お会計させていただきます6
その日は朝から快晴で、木漏れ日がアスファルトにいくつものスポットライトを作っている。
昨日まで雨だったので、畑や田んぼでは雨粒が反射して輝いて見える。
そんな清々しい空気の中出勤し、後輩ちゃんと一緒に今日も閑古鳥が鳴く店内を清掃していた時のことだった。
『頼もう!!』
自動ドアを潜り抜けて現れ、甲高い声を響かせながら本日一人目のお客様が来店した。
全身黒づくめで、上半身についた少量の水滴がキラキラと反射して綺麗だけど、できれば店外で払い落としてから入ってきてほしいかなと思わないでもない。
とりあえず、挨拶はしておこう。
「いらっしゃいませ」
『……あれ? ここ、コンビニ?』
威勢のいい挨拶はどこへやら、お客様は茫然とした声音と共に首を傾げる。表情が読み取れないけど、あれは予想外のことが起きて驚いているに違いない。
「はい、当店はコンビニですが」
『あれ、おかしいな……アイリの店に入ったはずなのに、いつの間にコンビニなんてできた……アぁ?!』
入口を振り返ってお客様が素っ頓狂な声を上げるけど、それがまた大きくてやかましい。後輩ちゃんが珍しく顔をしかめて耳を塞いでいるという、レアな一面が見られたのでよしとしよう。他にお客様いないし。
それよりも、お客様は開いたドアの向こうを眺めて、感嘆の声を漏らしている。
『ここ、日本? え、日本だよね?! うわっ、ここどこ……えぇと……あ、そこにいるの俺?!』
うっは、ワロスと笑いながらこちらに向き直り、
『やべぇ……アイリから決闘申し込まれてるのに……どうするよ俺……』
瞬時に落ち込んだ。大きな背中がどよーんとした空気を醸し出し、目は光を失っている。
よくわからないけど、入口で置物になられるのは非常に迷惑なのでどいてもらおう。
「申し訳ありませんがお客様、入口で座りこむのは……」
『あ、すみません』
落ち込んだままとぼとぼと奥へと進み、
『おおおおお?! メ○○トアァァァァァ』
「お客様、お静かにお願いします」
青年向け雑誌を手に取って大はしゃぎし始めた。耳をピーンとあげて、腰まである長い髪が揺れるほど体を震わせている。
隣で後輩ちゃんが露骨に顔をしかめて注意をしているけど、それは接客業にあるまじき表情だよ? うるさいのはわかるけど。
『はぁぁ……本当に日本なんだな、ここ……』
書籍コーナーを離れ、窓の外を眺めながら、しみじみとつぶやいているけど、声が響くので聞こえてしまっている。
何だか感情表現が豊かな人だなぁ……いちいちうるさくて鬱陶しいけど。
『あぁ、そうか。俺、実は帰りたがってたんだな……シェリーやメアリーに一緒にいるっていいながら、日本に戻りたかったのかな』
なんか一人で語りだした。穏やかな風景を前に落ち着いた声音で言ってるけど、手に青年誌を持ちながら言ってる姿のせいで、シリアスな雰囲気ぶち壊してる。
なんかもう色々と残念なお客様は、ニヒルな笑い声を漏らし、店内を歩いて回っていくつかの商品を手に取り、本と一緒にレジカウンターに置く。
『お会計お願いします』
お会計を済ませ、商品をマイバックへと収納したお客様は、今一度店内を見渡した後、外の景色へと視線を移す。
『まぁ、でも俺にはやらなくちゃいけないことがあるし、そっちを終わらせた後で皆でまた来るか!』
来店した時のような元気よさを取り戻したお客様は、私に向き直って一礼した。
『いやぁ、何かすみません。いきなり騒いだりして。こんな恰好してるし、驚いたでしょ?』
「いえ、特に驚くようなことはありませんよ」
ただうるさかっただけですから。
『あれ、俺の姿見て驚かないの?』
「何か、驚くようなことがありますか?」
『ほら、俺の外見! この耳!』
