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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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それは大人の妙薬

 蒼羽との最初の食事でリバイブとの関係性を掴めずに終わってからというもの、焦る気持ちとは裏腹に日にちばかりが過ぎていった。


 予想通り、蒼羽から情報を聞きだすのは難航した。あれから何度か食事に行ったものの、いまだめぼしい情報は得られていない。


 ただいつも夜景の見えるレストランで食事をして、蒼羽がお気に入りの宝石でも眺めるように琴を見つめるのを、琴ははにかんで受け流すだけだ。


 しかし最近は琴のぎこちなさを見かねて……実際は盗聴器越しなので聞きかねて――――……蒼羽に惹かれてゆく振りをしろと折川から口酸っぱく言われるようになり琴は若干辟易していた。


 本当の恋人であるレイとだって恋の駆け引きは苦手なのに、好きでもない相手に焦がれていく振りなど、上手くこなせない。それでも、食事を重ねるうちに打ち解けてはきていた。


 だが、一体どうしたら自然に情報を聞き出せるのか。一度情報を聞きだすことに失敗してからというものハードルが上がってしまい、琴は中々切り出せないでいた。


 入店した時には乱立するビルの隙間に挟まっていた低い三日月も、いまやガラス張りの窓の向こう、ランドマークのタワーより高い位置で輝いている。


 何も聞き出せないまま無常にも時間だけが過ぎ、今日も今日とて何も収穫を得られずお開きになりそうだ。そう思いながら食事を終えた琴が口元を拭っていると、蒼羽が熱っぽい視線を送ってきた。


「……あの……?」


 視線に耐えかねて、琴は尋ねた。


「俺ァ元来気の長い方じゃねぇ」


「……はい?」


「気に入った女にはすぐ手を出す性分だ」


「……そ、それは……」


「俺の女になる気はあるのか?」


 まどろっこしい言い方を嫌う蒼羽らしい、ストレートな物言いだった。しかし、唖然とする琴には理解に時間を要する言葉だった。


 ゆらり、テーブルの上のキャンドルに灯った炎が揺らめき琴の顔を照らす。呆然とする琴の頬を、ごつごつとしたシルバーリングの嵌まった蒼羽の指が撫でた。


「このホテルのスイートを取ってある。その気があるなら、ついてこい」


 今いる場所は都内でも五本指に入るくらいの有名ホテルだ。そのスイートルームに誘われる意味とはつまり。


「わ、たし……そん、え……!?」


 気が動転して、琴は思わず立ち上がる。その際したたかに膝を打ちつけ、テーブルの上でフォークが跳ねた。ガチャン、という音に他の客は何事かと白い目を向けてくる。


 注目を集めてしまった琴は座り直しながら、ほとほと困り果てて蒼羽を見上げた。


「あの……」


「俺はお前を気に入ってる」


「それは……嬉しいです。私、蒼羽さんとの食事はドキドキして、緊張して上手く話せない時もあるけど、でも、楽しくて……。こういう気持ちは初めてだから、今はそれだけで満足で……それじゃ、ダメですか?」


 何とかスイートルームに連れこまれて一晩共にする展開を避けるため、琴は望月エマとしての恋人がいない設定を必死で演じた。


(えーん、蒼羽さん、徐々に惚れていけばいいって初対面で言ってたくせに本当に堪え症がないよー!)


 大人なら自分の発言に責任を持ってほしいと蒼羽に内心腹を立てる琴だが、蒼羽の鷹のような目に熱っぽく見つめられてたじろぐ。


 蒼羽は無駄に色っぽいため、その気がなくても彼の目力に引きこまれる。もし月の化身のように美しいレイを知らなかったら、琴は蒼羽の危険な魅力に惹かれていたかもしれないと思った。


 が、自分にはレイという大事な恋人がいるのだ。作業玉だろうが、浮気はいただけない。琴は窓の外に浮かぶ三日月をレイに見立てて、何とか切り抜けるから見守っていてくれと祈った。


「あの、それに、あんまり遅いと両親が心配するので……うち、厳しいんです。門限破ったら、もう外出させてもらえないかも……そしたら……」


 琴は意を決し、蒼羽のごつごつした手に自らの手を重ねた。


「もう蒼羽さんと会えなくなっちゃう……。そんなの嫌なんです。だから、ごめんなさい……」


 内心は夜を共にする誘いを断ることに必死だが、あくまで蒼羽に惹かれているという振りはしなくてはならない。琴は蒼羽の目に至極残念そうに映るよう、大げさに肩を落として落胆してみせた。


