に過ぎなかった。結乃さんをシャンデリアの下敷きにしようとした犯行も、サプライズの為にシャンデリアの下で待機すると知っている従業員や警察官なら誰でも可能だ」


「ならオレはシロだ!」


「だが……お前が犯人だという何よりの証拠はお前自身がまだ持っているだろう?」


 レイがそう言うと、佐古は無意識にズボンの右ポケットを庇うように一歩引いた。レイはその動作に目を眇めてから続けた。


「さて、皆さん、結乃さんを殺害しようとした犯人は、何故拳銃をこの場に置いていったと思いますか? それは、置いていかざるを得なかったからです。何故なら、犯人である佐古はこの会場から出ることがかなわないから」


 マジシャンが高らかに種明かしをするように、レイは会場内にいる人たちへ語りかけた。疑わしそうにレイを見ていた者たちはすでに、彼の話に魅せられたように聞き入っていた。佐古以外は。


「そんなの、あのウェイターが警備員に呼びとめられて銃を見咎められることを恐れて捨てていっただけだ!」


「仮に拳銃を捨てていったからといって、ホテルの出入り口は封鎖している。拳銃に指紋が付着していれば犯人だとすぐにばれるだろう。弾を発射した時に撃った本人へ飛び散るアンチモンや鉛などの発射残渣でも。そうなれば言い逃れの出来ないウェイターがそれでも平気で逃げているのは、自分は撃っていないと確信しているからだ。警備に止められても支障がないと」


「ウェイターが指紋や発射残渣がつかないよう手袋をしていた可能性は?」


 刑事の一人がレイに問う。佐古は縋るようにその刑事を見た。


「そうッスよ! ホテルを出る前に、どこかで処分するつもりかも……! そうなったら大変ッスよ! 早く追わないと!」


「その心配はありませんよ」


 レイはにべもなく言った。


「あのウェイターは僕の後輩が尾行していますが、今のところ手袋を処分した様子はないそうです」


「ウェイタ―を追っているって……まさかシャンデリアが落ちる前から目をつけていたのか?」


 肝を抜かれた様子で折川が尋ねた。レイは肩を竦めた。


「ウェイターが佐古にわざとぶつかる前から、怪しいと踏んでいたので」


「そんなに前から? 一体何故……」


「ウェイターの皿の運び方ですよ。プロのウェイターは、客や従業員との衝突を避けるために基本的に右手を空けておく。高級ホテルのウェイターなら尚更です。しかしあのウェイターはそれをしていなかった。だから気付いたんです。佐古の協力者が、ウェイターの振りをして潜りこんでいるとね。さて……」


 レイは一度ゆっくり瞬きをすると、凍えるようなアイスブルーの瞳で佐古を見下ろした。佐古はその視線に囚われ、絨毯に縫いつけられたように固まった。


「話が反れたが、確か佐古、お前は明確な証拠が欲しいんだったな。残っているだろう、証拠ならお前の右ポケットに。お前が銃を撃つ際に使用した手袋が」


「……っ」


 佐古は、ひっと目元を引きつらせた。自らの白手袋をはめた折川が「失礼」と断り、佐古のズボンの右ポケットを漁る。そこから出てきたのは――――……。


「ラテックス手袋……」


 レイの推理通り、佐古のポケットからは、腕の長い手袋が出てきた。


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