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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第二章
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恋する顔だと知っています

 次の日、琴は登校するなり机にかじりつき、進路希望調査票と睨めっこしていた。


 さて、自分は何がしたいだろう。料理は好きだし、調理師学校に入学して免許を取得するのも魅力的だ。管理栄養士の国家試験の受験資格を得ることが出来る大学に進むのもいい。どちらもやりがいがあって素敵な仕事だと思える。ただ、自分の目指す道かと問われると、自信を持って頷けなかった。


 レイのように身を粉にして働けるほど、琴は自分が夢中になれる職種が思い浮かばない。シャーペンを握ったはいいものの、調査票は白紙のままだった。


 どうやら今日も提出するのは無理そうだ。諦めて真っ白なままの紙をファイルに挟んでいると、跳ね開けるような勢いで教室のドアが開いた。ついで、血相を変えた紗奈が飛びこんでくる。


「琴! 琴っ! ちょっと、廊下出て! 窓の外見てみな!」


「え?」


「いいから! 早く立つ!」


 苛立った口調の紗奈に急き立てられ、琴は廊下に向かう。先ほどまで集中していて気付かなかったが、ホームルーム前とはいえ、廊下にはいつもよりずっと人が溢れ返っていた。そして皆が皆、廊下の窓から校門の様子を眺めている。


「宮前、こっち」


 加賀谷までもが、スポーツバッグを引っさげたまま校門を見下ろしていた。手招きされた琴は、加賀谷に少しスペースを譲ってもらい、窓の外を見下ろす。何だというのだ。廊下の窓からは、正門から外足場まで両脇に緑の植わった長い一本道が見えるだけのはず。見慣れた風景を予想していた琴は、視界に広がった光景に息を呑んだ。


 見慣れた校門、そして、見慣れた月光色の髪。その二つが合わさって、見慣れないものを作りだしている。


 校門前にはレイの外車が停まっており、運転席から出てきたレイが助手席側へと回って恭しくドアを開いていた。


 そこから出てきたのは……。


「桐沢先輩……」


 スローモーションかのように、その光景が目に焼きつく。レイの車の助手席。自分の特等席だと思っていた場所から出てきたのは、紛れもなく結乃だった。


「あのイケメン、前に学校に来てた伽嶋先生のお友だちだよね!? 刑事さんだっけ?」


「桐沢先輩とどういう関係!?」


「知らないわよ! はー……っていうか、無理。やっぱりカッコイイ。そんでお似合い!」


 窓辺に貼りついていた女生徒たちが黄色い悲鳴を上げている。それが耳に入らないほど、琴は眼下の光景に釘づけになっていた。


(何で、どうして、レイくんが……)


 心臓がざわつく。そうだ、レイは仕事で結乃の警護についたのだった。登校中に襲われないよう送ってきたに違いない。半分冷静になった頭がそう語りかける。それでももう半分は、じゃあ、昨日あれからずっと結乃と一緒にいたの? と不安に駆られて。


 眼下では、結乃がレイへ親しげに微笑みかけている。


「ちょっと、距離近すぎない? ありえないんだけど!」


 琴の隣でレイと結乃のやりとりを見下ろしていた紗奈が、猫目を細めて言った。


「レイさんは琴の王子様なのに!」


「さ、紗奈ちゃん……。一応レイくんと私の関係は内緒だから……」


 気炎を上げる紗奈を宥めるように琴が言った。


「内緒って言ったってさあ! ムカつくなぁ……ちょっと、アタシ言ってきてやろうか。レイさんは売約済みだって!」


「ええっ!?」


「琴はいいの!? 旦那が浮気してても!」


 紗奈はキッと琴に向き直って怒った。琴は自分の為に怒ってくれる紗奈に感謝しつつも、彼女の怒りをおさめようと「どうどう」と牛を落ち着けるように言った。


「旦那って……。それに、浮気じゃないよ。言ったでしょ、かくかくしかじかで、レイくんが桐沢先輩の警護をすることになったって」


 レイと結乃のことは、昨日すでに紗奈と加賀谷には話しておいたので、紗奈は知っているはずだ。しかし……。


「聞いたけど、あんなにイチャイチャする必要があるとは聞いてない!」


 それは私もだよ、と、琴は口から出そうになる言葉をグッと堪える。苦笑いを続ける琴に、紗奈は真剣な表情でつめよった。


「あのねえ琴、桐沢先輩って、すっごいモテるんだよ。あの人が去年のミスコンで優勝したの覚えてる?」


「えっ」


 それは知らなかった。しかし、あの傾国の美姫のような美貌なら納得がいく。それに窓辺に貼りついている生徒の中には男子もおり、彼らが結乃に笑顔を向けられているレイを恨めしげに見ている様子からも、彼女の人気具合が窺える。


「そりゃあ琴もさ、可愛いよ? 色白で小さくてさ。でも美人の桐沢先輩がレイさんにもしハマったら、かっ攫われちゃうかもよ?」


「……っ!」


 親友の発言を受け、琴は蒼白になる。もし結乃がレイを好きになったりしたら、自分に勝ち目なんてないではないか。


 黙りこむ琴。その肩に、加賀谷が腕を預けてのしかかった。


「大丈夫だろ、あのオッさんは宮前にしか興味ねーよ。それに、お前らは誘拐事件を乗り越えて結ばれたんだ。今更ポッと出てきた誰かが入りこむ余地なんてねーだろ」


「加賀谷……」


 加賀谷の優しさに、琴は幾分か救われる。そうだ。自分とレイは幼い頃からお互いを知り、そして生きるか死ぬかの瀬戸際を切りぬけて結ばれたのだ。それだけの絆がある。


(ああ、でも……)


 琴は、レイに早く行くよう促されたのか後ろ髪を引かれるように外足場へ向かう結乃の顔を見つめる。あの表情はよく知ってると思った。そう、結乃がレイを見つめる表情は自分がレイに向けている表情とまるで同じだ。年上で頼りがいがあって優しくて正義感が強いレイに……恋をしている表情だ。


 琴は無意識に窓の桟を握りしめた。


「気づきたくなかったなぁ……」


 結乃がレイに惚れているなんて。琴が小さく呟くと、紗奈が訝しそうに顔を覗きこんできた。


「琴? 何か言った?」


「……ううん」


 琴が首を振ったところで、出席簿を手にした担任が廊下を曲がってこちらへやってきた。


「おーい、お前ら教室に入れー。何見てんだー? って、ああ、桐沢とイケメン刑事さんか」


 廊下に生徒が溢れ返っているのを面倒くさそうに見ていた先生は、窓の外を眺めて納得する。廊下にいた女生徒の一人が、先生に問いかけた。


「先生、この前の殺人事件の被害者って、やっぱり桐沢先輩のお母さんなの? うちの親が噂してた!」


「ええ? それってマジ?」


 騒ぎ出す生徒たちを見下ろし、先生は面倒そうに手を振った。


「ええい、騒ぐな騒ぐな。それより進路希望の紙、書けた奴は提出しろよー」


 レイたちの話題でなくなったことをこれ幸いに、琴は友人二人に尋ねた。


「ねえ、紗奈ちゃんと加賀谷はもう紙出した?」


「出したよー。アタシは進学! 短大の在学中に販売士の資格取るんだー」


「俺は○○大学のスポーツ推薦狙ってる」


 晴れやかな表情で答える二人に、琴はそうなんだ、と相槌を打ちつつも、少しの焦りが浮かんだ。


「皆、進路決めたんだ……」


 レイと結乃のことから気をそらしたくて尋ねたのに、琴は進路についても宙ぶらりんだという事実に直面してしまった。


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