星を探して夜の月
日が暮れてくると、篠崎は用意していた簡易の照明を付けた。オレンジの光に照らされたせいで、埃がキラキラと舞って見える。
ずっと立っているのも辛くなってきた。もう夜かと琴が割れた窓ガラスに目を向けると、ふと窓辺にぽつぽつと光る明かりに気付いた。あれは……ガス灯?
(海にガス灯って……この前レイくんとプラネタリウムに行った時に通った道と同じ……。まさか……?)
「……今、何時ですか。ガス灯の明かりがついたから、夜だとは思うけど……」
琴の推測通りなら、ここは以前プラネタリウムへ行く途中に通った海岸通りに違いない。
しかし直接場所を漏らせば何をされるか分からないため、琴はさりげなさを装って、ガス灯というヒントをカメラに向かって伝えた。レイが気づいてくれることを祈りながら。
篠崎は時間が経つにつれ、イライラを募らせていった。逆探知を不能にしたスマホで警察と連絡を取り合っているのだろう。時折電話に向かって罵声を浴びせては、親指の爪を噛んでいる。
「ふざけんな! 釈放にどれだけ手間取ってやがる! そんなにこの女バラされてえのか!」
スマホを叩き割りそうな勢いで通話を切り、篠崎は長髪を幽鬼のようにゆらりと揺らして琴に向き直った。
「お前の好きな神立レイは、お前を助ける気がないのかもしれねえなぁ……。まあ、その時はお前を殺すまでだがよ」
じっと篠崎を睨みつけると、篠崎は苛立ったように傍の木箱を蹴り飛ばした。
「その、神立を信じてるって顔、やめろ!! 今すぐ殺すぞ!」
「そしたらその時点で取引は失敗するよ。それでもいいの? それに、逆恨みもいいとこじゃない。妹さんを自殺に追いこむ元凶となったのは、レイくんじゃなくて殺人を犯した親友でしょ。恨むならそっちを恨めば……」
「黙れ!!」
ドンッと腹に響く重低音がして、琴の足元の地面に弾痕が残った。篠崎はナイフの他に銃を隠し持っていたらしい。硝煙の臭いが立ちこめる中、発砲された事実に琴は喉を引きつらせた。
「妹のことをすっかり忘れているようなら、親友も殺してやる――! それからお前、日付が変わるまで命があると思うな!」
足を大きく踏み鳴らして近寄ってきた篠崎は、琴の胸倉をつかみ、カメラのマイクが拾えないような小声で唸った。
「親友が釈放されたと分かれば、どっちみちお前は殺してやる……!」
ギリギリと噛みしめた奥歯の隙間から放たれた篠崎の声に、琴は竦み上がった。しかし予感はしていた。レイへの復讐が目的なら、殺人犯の解放だけで狂った篠崎が納得するはずはないだろうと。
「むかつくんだよ、お前よぉ……。タイムリミットまで殺さないとは言ったが、半殺しにしないとは言ってねえからなあ……両の手足でも蜂の巣にしておくか……?」
琴は胸倉を掴まれたまま、肩口に銃口をグリッと突きつけられる。呼吸が浅くなった。
「良い声で啼けよ……」
浮き出たこめかみを痙攣させながら、篠崎は酷薄な笑みを浮かべた。トリガーにかかった篠崎の指に、じわじわ力がかかっていくのが嫌でも分かる。
(――――撃たれる……!)
訪れる痛みに耐えるため、琴は固く目を瞑る。次の瞬間、鼓膜を破るような大きな発砲音がした。
――――が、いつまでたっても焼けるような痛みはこない。
琴が恐る恐る目を開けると、倉庫は真っ暗になっていた。照明が消えている。
(何……っ?)
「くそ! 何がどうなってやがる!」
耳元で篠崎の怒声がした。どうやら今発砲したのは篠崎ではないらしい。何者かの銃撃により、照明が撃ち落とされたようだった。
「くそ! 見えねえ! 何が起きてやがる!」
やみくもに拳銃を持った手を振り回す篠崎が、琴にはぼんやりと見えた。明かりが消える直前まで目を瞑っていたせいで、篠崎よりは夜目がきくらしい。
今のうちに逃げられないかと手錠を引っ張ったところで、背後に何者かの気配を感じた。
そして――――……。
ゴリ、と鈍い音を立てて、篠崎のこめかみに当てられる銃口。ついで聞こえてきたのは涙が出るほど焦がれていた人のもので。
「その汚い手を、琴から離せ」
分厚く横たわっていた雲の裂け目から月が覗き、倉庫内を照らし出す。透けるようなプラチナブロンドが、月光で幻想的に煌めく。
――――琴が待ちわびていたレイが、篠崎に銃を突きつけていた。