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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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星を捕らえるために鳥かごを一つ

 蒼羽はこの後仕事に向かうということで、琴は駅で車から降ろしてもらうことになった。


 本当は家まで送ると言われたが、まさか実家やレイのマンションに送ってもらうわけにはいかないので、望月エマの最寄り駅である設定の駅で降ろしてもらうことにしたのだ。


「ありがとうございました。お料理も美味しかったです」


 黒塗りの車が止まったことを確認してから、琴は後部座席の隣に座った蒼羽に向かって声をかけた。蒼羽の部下である運転手にも会釈をし、ドアに手をかけたところで蒼羽に腕を引かれる。


「身体が強張ってるが……さっきのことをまだ引きずってるのか?」


 キスされかかったことに対してだろう。琴は「少しだけ……」と困ったように笑った。


「悪かった。謝るから、俺とまた会え。いいな?」


 琴は迷った振りをしてから、小さく頷いた。動転しつつも、惹かれている振りをしろという折川の言いつけを、琴はちゃんと覚えていた。


(蒼羽さんと会うのは、怖い。でも、ここで私が挫折したら、公安が追い求めている情報が得られないんだ……)


 一度瞑目してから、琴は慎重に言葉を紡いだ。


「ビックリしました、けど……貴方のこと、貴方の亡くした恋人のことを聞いて、不思議と放っておけない自分がいるんです。だから、蒼羽さんさえよければ、また会ってください……」


 意識的に甘えた声を出し、遠慮がちに蒼羽を見上げる。手の震えを抑えて蒼羽の腕に触れれば、その手をギュッと握りこまれた。


「連絡する」


 蒼羽に力強く言われた琴は、彼の車が駅を後にするのを見送った。どっと疲れた気がする。疲れた身体に鞭を打ち、電車で本当の最寄り駅まで向かおうと踵を返したところ、ロータリーからクラクションが聞こえた。


 音の出所を振り向くと、以前も目にした公安の車が止まっており、後部座席の静かに下りたウインドウから神立次長が顔を覗かせた。


「家まで送ろう」


 相変わらず、琴に拒否権はなかった。肩の力を抜くのはもう少し先になりそうだ。







 乗りこんだ車がレイの家に向かって走り出してから、琴は先ほどまで使用していたボイスレコーダーや発信機を神立次長に手渡した。神立次長はボイスレコーダーを弄ぶように再生しながら


「折川くんから今日の報告は受けているよ」


 と言った。


「成果を焦りすぎたようだね。でもこの録音内容を聞くに、蒼羽は君にますます惹かれているようだ。チャンスは今後もあるだろう」


「そのことなんですけど……あの人……」


 琴は少し躊躇ってから言った。


「少し、危うくないですか?」


「危ういとは?」


「亡くした瑠璃さんのことが忘れられなくて、私を見る彼の眼は、完全に」


「君を通して亡くした恋人を見ている、か」


 神立次長は琴の懸念を正しく読み取った。


「はい。もし、このまま蒼羽さんが私を瑠璃さんと重ね合わせ続けてしまえば、蒼羽さんはずっと前に進めないんじゃないかって……」


「蒼羽が弱るなら好都合じゃないか」


「え……?」


 不可解な顔をする琴へ、神立次長はブルネットの双眸を細めて冷徹に言った。


「君は優しすぎるな、宮前くん。これは国のための正義の仕事だ。良心を痛める必要は何もない。蒼羽は悪人だ。蒼羽は仮にリバイブや反警察団体に関わりがなくても、決して高潔な人生を送ってきてはいない。暴力団員として血生臭いことも、後ろ暗いことも沢山してきている奴だ。もしかしなくとも、他人の人生を踏みにじったこともあるだろう。君はそんな彼を気にかけるのか」


「たしかに、褒められた人ではないと思います」


 琴は初対面の蒼羽が、怒りの感情に任せて折川にひどい暴力を振るったことを忘れてはいなかった。気性が荒く、粗野で凶暴。あの行為だけで、普段から暴力的な人だとよく分かる。しかし。


「けど……レイくんに少し、似てます……」


 琴はか細い声で言った。


「敬愛する人を救えなかった苦しみを抱えたまま生きているところが、レイくんに似ています。蒼羽さんを見ていると、レイくんを思い出すんです。もしかしたらレイくんも、蒼羽さんみたいに亡くした人の面影に囚われたままの未来があったかもしれないって…」


 そう思うと、単純に悪人だからとは割り切れないのだ。暗い顔で告げた琴に、神立次長は指を組んで言った。


「……優しすぎるな、君も」


「……君、も?」


 オウム返しする琴に、神立次長は笑みを深めた。窓の外を流れていく外灯に照らされた顔は、妖しい魅力を秘めていた。


「……ああ、『君も』だ。その意味が知りたいなら、作業玉としての任務を果たしてくれたまえ。それが、私との取引だっただろう、宮前くん」


 自身が作業玉になる際提示した『とある』条件を思い出し、琴は口を噤んだ。神立次長は冷眼で琴を見下ろす。


「……君の優しさはかけがえのないもので美点だが、今優先すべきはそれじゃない。君は、自らの心配をした方がいいね」


「え?」


 何のことだと眉をひそめる琴に、神立次長は薄い唇を吊り上げて笑った。


「私の部下の一人にレイの動きを追わせているが、さきほど退庁したようだよ。このまま自宅へ帰宅するのではないかな」


「え……で、でも、今夜はレイくん帰らないって……」


 もしレイが帰宅した時に琴がいなければ、レイは心配するだろう。それに聡い彼のことだ。琴の帰宅が遅いだけで何か勘付くかもしれない。


「急がせよう。こちらとしても、レイに君が作業玉と気付かれては困る」


 運転する部下へ裏道を使うよう指示を出す神立次長の腕を、琴は掴んだ。


「そ、それより、貴方はレイくんの動きを監視しているんですか!?」


「三乃森議員の娘さんとの縁談の件があるからね。レイには勝手な動きをされては困る」


 絶句して力なくシートにもたれた琴へ、神立次長はややあってから「着いたようだよ」と声をかけた。


「……作業玉として上手く立ち回るには、蒼羽に同情しないことだ。蒼羽は君が思っているよりずっと危険な男だよ。いらぬ優しさにかまけていては、足をすくわれる」


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