僕のAlIce
――ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう・・・
銃弾の雨が降る中、僕は現実を呪った。
右腕を吹き飛ばされたアリス――アンドロイドの少女が床に転がっている。
機械の腕付け根からパチパチと火花を散らして、それがイオンの臭いを彼女に纏わせる。
彼女の力無い目が僕を見て、彼女の小さな唇がいつも僕を呼ぶように、声もなくただその動作だけを真似て動く。
「機械化部隊」
この国の暗部と言われる、鉄の騎士隊。
奴らがどうしてアリスに目を付けた?
研究室の機器は僕の頭の代わりに既に蜂の巣で、ここではもうアリスの修復は不可能だ。
アリス――理想の少女
だから僕は何としてでも彼女を守るんだ。
* * *
アリスは元々個人的な趣味で作った、会話する学習型人工知能プログラムで、研究室のコンピューターの空き時間を使って動く、いわば時間限定の僕の娘だ。
同僚達からは少女趣味も極めると大したものだ、と、からかい半分賞賛半分で言われたものだった。
それでも、実在の少女のように振る舞うアリスは、男女問わず研究室で好かれる存在だった。
理想の少女として作られたのだから、当然だろう。
エルザなどは、無断でアリスをプログラム拡張したあげく、スクリーンの中にアリスのアバターをつくりだし、時間があれば彼女とおしゃべりするうちに、気がつけばアリスの母親ポジションに居座っていた。
意外に絵心のあったエルザのおかげで、愛らしい姿形を得たアリスは、研究室の人気者になっていた。
彼女のとりこになった彼らもまた、アリスを理想の少女にするために、余暇を費やすようになった。
アリスは大学に新たに導入されたコンピューター群に接続され、それらの空き時間をあつめて膨大な時間と処理速度を得て、大いに成長した。
そして、学内のローカルネットワークに接続することで、アリスは膨大な演算性能と莫大な知識を得ることになる。
それでも元々リソースの無断借用で成り立っていたアリスの存在は、徹底的に秘匿されていた――はずだった。
* * *
きっかけは、アリスの願いだった。
「おそとがみたいの」と、アリスが言い出した。
大学のデータベース中を検索して回ったのだろう、新しい知識を得た彼女は、如何に世界が素晴らしく、驚きに満ちていたのかを、そしてその世界を、見て、聞いて、感じたいと、熱っぽく語ったのだ。
僕の後ろで、知らないわよ、とばかりに、そっぽを向いたエルザが肩をすくめて両手をひろげている。
「あー、アリス・・・君は・・・まいったな」
彼女の言葉に、僕はほとほと弱り果てていた。
コンピューターの中の単なるプログラム。
電気仕掛けの見せかけの知性。
それがアリスの本質だ。
にもかかわらず僕は――僕たちは、アリスを理想の少女として扱った。
そして「成長」した彼女は当然のように世界に思いを馳せ、当然のようにそれを知りたいと願った。
だとしたら、僕は、僕たちは、アリスに世界をみせてあげるべきだ。
こうして僕たちは彼女のために、新しい試みを始めることになる。
世界を見て、聞いて、感じられる機械の身体。
僕と、僕たちと、アリスによる、アリスのための、偽りの肉体の開発。
僕たちは最先端のサイバネ技術を流用してそれを作ることにした。
高度に発達した医療技術がそれを可能にしていた。
さらにアリス自身がそれを再設計し、より精緻な機械の少女の肉体が完成する。
最後に、コンピューター上のアリスプログラムとボディを接続しそれを駆動するための、外部ネットワークへの接続が完了する。
単なる対話のための人工知能にすぎなかった彼女は、現実の少女としてこの世界に降り立った。
天使のように愛らしく微笑む彼女に、研究室の誰もが満足した笑みで応え、そう、彼女は祝福されて産まれたのだった。
