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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第一章
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拝啓、あなたは天敵です

 生理の一件があってから、輪をかけてレイは過保護になった。


 大事をとって一日学校を休まされたのだが、その後も、事あるごとに琴の体調を気にかけてくれる節がある。それを心苦しいなぁと思いつつも、琴は気にかけてもらえることが嬉しかった。


「でも、自分で頑張れることは頑張らなきゃ」


 甘えるのと、依存は違うはずだ。そう意気込むのだが、レイが泊まりこみの捜査などで家に帰ってこない日は、掃除や洗濯など自分の出番があるものの、あくまでレイはいないので、自分のことを自分でやっているのみ。彼の役に立てているとは言えなかった。


 それを紗奈に愚痴ると、猫目を細めて贅沢な悩みだと一蹴される。


「琴の話を聞く限りレイさんって、パーフェクトすぎるよね。あー結婚したい」


「え……っ」


 レイにしてもらったサイドのバックからざっくり編み込まれたポニーテールを揺らし、琴がうろたえる。紗奈は猫のようににんまりと笑った。


「冗談だって。もしかして琴、焦った?」


「そ、そんなことないけど」


 琴は目を泳がせる。生理の一件以来、正直レイに対する好感度は上がりっぱなしだ。元々初恋の人であるし、憧れでもあるので好きは好きなのだが、あの一件以来、好きの種類が微妙に変わりつつある気がした。


(まさかね……)


 自分の中でレイは大好きなお兄ちゃんのはずだ。恋愛対象ではない。以前の琴なら胸を張ってそう言えたのに、今は聞かれると一瞬言葉に詰まってしまいそうになる。


 あの月の光を浴びたような髪も、空色の甘い瞳も、彫刻のようにしなやかな体も、思い出すと心拍数が上がってしまう。


「女子高生相手に見栄でも張ってんじゃねえの。完璧すぎて胡散臭い」


 琴の思考に水をさすように加賀谷が言った。席が前後なため、琴と紗奈の会話が聞こえていたようだ。


「レイくんはそんな人じゃないよ。悪く言わないで……っいだ!」


 突き放すように言うと、後ろから加賀谷にポニーテールを引っ張られる。


「何するの!」


「おっさん相手にデレデレしてんじゃねえよ」


「何で不機嫌なの……訳分かんない。レイくんはおじさんじゃないし」


「レイくんなら意地悪なんてしないのに」と琴が呟くと、椅子の背をガンッと加賀谷に蹴飛ばされる。紗奈は「おうおう、青春だねー」と二人の喧嘩を生温かい目で見守っていたが、琴は助太刀してくれと涙目になりながら思った。






 同居して気付いたのだが、レイは今日あった出来事を聞きたがる。


 彼自身話上手で声も耳触りがよく、話を聞いていると飽きないのだが、レイは琴の話を聞く方が好みらしい。上機嫌で聞いてくれるので、琴も気分よく学校であった出来事を逐一報告している。


 なので借りてきたDVDをリビングで一緒に見ながら、今日は加賀谷とケンカしたことを話すと、レイは面白くなさそうな顔をした。


 そんな顔もかっこいいなあ、と、同じソファに膝を抱えて座りながら琴はぼんやり思う。


「その子は、琴のことが好きなのかもしれないね」


「ええ? まさかぁ」


「……琴は他人からの好意に疎いから心配だよ」


 リスのように伸びる琴の頬をむにっと痛くない程度に引っ張りながら、レイは言った。琴は首を傾げる。好意も何も、生まれてこの方告白なんてされたことないのだから杞憂だと思った。


 話題を間違えたのか、あまり盛り上がらず二人ともテレビへと意識を戻す。しかし何故か、さきほどよりレイの距離が近くなった気がした。元々会話の際に他人との距離が近い彼だが、肩に頭を置かれるほど近いのは珍しかった。


(レイくんが私に頭預けてくるなんて……どうしよう、ちょっとサラサラの髪撫でてみたい……)


 風呂上がりの彼の髪からは、琴とお揃いのシャンプーの香りがする。ゆったりとした部屋着からのぞく鎖骨が目に毒だ。しかしいつもは甘やかされてばかりなので、もたれかかってこられるのが気恥ずかしくも嬉しい琴だった。


 けれど、レイが生活面で琴に頼ることは皆無だ。それがやっぱり気になる琴は家事で役に立ちたいと思うのだが、役割を分担しようと申し出ても、レイに「急に張りこみなどで家を空けることがあるから」と断られる。それならばいっそ家事全般を琴に任せてくれればいいのに、レイは口八丁手八丁で琴をほだすのだ。


 そして、目下の問題は琴自身にあった。


「……また起きれなかった……」


 朝、ベッドの上でスマホの画面と睨めっこしながら呻くのは、レイの家に越してきてからの日課になりつつある。


 頑張ろうと思うのに、何故かここにきてからというもの朝にめっきり弱くなってしまった。携帯のアラームで起きられないのだ。


 今までなら起こしてくれる人がいないためアラームが鳴った瞬間飛び起きていたというのに、最近はいつアラームが鳴ったのかさえ記憶にない。しかしスヌーズ機能が動いていないからには、確実に一度起きてアラームを止めているのに二度寝してしまっているのだろう。


 実家にいた時とは違い、一から十まで世話を焼いてくれるレイのおかげで、とうとうダメ人間になってしまったのかもしれないと琴は青ざめた。甘えられる人がいるせいで弛んでいるのかも、と。


 今朝もトントンと食材を刻む音がするキッチンの扉を開けながら、琴は「おはよう」と気落ちした声で呟く。


 メレンゲのように毛先がふわふわした自分とは違い、ストレートの髪をさらりと揺らし返事をするレイは今日も文句なしに爽やかだ。歯並びの綺麗な笑顔が眩しい。


「おはよう琴。今日は雨がひどくなるみたいだから、傘を忘れないようにね」


「え……っ」


 琴がリビングのモノトーンのカーテンを明けると、窓ガラスはすでに濡れ、紗幕のような雨が降り注いでいた。どうりでいつも以上に髪がうねるわけだ。


 栗色の癖毛を疎ましく思っていると、寝ぐせ直しを手にしたレイがかいがいしく髪を梳かしてくる。


「夜には雷雨になるかもしれないから、早めに帰宅するんだよ」


「……らい、う……」


 今日こそは自分で髪を束ねるから大丈夫だよ、と言おうとした琴だったが、『雷雨』という言葉に気を取られ口元を引きつらせる。そうだ。今は鉛色の空が世界を覆う梅雨真っただ中。


 琴の天敵である雷が、我が物顔で空のキャンパスを分断する季節なのだ。



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