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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第二章
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お姫様はおとぎ話の続きを知らない

お待たせしました。今話から二章に突入します。一章に比べてシリアス度が増しますが、ハッピーエンドの予定なので琴とレイの恋愛模様にお付き合いいただけると嬉しいです^^

 女の子の大好きなお姫様が出てくるお伽噺は、優しくてかっこいい王子様と結ばれてめでたしめでたしで終わる。


 だから、まさか結ばれたその先に物語が続くなんて思わなかった。



「レイくん、折角の非番だったのに良かったの?」


 徹夜明けで疲れているのではないか。そう思い、琴は向かいのシートに座るレイを気遣わしげに見つめた。場所は夜の観覧車である。


 日本一の高さを誇る観覧車のゴンドラ内は座席以外がシースルーになっており、眼下には宝石箱をひっくり返したような夜景が延々広がっていた。


 まるで光の絨毯の上を歩いているようだと琴は思う。今の今まで窓に額をくっつける勢いで眺めを楽しんでいた琴だが、此処へ連れて来てくれた張本人が徹夜明けであることを思い出すと、途端に申し訳なくなりその場で縮こまった。


 しかし、警視庁捜査一課の警部補として朝まで勤め上げ、それから琴をデートに誘った本人であるレイは、百万ドルの夜景も霞むような笑顔で言った。


「もちろん。僕もこの日を楽しみにしていたから、仕事を頑張ったんだよ」


「レイくん……」


 星の光を浴びたようなペールブロンドに、アクアマリンを閉じ込めたような碧眼。そして歯並びのよさが際立つレイに笑顔を向けられて、琴の心臓がトクンと跳ねる。


 琴の丸い頬が朱に染まるのを愛しげに見つめてから、レイは大きな手で琴の繊手を握った。それから、慈しむように琴の薬指を撫でる。


「誕生日おめでとう、琴」


 そのまま目を伏せ、レイは琴の薬指へ口付けた。そのきざったらしい仕草もレイにかかればお伽噺の王子様のように見えて、琴は耳まで赤くなった。


「あ……うあ……ありがと……」


 キスされた指から蕩けてしまいそうだ。誘拐事件から季節を跨ぎ、今は秋で最近は夜になると肌寒いというのに、ゴンドラの中は妙に暑く感じられる。


(心臓が……っ。もたない……!)


 観覧車が天辺へ向かうにつれて、琴のときめきも高まっていく。たしかこの観覧車は、「天国に一番近い観覧車」と大々的にCMで宣伝されていた。以前琴が「乗りたい」と零したのをレイが覚えていてくれたから連れて来てくれたのだろうが、違う意味で昇天してしまいそうだと琴は思う。


 そもそも、この観覧車に乗るまでの間に、琴は色んな意味でお腹いっぱいだったのだ。まず、琴の誕生日である今日が休日だったため、レイは朝に帰宅するなり琴にお洒落をするように言った。


「この前でかけた時に買った服は? うん、可愛い」


 そう言われ、レイに全身鏡の前に立たされたかと思うと、以前デートで買ってもらった襟元にビジューがあしらわれたノースリーブのニットと、フロッキースカートを合わせられた。


 さらにレイの手によって栗色の猫毛は緩く巻かれ、ハーフアップにされる。それから恭しく手を取られ、車までエスコートされた。


 そして水族館デートを楽しみ、夜景の素敵な高級ホテルのレストランで食事をした後(お会計は琴がお手洗いに立った間に済ませてあった)家に帰るのかと思いきや、複合施設内にある話題の観覧車へ連れて来られたのだ。


 ここまでされれば、琴のお腹は先ほど食べた舌の上で溶けるようなお肉のせいだけでなく一杯というわけだ。


「もうすぐ頂上だね」


 ビップ席に通されたためか、ゴンドラの中は幻想的な青白いライトで照らされている。光に照らされたレイの横顔が綺麗だなあ、と思いながら琴が呟くと、レイは握った手にかすかに力をこめた。それだけでピクリと反応してしまう琴の初な反応を楽しみ、レイは相変わらず琴の左手の薬指を親指で撫でる。