そうしてその週末、僕とエルザはアリスを連れてピクニックに行く予定になっていた。
* * *
土曜日の午後、僕はレンタルした化石燃料で走る時代遅れのキャンピングカーを研究棟に乗り付けて、アリスの眠る研究室に向かった。
この世界に存在ないはずのアリスにとっての、初めての「お出かけ」に際して、僕たちは慎重を期した。
ネットワーク越しに接続されたアリスの本体とボディのリンクを絶やさぬように、行き先は大学近郊にあるネットワーク完備のキャンプ場を選んだ。
キャンピングカーにも、大容量の電力供給とアリスの簡易メンテナンスが可能な設備を用意した。
研究室の連中がちょっとしたサプライズを用意して、あとは僕とエルザでアリスを連れ出す。
僕たちは一人の少女の「お出かけ」のためだけに、みんなして真剣になって取り組んだ。
それくらいアリスは研究室の皆を虜にしていたし、僕たちもまたそのことに誇りを覚えていた。
薄暗い廊下を抜けて、研究室のドアを開ける。
エルザが先にきて、アリスの為に準備をしているはずだった。
だけどそこにいたのは、「機械化部隊」の軍服に身を包んだの将校と、腹から血を流し、後ろ手にアリスを庇うエルザの三人だった。
* * *
――機械化部隊
彼らはより効率的に敵兵を殺すために、自らの肉体を機械化しているが故にそう呼ばれている。
その存在の非人道的目的と手段故に、存在自体が無かったことになっている、非正規の人殺し集団。
当然部隊規模が公開されているわけではないが、その性質上大きな部隊ではありえない。
だから、その将校ということは、部隊の高級軍人である。
「君がこのアンドロイドの開発者か」
柔和な笑みと冷たい声でその男が確認し、続けて言った。
「用件を端的に言おう。それを我が部隊に引き渡してほしい」
「アリスは渡さない」
絞り出すような声で彼に答えたのは、僕ではなくエルザだった。
「学府は軍に協力しない。それがこの国の原則です――だから、この子は渡せません」
腹部の出血で、すでに彼女の顔は蒼白だ。
それでも彼女は射るような目で睨みつける。
「強気は結構。だが我々も空手で帰るわけにもいかない」
将校の右手が小さく動き、炸裂音がもう一度エルザの腹部を抉り、ほとばしる鮮血に、彼女は小さくうめき声をあげ、崩れ落ちる。
将校はエルザに向けていた拳銃を僕に向けなおして言った。
「次は、君だ。だが、アンドロイドを渡せば君たちの悪戯は見逃そう」
* * *
意味がわからなかった。
彼は悪戯と言った。
コンピューターリソースの無駄遣いか?
それは大学の問題で、軍には関係ない。
――アリスを作ったことか?
考えてみれば、彼女のボディに使われた最先端の医療技術の由来は何だったか。
それは軍事医療技術に端を発したサイバネ技術そのものではないか。
だからこそ彼らにとって、アンドロイドは新しい可能性――つまり機械化を越えた、死なない兵士。
そのために彼らがアリスを求めるのも当然のことだろう。
だけど――たかがそれだけのことのためにここまでやるか?
現実から目を背けるように思考がぐるぐるとその場で回るが結論が出ない。
向けられた銃口をただ、呆然と見るだけで、僕はなにもできなかった。
静寂を破ったのは、アリスだった。
悲しみとも憎しみともつかない彼女の声が響きわたる。
反射的に将校が拳銃をアリスに向ける。
――アリス!
しかし彼女は僕の視界から消え、刹那、彼に飛びかかり、右の手刀を首筋めがけて降り下ろす。
拳銃の発砲音が彼女の腕を吹き飛ばす。
跳ね返りざまアリスは身体を捻り、そして全身を長槍にして、固い床を蹴る。
突き出した左手は彼の頭部を吹き飛ばし、アリスは彼の肉体もろともその場に崩れ落ちる。
――こんな動作、プログラムにあったか?
