初デートはキラキラと
「お洒落してね」とレイに期待され、琴はクローゼットの中をひっくり返す勢いで漁った。
全身鏡の前でああでもないこうでもないと服を身体に当て、最終的に選んだのは、襟元に花の刺繍があしらわれたノースリーブのシャツと、淡い水色のフレアスカートだった。これならレイの隣に並んでも子供っぽく見られないはず。
「……カップルに見えたり、するかな……?」
自分で言って恥ずかしくなり、琴はベッドの上で悶える。でも、よく考えるとこれはデートなのでは? 琴は赤くなった。
気持ち程度にマスカラをまつ毛に載せ、薄く化粧を施してから自室を出ると、私服姿のレイがちょうど部屋から出てきた。
スーツ姿も文句なしにかっこいいが、私服姿もセンスがよくて目を引く。七分袖のジャケットにシンプルなカットソーの組み合わせは清潔感もあり、ほどよくカジュアルでもあった。
琴がレイに見惚れていると、レイは琴の服装を見て「百点」と満足げに言った。
さらに「おいで、百二十点にしてあげる」と言われ、琴はレイにコテで髪を巻かれ、編みこんでからサイドに流してもらった。いつもならレイに世話を焼かれることに抵抗があるものの、レイが琴の世話を焼く理由を知った今なら、素直に甘えることができた。
サンダルへ足を通し駐車場へ行くと、レイに車のドアを開けてもらう。その仕草一つで、今日がとても楽しい一日になる気がして心が弾んだ。
長い指でナビの画面を押し、目的地を設定するレイを横目で眺める。すると、県外のプラネタリウムを登録していることに気付いた。琴の視線に気付いたレイは「約束してたよね?」と笑う。
「近場のプラネタリウムとかだと、琴、同級生に会うかもしれないだろう?」
知り合いに会う可能性の低い県外のプラネタリウムの方が羽根を伸ばせるだろうと言われ、琴は頷いた。車の移動時間が長くなるかもしれないと謝られたが、レイ不足が深刻だった琴にしてみれば、長時間彼の隣にいられるだけで幸せだった。
琴が退屈しないように、海岸沿いの道を走って行くレイ。ガス灯の立ち並ぶ道は、夜に通るとまた風情が増して綺麗なのだろう。窓を開けると潮の香りがした。
梅雨が明けたおかげで、燦々と降り注ぐ太陽の光が反射し、海面をキラキラと照らしている。水面にダイヤモンドが散りばめられたような光景に感嘆の息を漏らすと、レイが車を停めた。
「せっかくだし少し寄り道して行こうか?」
「いいの?」
「トワイライト上映もあるから、時間には余裕があるしいいよ」
レイの言葉に甘え、琴はサンダルを脱ぎ砂浜へ下りる。七月上旬の海岸はまだ人もまばらだ。レイに熱中症にならないよう麦わら帽子をかぶせられてから、琴は熱い砂を踏みしめ、波打ち際へと寄っていった。
「濡れないようにね」
「だーいじょうぶー」
レイへ手を振ってから、琴は浅瀬に足をつけた。キンと冴えわたるような水の冷たさが足首をくすぐり気持ちいい。足の裏に感じるぬかるんだ砂の感触も独特で、夏だなぁと感じる。スカートの裾をたくし上げしばらく波とたわむれていると、ふと視線を感じ振り向いた。
「……っ」
波打ち際でこちらへ視線を送ってくるレイがあまりにも絵になって、琴の心臓が跳ねた。潮風に遊ばせた金髪が、抜けるような青空によく映えている。夏が良く似合う人だと思った。
「あ、帽子が……っ」
レイに見とれていると、帽子が風にさらわれてしまう。慌てて追いかけると、砂に足をとられてしまいひっくり返りそうになった。心臓が奇妙に浮いたような感覚に襲われる。
「きゃっ……!」
びしょ濡れになるのを覚悟し固く目を瞑るが、いつまで経ってもその衝撃は来ず、代わりに腰に力強い腕が回った。
「……濡れないようにって、言ったつもりだけど?」
頭上から、優しく諌める声が降ってくる。転びそうになった琴は、レイに支えられ事なきを得ていた。流石と言うべきか、レイの片手には麦わら帽子がしっかり握られている。
「うう……すみません。つめたっ」
レイによってびしょ濡れになるのは避けられたが、飛沫はかかってしまったらしい。せっかくのお洒落着に水が点々と散ってしまい、スカートの裾は水を含んで重たくなってしまった。
「このままじゃ風邪を引くな……」
レイの呟きに、琴は大げさに反応する。もしやプラネタリウムにつく前に、家へとんぼ返りする羽目になってしまうのでは。
(そんなのヤダ……!)
「れ、レイくん! 私、平気だよ! この暑さならすぐ乾くと思うし!」
「大丈夫じゃないだろう? よっと」
「ひあっ」
膝裏へ腕を回されたと思うと、軽々と横抱きにされる。琴は上ずった声を上げた。
「れ、レイくん?」
「これ以上濡れたら困るから大人しくしててね」
有無を言わさぬ口調で言われると、琴は「はい……」と腕の中で大人しくなるしかなかった。
そのまま砂浜へ上がると、浜辺の近くにある掘建て小屋の外に設置された水道まで連れて行かれ、足を洗われる。レイも同じように洗っていたが、彼はズボンをまくっていたので、服は濡れなかったようだった。
レイが一旦車まで戻り、積んであったタオルを持ってくる。それから甲斐甲斐しく足を拭いてくれるので、琴は顔に熱が集中した。
それくらい自分でできると言いたかったのだが、支えるものがない状態ではよろめいてしまうので、素直にレイの厚意に甘えた。屈んだ彼の肩に手を置き、足を丁寧に拭いてもらう。
「……タオル用意してるなんて、準備いいね」
「海沿いに走っていくつもりだったから、こんな予感はしてたんだ。琴は昔から海が好きだからね。変わらないなぁ」
「子供っぽいって言いたいの?」
琴はむくれた。
「これでも、私だって成長してるんだよ」
「知ってる」
レイに水の滴る膝裏からふくらはぎにかけて滑るように撫でられて、ピクリと身体が反応する。そのまま足の甲にキスを落とされた。
「……もう立派なレディだ」
伏し目がちに囁くレイに、琴は何も返せなかった。
(何それ、何それ……っ!?)
熱中症になる前にレイに羞恥で殺されると思った。以前頬にキスしてきた時といい、突然妙に男っぽくなるのが心臓に悪い。反則だ。
(私はレイくんが好きなのに……! 罪深いよレイくん!!)
先ほどから幾度となく心臓が高鳴っているので、今日を終えるまでに心臓が限界を迎えるのではないかと琴は胸を押さえた。