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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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守ったものの価値を教えて

「突入、包囲!!」


 折川の低い声と同時に、黒い戦闘服にタクティカルベストを羽織った戦闘員たちが一瞬にしてレイと蒼羽の周りを包囲する。銃を手にした機動隊の間を縫って、折川が入ってきた。


「すまない。付近の部屋の宿泊客への口止めと、ホテルとの連携に手間取った……神立刑事、血が!!」


「平気です。それより早く……」


「ああ……彼女を保護しろ!」


 レイに促された折川は、隊員の一人に、ベッドルームにいる琴の保護を指示する。蒼羽はスーツ姿にきっちりと髪を撫でつけた折川の姿を見て、鼻で笑った。


「へえ、お前が公安だったのか、倉沢。そっちの方が様になってるな」


「黙れ。貴様は完全に包囲されている。神妙にしろ」


「はっ。心配しなくてもそこの金髪刑事のせいで、腕が使いもんにならねえよ」


 利き腕をだらりとさげて蒼羽は言った。


 隊員がにじり寄り、蒼羽を確保する。


 別の隊員に手錠を外してもらった琴は、制止を聞かずに走りだした。眠る前にかがされた薬品のせいで頭はふらつくし、床にガラス片が散っていたが、足の裏に刺さっても気にならない。一秒でも早くレイの無事を確認し、彼の腕の中に戻りたかった。そこが、自分のいるべき場所だと。


「レイくん!!」


「琴!」


 しかし、スーツのわき腹部分が真っ赤に染まったレイを見て、琴は青ざめた。思った以上に出血している。それでもレイは腕を広げた。


「大丈夫だから。……おいで」


「……っ」


 やっと戻ってこられた。恋しくて、愛しくてたまらない腕の中に。


 琴はレイの傷に響かないようそっとレイの背中へ腕を回した。合わせ貝のようにピタリと寄り添う。鼻孔をくすぐるのは硝煙と、血と、汗と、それから大好きなレイの優しい石鹸の香り。鼻腔がツンと痛くなるのを感じながら、琴は目いっぱいレイの香りを吸いこんだ。


 逞しい胸から、レイの力強い鼓動を感じる。生きている。生きて、また触れあえた。それだけで、琴の瞳から涙が零れてはレイのスーツにシミを作った。


 ややあってから、レイが琴から離れ、琴の目元を拭ってくれた。ガラス細工を扱うようなその手つきに、ますます琴の瞳から涙が溢れてしまい、それを見たレイは困ったように笑った。


 しかしレイの穏やかな表情は、すぐに撃たれた痛みによって苦悶の表情へと変わる。


「レイくん!」


「平気だよ。臓器は反れてるはずだ」


「でも……っ」


「待っていろ神立刑事、救急車を呼ぶ。誰か、担架を持ってこさせろ!」


 折川が鋭く叫んだ。


 しかしレイは「結構です」と断った。


「何のために人払いをし、僕だけが先行して救出に向かったと思ってるんですか……この件は極秘でしょう。救急隊員が来れば騒ぎになる。もし公安の追っている反警察組織が騒ぎを聞きつければ、明日のファンタジーランドでの取引はなくなりますよ」


「だがしかし……」


 渋る折川に、しかしレイは首を縦に振らなかった。


「それなら、部下の一人に病院まで送ってくれるよう頼んでください。僕のせいで、この子がここまで頑張った努力を水の泡にはしたくない」


「レイくん……全部知って……?」


 琴は驚いて顔を上げた。しかし、レイがここにいるということは、すべてを知って助けにきてくれたに違いないのだと、琴はようやく冷静になって思い至った。


「神立刑事、それから君も、こちらへ」


 折川の部下が琴とレイを安全なところに退避させようとする。しかし、動くたびにレイの腹部から血が滴るため、琴はバスルームにかけこんで清潔なタオルを持ってくると、レイをソファに座らせ止血をし始めた。命に別条はないだろうが、病院に着くまでに時間がかかるなら、それまでに応急処置をした方がいい。


「……っ」


 血に染まったジャケットを脱がした琴は、痛ましい傷口に顔を歪めた。レイの息が先ほどより荒くなっている。自分のせいでレイにひどい怪我を負わせてしまったと、自責の念がじわじわと琴の心に押し寄せてくる。そんな琴の気持ちを察したように、レイは琴の平たい後頭部を撫でた。


「そんな顔をしないで。君のお陰で、明日ファンタジーランドでリバイブの取引が行われることが分かったんだ……。君のお陰で反警察組織を壊滅させる足がかりが得られた。明日『暁の徒』がテーマパークに現れることさえ掴めた今、あとは公安の捜査官たちがしっかり引き継いでくれるよ」


「本当……?」


 手当てを終えた琴が、不安げにレイを見つめる。それにレイが頷くと、折川ら捜査官も力強く応えた。しかし――――……。


「ハッ。どうせ徒労に終わる」


 隊員たちによって後ろ手で拘束された蒼羽が、吠えるように笑った。


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