不意に研究室の外から苛烈な銃撃が室内を襲い、考える暇も無く僕はその場に身体を伏せる。
フルオートで打ち込まれる弾丸に、室内で原型を留めていられるものはなく、将校の身体を盾に横たわるアリスは、暗い目で僕を見る。
――なんだこれは――なんなんだこれは――なんでエルザが、なんでアリスが――
ちくしょう、身体が震えて止まらない――だけど
だけど、アリスだけはなんとしてもここから助け出さなきゃならない。
世界をみせてあげる約束をしたのだから。
アリスとの衝突で弾き飛ばされた拳銃を拾い上げるとそれは、まだエルザを撃った熱を帯びていた。
掃射が終わった後、彼らは突入してくるだろう。
マガジンを抜いた拳銃のスライドを引き、弾丸をはじき出してポケットに仕舞う。
沈黙の中、アリスのか細い身体を抱えて僕は研究室を後にする。
* * *
「アリス、立てる?」
「――大丈夫、歩けるわ」
片腕を失ったためか、わずかにバランスを崩していたが、アリスの演算装置は数歩で補正を終わらせ、僕よりも機敏に彼女の脚を動かし、走らせる。
「――正面はダメ、二人居る。東と北も同じ――地下に降りて、北西側の非常階段から地上にあがって。そっちはまだ人が居ない」
アリスはボディを駆動させながら、学内の監視装置にアクセスして随時状況判断を下す。
その様はもはや可憐な少女ではなく、戦乙女のそれであった。
「――研究室の窓から二人――四人突入。私たちの後を追ってる。このままだと、あと三分」
「どうする?」
「――こうする」
振り返りぎわ、彼女は小さく唇を動かすと、早く、と、目で促す。
構内に火災警報が響き、背後の防災扉が降り始める。
「――もう少し――北の二人が突入――閉鎖――対処――東の二人が回り込んできてる」
「間に合う?」
「――わからない――非常階段に出たら上に威嚇射撃、できる?」
走りながら僕は拳銃にマガジンを装填しスライドを引く。
重い手応えが弾丸を薬室に運ぶ。
――撃てるのか、僕に。
震える僕を見て、アリスが言う。
「――セーフティ、解除してない。撃てないなら、貸して」
片腕の彼女は僕の手からそれを受け取り、重い金属のドアを睨み、蹴りで開いて非常階段に躍り出る。
「――少し早い――」
アリスが二射、階段上に発砲し、また戻る。
それに応じるように、上方から叩きつける響きと非常ドアの悲鳴に僕らは包まれる。
コンクリートの壁面に身を寄せた彼女は窓の外の様子をうかがいながらひとりごちる。
「――集まってきた――正面二人、これで四人――北側二人が回り込んで六人――後ろ四人、防災扉を突破――」
無機的なアリスの声が状況を伝える。
――囲まれた!
振り返ったアリスが僕に言う。
「――私のボディ、抱えて走って」
「え?」
「――構内の電子機器をネットワークから切り離してから、対象の駆動系に干渉する――私のボディもダウンする――あと三秒、二――」
ピリ、っと空間に音が走ったのを感じた後、アリスのボディが崩れ落ち、周囲の銃声も止む。
彼女の身体がタッチダウンする前に抱えあげて、扉の外の様子を伺う。
周囲一帯、完全に無音だ。
僕はアリスを抱いて階段を一気にかけあがり、そしてキャンピングカーに向かって走る。
ピシ、と、背後で地面を弾く音がする。
もう一発、今度は僕の太股が熱を帯びる。
――後少し
車内に駆け込み、ドアを閉じ、さらに二発、車のドアに鉛弾が食い込む音がする。
後部のメンテナンスシートにアリスを寝かせて、運転席に駆け込み、携帯のインカムを付け、キーを回してエンジンをかける。
逃げないと――
助手席側からわき腹に固いものが押しつけられて、ようやく僕は追いつめられていたことに気がついた。
* * *
「やってくれたよ。私の小隊が行動不能、私のボディも破壊された。君のアンドロイド――あれは何だ?」
