お会計させていただきます9
「おっしゃぁやったらぁぁぁぁっ!」
そう叫びながら飛び出したお客様の背中へ「ありがとうございましたー」と頭を下げ、かなり空きができてしまったおにぎりと飲料の棚を補充しようとした時だった。
がちゃんっ!
突然の何かが割れる音に驚いて、肩を跳ねあがらせて振り返る。
「嘘……」
若い女性の新しいお客様が茫然と立ち尽くしていた。その足元にはカップやポットらしき破片が散らばっており、紅茶らしい赤茶色の水たまりができていた。
「お嬢様……?」
「大丈夫ですかお客様?」
「お嬢様ぁっ!」
「何か拭くものを持ってきます。私が片づけますから、少し離れた場所でお待ちください」
「お嬢様ですよね?! 私です、アポ」
「どうぞ、こちらの椅子におかけになってお待ちください」
被せ気味に詰め寄ってくるお客様をスタッフ用の椅子に座らせ、手早く片づける。
「お嬢様いけません! 私が片づけますから」
「いえいえ、お客様はそのままお休みになってください」
「しかし!」
目の下にクマができていることから、かなり疲れているんだろう。ここで少し休んでもらい、用事が終わったら速攻でお帰り頂こう。
「あぁお嬢様……私の失態を強引になかったことにするという荒業……あの頃とおかわりなく……」
「どうぞお客様、こちらは私のおごりです」
かなり失礼だけど、無理やりお客様に栄養ドリンクを持たせる。
「あの、これは……?」
「お客様の疲労を一本で回復させる飲料ですが、そこで無理をすると後が怖いので、お帰りになられた後はしっかりと休んでください」
「あぁ、やはりお嬢様ですね。以前もそうやって私を」
何やらうっとりとし始めた不思議ちゃん系のお客様を尻目に、私はさささっとお客様がご所望であるはずの商品を用意する。
「こちら、当店人気の紅茶と新作のクッキーです。保存料、着色料、合成甘味料などは無添加ですので、お早目にお召し上がりください」
「そ、そんな。よくわかりませんが、このよう高価なものを……」
「いえいえ、お仕事の途中だったようですし、これも私からのおごりと言うことで」
「お嬢様……やはりお嬢様はお優しいのですね」
「お困りのようでしたから」
本音は、何事もなく早く帰っていただきたいからです。
あと、私はお嬢様じゃないです、ただのフリーターです。
私の心中などまったく知らないお客様は、そっと顔を伏せ、肩を震わせ始める。おいおい。
「やはり、お嬢様がいないと、館の皆も元気がなくて……ミスラ様も、ティーナ様もどこか無理をなさっているようで……」
「きっと疲れているんでしょう。こちらの栄養ドリンクをもう一箱どうぞ」
「それに、私も……」
「そして、こちら当店おすすめのデザートでございます」
用意した商品をバックに丁寧に詰め込み、お客様へとお渡しする。
「お嬢様、私はやはりお嬢様が」
「ありがとうございました!」
頬を赤くし、何やら決意を秘めた瞳でこちらを見つめていたお客様の背中を押して、開いたドアからお帰り頂いた。
「ふぅ……疲れた」
頬を伝う汗を制服の肩で拭う。
ふと振り返ると、ずっと書籍コーナーからこちらを見ていたお姉さんと目が合った。
以前くじを引いてからよく店に通うようになった常連さんで、彼からもらった耳当てがトレードマークになっている、とても綺麗でかわいい女性だ。
実に羨ま……げふん、パr……げふんげふん、素敵だ。
きょとんと目を丸くしている姿に、私は接客スマイルで頭を下げる。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。それより、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですけれど」
「大丈夫です、問題ありません」
私の懐は少し……いや、かなりのダメージを負ったけど、どうにかなった。
本当に危なかった。色々と。
さて、気を取り直して仕事を再開するとしようかな。
なんて思っていたら、お姉さんから追撃があった。
「……よっしーさんって、お嬢様だったんですか?」
「いえ、普通のコンビニ店員です。後、よっしーじゃないです。その呼び方は誰から聞いたんですか?」
「タツマさんが、よっしーさんのことはこう呼べばいいって教えてくれました」
「わかりました」
今度会ったら、あいつは絶対しばく。今日の疲れと予定外の出費に対するやるせなさも込めて絶対にしばき回す。後、こんな可愛い彼女さんがいることへの嫉妬も込めてしばき倒す。
「先輩、それ完全に八つ当たりですよ」
「は、チートちゃんいつの間に?! っていうか心読まないで」
「チートじゃないです千歳川です。今休憩からあがりました。後、顔に書いてあります。それより、さっきのメイドさんは誰ですか?」
珍しい、後輩ちゃんがお客様と私の関係に興味を持つなんて。
はぅぁっ!
これはあれかッ!
嫉妬なのね、後輩ちゃん! 私と言う後輩がありながら、とか言うあれ!!
「気持ち悪い現実逃避していないで、早く補充してください」
「はーい」
ツン百パーセントの視線を受けながら棚に商品を並べていく。これくらいで私はめげないよ後輩ちゃん! いつか絶対にデレさせてやる!
「さっきのメイドさん、デレまくってたじゃないですか」
「あはは何を言っているのチートちゃん。あの人はコスプレパーティーか何かをしているだけで、そういう設定なんだよ」
「……お嬢様」
「やめて」
「やっぱりよっしーさんはお嬢様なんですね!」
「やめてくだしぁ!!」
お姉さんまで楽しそうに言うのやめて。
「いいじゃないですか先輩、いえ、お嬢様」
「もうやめてチートちゃん! 私のライフはもうゼロだよ!!」
その日、後輩ちゃんは退勤まで私の事をお嬢様呼ばわりしていた。
何故ぇぇぇぇぇ……。
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