「またママか?」


「……うちは過保護なので」


「男が萎える言葉を、お前はつらつらと吐くな」


「……面倒くさくなりました?」


 琴に興味を失っては困る。しかしこれ以上にどう言い訳したらいいのかと、琴は困り果てた。


「お前以外の女に言われたなら、その場で切って捨ててただろうよ」


 蒼羽なら物理的にそうしそうだと思い、琴は身震いした。


「だが、いい。お前は特別だ」


 不承不承といった様子で、蒼羽がドッカリと椅子に座り直して言った。一先ず安堵する琴。しかし、蒼羽は琴の毛先を指で弄びながら続けた。


「ただし……」


 続けて発せられた言葉に、琴は頷くしかなかった。







 蒼羽と食事をしたあとは、琴は必ず神立次長か折川に報告をさせられていた。男二人は情報を共有している。大体が折川の車でレイの家に送ってもらうまでの間に折川へ報告するのだが、まれに神立次長の都合がつく日は、琴は彼へ電話で報告させられていた。


 そして今日は、多忙な神立次長の都合がつく日だったらしい。


 蒼羽と別れたあと、迎えにきた折川の車の後部座席に揺られていた琴は、神立次長からの電話に憂鬱な気持ちで応対した。


「もしもし」


『どうやら蒼羽と一晩共にするのは拒んだようだね』


 琴はミラー越しに様子を窺ってきていた運転席の折川を睨んだ。おそらく食事中の会話を盗聴していた折川が、リアルタイムで神立次長へ報告したのだろう。


 鼻のテーピングが痛々しい折川から視線を外し、琴は尖った口調で言った。


「当たり前じゃないですか。私はレイくんと付き合ってますし、それに……」


 レイの父に言っていいものか迷い、琴は少し声を落とす。


「レイくんとだってそんなの、したことないのに……」


『だが、蒼羽の女になった振りをすれば得られるものは多いだろう』


 それはそうだ。蒼羽の彼女に収まれば、彼の口も緩むに違いない。だが、心が伴わないのだ。それだけは許容できない。


『君は、断るんだな』


「え?」


『いや、こちらの話だ。……下手に断り続ければ、蒼羽は君から興味を失うよ』


「……それは、そうですけど……」


 琴は歯切れ悪く言った。それから、先ほど蒼羽と一晩共にすることを断る見返りに出された条件を思い出した。


「あ、そうだ。次会う時は、朝から一日出かけるのに付き合えと言われました」


『ああ。それは絶好のチャンスだね。普段と違う場所なら、蒼羽の口も緩むかもしれない。……だが、今の何も聞き出せていない君の様子を聞く限り、自白剤を使うことも視野に入れた方がよさそうだ』


「な……っ。そんなこと……! しません!」


 軽い口調で言う神立次長に、琴は強く反対した。自白剤とはつまり薬物だ。悪人相手とはいえそんなものを使うなど、言語道断だと琴は非難した。


『君も頑固だな……蒼羽は君に心を許しつつある。が、このまま食事を続けているだけでいいのかな? このままでは情報を聞き出せない。たとえ一日中蒼羽と共にいたって同じだ。ただ、君が手をこまねいている間にレイの縁談は確実に進んでいるよ』


「……!」


 痛いところを突かれ、琴は携帯を固く握りしめた。


「……レイくんの縁談を貴方の口から三乃森議員に断ってもらうために作業玉になったわけじゃありません。その約束は流れたはずです」


『ああ。その約束はしなかった。だから、このままだと君は蒼羽とくっつき、レイは蘭世嬢と結ばれる。私としてはそれも悪くはないがね』


「そんなことありません! 私が蒼羽さんと結ばれることはありませんし、レイくんだって……」


『今度レイと一日出かけることになったと、浮かれた様子の蘭世嬢から私に連絡があったよ』


「……っ」


 そんなこと、知らない。聞いていない。単純に、自分が作業玉として忙しくしていたため、同じ家に住んでいるのにレイと接する機会が減っているせいで知らされていないに違いないが。


(作業玉になったことで、どんどんレイくんとの時間が減っていく……)


 まさか神立次長の狙いはこれではないかと邪推してみるが、そんな狡い真似をしなくても、神立次長ならば琴とレイを引き離すことなど造作もないのだろう。


 黙りこむ琴に、神立次長は助言の糸を一本垂らした。


『自白剤が嫌なら……もう一つ手があるよ』


「……っ何ですか?」


 琴は藁にもすがる思いで尋ねた。


『君は未成年だから知らないだろうが、大人の口を滑らせるのに最適なものがある。美味い酒だよ。酔わせて、吐かせるんだ。リバイブに関わっているのかどうか』


「お酒……」


 今までの食事では、未成年の琴に合わせて蒼羽が多量の飲酒をすることはなかった。ならば、次回会う時は……。


 バーに行くよう提案すればいいのか。勝負をしかけるべきだと、琴は唾を飲みこんだ。


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