そして貴方の隣、大人になってゆくのです
大事をとって一日入院したあと、琴は無事に退院した。
事件の後処理で忙しいにもかかわらず、レイは極力家に帰ってきてくれた。レイが留守にしている時間は、朔夜も顔を出してくれた。朔夜はひどく心配してくれたようで、琴は退院するなり髪をぐしゃぐしゃにかき乱された。
「あまり心配させるな。まあ、阿澄さんについて知らないと嘘をついた俺にも非はあるがな」
「サクちゃん、本当は知ってたんだ。阿澄刑事のこと」
「ああ。すまなかった。だが、神立くんのことを思えば、許可なしに語れる過去ではないと思ってな」
苦い顔をして言った朔夜は、琴に黙っていたことを後悔しているようだった。が、琴は朔夜をどこまでも優しい人だと思った。琴に対しても、レイに対しても。
それから少し日が経ち、レイの仕事が落ちついたお盆に、琴はレイに連れられて阿澄刑事のお墓参りにきていた。
ちょうど墓参りの時期だからか、墓地には線香の匂いが立ちこめている。阿澄の墓は綺麗に手入れされていた。来る途中で買った花を供えてから、二人で手を合わせる。
立ちのぼっていく線香の煙を見上げながら、レイは目を細めて語りだした。夏の風で揺れる金髪が、琴には儚げに映った。
「阿澄さんは、僕に二つ目の光をくれた人だった。一つ目は、もちろん琴」
「うん?」
「剛毅な人でね、入庁初日から勢いに負けそうだったけど、彼も言ってくれたんだ。『レイ、つまりお前の名前は光か。いい名前じゃねえか』って」
阿澄との記憶を思い出しているのか、レイは少し寂しげに微笑む。琴がその腕に静かに寄り添うと、愛しげに髪を撫でられ「それから目を見せて」と言われた。
汗ではりついた前髪を払い、琴は黒真珠のような瞳でレイを見上げる。
「……君は阿澄さんの、代わりではないよ」
「うん。分かってる。ごめんね」
琴の両頬を優しく包みこむレイの手に、琴はすり寄った。
「二人とも僕にとってかけがえのない存在だけど、阿澄さんは尊敬で、琴へ向ける感情は、愛だ」
改めて言われると気恥ずかしくて、琴は小さくはにかんだ。阿澄が亡くなっていた事実は悲しいが、自分以外にもレイに光を与えてくれる人がいてよかったと心から思う。
きっと、レイが辛い時や悲しい時に、阿澄の言葉はレイに力を与えてくれたはずだから。琴は阿澄に向けて『ありがとうございます』と心の中で感謝を述べた。
レイは阿澄の墓に向かい「また来ます」と告げてから、琴の手をとった。
「行こうか。阿澄さんに彼女を紹介できてよかった」
「彼女って、私?」
「もちろん。自立心が強くて、頑張り屋で、自分より相手の幸せを願うくらい優しくて、今まさに素敵な大人になろうとしている君だよ」
「褒めすぎです……」
照れて耳を赤くする琴に、レイは「そんなことない」と力強く言った。
お世辞だとしても、レイは素敵な大人になりつつあると言ってくれた。ならば、時にはダメになることもあるだろうが、思い描いている強い女性に一歩ずつ近づいていけるよう、これからも頑張っていこうと琴は思う。
レイは琴の考えを看破しているのか、「僕はどんな琴でも好きですよ」と言った。
「僕は琴以外の女性には興味がないからね」
「私もレイくんだけだよ。レイくんが一番好き」
そう言って、レイの長い指と自分の指を絡める。真夏の太陽に照らされて、繋がった指から二人溶けあっていく気がした。
「さあ、琴。せっかくの休みだし、これから星を観に行こうか。夏の夜空に光ること座のベガを」
そしてこれから二人で迎える秋には紅葉を愛で、冬には雪を慈しみ、春には桜と遊ぼう。そう約束し、琴とレイは切り裂いたような青空の下、寄り添って歩きだした。
どたばたした形で再掲載し申し訳ありません。三章は鋭意制作中ですが、現在投稿中の新連載「どスケベ妄想少女は思うところがあるらしい」が完結し次第、掲載予定です。




