仲直りの秘訣を教えてもらいます
ややあってから、張りつめた緊張の糸がたわむように、朔夜はふっと表情を緩めた。緊張と動揺で息をするのも忘れていた琴は、そこで朔夜にからかわれていたのだと悟った。
「サクちゃん……!」
「今、誰の顔が浮かんだ?」
「え……」
「そこで誰かの顔が浮かんだなら、お前はそいつのことが好きなんだろう」
「な……っ。わ、私、別にレイくんの顔なんて浮かんでない!」
「ほう?」
往生際の悪い琴へ、朔夜は意地悪く口の端を吊り上げて笑った。
「神立くんの顔が浮かんだのか」
「……! ひ、ひどい! 私がレイくんのことを好きだって認めるように誘導したでしょ!」
「お前が自分の中で結論が出ているのに、神立くんが好きなことを俺に隠しているからだ。肝心なことを隠されたんじゃ、助言なんてできないだろう」
冷静に諭され、琴は二の句がつげなくなる。
「だ、だからって嘘の告白するなんて……!」
「憎く思ってないのは本当だぞ? 琴のことは可愛いと思っている。まあ俺は振られたみたいだが?」
とても失恋したなんて思ってない余裕綽綽な様子で冷蔵庫からレイのビールを勝手に拝借した朔夜は、片手でプルタブをあけながら言った。
「神立くんが好きなら、さっさと仲直りすることだ」
「……仲直りは……したいよ? でも、私もアラームの件でまだレイくんに怒ってるし、レイくんも加賀谷の件で私に怒ってる……」
琴は言葉を探すように指を弄びながら言った。
「レイくんは私のことを心配して怒ったみたいだったけど、その理由も分かんなくて……。レイくんがね、私のこと、大切な子だって言ったの。何でだと思う? 大切な子だって言うなら、どうしてアラームを止めたりしたのかな? 私に迷惑かけられたくないからじゃないの?」
レイの行動の真意が分からない。分からないことだらけで、どうやって仲直りすればいいのだろう。
「大切な子か……神立くんはよく、お前のことを特別だと言っていたからな」
「サクちゃん、前にも保健室でそんなこと言ってたよね……? 何で? どうしてレイくんは私なんかを特別扱いしてくれるの?」
煙草の件だってそうだ。レイが琴のために禁煙したなんて寝耳に水だった。
「それは琴に、特別扱いさせるほどの魅力があったからだと思うが」
「そんなの、ないよ……。私、レイくんのお荷物だもん」
箸を置いてしまった琴を一瞥し、朔夜はビールを一口呷ってから嘆息した。
「やれやれ。どうやら、お前の卑屈さにも問題はあるようだな」
「!」
「完璧すぎる彼にとって自分は足手まといにしかならない、そうなりたくないという思いが強いから、彼を色眼鏡かけて見てしまうんだろう。だから、神立くんの真意に気付かない」
「そんな……こと……」
「なら、聞けばいい。神立くんと直接話して、聞くんだ。どうして彼が琴に何もさせなかったのか。どうして彼がお前に心を砕くのか」
「そして大人になりたいなら、『理解できない』なんて逃げずに考えろ。どうして神立くんが、同級生に迫られていたお前に怒ったのか。どうしてアラームを止められてお前が傷ついたのか」
(考え……る……? レイくんの真意を……?)
世話を焼いてくれたのは、裏返せば足手まといだから何もしてくれるなと言う意味だと思った。
でも、多分違うとも薄々気づいている。だって、ただ迷惑をかけられたくないだけなら、加賀谷に襲われかけた琴に「心配だからに決まってるだろう」と怒鳴る必要なんてないから。
それだけじゃない。もし迷惑をかけられたくないだけなら、生理の時に心底心配してくれたレイの行動に、説明がつかないのだ。
雷の日だってそうだ。本当は、雷が怖いと言いだせない琴が逃げこんでくると踏んで、わざと甘えやすいように、リビングで資料に目を通す振りをしていたのではないだろうか? 琴があまり気を使わないよう、仕事をしているついでの振りをして。
そうでなければ、あのレイが自分の前で仕事に関わる資料を読んだりするだろうか。
レイの行動、仕草一つとっても、琴のことを大切にしてくれているのが伝わってきて、琴は一時の感情に任せてレイに暴言を吐いたことを悔いた。
「考えたら……お前が神立くんにとってお荷物でも、迷惑な存在でもないと分かるはずだが、どうだ? 迷惑をかけられたくないから世話を焼いてるわけじゃないと分かるはずだが?」
単に迷惑をかけられたくないだけなら、レイが琴に優しくする必要なんてない。
それなのに、レイは琴に優しくしてくれた。大切にしてくれた。その理由はレイ本人に聞かないと分からないが、ただ、アラームを勝手に止めていた件も、彼なりに理由があったのだと今ならそう思えた。
(それなのに、アラームの件だけで今までのレイくんの優しさが曇って見えなくなったのは、サクちゃんの言うとおり、私がレイくんに対して、劣等感を持っていたからだ……)
過保護な彼に甘えているとダメ人間になると思いつつも、琴は彼の優しさが嬉しかった。とってもとっても大切に扱ってくれるから。琴のことを見てくれるから。
小さい頃から、レイだけが自分の寂しさに気付いて傍にいてくれたから。
その反面、怖い気持ちもあった。レイの優しさに慣れきってしまったら、どっぷりはまってしまったら抜け出せなくなりそうで。レイなしでいられなくなってしまったら、小さい頃の愛情に飢えている自分に戻ってしまいそうで。
でもそれだけじゃない。心のどこかで、非の打ちどころのないレイに見合わない、いつまでも構ってほしがりの子供な自分が嫌だから成長したかった。
レイと肩を並べられるような大人になりたかった。だからレイの役に立ちたかったし、その思いを否定するような行動をレイに取られたことで、今までのレイの優しさが全て嘘に思えてしまった。
(私、バカだ……。それこそ子供だった……)
「私……」
琴は朔夜を真っ直ぐ見つめ、迷いをふっ切った瞳で言った。
「レイくんが帰ってきたら、ちゃんと話しあうよ……。自分の思っていることも話して、レイくんの話も聞いて……謝って、仲直りする……。ありがとサクちゃん」
「そうか」
琴の表情から何かを感じ取ったのか、朔夜は口角を上げた。




