幾千の星より君の光と愛を乞う
「神立……っ!?」
「聞こえなかったか? 離せと言っている」
底冷えするようなレイの声に、篠崎が息を呑む。琴はレイのもう一方の手が、琴が繋がれた手錠に回っていることに気付いた。レイは意識を篠崎の銃からそらさぬまま、相手に悟られぬよう琴の手錠をピッキングで外した。
「神立てめぇ……! どうしてここが分かった!?」
激昂した篠崎がやみくもに発砲する瞬間を見計らい、レイは琴を引き寄せる。鉄柱に当たった弾丸に琴は身を竦める。レイに手を引かれ、積み上げられた木箱に身を隠したところで、再び月が雲に隠れ倉庫内は暗くなった。
「どこだ! どこに消えやがった!!」
興奮状態の篠崎は、青筋を浮かべながら銃を乱射する。琴が隠れたまま身を震わせていると、レイが安心させるように肩を強く抱いた。途端にレイの香りに包まれて、涙腺が緩む。
「遅くなってごめんね、琴。もう大丈夫だから。すぐに片付ける」
「レイ、く……」
レイは懐からスマホを取り出すと、ライトをつけた瞬間、篠崎へ向けて勢いよく放り投げた。
「そこか!?」
突如現れた光に反応し、篠崎がスマホを撃ち抜く。その隙に木箱の陰から身を出したレイは、スマホのライトで篠崎の姿を一瞬のうちに確認したのだろう、正確に彼の銃を持つ手を撃った。
乾いた音を立てて転がる篠崎の拳銃。間髪いれず、篠崎の呻き声が聞こえた。それから聞こえてくる、けたたましいサイレンの音。倉庫の外が騒がしくなる。どうやらレイに遅れて、警察が到着したらしい。
パトランプに照らされ倉庫内が明るくなり、琴が木箱からそっと顔を出すと、腕から流血し地面に伏した篠崎と、彼に銃口を突きつけるレイの姿があった。そして、二人を取り囲むように拳銃を構えた大人数の捜査官たち。
(……すご、い……)
瞬きする間に制圧してしまったレイに、琴は目をむく。篠崎は悔しげに地面を殴った。
「くそ! 答えろ! どうしてここが分かったんだ!」
レイは相変わらず、侮蔑的な瞳で篠崎を見下ろし言った。
「……タブレットの映像から波の音が聞こえて海が近いことは分かっていた。学校帰りの琴を誘拐したなら、タブレットが届いた時間から考えても関東圏内の海岸沿い。そこから人気のない倉庫や廃墟に場所をしぼってもまだ範囲が広かったが、琴が発した『ガス灯』という単語で場所が絞れたよ」
琴のヒントはしっかりとレイに伝わっていたらしい。
「くそ……っ。ガキの想いに負けたってのか……」
歯噛みした篠崎は、レイの前髪が貼りついていることに気付いた。圧倒的な実力で無駄なく己をねじ伏せたレイが汗をかいている理由に思い当たった篠崎は、やはり自分の見立ては間違っていなかったのだろうと思った。
「……いや、俺は神立レイがガキを想う気持ちに負けたのか……」
レイは蔑んだ目で一瞥やっただけで、篠崎には何も言わなかった。
篠崎は駆けつけた捜査官によって連行されていく。琴がそれを見送っていると、振り向いたレイがこちらへ歩み寄ってきた。
「レイくん……」
今になって恐怖がこみあげてきたのか、駆け寄りたいのに足から力が抜け上手く歩けない。その場でくずおれそうになった琴をレイは支え、背骨が軋むほど強く抱きしめた。
ああ、レイだと思った。全身にレイを感じる。
「琴……」
「レイくん……っ。ごめ、ごめんね……っ」
助かった安堵と、レイを傷つけた後悔、それから感謝が波のように押し寄せ、言葉にできない。それでも自分の気持ちを伝えなければとレイの背に回した腕に力をこめていると、琴はレイの異変に気付いた。
「レイくん……? ……泣いてる、の?」
レイが顔を埋めた制服の肩口が冷たくて、琴はそっと尋ねた。
琴の背中に回ったレイの腕の、抱きしめる力が増す。苦しいくらいなのに、生きていると実感できて、この温もりにまた包まれることができて、幸せな圧迫感だった。
「拳銃を突きつけられた君を見て、心臓が凍るかと思った」
押し殺したような声でレイが言う。先ほどまで誘拐犯を圧倒的な武力で制圧していたとは思えないほど、弱弱しい声だった。
「好きだ」
「レイく……」
「好きだよ、琴。好きだ。ずっと好きだった。愛してる」
「……っレイくん」
「君は、僕の光だ……」
土煙と、血と、硝煙の匂い。そんな戦場のような場所で伝えられたレイの告白は、琴の心に痛いくらい響いた。
「わ、たし……」
止まっていた涙が再び溢れてくる。視界が滲んで、レイの表情が見えない。
「レイくんのこと、傷つけたよ……。アスミさんのこと、片平さんと勘違いしてて……っ。こんな私でも、レイくんは、いいの……?」
「君がいい。俺は、琴が好きだよ」
涙腺が決壊したように次から次へと溢れる琴の涙を拭いながら、レイは柔らかく笑った。琴もつられて微笑み返す。殴られた傷口がピリッと痛んだが、気にならなかった。幸福だった。
「レイくん……傷つけてごめん……。大好き……」
琴の告白に、レイが目を見開く。それから、せき立てられるように後頭部に手を当て、琴の顔を引き寄せた。
「――――……っ」
唇に触れる柔らかい感触。お互い僅かに震えた唇は、掠めるように重ねられ、そっと離れた。
レイの焦がれるような空色の瞳に、琴の姿が映っている。ああ、大切にされている。レイに求められていたのは自分なのだと実感でき、琴は張っていた気を緩めた。そして、レイの腕の中でそのまま意識を失った。