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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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貴方が私のヒーローです

「……っレイくん!」


 レイは撃たれた傷が塞がっていない。琴は慌てて降りようとしたが、安心したのか足に力が入らなかった。琴の頭頂部に小さくキスを落としたレイは申し訳なさそうに言った。


「ごめん、来るのが遅くて怖かっただろう。先に病院に行こう。そのあと警視庁まで連れていくよ……。彼女らに刑事罰を求めるか示談にするかは琴の自由だ……琴?」


 視線だけで相手を屈服させるようなレイの冷眼が、琴と合った瞬間に温かみを取り戻す。その瞳と目が合うと、糸のように張りつめていた虚勢が切れた。男を殴った手がジンジンと痛みだす。


 レイはいつも助けにきてくれる。信じている。でも、助けにきてくれるその瞬間まで、もしかしたらもう二度と奇跡は起きないのではないかと怖かった。しかし、その不安を払しょくするようにレイはまたもや助けに来てくれた。


 その安堵が、琴の傷ついた心を雨のようにしとしとと濡らし潤した。恐怖から強張った身体を、レイの温かい腕が包みこみ、そっとほぐしてくれる。


「……どこにでも行く、から……」


「琴?」


「傷塞がってないのに、ごめん……私のせいで……下りる……」


「平気だよ」


「でも」


「僕の腕の中にいて」


 強い口調で言われ、琴はレイの腕の中で肩を跳ねさせた。琴の動揺に気付いたレイは「ごめん」と眉を下げた。


「僕のせいで琴を怖い目に遭わせた……だからこのくらい平気だ。でも、今琴が僕の腕の中にいないと、安心できない……」


 長いまつ毛に縁どられたブルートパーズの瞳が、苦しげに細められた。


「俺といると、琴は傷つくな。それでも、もう手放そうと思えないんだ。ごめん」


(あ……)


 レイの一人称が『俺』に変わった時は、普段鉄壁の理性で抑えこんでいるレイの感情が弱くなる時だと、琴は気付いていた。


「……っレイくんのせいじゃないよ……私が簡単に蘭世さんを信じたりしたから……」


「それが琴の美点なんだ。泣かないで」


「じゃあ、レイくんも自分を責めたりしないで」


 辛そうなレイの細い頬へ手を伸ばす。薄い皮膚に触れた瞬間、ああ、また心配をかけてやつれさせてしまったと思った。


「ねえ、本当に、レイくんのせいじゃないよ。レイくんはいつも、私を巻きこみたくないとか、自分のせいで私が危険な目に遭うって責めるけど……それ以上に嬉しいことがあるの」


 レイの部下が回した車に乗せられた琴は、隣の席に座ったレイへ言った。 


「……掲示板に写真を貼られて、先生に不純異性交遊だって疑われた時も、さっきみたいに蘭世さんが嘘をついた時も、私……絶対違うのに、声に出して強く否定できなかった。怒りが先行して声が上手く出なくなって……でも」


 憤りが腹の中で管を巻いて発散できず、虚しさばかりが口から零れた。叩きつけられた理不尽に目の前が暗くなった、でも。


「レイくんは信じてくれたでしょう? それが、嬉しいの……。レイくんは、どんなに不利な状況でも、私の味方でいてくれた」


「……それは琴が」


「え?」


「琴が信じてって、言ったから」


 あまりにも当然のように、レイは言った。


「琴が僕に『信じて』って言っただろう? だから信じてるんだ……琴?」


(――――どうして、この人は……)


 この一カ月以上、本当のことが言えない苦しい日々だった。それでも信じてほしくて、薄っぺらい『信じて』という言葉を放ってレイを傷つけた。そんな自分に自己嫌悪もした。レイに心配もかけて、怒らせた。それでも最後にやっぱり、信じてくれたのだ。レイは。


「――――琴? 手が痛むのか? 琴?」


 眼前のレイがゆらゆらと揺れて、どんな表情をしているのかがぼやけて分からない。ただ焦ったような声に、胸の奥から愛しさがこみ上げた。像を結ぶことを諦めた目は熱く、珠のような涙が次々に盛り上がっては溺れそうになる。


 ああ、きっと、この人だけは。この人だけは、世界中が敵に回ったって、自分のそばにいてくれるのだろうな、と琴は思った。




 その夜、犀星会の蒼羽が逮捕されたというニュースが全国に流れ多くの国民を驚かせた。そして翌日の夕刊には『暁の徒』のアジトへ公安の強制捜査が入ったという記事が一面を飾った。







 蒼羽逮捕の一報と、『暁の徒』のトップが捕まったニュースは、四六時中病院内のテレビで流れていた。


 またしても包帯の増えてしまった手にフルーツバスケットを抱えレイの見舞いに来た琴は、院内で意外な人物に呼びとめられて苦い顔をしてしまった。


「レイくん、入るよ?」


「どうぞ、琴……ああ」


 心地の良い室温でまどろむこともなく、ベッドから起き上がり夕刊の一面をつぶさに見ていたレイは、借りてきた猫のような琴の後ろに佇む父親――――神立次長を見て、ぐしゃりと髪を掻き上げた。


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