「琴の手は、あったかいね」


「……子供体温でスミマセン」


「いや、すごく安心する」


 柔らかく微笑むレイに、胸がキュッと甘く締めつけられる。レイが琴へ向ける笑みはいつだって優しいが、心が通ってからは、ことさら甘い気がする。


 それに幸せな疼きを感じていると、ゴンドラが頂上に達したところで夜空に大輪の花が咲いた。花火が上がったのだ。ゴンドラ内が七色に染まり、遅れてドンッと腹に響く声がした。


「綺麗……!」


 思わず感嘆の声を上げる。夜空を彩る鮮やかな光の粒は、幾重にも重なって満開の花を咲かせている。釘づけになる琴の瞳の中に、赤や青、黄色の花が綻んだ。


「レイくん、見てる? ね、レイく……」


 琴は興奮気味に振り返ってレイへ呼びかける。その際、すい、と首元に冷たい感触が走った。視線を落とすと、蒼い誕生石の嵌まったシルバーのリングがチェーンに通され、ネックレスとして首にかけられていた。


(え……っ?)


 花火の明かりに反射して煌めくそれに、琴は言葉を失う。それから弾かれたようにレイの顔を見た。


「……っ。これ……」


「プレゼント。本当は、いつかここへ嵌めたいんだけどね」


 琴の華奢な薬指を撫でながら、レイは苦笑した。花火の光がレイの端正な顔を淡く照らし出す。琴は胸がいっぱいになり、瞳を大きく揺らした。


「あり……がと……」


 声がかすれる。こんな高価な物貰えないだとか、レイに悪いだとか。そんな申し訳なさが胸を過ぎったのだが、それ以上に嬉しくて琴はつっかえながら礼を述べた。


「ありがと……。すっごく、すっごく大切にするね……」


 胸元でささやかに光るリングを両手で包みこみ、琴は瞳を潤ませた。これ以上ないくらい満たされて、足がフワフワ浮いているみたいだった。幸せすぎて怖いくらいだ。足元のガラスが抜けて、このまま落ちてしまうんじゃないかとさえ不安になるほど。


 ああ、でも大丈夫。琴はネックレスのチェーンを指で摘まみ、リングの中央に嵌まった蒼い宝石を愛しげに見つめた。このリングが守ってくれる。


「レイくんの瞳の色だね」


「え……」


「私の誕生石。レイくんに守ってもらってるみたい」


「……参ったな、そんな意図はなかったんだけど」


「琴は僕を喜ばせるのが上手だね」と言われ、琴は首を傾げる。すると、理知的なレイが、琴にだけ使う甘い声色で呼んだ。


「琴、おいで」


 その声に琴が一際弱いことを知っているのだろうか。両手を広げて待つレイの胸元へ、琴は迷わず飛びこむ。隣に並んで座ると、レイの石鹸のような香りが濃くなって琴の胸は幸せまで吸いこんだ。


 レイの鎖骨に甘えるようにすり寄ると、琴のぺたんこの後頭部をレイが撫でてくれる。この骨ばった大きな手が好きだ。誘拐され死を意識した時、もう一度この手で頭を撫でてほしいと願った。レイによって助けられた自分は再びその手の温もりを噛みしめることが出来ている。生きている。嘘じゃない。


 レイと共に歩んでいけているのだ。それはハッピーエンドで締めくくられたお伽噺のお姫様より何倍も、何十倍も幸せに違いない。


 そして、そのお姫様と王子様と同じように、自分たちの愛も、絆さえ永遠だと思っていた。カチリと合わさる二枚貝のように、湖面を滑るつがいの鳥のように。


 想いが通じ合ったら、そこがゴールなのだと思っていた。――――結ばれることより、続いていくことの方が遥かに難しいのだと、琴はまだ知らなかったのだ。



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