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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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盤上の駒は頭を痛める

 琴と蒼羽と入れ替わりに、レストランへ警官隊が突入してきた。


 すでにレイによって制圧された状態に警官たちは驚倒していたが、レイは手早く捕まえた二人の身柄を引き渡した。それから、駆けつけてきた部下に状況を説明し、肩を叩いて踵を返す。


「後処理を頼む。それから捕まえた二人が何者か吐かせろ」


「はっ。神立さんは?」


「俺はもう一人、蒼羽という男を追わなくては――――」


「その必要はないと上からのお達しだ」


「……は……?」


 現場保存のために張り巡らされたテープをくぐってやってきた中年の警部の一言に、レイは固まった。遅れてやってきた上司の呑気さに、レイは苛立つ。


「必要ない? 蒼羽は、民間人の女の子を連れて何処かに消えました。何者かはまだ分かりませんが、銃の扱い方からして堅気の人間ではない。それに襲撃を受けるような人物です。もしかしたらまだ何者かに命を

狙われている可能性もあるし、そうなれば連れの彼女も危ない。一刻も早く追わなくては」


「その人物が連れて逃げた女の子の安全は保障されているそうだ」


 警部は整えられた口髭を撫でながら言った。レイは鬼のような形相で噛みつく。


「琴の安全が? どういうことですか、あの男は一体――――」


「それを我々が知る必要はないと、上が言っている」


「上って、誰ですか! そういえば、やけに警官隊の到着が早かったようですが? まるで俺からの通報の前に、状況を把握していた人物がいたかのようだ!」


 答えぬ上司に、レイは業を煮やした。


「……っ蒼羽が何者だろうが、琴は取り戻します。あの子の身の安全が第一だ!」


「携帯、鳴っているぞ」


 スーツの胸ポケットで震えているスマホを指摘され、レイは煮え湯を飲まされたような顔のままメールを確認する。送り主は、焦がれてやまない琴からだった。


『私は無事なので、心配しないで。追いかけてこなくて大丈夫。ちゃんとレイくんの家に帰ります』


 文面に視線を走らせたレイは、スマホを軋むほど固く握りしめた。


「……っ」


 煮えたぎるマグマのような怒りを放つレイを横目に見ながら、警部は言った。


「それより神立くん、三乃森議員の御令嬢は無事なんだろうな。蘭世さんは――――」


「私は無事です。レイさんが守ってくださったから」


 テープの外から、蘭世がひょっこり顔を出して言った。


「お気になさらないでください。それより、神立さん、お知り合いのお嬢さんが心配ですね……まさか、彼女のお連れの方が襲われるなんて驚きました。神立さん、大丈夫ですか?」


「これはこれは……」


 レイと琴の心配をする蘭世に、警部はいたく感心したように言った。


「できたお方だ。大変でしたね、さぞ怖かったことでしょう。どうぞ入口の方へ。車を用意しました。部下に家まで送らせます」


「そんな……私も事情聴取に協力します」


「いえいえ結構です。三乃森議員からも、あまりこのような場に長居させるなと連絡が入っておりますので」


「まあ。父は過保護だわ……」


 蘭世はレイに向き直り、残念そうに目を伏せた。


「レイさん、残念だわ。せっかくのデートだったのに……でも、また別の機会がありますよね」


「申し訳ありません。食事中も言いましたが、僕では貴女に釣り合いません。会うのは今日で最後、とお約束したはずです」


「そんな……」


 悲痛な面持ちの蘭世を見て、警部はレイを睨みつける。しかし、レイの関心は琴と蒼羽に向いていた。


「蒼羽……蒼羽……? どこかで聞いた名だが……」


 顎に手を当て、考えこむレイ。上からのストップがかかるなら、警察関係者の近親者か何かだろうかと、脳内にストックしている膨大な人物名簿と照らし合わせていく。


 やがて一人の人物に辿りつき、レイは弾かれたように顔を上げた。


「蒼羽って……まさか……!?」


 そしてそんなレイの様子を、柱の影に隠れて観察している折川の姿があった。折川は耳元に携帯を当て、電話の向こうの神立次長へ状況を報告する。


「宮前琴につけた盗聴器から状況を察し付近を巡回中の警察官に通達、先に突入させましたが、すでに神立刑事によって制圧されたあとだったようです。さすが次長のご子息ですね。現場を取り仕切っている刑事部には、蒼羽と宮前琴を追うなと通達しておきましたが……」


 折川は言いにくそうに白状した。


「神立刑事に蒼羽の存在を知られました。さらに悪いことに、宮前琴と蒼羽が共にいるところに、神立刑事と三乃森議員の令嬢が鉢合わせしたようです」


『構わんよ』


 電話口の神立次長は、瑣末事だと言わんばかりの口調だった。


『アレはどのみち必ず蒼羽に辿りつく。それが早かったというだけだ』


「……それでは、宮前琴はどうしますか。神立刑事に蒼羽とのことは話していないようですが」


『律儀な子だ。宮前くんが蒼羽と知り合いである言い訳は君が用意したまえ、折川くん。レイは……事情聴取のあと三乃森議員のところに行かせる。蘭世嬢を危険に遭わせたことへの謝罪をさせねばいかん』


「……承知しました」


 折川は電話を切ると、苛立った様子のレイを盗み見て眉間を揉んだ。


「神立レイと宮前琴を巻き込むのは、本意ではないのだがな……」


 折川はレイに借りがあるし、琴のことは勇気がある娘だといたく気に入っている。そんな二人には仲睦まじく過ごしてほしいと願っているが、現実はそうさせてくれず、折川は狐のような目を苦々しい気持ちで細めた。


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