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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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泡の言葉を読み取って

「レイさん……!? どうしてここに……!?」


 蘭世は幽霊でも見るような目でレイを見つめた。

 琴はカラカラになった喉を引きつらせながらレイを呼ぶ。


「レイくん……!!」


 レイは蘭世の問いには答えず、琴の方を見た。大人数の男にソファにねじ伏せられ、衣服を乱された琴を見たレイの目が一瞬大きく見開かれる。レイの奥歯がギリッと鳴った音が聞こえた気がした。


「お、おい、やべーよ、警察だって」


「蘭世さん、どういうことだよ! 誰も来ないっつってただろ!?」


「に、逃げた方がよくね?」


 バーテンダーを始め、男たちは琴を押さえつけたソファから退くと忙しなく出口へ視線を走らせる。しかし、レイの方が動きが早かった。


 バックヤードから繋がる裏口に向かおうとした男たちの前に一瞬にして立ち上がる。


「貴方がたにはお聞きしたいことがあるので、勝手な真似をされては困るのですが」


 あくまでレイの口調は慇懃なものの、触れれば切れそうな殺気は隠せていなかった。気圧されそうになりながらも、男の一人が叫ぶ。


「な、何のことだよ。俺らは何もしてねえぞ!」


「ほう? では……何故彼女は組み敷かれていたのでしょうね?」


 レイがソファに伏せた琴を顎でさす。起き上がった琴は、男たちにきつく掴まれたせいで赤黒く変色した腕を庇うように抱きしめた。その仕草を見たレイは色素の薄い双眸を細める。店内の温度が下がった。


「し、知るかよ! そこの女が誘ってきたんだよ……っひ!?」


 バーテンダーの男の鼻っつらギリギリに、レイの拳が飛ぶ。鼻の頭が凹んでいないことを何とか確認したバーテンダーは、魂が抜けたように尻もちをついた。


「二度と琴を侮辱するな」


「ひい……っ」


 レイの剣幕に射竦められ、バーテンダーは潰れたカエルのような声を上げる。レイはうるさいハエでも見下ろすような目を向けた。


「逃げても無駄ですよ。出口では僕の部下が待ち構えています。抵抗して心証を悪くするのはオススメしませんね」


 店内にいた男たちは目に見えて怖気づいた。蘭世まで驚愕を隠せず口を覆った。レイが現れてから急にしおらしくなった蘭世は、目に白露のような涙を浮かべてレイへ縋りつく。


「レイさん、どういうことですか? ねえ、誤解なんです……誰かに追われていて、宮前さんを保護しようとしたら、宮前さんが混乱して暴れて……みんなで落ち着けようと押さえていたところだったんです。見て? 彼なんて暴れる宮前さんに怪我をさせられたんですよ?」


 蘭世は琴に殴られて真っ赤に腫れあがった男の鼻を指差して言った。


「でも、きっと恐怖から半狂乱になってしまったんですね――――宮前さん、手荒な真似をしてごめんなさい。もう落ち着いたかしら」


「ちがっ、違う……っ」


 琴は頭を振って否定した。


(この期に及んで何を言ってるの? この人……!)


 蘭世がずっと黙っていたのは、この場を切り抜ける算段を練っていたためか。蘭世という女の狡猾さに、琴は打ちのめされた。


「違う! 殴ったのは本当だけど、それは逃げるためで……っ。蘭世さんがけしかけてきて、私……っ」


 今更震えが襲ってきて、喉がひきつって上手く話せないのがもどかしい。琴は胸元を掻き抱くと、涙目で訴えた。


「襲われそうになった……!」


 しかし――――……


「勘違いです」


 蘭世は琴の糾弾を切り捨てた。


「失礼ですよ、宮前さん。皆は貴女を匿い、落ち着けようとしてくれたのに」


「違うってば……っ!!」


 蘭世の口ぶりは、琴よりずっと落ち着いていた。まるで今までもそうやって事実を揉み消してきたかのような落ち着きだった。もしここに第三者が現れたなら、取り乱して話すのがやっとな琴よりも、理路整然とした嘘をお経のようにつらつらと上げ連ねる蘭世を信じるだろう。


 憤りが、息となって口から漏れていく。反論したいのに、怒りが喉にゴルフボールのように詰まっているせいで声が出ない。


 押さえつけられたせいでぐしゃぐしゃにもつれた亜麻色の髪を琴はぐしゃりと握りしめた。


(――――悔しい……)


「ほう? では襲われていると思ったのは、琴の早とちりだと?」


 下唇を噛みしめた琴の肩に、レイの大きな手が乗った。琴が顔を上げれば、レイは蘭世を見たままだったが、ポンポンと安心させるように琴の肩を二度叩いた。


「ええ。宮前さんは追われて混乱していたんだと思います。でももう大丈夫ですね、レイさんが来てくれたし――――……」


「ええ。もう大丈夫です」


 再び慈悲深い姉のような振る舞いをする蘭世へ、レイは静かに言った。


「僕が狡猾な貴女や、貴女が用意した卑劣な男たちから琴を守る」


「レイ、さん……?」


「僕が貴女の急ごしらえの嘘を信じると思いますか? 蘭世さん。何も知らずにたまたま、ここに来たとでも?」


「それは……」


「入口で伸びている運転手にこの場所を吐かせる際に、貴女の目的を聞かなかったと思いますか?」


「……っ」


 蘭世の陶器のように白い顔色が、一気に悪くなった。


「貴女は僕と琴を引き裂くために、男たちを使って琴に乱暴しようとした。違いますか?」


 琴の肩に乗ったレイの手に力がこもる。その手のひらからレイの怒りが伝わってくるかのようだった。打ち上げられた魚のような蘭世は、顔色を悪くしたまま首を横に振った。


「ま、まさか――――……ひどいですわ、レイさん。私がそんなことをすると思っているんですか? さすがにこんな侮辱、報告したら父も黙っていませんよ……!」


「ひどいのはどちらだ」


 レイの声には侮蔑の色がこもっていた。


「三乃森議員に報告するならご自由に。その代わり、お父上にご自分の悪事がばれますよ。ああ――――いつもお父上に、悪事を揉み消していただいてましたか?」


「……っ証拠でもあるの!? 私が宮前さんを貶めようとしたっていう証拠が!」


 レイに煽られた蘭世の、新雪のような頬にカッと朱色がさす。初めてレイの前で歯をむきだした蘭世に琴はビクリとしたが、レイは至極冷静に蘭世へ一歩歩み寄った。


 そのまま口付けを交わすような距離まで寄り、怒りで赤く染まった蘭世の薄い耳へ、冷酷な声を落とす。


「証拠なら、貴女が握っているでしょう?」


 レイは流れるような手つきで蘭世からスマホを奪い取った。レイに気圧された蘭世が一拍遅れて取り返そうとしたがもう遅い。逆にその手を取られてスマホの指紋認証を解除され、蘭世は窒息しそうな顔をした。


 レイが秀麗な顔をしかめて再生ボタンを押せば、蘭世の悪行が店内に響き渡る。


『……さっさとその子を犯してしまってください。薄汚れてもう二度と神立さんの隣には立てなくなるほどに』


 再生された自らの声に蘭世は顔色をなくし、断罪の時を待つ罪人のように震え上がった。


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