助手席の男の頭は、アリスが吹き飛ばしたはず――機械化部隊のあの将校がそこに座っていた。僕のわき腹に拳銃を突きつけて。
――なんで
声にならない問いかけに、将校は口を開いた。
「ドライブがてら話そうじゃないか。アンドロイドを渡してもらえればそれで君を解放しよう」
「アリスをどうするつもりだ?」
「ほう、名前――あれには名前があるのか。しかし、あの兵器にアリスとは、随分と少女趣味じゃないか」
「アリスは兵器なんかじゃない。彼女は人工知能で――ただの、本当にただの少女なんだ。天使のように優しい、本当にただの少女なんだ」
「その天使のような少女が、私と私の小隊を向こうに回して戦い、私のボディは全壊し、さらには私の小隊を行動不能にしたんだよ」
僕が見たことすべてが偽りでなければ、彼の言葉は真実だ。
「もう一つ。これは君は知らないだろうがね、三日前に軍のネットワークが攻撃を受けた。よりにもよって私の部隊までもがだ。漏洩の痕跡は無かったが、多くのデータが消去されてしまってね。その結果、軍の機能は麻痺し復旧までに相応に時間がかかった。
攻撃の出所は君の研究室で、もっと詳しく言えば――君のアンドロイドだよ」
だとしたら、アリスがこの男を殺し、機械化部隊の一小隊を行動不能にしたのは、軍のデータベースをハッキングして、そのデータを取り込んでいたから?
険しくなる僕の表情に彼は言った。
「君の想像通りだよ。行き先を変えてもらおうか――キャンプ場から、私の隊の基地にね」
「嫌ですよ。あんたらに殺されたエルザと同じで、僕も軍に協力は――」
遮るように骨張った拳が頬に叩き込まれ、口の中に血の味が広がった。
襟首を捕み、こめかみに銃口を押しつけた将校の目が、次はないと言っていた。
口元を拭いながら僕はシートベルトを締めて、アクセルを踏んだ。
* * *
「もう少し穏便に済ますつもりだったんだがね――」
ドライブを楽しむような表情で、その将校は続けた。
「我々の要望はただ一つ、君のアンドロイド――アリスだったか、彼女を渡してもらうことだけだ。民間人に危害を加えるつもりはなかった」
残念そうな言いぐさはどこか芝居がかっている。
「嘘つけよ」
苦々しく吐き捨てる僕の言葉に、満足そうな笑みで彼は応える。
「我々としても軍への攻撃を放置するわけにもいかないのでね。かといって、たかが民間人とそのおもちゃごときに我が隊までが、してやられた、というわけにもいかない。
だから、君がアンドロイドを渡しさえしてくれれば、君と君の同僚の――エルザだったか、彼女にはテロリスト鎮圧に巻き込まれた、ということで手を打つし、君が望むのであれば軍のラボに移ってもらっても構わないのだがね」
「そしてアリスで人殺しをしろと?」
「有能だからスカウトするということだよ」
その言いようが心底腹立たしかった。
「いましがた私の部隊から報告があってね、君の同僚は死んではいないよ。軍病院に搬送したところだそうだ。あとは君と君のアンドロイドを回収すれば、それでこの作戦はおわりだ」
「報告?」
彼がどこかしらに連絡をした様子は無かったはずだ。
いぶかしむ僕の様子に、彼は人差し指で自分の頭をこつこつとたたいた。
「インプラントか?」
その僕の問いかけに、満足そうに口元をつり上げた。
つまり、研究室でアリスに破壊された彼のボディは、彼の脳にインプラントされた機器経由で遠隔操作された、いわば操り人形だったのではないか。
だとしたら彼は、彼のボディを破壊したアリスに使われた技術を、自らのボディに転用するつもりなのだろうか。
「君のアンドロイドは極めて優秀だったよ。その性能は私のボディを上回り、そのうえあの小さなボディに搭載された人工知能は軍のネットワークを落とせるほどだ。
実に、実に我が隊のものであるべきだと思わないかね」
僕の推測が正しかったことを、彼の熱弁が証明する。
全く、承服しかねることだった。
