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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第一章
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私の知らない彼のこと

 草木も眠る深夜。


 殺人の容疑者の潜伏先に心当たりがあるというタレコミにより、鄙びたアパートの近くに車を止めたレイは、張りこみを続けていた。


 野良猫が道を横切ったところで張りつめていた気を緩め、スマホを弄り朔夜へと電話をかける。三回目のコールの後、低いテノールが耳を打った。挨拶もせず、レイは早々に切り出す。


「琴はもう寝ました?」


『開口一番それか。この時間だしさすがに眠っているだろう。きっちり戸締りも確認させてから俺は帰宅したし、君の家のドアが開いた音も聞こえないから琴が外出した様子はない。満足かな?』


「それはどうも。貴方が深夜に琴と二人で僕の家にいるようなら、どんな罪状をつきつけて逮捕してやろうかと思いました」


 ハンドルに置いた腕に顎を載せながら、レイは物騒な軽口を叩く。電話口の朔夜は、大して気にした素振りを見せなかった。


『嫉妬深いな、神立くん。そんな独占欲が強くてプライドの高い君が俺に琴を任せるほど危ない状況にいるというわけか?』


 バックミラーに映るレイの目がスッと細められる。朔夜は沈黙を肯定と受け取ったようだった。


『図星か。無茶をするなよ神立くん、君に何かあると琴が悲しむ。あの子が憧れるヒーローは、決して無茶をして死んでしまうような奴ではないだろうからな』


「分かってますよ。貴方こそ、夜道には気をつけてください」


『それは君が俺を背後から刺すと言う意味か……?』


「はは、文字通りの意味ですよ。気をつけてくださいね」


 言ったあとで、今の発言は妙な重みがあったかもしれないとレイは後悔した。案の定、勘のいい朔夜は食いついてくる。


『……神立くん、君、一体何を……』


「すみません、ホシが動いたので切りますね」


 ホシどころか人っ子一人いない道を眺めながら、レイは通話を切ろうとする。しかし朔夜は食い下がった。


『はぐらかすな。加賀谷との放課後の一件は琴から聞いた。……神立くん、何故琴のピンチにタイミングよく駆けつけることができた?』


「…………」


『まるで琴が何か危険な目に遭うことを予期し、警戒していたみたいじゃないか』


 チッとレイは舌を打つ。


「悪いが、たとえ貴方相手でも、今は話すことはできません。貴方の身の安全のためにも」


『神立く……』


「失礼します」


 半ば無理やり通話を終えてから、レイは疲れたような表情で運転席のシートにもたれた。闇色に染まり鈍く輝く金髪を掻き上げたところで、スマホが着信を知らせる。レイとは別のヤマを担当している部下からだった。


『神立さんですか? マークしていた『例の男』が、都内へ入ったとの報告がありました』


 その言葉に、レイの顔色が変わった。


「とうとう都内へ……分かった。すまないが監視を続けてくれ」


 通話を切り、レイは一瞬だけ瞑目する。再び開いた瞳は、決意を固めたように堅固な色を湛えていた。


「……君を守るよ、琴。俺の命に代えても」


 そう呟いたレイの視界に、アパートの階段を下りてくる容疑者の姿が映る。まずは目の前の仕事を片付けようと、レイは気を引き締めた。







 それから数日して、琴はレイが殺人犯を検挙したことを知った。


 レイに直接その犯人を追っていたと言われたわけではないが、都内で凶悪な殺人犯が捕まったとニュースで流れれば、そうなのだろうと予想はつく。


 被疑者を逮捕しても後処理があるらしく、さらにレイは三日ほど警視庁に泊まりこんでいた。


 琴が学校から帰宅すると、一旦着替えを取りに戻ったり、食事の用意がされた痕跡があるものの、タイミングが悪いのか、それともレイに避けられているのか、一緒に住んでいるはずなのに顔を合わすことはなかった。


 仕事で忙しいのだから仕方ないとは思いつつも、早く仲直りしたいという思いは増すばかり。微妙な状態のまま時間だけが過ぎることが琴にはもどかしかった。


 さらに、告白されてから加賀谷とも気まずい状態が続いていた。琴と加賀谷の両方と仲の良い紗奈には申し訳ないと思いつつも、以前のように加賀谷と接することは難しくて、後ろの席から送られてくる加賀谷の視線にも気付かない振りをしていた。


 しかし、昼休みにとうとう業を煮やした様子の加賀谷に腕を引っ張られ、教室の外に連れ出された。乱暴にされた記憶が蘇り琴は喉を引きつらせたが、それに気付いたのか、加賀谷は腕の力を緩め、渡り廊下へと連れてきた。


 遠くの校庭に人の影が見えるため、もしもの時は助けを呼べることに安堵した琴を見、加賀谷は決まりが悪そうな顔をする。それから、頭を下げた。


「か、加賀谷……!?」


 あたふたする琴を見ながら、加賀谷は口火を切る。


「……この前は悪かった。中学の時、俺、保健委員だったお前に手当してもらったことがあるんだ。その時は、小せぇくせによく動くし、目がでかくてリスみてえで、何となく可愛いなって思ってただけだった。でも、お前の意地っ張りで頑張り屋な所を知っていくうちに好きになってた……」


 改めて好意を示され琴が何も言えずにいると、加賀谷が「でも」と続けた。


「ずっと、お前がたまに見せる寂しそうな顔が気になってて。なのにお前があの刑事と同居するようになってからその表情を見せなくなって、宮前を笑顔にできたのが俺じゃない事実に苛立ってたんだ……。だから、自分の想いが先走って、お前のこと傷つけた……」


「……加賀谷……」


 機嫌を窺うような目で琴を見下ろす加賀谷に対し、まだ少しの恐怖はあった。が、琴は許そうと思った。レイへの恋心を自覚した今なら、加賀谷の気持ちも分かる気がしたのだ。


「私も、ごめん。全然加賀谷の気持ち、知らなくて……自分の気持ちにも鈍感で……。私、レイくんのことが好きなの。自覚したのは最近だけど、本当はもうずっと前から……だから、ごめんね。私のこと好きになってくれて、ありがと」


 加賀谷は日に焼けた顔を歪めて不器用に笑うと、「じゃあ俺には勝ち目ねえな」と残し、その場をあとにした。彼と和解できたことにホッとしつつも、琴はため息をつく。


「私も加賀谷みたいに、告白できたらいいな……レイくんに……」


 きっと、沢山の勇気がいったはずだ。振られる恐怖もあっただろうに告白してくれたことに、今は感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「私も頑張らなきゃ……。まずは、仲直りするんだ」 


 気合いを入れるために、琴は丸い頬をパチンと叩いた。


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