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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第一章
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明らかになる月の真実

「……っひ」


 思わず琴の喉から悲鳴が零れる。男――――琴を誘拐した篠崎は落ちくぼんだ目に愉悦の色を滲ませた。


「どうして自分がこんな目に遭ってるんだって疑問に思ってる顔だなぁ? 宮前琴」


「どうして、私の名前……」


「どうして? 知ってるさ、調べたんだからなぁ! ここ一カ月、ずっと探してたんだ! 神立レイの弱味を!」


 口角泡を撒き散らしながら、喜色めいた声で篠崎は言う。琴は震える声で問うた。


「レイくんのこと、知ってるの……?」


「知らなきゃお前みたいな小娘を誘拐するわけないだろうが! これは復讐なんだよ宮前琴……。二年前、俺の親友を逮捕した神立レイへのな」


「……!?」


 眼前の男は、どうやらレイに親友を捕まえられた逆恨みで琴を誘拐したらしい。しかし、何故琴なのか。


 近付いてきた篠崎は、琴の顎を掴むと血走った眼で言った。


「強盗殺人犯として親友が捕まったことで、親友と付き合っていた俺の妹は自殺した。その罪を神立レイには贖ってもらわないとなぁ……」


「それでレイくんを恨んでるの!? 悪い人を捕まえるのは当然でしょ! レイくんは何も悪くないじゃない……! い……っ」


 ギチッと骨が軋むほど強く顎を掴まれ、琴は呻いた。


「あの透かした男が大切にしているだけあって、気に食わない女だ……。お前は大事な取引材料だからまだ殺すわけにはいかないが……」


 スッと、篠崎は折りたたみナイフを取り出し、刃を琴の頬へと当てる。ナイフの冷たさが皮膚に伝わり、琴は心臓を冷えた手で握られたような心地がした。


「あまり舐めた口を聞くと、手が滑るかもなぁ?」


 琴が声にならない悲鳴を零すと、篠崎は満足げにナイフを舐めた。


「あのカメラで撮られている映像、どこに届いていると思う?」


 真っ直ぐ琴へ向けられたカメラを指差し、篠崎は薄ら笑いを浮かべた。


「警視庁捜査一課だ。そこに海外のサーバーを経由して発信元をすぐに割り出せないよう細工したタブレットを届けた。今ごろ神立レイは、お前が拘束されている映像を見てやきもきしてるだろうなぁ……」


「……っ!? レイくんが……?」


 篠崎との会話を聞いて何を思っているだろうか。もしかしたら、すでに片平と逢瀬を楽しんでいるため映像なんて見ていないかもしれないと琴は思った。


 しかし、もしそうなら、その方がいい。自分のせいで琴が誘拐されたと知ったら、レイは責任を感じるに違いないから。子供の頃に琴が攫われた時のことを今でも悔やんでいる彼に、これ以上後悔させたくはない。


 しかし、レイが映像を見ていると確信している様子の篠崎は、ナイフを琴の細い首に押し当てカメラに向かって吠えた。


「俺の要求は親友の釈放だ! 今日中に釈放されなければ、日付が変わる前にこの女を殺す映像を流す! この可愛い嬢ちゃんが無残な死体になるのが嫌なら、親友を釈放しろ!」


 自分の命のタイムリミットを知らされ、琴は竦み上がった。


「神立のような高潔な男にとっては、自分が死ぬよりも大切な存在が死ぬ方が堪えるだろうよ」


 警察との連絡手段をカメラに向かって伝えてから、篠崎は虚ろな目で琴に向き直った。


「ずっと復讐する機会を待っていたんだ……。だが親友が捕まり妹が自殺した際に、神立に『復讐してやる』とつい呟いちまったもんだから、俺を危ぶんだ警察が目を光らせていたせいですぐに行動を起こすわけにはいかず、国外で様子を窺うはめになった……」


 当時を思い出しているのか、篠崎は腹立たしげに言った。


「そろそろ警戒が解けるかと日本に戻ってからも、神立レイは俺をずっと危険視していた。知らないだろう? お前。あの男が必死にお前を俺の目から守っていたこと。ずっとあの男の弱味を嗅ぎまわっていたが確証が得られなかったのに、まさかのこのこ自分から俺が目を光らせている警視庁に顔を出すなんてなぁ。そのお陰でお前が神立レイにとって大切な存在だって分かったよ」


「制服姿で見学に行ったのは間違いだったな、お前の素姓を探りやすかったぜ」と篠崎に言われ、琴は呆然とする。


(まさか……レイくんが、私が出かけるたび逐一報告させてたのって……私の安否を確認するため……? 警視庁に黙って来た私に悲しげな顔をしたのも、私の身を案じていたから……? それ以外にも、レイくんが周囲を気にする素振りはあった……)


「今更気づきましたって顔だな?」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて篠崎が言う。しかし琴は虚勢を張って笑い返して見せた。


「残念でした……。レイくんへの復讐に私を利用したみたいだけど、レイくんが本当に大切なのは、私じゃないよ」


 だから、レイが篠崎の要求を飲んで殺人犯を釈放することはない。言外にそう伝えたが、篠崎は眉を吊り上げて笑った。


「いや? あの男の一番大切なものは確かにお前だ。ずっと追っていた俺が言うんだから間違いねえよ」


「そんなはずない……だって、彼はアスミさんが……っ」


 口走ったところで後悔したが、篠崎は心当たりがあるような顔をし、それから愉快でたまらないという風に嘲笑った。


「アスミ……? ああ、そりゃあいつにとってはアスミも別の意味で大事だろうな! あいつが敬愛していた先輩刑事だからよ!」


「先輩刑事……?」


 どういうことだ。片平はレイと同年代か年下に見えた。眉をひそめる琴を気にも留めず、篠崎は「だが」と続けた。


「あいつは攫えねえよ。なぜならアスミ――……阿澄あすみ刑事は、二年前に俺の親友が殺したからなぁ」


「……っ!?」


 篠崎から語られた事実に、琴は言葉を失った。


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