そういって耳を指差す。声は男性なのになんだか可愛く……見え……る、うん、見えないわね、ゴツいし……。
正直、あのお姉さんがダントツ可愛いわ。耳の可愛さもあっちがいい。こっちは見るからに堅そう。
「すみません、最近コスプレパーティーが流行っているみたいでして、お客様のような耳の方もいらっしゃいますので慣れてしまいまして……」
『そうなのか……村おこしみたいなことしてるのか?』
「さぁ……私にはわかりかねます」
『そっか。でも、行く先々で騒がれるから、ちょっと新鮮だな』
照れたように後頭部を掻く姿は、なんだか似合わなくて、ちょっと可愛く思えてしまった。
そうだわ。
「それと、お客様。差し出がましいことを申しますが、決闘って法律で禁止されてるんですよ」
『え、あ、そっか。こっちじゃそうだったよな。あー、ちょっと待って。いや、なんかこう、ゲーム大会みたいなもので危ないものじゃ―』
「女の子は、いつでも真剣勝負を望んでいます。貴方がそれと真っ向から向き合うことが大切なんですよ」
『会話の内容がコロコロ変わるな?! ―もちろん、俺は勝負から逃げ出さねーよ! 相手が誰であろーとな!!』
「そうですか。失言でした。大変申し訳ありません」
『あ、うん別にいいけど……あれ、っていうかあんた、アイリのこと知ってるのか?』
「いいえ? お客様がお買い上げいただいたものは、女性の方々に人気の商品でしたから」
期間限定スイーツに、夜のガールズトークのお供にピッタリなお菓子ばかり買ったことを思い出したのか、お客様は「ぁー」と呻いた後、恥ずかしさを隠すように笑った。
『いや、そうだな。うん。ゲーム終わったら、皆で食べようと思ってね』
「それは楽しそうですね」
『あぁ! だから、絶対に俺は勝って、あいつに笑顔を』
お客様はそこで『ぁっ』とつぶやいて、
『っと、すまねぇ。んじゃ、俺行くわ』
「はい、またのご利用、お待ちしております」
『次はちゃんとしたもの着て、皆で来るわ。ナイスガイな俺に惚れるなよ?』
「楽しみにしておきましょう……また、ここに来れたら、ですけど」
『ん? ああ、よくわからんが、わかった!』
お客様は大笑いしながら自動ドアを潜り抜けて―。
あ、行ってしまった……。
「嵐のようなお客様でしたね……」
後輩ちゃんがやれやれと耳を押さえながら文句を垂れ始める。まぁわからんこともないけどさ、なんとかできなかったこともないでしょうに、どうしてしなかったのか。
「でも先輩、あの人は……」
後輩ちゃんが珍しく言いずらそうに話しかけてきたけど、それを目線で止める。
「いいのよ、バカは何人も見てきてるし、たまにはあぁいうバカも悪くない。盲亀浮木、一期一会とか関係なく、来るやつは来るわよ」
「先輩……」
「私の周りは馬鹿ばっかりだからね。さっきのお客様も、後輩ちゃんもね」
「……私は、馬鹿じゃないですよ」
「え、バカみたいにすごいじゃない。チートちゃんは」
「チートじゃないです、千歳川です。はぁ、もういいです」
後輩ちゃんはつんとそっぽ向いて商品の補充に入る。
やれやれ、皮肉っぽいその態度の方が安心するよ。
さて、後輩ちゃんの分の掃除も終わらせますか。そうしたら後はのんびりと暇な時間を過ごせるなぁと不真面目なことを考えていると、後輩ちゃんがぽつりとつぶやいた。
「それにしても、ハイクオリティでしたね……」
「あれ作った人すごいわ……ファンタジーも何もあったもんじゃない」
まぁ、私たちには関係がないことだ。せいぜいカッコいいボディで楽しんでほしいと思う。
余談ではあるけど、お客様が買っていった雑誌はとあるお馬鹿が購入するだけの分しか仕入れていなかったので、後で本人がどよーんとしたオーラを纏って抗議してきたのだが、それはまた別の話し。
お読みいただきありがとうございます。