お会計させていただきます7
同じものを投稿していたみたいです。申し訳ありません。
「いらっしゃいませ」
「すみません、お姉さんにお願いがあるんです!」
見た目十歳かそこいらの少年に涙目で見つめられ、私は可愛いなぁと思いながら極力営業スマイルを崩さず、目線を合わせるため、レジから出て少年の前にしゃがみこんだ。
「はい、私でよろしければ」
「ありがとう!」
ぱぁっと顔を輝かせるけど、すぐに表情を暗くしてしまう。
「実はね……えと、お薬が欲しいんですけど……」
「お薬ですか? 風邪薬や酔い止めなどがありますが」
「うぅん、そうじゃないの! えとね」
少年は短パンのポケットからくしゃくしゃになったメモ用紙を取り出して、それを私に差し出してきた。
「そこに書いてあるの、欲しいの」
「……残念ですがお客様、当店ではこちらの商品は取り扱っておりません」
読めなかったわけではない。たぶん、大人の人が書いたのだろう丁寧な文字で書かれた商品名が問題だったのだ。一介のコンビニにこんな薬が売っているはずもない。これは、お使いを頼んだ大人の失態なのだけど……。
「そんなぁ……」
今にも泣き出しそうな顔で悲鳴を上げられたら、こちらとしても居たたまれなくなってしまう。でも、ないものはないのだ。
「これがないと、ミーちゃんが、ミーちゃんが……」
ついに大粒の涙をこぼし始めた少年に、私はどうしたものかと眉を顰め、ちらっと補充をしている後輩ちゃんへ目を向ける。彼女は最初、我関せずと見向きもしていなかったが、今はいつもの仏頂面を私たちへ向けている。
「えーと、千歳川さん、助けてほしいのだけど」
「お断りします」
速攻断られた!
「と言いたいところですが」
どっちだよ!
「泣いている子をそのままにしておくわけにはいきません。仕方ありません」
補充用のカゴを抱えてレジに戻り、休憩室にさっと入ってさっと出てきた。その手には、小さなビンが握られている。
「お客様、お待たせしました」
「……ふぇ?」
涙でぐしゃぐしゃの顔を後輩ちゃんに向けた少年は、手渡されたビンを見て首を傾げる。
「それはお客様が探していた商品となります。高価な品ですが、私が購入してとっておいたものですので、特別にお渡しします。代金は結構ですと、保護者の方にお伝えください」
「……いい、の……?」
「はい」
「ありがとう、お姉ちゃん!!」
少年はビンを大切そうに抱えて走り出そうとしたので、私は待ったをかけ、割れないようにプチプチでビンを包み、入口をセロハンで留めたレジ袋(小)に入れて手渡した。
「急いで走ると転びます。怪我もしますし、商品も割れてしまいますから」
「……ありがと」
照れくさそうにはにかみ、少年はこんどこそ店を出て行った。
「ありがと、チートちゃん。助かったわ」
「流石に今回ばかりは、先輩といえどお手上げだったようですから」
「何よそれ。私だってできないこととできないことくらいあるわよ。だからこうしてお礼言ってるじゃん!」
「でしたら、そのついでに補充か掃除をしてもらえませんか? あ、補充はもう終わりましたので清掃の方お願いします」
「え、いや、それは」
「お願いします」
取りつく島もなく言い切る後輩ちゃんに従い、私はしぶしぶ掃除を開始した。
三日後。
後輩ちゃんと一緒にレジ台を掃除していると、件の少年が綺麗なお姉さまを連れてご来店なされた。
「お姉ちゃんたち、あの時はありがとう! ミーちゃん元気になったんだ!」
「それはよかったですね」
「うん! だからお礼言いに来たの!」
そう言って満面の笑顔を浮かべる少年の隣に立つお姉さまが、私たちに向かった一礼してほほ笑みかけてきた。
「先日は、貴重なお薬をありがとうございました。おかげですっかり体もよくなり、こうして歩けるようにまでなりました」
「いえ、お客様のお役に立てたのでしたら、私たちも嬉しく思います」
ほら、後輩ちゃんも一緒に……あれ、なんで休憩室に下がるの? せっかくだからお礼の言葉くらい受けておいても損はないよ? 今回のMVPは君だよ後輩ちゃん。
「千歳川休憩入りまーす。あー後、あの薬を用意したのは先輩ですので」
「え、ちょ、千歳川さん?」
「まぁそうでしたか。それでは、貴女には私から心ばかりの感謝とお礼を送りましょう」
「ちょ、いえ、お礼だなんてそんな」
「ミーちゃんすごいんだよ! お手て当ててくれたらそこがぽわわって暖かくなるの!」
無垢で幼気な笑顔で少年がそうのたまうけど、いや、待って。ちょ、おま、これ後輩ちゃん、戻ってきて! ねぇ、ねぇってば!
「改めて、ありがとうございました。貴女に、いいことがありますように」
ちゅっと、私の手の甲に軽いキスがなされた。ちょ、えええええええええ?!
「さぁ、帰りましょうか、ユウタ」
「うん! ばいばいお姉ちゃんたち、またねー!」
茫然と立ち尽くす私を置いて、お姉さんと少年は去って行ってしまう。
その後、後輩ちゃんが休憩室から出てきて肩を叩くまで、私は思考するのをやめていた。
「先輩、やりましたね。宝くじ買ったらウハウハですよ、多分」
「嬉しくない! あーもう、チートちゃん!!」
「チートじゃないです、千歳川です」
後日、街に出て宝くじを買ったら結構いいのが当たってしまい、とりあえず三分の二を家に収めるというハプニングがあったけど、それはまた別の話し。
お読みいただきありがとうございます。