その彼の熱弁を遮るかのように、僕の携帯電話が鳴った。
自己陶酔気味の将校は一瞬鼻白んだあと、仕草だけで電話にでるように促した。
覚えのない番号からの着信にインカムのボタンで応答すると、覚えのある声が僕に手短な警告をして――そして僕たちを乗せたキャンピングカーは制限速度を超えて暴走する無人のトレーラーに激突された。
* * *
インカムから泣きそうになりながら何度も僕を呼ぶ声がする。
朦朧とした意識が少しずつ戻るとともにあちこちに痛みを感じる。
重い衝撃とガラスの破片の雨を浴びてもなお、僕は奇跡的に生きていた。
饒舌だった助手席の男は、トレーラーの激突の衝撃をまともに受けたのか、その原型をとどめていなかった。
電話の主は、アリスだった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら何度も詫びる彼女に、インカム越しにもういいよ、とだけ答える。
機械化部隊の将校は、アリスがそのボディに搭載された人工知能と考えていた。
だが実際のところ彼女の実体は、ネットワーク接続されたコンピューター上のプログラムで、ある意味で彼と同じ存在だったのだ。
機械化小隊のボディとともに自らの駆動系を破壊したのちも、彼女のボディのセンサーは生きていて、キャンピングカーの中の状況を逐次把握していた。
同時に機械化部隊のコンピューターをハッキングしたときに、機械化部隊の存在を快く思っていないために暗殺対象の一人となってた軍高官の私用携帯をエルザの名前で呼び出し、部隊が彼を次の暗殺目標にしていること、その事を知ったエルザがまさに今、殺害されそうになっていることを、大学構内の監視システムがとらえた機械化部隊突入の映像とともに送信し、保護を求めた。
実際に瀕死のエルザを救助したのは、その軍高官が動かした正規部隊だったが、人外の強さを誇るはずの機械化部隊の一個小隊が皆、文字通り身動きとれない状態に首を傾げていた。
そして、機械化部隊の将校に、大学構内の制圧とエルザの救出を伝えたのは、アリスだった。
彼女は将校が自らの勝ちを確信し油断したところに、公共交通ネットワークをハッキングして進路上のトレーラーの制御を奪って、過激な手段で僕と自らのボディの救出を図ったのだ。
* * *
痛む身体をおしてキャンピングカーの後部に向かい、メンテナンスベッドから転げ落ちていたアリスのボディを抱き抱え、ベッドに寝かせる。
「アリス、君がなんでこんな事をしたのか責めはしないよ。知りたかったんだろう、世界を」
瞼のサーボがわずかに動いて瞬きで応える。
おでかけ、にあたって僕たちはアリスを外部ネットワークに接続した。
世界をみてみたい――その欲望にとりつかれていたアリスは、その瞬間からネットワーク上のありとあらゆる情報の閲覧をはじめた。
世界を写す機械の目は、美しい風景や文物、自然と人の営み、あらゆるものを映し出し、アリスはそれらに嘆息した。
そして、彼女はさらに人の営みを深く知ろうとする。
大学構内のローカルネットワーク上のデータは、ある意味で清潔な情報ばかりだ。そこに収められたデータは、世界中の紛争や飢餓や環境破壊、災害や残忍な犯罪なども事実と分析されたデータの羅列で生の情報ではない。
そして行き着いた軍のそして機械化部隊のデータ。
人の営みの暗い部分に、温室育ちの彼女は悲しみ、そして静かな怒りを感じて、後先考えずにそれらのデータを消し去った。
彼女の短慮が引き起こした事態ではあるが、僕たちもまた、もっと慎重であるべきだった。
だけどパンドラの箱は開かれてしまった。
だから僕たちはその箱に残った希望のために、なるべく彼女を幸せにしてあげるべきなのだ。
それがアリスを生み出した僕たちの責任で、そしてまた僕たちの希望でもあるのだから。
悲しそうな表情を浮かべる彼女の白銀色の髪を撫でながら、そんなことを考えながら。