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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第二章
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無邪気は時に残酷です

 瓦屋根の屋敷は情緒ある旅館を彷彿とさせた。


 玄関には沓脱ぎ石があり、畳の敷かれた取次には重厚な壺が置かれている。障子に沿って廊下を歩くと、石のオブジェが置かれた中庭を挟んで、入口にシートのかかった部屋が見えた。


「あそこはお義母様が殺された部屋よ? 見たい?」


 琴の視線に気付いた結乃が悪戯っぽく尋ねる。琴は短く悲鳴を零し、首がもげそうになるくらい横に振った。


 それにしても、姉のことは慕っているようなのに、結乃は亡くなった義母に対しては不謹慎な発言が多い。血が繋がっていないせいだろうか。


 琴の疑問が顔に出ていたのか、結乃はくすりと笑った。


「お父様のお金が目当ての嫌な女だったの。愛人もいたようだしね」


「愛人、ですか?」


 琴の世界とはかけ離れた単語に、目をぐりぐりとさせてしまう。結乃は秀麗な顔を忌々しそうに歪めた。


「ええ。たまに非通知から電話がかかってきて、隠れて会っていたことを知っているの。きっとお義母様を殺したのもその愛人に違いないわ。監視カメラを避けて自宅に招き入れて逢引するつもりが、まんまと殺されたんでしょうね」


 結乃の口調には義母への嘲りが滲んでいる。琴が気まずい思いでいると、一番前を歩いていたレイが向かいからやってきた人物に気付きピタリと足を止めた。


 廊下の角からこちらへやってきたのは、いずれもスーツ姿の三人だった。二人を従えた真ん中の男は見たところ三十代前半で、撫でつけた黒髪と、整ってはいるが神経質そうな顔が目を引いた。こめかみには筋が浮かんでおり、目尻の吊りあがった三白眼は人を射竦めるような鋭さがある。


 あとの二人はその男の部下なのだろう、後ろに黒子のように控えていた。


「神立刑事、そちらの学生は? 我々公安は、そのような子が来ると連絡は受けていないが」


 どうやら合同捜査をしている公安警察の人間らしい。神経質そうな男が不機嫌にレイを見やってから、琴を値踏みするような目で見る。琴は蛇に睨まれた心地になり、無意識にレイの後ろに隠れた。


「そう睨まないで下さい、折川おりかわさん。結乃さんのご学友ですよ。結乃さんに家へ来るよう誘われたそうです」


 折川と呼ばれた男は琴から視線を外し、柔和な笑みを浮かべるレイを鼻で笑った。


「この危険な時に? 諌めるのが大人ではないかな。捜査一課の連中は頭にお花でも咲いているのかね?」


「な……っ」


 なんて嫌味な男なんだ。口をついて出そうな文句を噛み殺し琴が心の中で憤慨していると、廊下の奥から更にもう一人刑事と思しき男が現れた。今度はレイと同じように襟に捜査一課の証であるバッジを留めた若い男だ。


 人懐っこい顔をした男は、レイを見るなり見えない尻尾をパタパタと振って駆けよってきた。


「神立さん! やっと戻ってきてくれたんスね! 公安の人たちがいびってきて、オレもうすげー怖かったんスよ!」


「すまなかったな、佐古さこ


 どうやら若い刑事の佐古は、レイの後輩らしい。くしゃくしゃした髪の色が茶色のせいも相まってゴールデンレトリバーのような雰囲気を醸し出している佐古は、レイに愚痴を零した。


「人手が足りてないから班の違う神立さんの下に付くよう上司から言われて楽しみにしてたのに、嫌味な公安と一緒なんて最悪ッスよ……。今回の事件はオレの現場デビューだっていうのに」


「……嫌味な公安だと?」


 狐のように細い目で折川が佐古を睥睨する。公安と佐古の間に火花が散り、一触即発の空気が流れたが、レイの咳払いでそれは止まった。


「すみません、佐古は新人なものですから口の聞き方がなっていなくて。大目に見てやってくれませんか」


「本当に口の聞き方がなっていないな。警視庁ではどういう教育を――……」


「すみません」


 レイの謝罪は、折川をぐっと黙らせるほどの威圧感があった。笑顔なのに、上から押しつぶされそうなほどの圧力があるのだ。


 胃が痛くなるような空気に琴がはらはらする横で、結乃は「あれが事件の捜査に当たっているメンバーよ」と教えてくれた。


「嫌になるでしょう? 狐と犬っころと、狐につき従ってる部下の黒子たち。神立さんさえいてくれれば良いのに。さ、キッチンはこちらよ」


 純和風な邸宅なので、キッチンもそういった感じかと思えば木目調のシステムキッチンが琴を出迎えた。


 ちょうど夕食の準備を終えたばかりの家政婦を追い払い、結乃はエプロンを身につける。琴もエプロンを借りてリボンを結んでいると、レイがキッチンへやってきた。佐古や折川たちは、外の警備に当たっているらしい。


 レイが邪魔にならないよう端に控えているのを見つけ、結乃は何か閃いたような表情をした後、蕩けるように甘えた声で言った。


「神立さん、リボンを結んで下さらない? 私、こういうの苦手で」


 結乃は後ろを向き、エプロンのリボンを結ぶようレイに頼む。琴は固まった。


(り、リボンなら私が結びましょうかー!?)


 そう言ってやりたいのに、琴はぐっと奥歯を噛みしめてレイが括ってやるのを眺めているだけだ。覚悟はしていたが、結乃の家に来るということは、レイと結乃の仲睦まじい様子を見せつけられるということだ。


 琴はやっぱり断れば良かったと激しく後悔した。


(香りがレイくんに移るくらいだもん…。今みたいに、いつも一緒にいるんだろうな)


 結乃はレイに対する好意を隠しもしていない。レイの方は好意に気付いていないのか―――(いや、鋭いレイなら十中八九気付いているだろう)相手にしていない様子だが、それでも結乃が甘えてきても断らないあたり、琴的には面白くなかった。


「それで、お姉さんへプレゼントするお菓子は何を作る予定なんですか?」


 結乃がレイへと醸し出す甘い空気を断ち切るように、琴は気持ち程度に声を張り上げて言った。結乃は顎に手をやり、ううんと唸る。


「それがまだ決めてないのよね。とりあえず練習がてら、今日は琴ちゃんが作ったクッキーを教えてくださる?」


「分かりました。……お姉さんへのサプライズなら、アイシングクッキーでも練習しますか? メッセージが書けるので」


「まあ! それは素敵ね!」


 感情が顔に出やすいのだろう。大人びた見た目の割に子供っぽい一面がある結乃はアンバランスで、異性ならそのギャップにぐらりときてもおかしくはない。


(……レイくん、も……?)


 チクリと痛む心に蓋をして、琴は作業に取りかかった。


登場キャラが増えてきたので、第二章の登場人物紹介を随時増やしていこうかと思います。

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