帳は落ちて役者はそろう
ついさっきまで琴と結乃が立っていた場所には、シャンデリアが潰れたパイのように叩きつけられていた。もしあと一秒でも遅ければ、下敷きになって死んでいたに違いない。
「琴、無事か!?」
そう投げかけるレイの額には、脂汗が滲んでいた。琴は心臓の音に溺れそうになりながらも、数回頷いた。
「だい、じょうぶ……レイく……」
レイくんは? 喘ぎ喘ぎ尋ねた琴は、レイのスーツの肩口が裂けているのを見て短く悲鳴を上げた。
「レイくん、怪我を――――……」
「君が無事で良かった」
祈りにも似た声で囁かれ、レイに怪我をしていない方の腕で抱きしめられる。レイの厚い胸板越しに、彼の心臓が早鐘を打っているのが聞こえた。
「ありがと……」
(ああ、やっぱりこの人は――――……)
たとえ恋人じゃなくなっても、琴を守ろうとしてくれるのだ。無茶をする人なのだ。
「レイくん――――……」
「きゃああああっ」
身も世もなく泣いて悲鳴を上げる結乃に、琴とレイは弾かれたように離れた。
「どうして!? 何でまた襲われなきゃいけないの……!?」
どうやら再び襲われ、取り乱したらしい。警察官に囲まれた結乃が無傷な様子を見て、琴はひとまず安心した。
(でも……一体誰がこんなことを……)
「誰がこんなことを!」
琴と同じ疑問を、刑事の一人が吐き捨てるように言った。
明るいパーティーは一転し、新郎新婦は怯えたように顔を引きつらせ、一般の客も震え上がっている。来賓の刑事たちは仕事の顔に切り替わり、元々警備として呼ばれていた捜査員と一緒に忙しなく動き始めた。
「会場内の出入り口を封鎖しろ!! ホテルの前に待機させた捜査員にも、誰もホテルから出すなと通達! 急げ! それから会場内にいる方は、此処から一歩も出ないでいただきたい! 出た者は殺人未遂の容疑者とみなします!!」
桐沢警視長の怒号が飛ぶ。的確な指示に従い捜査員が散っていく中、琴は腰が抜け、動けないでいた。西へ東へと人が移動するのを呆然と見ているしか出来ない琴を、桐沢警視長が立たせる。
「君のお陰で娘は助かったよ、礼を言う――――……。神立、このお嬢さんは随分と無茶をするらしい。目を離すな。怪我は大丈夫か?」
「……、はい」
怪我をした腕を押さえ、レイが頷いた。その直後、捜査員の一人が叫んだ。
「桐沢警視長! シャンデリアの鎖を撃つのに使用したと思われる拳銃が落ちています!」
「見せろ!」
会場の床に投げ出すように置かれた拳銃を、手袋をはめて桐沢警視長が拾いあげる。空になった弾数を調べた彼は
「聞こえた銃声の数と一致しているな」
と呟いた。
「一体誰が……あれ?」
佐古が歯噛みし、それから首を巡らせた。
「オレにシャンパンをぶちまけたウェイターがいない……?」
「桐沢警視長! 部下の一人が、会場から出てきたウェイターをエレベーターに乗せてしまったそうです!」
携帯片手に刑事の一人が言った。
「そいつがきっと犯人よ! お父様、早く捕まえて! 追ってよ!」
警察官に輪になって囲まれるように守られながら、結乃が泣いて地団駄を踏んだ。
折川は無線に耳を傾けながら
「連絡によると、ホテルの出入り口の封鎖は完了したようだ。逃がしはせん」
と言った。
「そのウェイターが犯人なら、だが」
「間違いないッスよ! 桐沢警視長が会場から出るなと言ったにも関わらず行方をくらましたのが、犯人という何よりの証拠じゃねーッスか!?」
佐古が腕を振り乱して叫ぶ。周囲にいた刑事が「そうだそうだ!」と同意するように声を荒げた。しかし――――……。
「いえ、結乃さんを殺害しようとした犯人は、ウェイターではありませんよ」
静かに、しかし喧騒の中でもよく通る声でレイが言った。会場中の視線がレイへと向く。
「犯人はまだ会場内にいます」
「なに……っ!?」
会場内に、動揺がさざめきのように広がる。皆が疑心暗鬼に陥ったように互いに目を見合わせた。琴はごくりと唾を飲み、レイが語る言葉に耳を傾ける。
「先日結乃さんをダンプカーで狙った襲撃事件から、犯人に協力者がいることは分かっています。恐らくウェイターは犯人の協力者だ」
「協力者だと……? 一体今回は何のために協力者が必要だったんだ」
桐沢警視長が鋭い目で、レイを見定めるようにして言った。レイはその視線を真っ直ぐに受け止め、落ち着いた声で話す。
「この会場内に凶器の拳銃を持ちこむためです。ダンプカーでの襲撃事件があったため、今日は襲撃に備えパーティーの来賓者は会場内に入る前に持ち物検査を受けた。もちろん、刑事も例外なく」
「ああ、だから会場内にいる我々刑事や来賓者には拳銃を持ちこむことは不可能だ。携帯するよう指示を受けた者以外はな」
折川が言った。
「ええ。ですが、ホテルのスタッフは別です。会場内への出入りが激しいホテルのスタッフを入場の度にチェックすることは不可能だと警察側は判断した。犯人はそのことを知っていたんですよ。その上で協力者をウェイターとして潜入させ、犯行に使われた拳銃を、会場内でウェイターから受け取った」
レイの発言に、琴は会場内に入ってからの出来事を思い返す。例のウェイターが見せた不審な行動、それは……。
(え? もしかして……)
ハッとして、思い当たった人物の方を見つめてしまう。それからレイの視線を追えば、彼も同じ人物を鷹のように鋭い眼光で見据えていた。
「ウェイターは、会場内で一度とある人物とぶつかりました。その際にシャンパンを零し、相手の濡れた服をナプキンで拭う振りをして、拳銃を渡したんだ…………佐古、お前にな」
会場中の視線が、レイから一気に彼の視線の先にいる佐古へと向いた。