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彼が私をダメにします。  作者: 十帖
第三章
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深夜の秘め事

 十分後。暖房のかかったリビングには、絨毯の上に座る琴と、ソファにかけるレイの姿があった。二人とも両手のひらを合わせている。


「いただきます」


 琴とレイの声が重なる。横に並んだ二人の目の前にあるガラステーブルには、インスタントラーメンが湯気を立てていた。


 一人前を二人で分けたラーメンは、琴の分は小ぶりな器に盛られ、レイの分は茹でる時に使った小鍋に入ったままで、鍋敷きの上に置かれている。


 黄金色のスープに浮かぶ刻んだネギと、チャーシューの代わりに薄く切った焼き豚、それから半分に切った茹で卵。それをレイと色違いの箸でつつきながら、琴は頬を緩めた。


「こんな時間にラーメンなんて、本当にいけないことしてる気分になるね」


 ちぢれた麺を掬ってふうふう冷ましながら、琴が言った。レイは小鍋の取っ手を持ちあげ、鍋から直に麺を掬って言った。


「でもこの時間のラーメンは死ぬほど美味しいんだよ」


「レイくん、やり慣れてるみたいな言い方」


「実際によくやってるからね。警視庁に泊まりこみの時とか。安くて早く、しかも腹いっぱい食べられるラーメンと牛丼は働く大人の強い味方だよ」


「レイくんはお洒落な料理か栄養価の高いご飯しか食べないと思ってた……」


「それは琴と一緒に食べたい物」


 レイはあっさりと言った。


 琴と一緒に食事をする時のレイは、一汁三菜を必ず心がけ彩りも栄養も十分な料理を作ってくれるし、外食する時はこちらが恐縮してしまうほどの高級レストランで舌の上に載った瞬間蕩けるような美食ばかりを食べているから、てっきりそれがレイにとっての普通だと思っていた。


 しかし、それは琴が一緒だからだと知って、琴は目をパチクリさせた。


 レイは苦笑する。


「……自分でも割と嫌になるくらい、琴以外のことには無頓着だったりするんだよ。一人の時は料理をする気もおきないし、適当に済ませてる」


「……知らなかった……」


 二人の時は率先して料理を作ってくれるのに、自分一人だと面倒くさいのか。自分だけだと、やる気が起きないのか。


「じゃ、あ……私が一緒じゃないと、レイくん雑食なんだね」


「そうなるね」


「ふうん……」


 どうしよう。レイの食事がおろそかなのは心配なのに、自分を特別扱いしてくれていることが嬉しくて、琴はにやけそうになるのを必死に抑えた。


「でも」とレイが続けた。


「たまには、琴と夜中にラーメンをすするのも悪くないね。量は足りた?」


「大丈夫……あ、でも……」


 琴はレイの小鍋に入ったラーメンをじいっと見つめた。レイはすぐに琴の言わんとしていることを察した。


「……もしかして、鍋から直に食べてみたかった?」


「う、ばれた?」


「味は変わらないと思うよ?」


「でも、ちょっと憧れがあったんだぁ」


 レイの座るソファの隣に移動しながら、琴は少なくなった鍋の中を覗いた。レイは「変わってるね」と少し笑ってから、鍋を琴の方へ差し出した。


「食べていいよ。持っておいてあげるから」


「いいの?」


「本当はアーンしてあげたいけど、自分の箸で直に食べてみたいんだろう?」


「えへへ。じゃあ一口だけいただきます」


 だいぶ冷めてきた麺を一口掬いあげ、小さな口に運ぶ。同じ一人前の麺を分けたはずなのに、どうしてか鍋からいただく方が美味しく感じて、琴は目を輝かせた。


「ごちそうさま」


「もう遅いしお皿は明日の朝洗うから、歯磨きして寝ようか」


「はぁい」


 お腹も膨れたしレイと一緒にいたことで不安も紛れた気がする。


 琴は返事をしてから、レイと二人で洗面所に向かい、色違いの歯ブラシを手に取った。琴の歯磨き粉だけはレイと違いイチゴ味だ。


 居候してすぐの頃、琴が非常に苦い顔で歯磨きしているのを見かけたレイが次の日にイチゴ味の歯磨き粉を買ってきてくれてからは、それを愛用し、レイは切れるたびに買い足してくれている。


(夜中のインスタントラーメンも、お揃いのお箸と歯ブラシも、私のために用意された歯磨き粉も……もし縁談が進んだら、なくなっちゃうかもしれない)


 別れろと引き離されてしまうかもしれない。でも。


(レイくんを信じなきゃ。信じきれずに不安になって嫉妬して、結果別れてしまった以前とは違うんだ)


 信じているから、作業玉の条件として提示された『縁談の破棄』には乗らなかった。自分がそうしなくても、レイが自力で何とかしてくれると信じているから。


(私は、私がレイくんのためにできることをする)


 琴が歯磨きを終え、タオルで口元を拭いていると、レイが少し改まった口調で言った。


「……そういえば週末、三乃森議員の令嬢に会うことになったよ」と。


「蘭世さんに……?」


 レイと蘭世が会わなくてはならないと理解していても、琴の胃は落ちこんだ。


「ああ。一度しっかり会って話してくる。もしかしたら彼女が僕に一目ぼれしたのは、ひったくりから助けられた直後の気の高ぶりのせいで思い出補正がかかっていたのかもしれないし、改めて僕に会ったら、一目ぼれは勘違いだったと思い直すかもしれないしね」


 その可能性はないだろうと琴は思った。神立レイという人間は、接すれば接するほど魅力の増す、麻薬のような男なのだ。会えば蘭世はきっと余計レイに夢中になるだろう。


「レイくんと実際に接して、惚れない女の人なんているのかな……」


「へえ、それは琴も?」


「もうっ。真剣に言ってるのに」


 茶化してきたレイへ、琴は頬を膨らませる。レイは琴の頬を一撫でして言った。


「もし気に入られたら、縁談をすぐに断ることは難しいかもしれない。でも」


「でも?」


「必ず断るから。心配しないで」


「うん……」


 レイを信じている。しかし、やはり不安や心配ではあるわけで。作業玉になったことは、そういった心配ばかりに囚われないで済むという点では良かったかもしれないと琴は思った。


「さて、じゃあ今日は一緒に寝ようか。琴」


「ほえ? 一緒に寝てもいいの? あ……」


 口を滑らせた琴は思わず唇に手を当てた。レイは素直な琴に優しく微笑みながら


「琴が僕と一緒の方が寝られるなら、いつだって歓迎だよ」


 と言った。


 どうやらハイスペックな恋人には、琴が何か悩み事を抱えて一人じゃ眠れなかったことはお見通しだったらしい。その大人の余裕を羨ましく思いながらも、甘えさせてくれるレイの優しさに琴は感謝した。



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