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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第一章
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地上のお星さまは攫われる

「どうして貴方に遭遇しなければならないんですか、伽嶋」


 昼過ぎ、110番の通報場所に向かったものの悪質な悪戯だったと判明し肩透かしをくらったレイは、たまたま琴の通う高校からほど近いコンビニに寄ったところで朔夜に遭遇した。


 これでもかと言わんばかりに不愉快そうな顔をするレイへ、朔夜は飄々と答える。


「俺は煙草を切らしてしまったから買いに来ただけだが」


「そうですか。それならさっさと買い物を済ませて僕の視界から消えてください」


「君が俺を邪険にするのは君が荒れていた頃を知っているせいだろうが、今日は輪をかけて機嫌が悪いな……とうとう琴に嫌われたか?」


 慇懃で温厚な皮を被ってはいるが根は粗暴な一面もあるレイをよく知る朔夜は、右ストレートが飛んでくるかと身構える。しかし、予想に反してレイは表情を暗くさせただけだった。


「何だ。図星か?」


 琴がレイを嫌うはずはないと知りつつも朔夜が問うと、レイは歯切れ悪く言った。


「分かりません……。束縛しすぎた、とは思っています。彼女が心配なあまり……」


「君の異様なまでの心配具合の方が気になるが……」


 朔夜の知る限り、神立レイという男は心配性ではなかった。


 尊大とはいかないまでも、実力に見合った自信を兼ね備えている男だ。しかし琴に対しては別ということだろうか。朔夜が首を傾げていると、レイの携帯が着信を知らせた。部下からの電話に出たレイの顔色が変わり、次にレイの口から零れた言葉に、朔夜は足を止めた。


「……琴が、攫われた?」


 愕然とした様子のレイの瞳が、次第に怒りを帯びる。


「どういうことだ! 奴の動きと琴を見張っていたんじゃないのか!?」


 レイのあまりの剣幕に、スピーカーからは部下の怯えた声が漏れ聞こえてきた。


『すみません! 誘拐犯に発砲され部下が足を負傷してしまい……残りの者で宮前琴を乗せた車を追ったんですが、途中で撒かれてしまいました』


「……っ。くそ! 検問を張れ! ナンバーは!?」


 部下に指示を出し、それから警視庁へ連絡を取るレイ。琴の携帯は誘拐場所に落ちていたのが見つかったため、GPSでの追跡はできないようだった。


 レイが一通り報告を終えてから荒々しく車へ乗りこむと、運転席のドアを朔夜が掴み、閉めるのを阻んだ。


 レイが射るような目で睨むと、朔夜も厳しい表情でレイを見下ろす。


「どういうことだ。琴は誘拐されたのか? 誰に! 琴を見張っていたとは何のことだ? 君が、以前琴が加賀谷に絡まれていた現場に都合よく現れたことと関係があるのか」


「……」


「答えろ。俺はあの子の教諭だぞ」


「……事件が起こってしまった以上、黙っているわけにもいきませんね」


 レイは切羽詰まった様子で言った。


「ええ。僕の部下を数名、琴に気付かれぬよう警護につけ、彼女の周りに不審な動きがないか定期的に報告させていました。だから僕は部下からの連絡を受け、タイミングよく琴の前に現れていたというわけです」


「何故琴に警護をつける必要があった。まさか君は琴が誘拐されるかもしれないと予想していたのか」


「……『奴が帰国』してからはその可能性もあると危惧していました」


「奴……?」


 朔夜が訊くと、レイは眉根をギュっと寄せ、忌々しげに唸った。


「奴の足取りは二年前からずっと追い続けており、奴が帰国してからも部下に見張らせていました。――――琴を誘拐した犯人、篠崎丈しのさきじょうをね」


 朔夜が息を呑む。


「それは、たしかアスミさんの事件の時の……?」


「そうです。まさかよりによって、今日事を起こすなんて。篠崎の僕への恨みは相当深いらしい」


 薄い唇を歪め、レイは車のキーを回した。







 目が覚めると、埃っぽい匂いに混じって潮の香りがした。かすかに波の音が聞こえてくる。海が近いのだろう。何度か目をしばたけば、徐々に自分の置かれた状況が見えてきた。


 琴は、今は使用されていない、木箱の積み上げられた薄暗い倉庫の中にいた。


 打ちっ放しのコンクリートの壁と、羽目殺しの窓にはところどころヒビが入って割れている。そんな倉庫内で、鉄骨の柱に背を預けるようにして座らされていた。手は鉄骨と一緒に後ろ手に手錠で拘束されている。


 蘇る気絶する前の記憶。状況を把握すると、誘拐されたのだとまざまざと思い知らされ、背筋を恐怖が駆け上がった。震える膝を叱咤して立ち上がれば、真正面に三脚が立っておりビデオカメラが回っていることに気付く。


(……っ。誰かに、見られてる……?)


 もし誘拐犯に見られているなら、下手に助けを呼ぶのは危険だ。口を塞がれていないのは幸いだが、裏を返せば口を塞ぐ必要がないほど、人気のない場所に攫われたということだろう。こんな蜘蛛の巣が張った倉庫に好んで足を向ける人がいるとも思えない。


 琴は怯えた瞳でレンズを眺める。震えて歯の根が合わない。どうして自分は誘拐されてしまったのだろうかと考えている間に、倉庫の扉が軋んだ音を立てて開いた。眩しさに目を細めていると、長髪を腰に垂らし、下卑た笑みを浮かべた男が入ってきた。


 見たところ三十代だろう。無精ひげを生やした男は、琴と目が合うなり黄色い歯をむき出しにして不気味に笑った。


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