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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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かの者の声は塞がれる

 模範的な学生である琴が校長室に入るのは、生まれて初めてのことだった。


 普段の琴なら興味深く室内を観察しただろうが、今は部屋の中央に置かれた二人掛けのソファに所在なく座り、ひたすら身を小さくするしかない。


 生花の活けられたローテーブルを挟んだ向かいには、主任が腕を組んで立ち、琴を見下ろしている。朔夜は切れ長の目を閉じ、入口近くの壁を背に立っていた。


 部屋の奥にある、磨き上げられた机には白髪の目立つ老年の校長が掛けている。校長は微動だにせず、皺の深い指を組み、そこに額を預けていた。


 五分ほどすると、相変わらず腹周りのだらしない担任が焦った顔でやってきた。それを合図に、厳めしい表情の主任が口火を切った。


「さて宮前、どういうことか説明してくれるか? あれは何だ」


「分かりません……。私にも、何が何だか……」


 どうしてあんなことをされたのか分からない。スカートが皺になるほど握りしめながら、蒼白な顔で琴は言った。


 しかし、主任の反応は琴が思っていたものと違った。


「分からないことはないだろう。自分でやったことだ。未成年が成人した男を何人も引っかけて、どういうつもりだ。ふしだらな!」


「……え……? ひ、引っかけてなんかいません……!」


 琴は横っ面を張られたような衝撃を受け、急いで否定した。


「ならどうしてあんな掲示板に貼り出されるようなことになる。……宮前のご両親に連絡は?」


 主任は、琴の担任に向かって尋ねた。担任は首の後ろを掻きながら、困り顔で言った。


「あー……宮前ンとこの親御さんは、二人とも海外にいるもんで」


「なるほど? 親が放任しているから、子供がこんなに乱れるわけだ」


 カッと赤くなり、膝の上で琴は拳を握った。その仕草を見逃さなかった担任は、琴を庇う。


「いや……宮前は素行もいいし、真面目な生徒ですよ」


「真面目な生徒が、不純異性交遊なんてしますか? ねえ、校長先生!」


 主任は鼻で笑い、校長に同意を求めた。


 校長が答える前に、それまで沈黙を守ってきた朔夜が壁から離れ口を開いた。


「宮前がまさか掲示板に貼られている文書の通り、複数の男と不純異性交遊でもしていると思ってるんですか? 自分の学校の生徒を信用していないとでも?」


「伽嶋先生、口を慎んでください」


 主任はピシャリと言った。


「貴方は疑われている身ですよ」


「ええ。だから言っているんです。俺と宮前が潔白なことは、本人である自分たちが一番よく知っている」


「どうだか。前々から伽嶋先生と宮前が深い関係にあるのではと、噂は立っていた。あれは真だったんじゃないですか?」


「違います! 私と伽嶋先生は幼なじみなだけです!」


 琴は真っ赤になって否定した。先ほどまでは誰かに貶められた恐怖に震えていたが、今は怒りで頭が沸騰しそうだった。これは侮辱だ。琴と朔夜への。


「うんうん。それで? 幼なじみの先生を誘惑したのか?」


「……っいい加減にしてください! 私はそんなことしてません! サクちゃ……伽嶋先生だってそんなことしない!」


「ならあの写真はなんだ……。色んな男と……まさか援助交際なんてしてないだろうな」


 主任は校長の座る席まで歩み寄った。


「校長先生、まずいですよ、まずいですね。何がまずいって、これを知った保護者が騒ぎ出すのがマズイ。不純異性交遊もまずいし、うちの学校の教諭と生徒がそういう関係だと騒がれるのもマズイ。しかるべき対応をとらねばなりませんね」


 校長は落ちくぼんだ目をしばたき、薄い唇を開いた。しかし、またしても校長より先に答える者がいた。


「ええ、まずいですね。非常にまずい」


 まるで舞台にいるかのように凛と通る声が、校長室に響く。圧倒的な自信を備えた声の持ち主は、芝居がかった声で言った。


「……教師が、生徒の言葉に耳を傾けず話を進めてしまおうとするのは、非常にまずい教育現場だと思いますよ」


「レイくん……!」


 思わぬ人物の登場に、琴はソファから弾かれたように立ち上がった。一同の注目を集めた声の主であるレイは、校長室のドアを開けて、恭しく佇んでいた。


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